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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二十二章 シャクナゲ舞う南部紀行
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サヴォンリンナ神殿への道行き36 ”白狼城”の霧 三 -イプリンゲル子爵軍-

 ”グラニダニの戦い”は結果的にマルナガン王軍の圧勝に終わった。


 ”グラニダニの戦い”は王家、特に正統性を強調したいマルナガン王にとって重要な戦いであったので、生存者の証言までが記録されて詳細な記録が残っている。


 マルナガン王軍の戦死者は二百三十三人、トランテオン僭称王軍の戦死者は遺体が確認にされた人数で四千五百三十余人、捕縛された者五千二百六人である。


 この数字は”グラニダニの戦い”当日と翌日の遺体や負傷者回収の時に確認された数字で未発見の死体や負傷者は含まれないので、実際のトランテオン僭称王軍の戦死者は実際は五千をかなり越えるていると推測される。


 さらにその後に中立を保っていた近隣領主やそれに扇動された農民兵の落武者狩りで千数百ほどは命を落として同じく千人数百人ほどが捕縛されている。


 マルナガン王軍の高級指揮官で戦死した者はいない。


 これに対してトランテオン僭称王軍では最後尾にいたトランテオン僭称王とその母ゲルグレットは辛うじて逃亡に成功したが、南部四大貴族家に属する総指揮官イルミコット侯爵家ムブザ・デェウポウナ・リンハルト、その副将であるセルミナイト子爵ムガザ・ベリザリオン、同じく副将スロヴァク子爵シブネイ・ゲオルドルドが討ち死にして、イプリンゲル子爵ウェルヴォ・ブルクハルドルは行方不明である。


 また南部四大貴族家の親戚衆や譜代領主といった者も多くが討ち取られ、捕縛されたのでトランテオン僭称王軍を再編するにはトランテオン僭称王自身が呼びかけて自ら軍勢を指揮する以外になかったがトランテオン僭称王にその能力と意志の両方が欠如していた。


 リファニア史上唯一二王が並び立った”白狼の乱”の大勢は”グラニダニの戦い”の一戦で決したのだ。


 以下は”グラニダニの戦い”でイルミコット侯爵家ムブザ・デェウポウナ・リンハルト以外の南部四大貴族が辿った経過である。


 トランテオン僭称王軍の副将であったセルミナイト子爵ムガザ・ベリザリオンはイルミコット侯爵家ムブザ・デェウポウナ・リンハルトが乗った輿が”剣士隊”の丸太で吹っ飛ばされた時にすぐに後方を徒歩で従っていた。


 祐司の世界なら乗馬しているのだが、リファニアでは乗馬は軽業の類で指揮官は戦車で移動する。


 しかし山道で戦車の移動が困難な上に、他の軍勢の移動を阻害することからまだ三十代半ばのセルミナイト子爵ムガザ・ベリザリオンは戦場では輿も軟弱だとしてヘルメットと籠手、脛当てを従者に持たせて徒歩だった。


 セルミナイト子爵ムガザ・ベリザリオンは丸太が突進してくるのを見て後方に走った。ただ街道は兵士で渋滞している上に歩くのなら兎も角も走るとなると甲冑姿ではすぐに息があがり、甲冑の中の温度が急激に上昇する。


 すぐに息も絶え絶えになったセルミナイト子爵ムガザ・ベリザリオンの横をセルミナイト子爵家の家旗を掲げた旗手が忠実に従っていた。

 この家旗を見たマルナガン王軍の兵士達は「四大領主の一人セルミナイト子爵だ。よきかたきだ」とばかりに他の敵兵を無視してでも追いかけてきた。



挿絵(By みてみん)




 セルミナイト子爵ムガザ・ベリザリオンはイルミコット侯爵家ムブザ・デェウポウナ・リンハルトが討ち取られた場所から半リーグ(約0.9キロ)ばかりの場所で背後から甲冑のつなぎ目に槍を差し込まれて討ち取られた。


 セルミナイト子爵ムガザ・ベリザリオンは副将としてイルミコット侯爵家ムブザ・デェウポウナ・リンハルトと同行していたので自分の軍勢は家老に任せて僅かな供回りしか周囲にいなかったことも不幸だった。


