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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二十二章 シャクナゲ舞う南部紀行
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サヴォンリンナ神殿への道行き27  ささやかな罪とそのささやかな罰

 祐司とパーヴォットにとって密航者騒ぎは、エラファ・オヴィオという船員が犯人がわかったところで、一旦終わった。

 

 オヴィオが名乗り出ると祐司はイルデフォンド船長に「これでわたし達の仕事は終わったと思います。事後処理はわたしの出る幕ではないので部屋に帰ってそろそろ寝たいのですが」と言った。


 イルデフォンド船長は恐縮して「ご助力ありがとう御座います。ごゆっくりお休み下さい」と祐司とパーヴォットを船員食堂から退出させた。



 翌朝、基幹船員食堂に祐司とパーヴォットが出向くと、イルデフォンド船長とルドヴィグ航海士見習が朝食を食べていた。


 祐司は挨拶をするとオヴィオとエルマニの処遇をたずねた。


「オヴィオは閉じ込めておくことも思いましたが、こき使うことにしました。今日は朝から一人で甲板磨きをさせています」


 イルデフォンド船長は少々うんざりしたような口調で言った。



挿絵(By みてみん)




「官憲に引き渡すのですか?」


 祐司はオヴィオという男の発する巫術のエネルギーによる光の変化から悪意に基づいて動いているのでは無くただ戸惑い怯えていたことを知っている。


 確かにエルマニの気を引いて話す切っ掛けを維持する為にキレナイトの合同見合いについて虚偽の説明をしていたことは責められるが、それとて最初の小さな嘘を訂正できまいまま話がどんどん大きくなってしまったのではないかと祐司は思っていた。


 さらに一晩寝てオヴィオという不器用で気の小さい男に多少同情心が沸いていた。


「いいえ、刃傷沙汰であれば別ですがこれはヘルコ船舶商会内のことです。ただどうギスムンドル総帥に意見書を出したものかと悩ます。

 オヴィオは船乗りとしては腕がいいんです。船の上では申し分ないんです。今回の行為は悪質な行為というより間抜けな行為です」


 祐司の更なる問いかけにインディフォンド船長は今度は益々うんざりした感じを増して言った。それにつづけるようにルドヴィグ航海士見習が疲れたという雰囲気でしゃべり出した。


「若手の中では一番オヴィオが掌帆長に近いと言われていましたからね。今となっては言い訳ですが、オヴィオが樽の数を数えますといった時に、オヴィオでなければ断っていたと思います。


 出港前に密航騒ぎの芽を摘む切っ掛けはいくつもあったでしょう。


 前日に急な積み込みの仕事が入らなければエルマニはオヴィオの下宿で話をして終わりでした。


 出港当日でもエルマニがオヴィオの下宿で彼が積み込みの仕事で埠頭に出掛けたと聞いて帰ればそれで終わり。

 

 埠頭に行っても常識通り門でオヴィオを呼び出せばよかった。エルマニが荷馬車と一緒に埠頭に行くのを門番が逃さなけらばここで終わり。

 埠頭でエルマニに出会ったオヴィオが彼女を門の所まで連れて行けばよっかたし、樽に入ってエルマニが積み込まれそうなったり、また積み込まれてもその時に正直にわたしに話して謝ればその時は怒られても出港すれば笑い話でした。


 どれもがそう難しい事ではありません。むしろそうしない方を選ぶのがおかしい。まるでオヴィオが悪神ゾドンに魅入られたように思えます」


 ルドヴィグ航海士見習は頭を左右に振りながら目を閉じた。


「ヘルコ船舶商会ではあまりない不祥事です。わたしは拘束する権利を行使できますが、最終的な懲戒は商会が決めますが商会もどのような処分がいいいのか悩むでしょう」


 インディフォンド船長は今度は疲れたような声を出した。


「罰金とか降格すればいいのでは?」


「職務が不誠実であるということで罰金はありですね。どの程度がいいのか。そして降格といっても平船員ですし」


 祐司の言葉にインディフォンド船長は祐司に助けを求めるような口調になった。


 祐司は今までの会話でインディフォンド船長はオヴィオを解雇せずにそれでいて他の船員に示しがつく処罰の内容を求めていると感じた。


「減給を数ヶ月ほどするとかどうですか。航海手当を何割か減らす手もあります。降格手段については訊きたいことがあります」


「何でしょう?」


 祐司の思惑通りにインディフォンド船長は少しばかりすがる感じだった。


「先程、ルドヴィグさんがオヴィオさんを将来の掌帆長に考えているといいました。大体、平船員から掌帆長になるには何年ほどかりますか?」


「早い者でも十年以内ということはありません。技量は勿論必要ですが或る程度の年齢になって押しがきいて長く努めているという人望が出来てこないと。ですから十年未満の者を掌帆長にすることはありません」