 結局四大貴族のイルミコット侯爵家ムブザ・デェウポウナ・リンハルトとセルミナイト子爵ムガザ・ベリザリオンは合戦に何の寄与もせずに討ち取られた。


 南部四大貴族の老将スロヴァク子爵シブネイ・ゲオルドルドは、トランテオン僭称王軍の最後尾にあり万が一の時の敵勢の足留めとして、やや開けた場所で簡易ながら柵などの防備施設を作って待機していた。


 スロヴァク子爵シブネイ・ゲオルドルドはトランテオン僭称王の一隊が後退してくると嫌がる世子パルヴァン・セルデストに一隊を率いて逃げろと指示をした。

 そして志気を喪失して敗走してくる味方を無理に引き留めずに後方に逃すと追撃してきたマルナガン王軍と交戦を開始した。


 スロヴァク子爵シブネイ・ゲオルドルドはそれまで逃げるに任せていた味方を今度は柵の扉を閉じて逃げられないようにした。

 これで敗走してくる味方に続いてマルナガン王軍が侵入してこないようにする為であったが、まだ防備柵の向こう側に千人以上の味方がいた。


 これによって逃げ遅れたトランテオン僭称王軍の兵士は追撃してきたマルナガン王軍と交戦するしかなくなった。

 ただひしめき合って手さえ自由に動かすことの出来ないトランテオン僭称王軍の兵士は一方的に防備柵の前で殺傷されるのみであった。


 スロヴァク子爵シブネイ・ゲオルドルドにすれば非情ではあるがこの死体は味方の肉体で築いた壁でありマルナガン王軍による追撃を阻止する爲に多少の時間稼ぎをしたことになった。


 そして防備柵でも半刻(一時間)ほど交戦して、トランテオン僭称王と母親ゲルグレット、そして世子パルヴァン・セルデストが逃走する時間を稼ぎ出した。

 最終的には防備柵を突破してきたマルナガン王軍と乱戦になり、スロヴァク子爵シブネイ・ゲオルドルドは討ち死にした。


 トランテオン僭称王軍には南部四大貴族以外に十一家の貴族家当主が軍勢を率いて参加しており、さらに四家の貴族家世子が当主に同行して従軍していた。

 この十一家の貴族領主は三人が討ち取られて三人が捕縛された。逃れた五人の貴族領主も味方を見捨てて僅かな供回りで逃れたので実質的な戦力を喪失した。


 さらに逃れた五人のうち四人は落ち武者狩りで捕縛されてので、自領まで辿り着いたのは”グラニダニの戦い”に参加したトランテオン僭称王軍の十五家の領主のうち一家だけであった。


 そしてトランテオン僭称王軍に参陣した領主の中で行方不明が一名いる。


 イルコミット侯爵が討ち取られた頃、ここで、当事者にとっては無念の一大悲劇、もしくは、一矢報いるが無駄働きで己の運を閉ざす功名となった出来事が起こった。


 この日の明け方、トランテオン僭称王軍の四大貴族の一人イプリンゲル子爵ウェルヴォ・ブルクハルドルが提案していた遊兵となるなら迂回攻撃をさせようとした二千の部隊が、グラニダニ山の南を苦心惨憺の末に通過して、とうとう昼をかなり過ぎた頃にグラニダニ山西方の草原が睥睨へいげいできる位置まで進出した。


 マルナガン王軍がイプリンゲル子爵軍の接近を許したのは付近の最高標高点であるグラニダニ山を前日にトランテオン僭称王軍に占拠されていた爲である。

 もし逆にマルナガン王軍がグラニダニ山頂を確保していたのなら、山麓を迂回行動するイプリンゲル子爵軍を探知しただろう。


 ただマルナガン王軍も側面をまったく警戒していなかったワケでは無く警戒部隊を配置していた。

 しかし警戒部隊はイプリンゲル子爵軍の攻撃であっという間に壊滅する。しかし何名かの兵士が迂回攻撃が行われることを本陣に知らせるために脱出することに成功する。


 この時マルナガン王軍の大部分は街道を敗走するトランテオン僭称王軍の追撃に向かっており、グラニダニ山西方の草原に留まって隊形を整えていたのはマルナガン王の本陣と近衛隊の数百名ほどの兵士だけだった。


 これらの脱出に成功した兵士の報告で、ぎりぎりに領主権派軍の襲撃があることが、本陣にもたらされる。


 マルナガン王の本陣と近衛隊が横からの攻撃に備えて隊形を変換している最中に、イプリンゲル子爵軍の攻撃が始まった。

 散発的に放たれる”雷”程度では、トランテオン僭称王軍の中でも精兵とされるイプリンゲル子爵軍の攻撃を止めることが出来ずにまともに両軍は激突した。


 勢いにのるイプリンゲル子爵軍はたちまちマルナガン王本陣に迫った。


 ようやく本陣の危難に気が付いたグラニダニ山西方の草原に残っていたマルナガン王軍が、イプリンゲル子爵軍の横腹に圧力を加えた。


 イプリンゲル子爵軍は、前夜から多く兵士が寝不足の中八時間以上も道のないグラニダニ山南麓を苦心惨憺して突破してきた。


 輜重隊などは一切同行できず、武器だけを携行して昼食もとらず喉の渇きに苦しみながらも最後の力を振り絞って攻撃を行ったイプリンゲル子爵軍兵士のほとんどは肉体的限界に達していた。


 勢いでマルナガン王本陣に突入したイプリンゲル子爵軍は防備に回るとたちまち蹴散らされる。

 後は掃討戦となった。後退したイプリンゲル子爵軍は自分達がやって来たグラニダニ山の山麓に逃げ込むしかなかった。


 イプリンゲル子爵とその軍勢はこれ以降忽然と姿を消してしまった。


 ここで言い伝えによるとイプリンゲル子爵ウェルヴォ・ブルクハルドルをはじめ子爵軍の兵士は誰も故郷に帰還しなかった。王に背いた罪で今でもグラニダニ山山麓を彷徨っているという。

 

 祐司とパーヴォットは”グラニダニの戦い”の記念碑を見るために登ったグラニダニ山山頂からの下山のさいにひどく古風な武具に身を包んだ幽鬼の群のような軍勢に遭遇している。

(第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き ベムリーナ山地の秋霖6 グラニダニ山の怪 参照)


 これは近在のイプリンゲル子爵軍兵士の子孫からなる村落の者が一年に一度祖先の苦難を思い出すために行っている奇祭もしくは秘祭だという説明を受けるが祐司とパーヴォットは今でも半信半疑である。

(第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き ベムリーナ山地の秋霖8 再びグラニダニ山の怪、あるいは解説 参照)

*話末注あり


 イプリンゲル子爵軍の奇襲攻撃を受けたマルナガン王本陣は完全に崩れる直前で立ち直った。

 しかしマルナガン王はイプリンゲル子爵軍兵士の突きだした槍によって、甲冑の可動部を狙われ下腹に大きな傷を受けた。


 マルナガン王は追撃の続行を命じてから一時人事不省になる。



挿絵(By みてみん)




それでもマルナガン王は三日間の掃討戦の後に二日の休息を行っただけで、本来の目的である南部討伐の爲に軍勢を前進させた。


 ”グラニダの戦い”でトランテオン僭称王軍が潰滅し、その首領であったイルミコット侯爵家ムブザ・デェウポウナ・リンハルトが討ち死にしたことが方々に伝わると日和見をしていた中央盆地の諸侯、さらに南部地域でもイルミコット侯爵の圧力を受けながらもトランテオン僭称王に与していなかった諸侯が陸続と南部討伐軍に参陣してきた。


 マルナガン王軍とこうした帰順領主軍は三つに分かれて南部地域を無地の地を行く勢いで席巻していった。


 ここに至っては情勢の挽回はあり得ないとほとんどのトランテオン僭称王についた領主はイルミコット侯爵の恫喝によりトランテオン僭称王に従わざるを得なかったと言い訳をしてなんとか自家の存続を果たすために降伏した。


 またトランテオン僭称王の巻き返しを信じて抵抗しようとした領主家もあるが、家中が分裂して内戦状態になり一方が討伐軍に協力してマルナガン王に忠誠を示す爲にトランテオン僭称王派を血の粛正で排除した。


 ただ南部平定を順調に進めるマルナガン王に想像もしていなかった凶報が届いた。


 それはマルナガン王が率いる本隊がベムリーナ山地を迂回して南部に侵攻するまで、トランテオン僭称王軍の王都があるリファニアの畿内ともいえるホルメニア侵攻を阻止持久する為に西部沿岸に派遣していたマルナガン王が股肱の臣と頼む軍勢の総大将であり宰相ヤスカル伯爵ヘヴァデ・エデュアルドルが討ち死にしたという知らせである。



注:イプリンゲル子爵軍は何処に行った?