 インディフォンド船長は祐司から思いもかけないことを聞かれたという感じで言った。


「オヴィオさんはヘルコ船舶商会の平船員になって何年目ですか?」


「六・七年でしょう」


 祐司の質問にインディフォンド船長は今度は考えながらという様子で答えた。


「それなら二・三年ほどキャリアから引けば掌帆長になるのに余計に時間がかかりますから降格になります。それをヘルコ船舶商会全体で公にすればどうでしょう」


「それは目に分かる処分ですが、わたしの一存では」


 インディフォンド船長は祐司の案に乗り気ではあったが腕を組んだ。


「ギスムンドル総帥は困った時はわたしに頼れと言ったのでしょう。それならわたしがギスムンドル総帥に手紙を書きましょう。こういう処分方法はどうでしょうという提案です」


「よろしくお願いします」


 インディフォンド船長の返答で祐司はオヴィオに関する話は決着したと判断した。


「次はお嬢さん(エルマニ)の方をどういった扱いにするかです」


 ルドヴィグ航海士見習がこれも難しいという雰囲気で言った。


「乗客にしてあげて下さい。わたしが船賃を出します。わたし船の中で話し相手が欲しかったのです」


 パーヴォットが話相手が欲しいというが、目的地のネルナンには明日の朝には到着する予定である。祐司が見るところパーヴォットはエルマニという女性に同情しているようだった。


「貴女に船賃を出させたとなるとわたしはギスムンドル総帥とアルシャネル様に怒られます」


 インディフォンド船長は難しい顔をして再び腕を組んだ。


「オヴィオに出して貰えば?嫌とは言わないでしょう。いや言わせんません。ソフィアネッテ号の船員も納得する罰になります」


ルドヴィグ航海士見習が妙案といった感じで言った。


 その時、掌帆長のブリドルが基幹船員食堂に入ってきた。


「インディフォンド船長、エルマニがどうして頼みたいことがあると言っているのですが」


 ブリドルがそう伝えるとインディフォンド船長はすっと息を吐いてから言った。


「何だ?」 


「自分で船賃を出すというのですが、それに関して頼みがあるそうです」 


「まあ、聞こうか。ここに」


 インディフォンド船長は少しばかり考えてから言った。掌帆長のブリドルはすぐに基幹船員食堂を出て行った。


「エルマニさんは今どうしているのですか」


 パーヴォットが心配げに訊いた。


「取りあえず第三甲板の船首に隔離する必要がある病人用の小部屋があるのでそこに入れています。そこは外から鍵がかかりますから」


 この質問にはルドヴィグ航海士見習が答えて、インディフォンド船長が補足するようなことを付け加えた。


「掌帆長のブリドルはエルマニの親父の元で働いていました。恐らくブリドルはエルマニをは小さい頃から知っているはずですから気が気ではないのでしょうか」



 しばらくして掌帆長のブリドルが少しおずおずとした様子のエルマニを伴って戻ってきた。


「船長、心ならずとはいえども勝手に船に乗ってしまったことは咎だということはわかっております。

 船賃を出すべきですが、お金がありません。どうかわたしをこの船で働かせてください」


 エルマニが切羽詰まったような感じでインディフォンド船長に言った。


「働くといっても」


 インディフォンド船長は言葉に詰まった。


「給仕や皿洗い、料理の下ごしらえなんか出来ます。洗濯や掃除も出来ます」


 エルマニは訴えるような目で言った。


「デゼメ・パンタレオ、ここにきてくれないか」


 インディフォンド船長は厨房に向かって大きな声を出した。


「何でしょう」


 すぐに司厨長のパンタレオがやってきた。


「このお嬢さんが乗船する対価に給仕や皿洗いをしたいといっている」


「給仕と皿洗いをお願いしましょうか。それから食堂の掃除かな」


 インディフォンド船長の言葉にパンタレオは少し間を置いて言った。


「だ、そうだ」


 エルマニの方へ向き直ったインディフォンド船長が言った。


「はい、頑張ります。今から仕事します。じっと部屋に居るのは苦手です」


エルマニが喜色満面で言った。


「ではデゼメ・パンタレオの指示で仕事をしなさい。それから君がいていいのはこの第二甲板の一般船員区画以外の場所だ。甲板に出たい場合はわたしの許可を取ること。部屋は空いている基幹船員室に移って貰う。