 戦闘員だけで構成された千数百ほどの軍勢であたっと推定されるイプリンゲル子爵軍が忽然と姿を消したことは現在のリファニアでも摩訶不思議な出来事と捉えられています。


 そして王に叛逆した咎でイプリンゲル子爵ウェルヴォ・ブルクハルドルとその軍勢は今でもグラニダニ山の山中を彷徨っているという話が流布しています。 


 この話はリファニア王に叛逆する者、ましてや神聖不可避なリファニア王の玉体に傷をつけたことを神々が許さないという前提の話なのでマルナガン王の血筋が伝わる現王家にとっては都合のいい話です。


 ただ常識的に考えるとイプリンゲル子爵軍は何処に行ったのでしょう。


 イプリンゲル子爵軍はグラニダニ山山麓の森林地帯を移動して、マルナガン王本陣の側面に達しますが、三リーグ半弱(約6キロ)ほどの距離を移動するのに八時間以上要しています。


 一時間に1キロも進めていないほどの速度です。


 多少でも登山の経験がある方ならわかると思いますが、山中で道のない場所を進むのは難事です。

 寒冷なリファニアは日本の山中より植物が繁茂していませんので多少は歩きやすかったかもしれませんが、それでも行軍中はデッドウィイトでしかない甲冑を着込み、槍を杖がわりにして行きつ戻りつを繰り返して前進しなければなりません。


 それも少人数ではなく千数百という大所帯です。当然縦列は長くなり、かなりの迷子や脱落者が出たはずです。


 漫遊王の異名がある百年前のリファニア王ハウサスはグラニダニ山付近の領主から百人の兵を借りてイプリンゲル子爵軍が進んだと思われるルートを辿らせたことがります。


 この時は槍とレザーアーマーという軽装備での行軍で、なおかつ案内人もつけましたが五刻(十時間)ほどを費やしています。

 なおかつイプリンゲル子爵軍の十分の一以下の人数でありながら、一時的ではありますが数名の迷子と十数人の落伍者を出しています。


 恐らくマルナガン王本陣に突撃を敢行したイプリンゲル子爵軍の人数は多くて千人を割り込んでいたと思われます。

 後続の到着を待てば人数は増えますが、マルナガン王軍の警戒部隊に発見された以上は奇襲効果のあるうちに突撃を敢行しなければなりませんでした。


 記録ではマルナガン王の本陣を守備していた近衛隊は七百ほどであったとされ、ここに倍以上のイプリンゲル子爵軍が突っ込んできたとされています。


 恐らくは突撃してきたイプリンゲル子爵軍と近衛隊の兵力は拮抗していたと思われます。そしてこの日初めて戦闘を行う近衛隊と前日は短時間の睡眠しか取らずに、食事を抜いて不休で進んできたので体力の限界に近かっただろうイプリンゲル子爵軍が同数であったというのは都合が悪すぎます。


 しかも命を賭してでも守るべきマルナガン王が戦傷を負うという失態をしてしまった以上はせめて近衛隊は決死の覚悟をした倍以上の人数の敵を味方が駆けつけるまで持ちこたえていたということにしなければ面目が立ちません。


 戦闘は短時間で終了しましたので、イプリンゲル子爵軍の実数は不明だったことと各種資料からイプリンゲル子爵軍は二千弱という数字が出回っていますので、この数字に飛び付いて記録が残されたと推定されます。


イプリンゲル子爵軍のうち半数程度しか突撃できず、押し返されて進撃した森林地帯に逃げ込むと後続部隊がやってきた筈ですがマルナガン王軍の防備が固まった以上は彼等も後退しか選ぶ手段はなったでしょう。


 前進してきた時は自分達は奇襲部隊でゲームチェンジャーであるという意識があり強い意志で歩き抜いたでしょうが敗走となると元々道のない場所ですから隊列などすぐになくなったでしょう。


 少人数、あるいは単身でグラニダニ山を左手に見ながら東へ逃げるだけです。中にはマルナガン王軍の追撃を恐れてより森の深い南へ逃げた者も出たでしょう。


 本文で何度か出てきましたが、リファニアの単調な風景の続く針葉樹林地帯は”緑の砂漠”です。


 過半の者は森林地帯で方向を見失った末に命を落としたと思われます。運良く街道まで戻れた者も当時逆賊退治の名目で周辺住民も参加して過剰なまでに行われていた落ち武者狩りにあったでしょう。


 ましてイプリンゲル子爵軍は”グラニダニの戦い”で最後に撤退をしたトランテオン僭称王軍であったので逃げ延びる確率はより低かったと思われます。


 ただ名のある者の何人かはイプリンゲル子爵領まで逃げ延びることが出来たと思われます。

 これは次々話で出てくるイプリンゲル子爵一族の命運について上手く説明出来るからです。


 このイプリンゲル子爵一族の命運はイプリンゲル子爵ウェルヴォ・ブルクハルドルは何処にいったかという謎に関連します。


 結果からいうとイプリンゲル子爵ウェルヴォ・ブルクハルドルは”グラニダニの戦い”の当日或いは数日以内にグラニダニ山付近の森林地方で戦傷が悪化して死亡して、地面に掘った穴に埋葬されたと思われます。


 これは現在は未公開ですが、リファニア王国藤一戦争後に王立図書館に保管されていたイプリンゲル子爵軍の突撃に応戦した近衛隊の百人隊長達の供述を纏めた限りなく一次資料に近い文書が公開され、さらにその十数年後にとある旧家で見つかった当時近衛隊の戦士長だった者の手柄話を家族に送った手紙が発見されます。



 供述書のまとめではイプリンゲル子爵軍はマルナガン王一人を狙って一団となって突撃してきたと記述されていました。


 イプリンゲル子爵軍がグラニダニ山南麓の森林地帯を迂回して、その森林地達とグラニダニ山西方のマルナガン王軍が展開している草原地帯の境に到着した時はすでにトランテオン僭称王軍は総崩れになり、続々とマルナガン王軍はトランテオン僭称王軍が縦列になっていたベムリーナ街道へ歩を進めつつある所でした。



挿絵(By みてみん)




 この光景を見た聡明なイプリンゲル子爵ウェルヴォ・ブルクハルドルは味方はすでに敗走に移っていると判断して、森林地帯の突破に時間を使いすぎたことを悔やんだでしょう。


 そしてここで逆転を狙うのならマルナガン王の首級を上げる以外には選択肢はないこともすぐにイプリンゲル子爵ウェルヴォ・ブルクハルドルは理解したでしょう。

 幸いなことにまだ草原にはリファニア王旗をはためかせた本陣がおり、その周囲の守備は手薄いことをイプリンゲル子爵は見て取ったでしょう。


 そこで戦上手と言われたイプリンゲル子爵ウェルヴォ・ブルクハルドルは一か八かで側面を気にしないで全軍で本陣への突撃を敢行したと思われます。


 供述書のまとめに戻るとイプリンゲル子爵軍は楯と脛当てを装備しておらず、それこそ槍を両手で水平に持って突撃したとあります。

 またイプリンゲル子爵軍が森林地帯に逃げ去った後で、多くの脛当てが森林地帯の端に放置されていたとあります。


 また楯も放置されていたがその数は多くは無かったとも記載されています。


 楯と脛当ては戦列を組んで戦う場合には必須の武具です。しかし一団となってマルナガン王一人を目標に突撃をする場合は手枷足枷でしかないのでイプリンゲル子爵ウェルヴォ・ブルクハルドルが放棄させたと思われます。


 また楯の数が少なかったのは傾斜地ばかりといっていい山麓の森林地帯では楯は移動の邪魔で体力を奪うために疲れの見える兵士に放棄させたと思われます。


 イプリンゲル子爵軍の規模については、各自の言うことが異なっており正確には不明だが、二千というのは考えにくいが七百の近衛隊よりは多かっただろうと供述書のまとめは曖昧にしています。


 これは一団となってイプリンゲル子爵軍が突撃してきたとしても、多少は幅があったはずですからイプリンゲル子爵軍の密度が高い場所やそうでもない場所があり、目の前のイプリンゲル子爵軍と必死に戦った近衛隊の中で相手の規模に対する実感が異なっていたと思われます。


 王家編纂の”リファニア合戦誌”ではイプリンゲル子爵軍は千前後から千数百と記載がありますが、その原資料である供述書のまとめが出てきたことで各自の証言の平均値を採用していることがわかり戦史編纂担当者は出来るだけ客観的な記録を心がけたことがわかります。


 さてイプリンゲル子爵軍の兵士の中に何人か陣羽織を着た者がいて、その周りに取り分け兵士が集まっていたという記載があります。 


これは当時の風習からして指揮官であることは確実です。


 現在のリファニアでも陣羽織は存在しますが、それは相撲での化粧まわしのような存在で実際の戦場ではほぼ着用されません。

 現在は寒暖への調整は甲冑の下に着用する鎧下と呼ばれる衣服で行います。また特に寒気が厳しければマントを甲冑の上に羽織ります。



挿絵(By みてみん)




 これは合戦の規模が大きく苛烈にそしてより組織的になるに従って、指揮官が狙われることが多くなったからです。

 指揮官はそれなりの上等は甲冑を使用しているので、近くの味方には存在がわかり遠目の敵には指揮官か兵かは分かりませんので、わざわざ指揮官であると教える陣羽織を戦場では着用しなくなったのです。


 さて供述書のまとめには『右が白、左が緋色の陣羽織を着た戦士が率いる一団が遂にマルナガン王に接近し、その陣羽織を着た戦士がマルナガン王に迫ったので弓兵が至近距離から矢を喉元に射込んだが戦士はさらに突進して槍でマルナガン王を突いた。すぐに王の近習が剣を振るったので槍を握った戦士の右手が手首で切断されてマルナガン王に深く突き刺さることはなく、さらにもう一人の近習が戦士の肩口にある甲冑の開口部から腋に槍を突き刺した』という生々しい記述があります。


 この後、周囲から集まった近衛兵達がこのマルナガン王に接近した一団を押し返して、近衛隊以外の諸隊がようやく駆けつけてイプリンゲル子爵軍に横槍をいれたので、たまらずイプリンゲル子爵軍は散り散りに退散したとあります。


 さてこの供述書のまとめを補完するのが旧家で見つかった当時近衛隊の戦士長だった者の手柄話を家族に送った手紙の内容です。


 この戦士長はマルナガン王の傍でイプリンゲル子爵軍を防いで”(自分は)二人は討ち取ったが、王に手傷を負わす者がおりすぐさまに剣を突き立てられた。イプリンゲル子爵軍は死んだ者や怪我をして動けなく者は見捨てて逃げたが王に手傷を負わした者だけは数人で担いで逃げた。この不届き者を討ち取りたかった”が残念であると家族に書き送っています。



挿絵(By みてみん)




 実はマルナガン王を負傷させた白と緋色のひときわ目立つ陣羽織を着た戦士は、イプリンゲル子爵ウェルヴォ・ブルクハルドルその人である可能性が高いのです。


 当時の習いとして貴族家当主やそれに準じる者は家中で最も目立つ陣羽織を着用していました。

 マルナガン王自身も真っ赤な陣羽織を着ており、それを目標にイプリンゲル子爵軍が押し寄せました。


 無論影武者や他の者に目立つ陣羽織を着せることも出来ますが、一か八かの突撃ですからイプリンゲル子爵自身が軍勢を奮い立たせるために目立つ格好で先頭にいたとする方が自然です。


 真相はわかりませんが状況証拠からして、マルナガン王に戦傷を負わせたのはイプリンゲル子爵ウェルヴォ・ブルクハルドルその人であり、自身は重傷を負って家臣達によって運び出されてと思えます。


 そして右手首の切断、首筋に矢傷、脇腹に槍による傷を負ったイプリンゲル子爵ウェルヴォ・ブルクハルドルは出血多量で死亡したと推測されます。


 そして僅かに従っていた者達が遺体を森林地帯の何処かに埋めたと思われますが、余程の偶然がなければイプリンゲル子爵ウェルヴォ・ブルクハルドルの遺体が見つかることはないでしょう。

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