 君がいた第三甲板の小部屋にはオヴィオを入れる。オヴィオとは接触禁止だ。これらのことをカラシャに帰港するまで守れるかね」


 インディフォンド船長は厄介事が解決したので、優しげにエルマニに言った。


「オヴィオさんと会わないでいいのは助かります。気まずいだけです」


 今度もエルマニは笑顔で答えた。


「オヴィオには少しばかりの気持ちもないのか」


 ルドヴィグ航海士見習がエルマニに問うた。


「愛想はよくしますけどただの”白鯨亭”のお客さんです。では仕事を始めます」


 エルマニは素っ気ない感じで言うと、パンタレオに「何をすればいいですか」とねだるような感じで言った。

 そしてパンタレオが「説明するから厨房に来なさい」と声をかけて厨房の方へ向かうと、エルマニは「はい」と嬉しそうな声を出してついていった。


 祐司とルドヴィグ航海士見習は少しばかり見合って肩をすくめた。



注:リファニアの荷役作業

 リファニアの荷役作業は合法と非法との間にある壁の上を歩く存在である渡世人の稼業の一つです。


 それはリファニアにおいては荷役作業が季節性を持っていることが背景にあります。リファニアでは冬季は経済活動が低下しますが、それは海運と内陸水運も同様です。


 また港湾における荷役作業は夏季でも天候により左右され、繁忙期と閑散期が不定期に訪れます。


 この為に船問屋が常雇いの港湾作業員を維持するのは不経済と見なされています。


 さらに重労働と危険性がある仕事柄、力任せの気性が荒い者が集まりやすい関係上、監督者は渡世人という重しが必要です。


 荷役を生業とする渡世人は船問屋と契約しており、船問屋の求めに応じて監督付で作業員を派遣します。この渡世人が集める作業員は他に定職を持たない細民が主体です。


 細民を集めたリファニアの渡世人は前近代的な手配師と近代的な人材派遣業の両方の面があります。



挿絵(By みてみん)




 船問屋は一隻について幾らという契約で渡世人に料金を出します。渡世人は四割ほどを手数料として確保して残りを集めた臨時荷役労働者に払います。ただ残りの六割でも平気的な職人の一日の賃金を優に超えます。


 かなりピンハネしているようですが、この渡世人が確保した金は渡世人の懐にそのまま入るワケではありません。


 特に手に職のない細民は”人入れ屋”という看板をあげた渡世人が経営する組織に日雇い的な形で働きますが、渡世人は何回か雇用して信用できると判断すると組員として正式に雇用して毎月一定の給金が出ます。


 これは仕事の能力以外に入った日銭をどう使っているのかが重視されます。酒や博打で使い果たす者が多いのですが、中には過半を家族の為に使ったり僅かずつでも貯めようとする者がいます。


 こうした人間は恒心があり、真面目に仕事を続けると人の裏表を知り尽くした渡世人に判断されます。


 前述したピンハネのような手数料の半分以上はこの組員の給与の原資となっています。ただこの給与は仕事が続いている臨時雇いとそれほど相違はありませんが、十日毎に定期定期に支払われます。


 そしてこれは通年で荷役作業が激減する冬季はこれも渡世人の仕切る仕事である石炭や薪炭の臨時配送員、或いは角材や平板を製造する仕事で代替されます。反対にいうとこの冬季の仕事を与えられる人数が組員の上限ということになります。



挿絵(By みてみん)




 港湾作業が繁忙期で人手が足りない時は、渡世人と繋がりのある棒手振りのような小規模な商人、一人親方のような各種の職人が割りのいい小遣い稼ぎとして参加します。


 さて祐司と縁の出来たギスムンドル総帥が統括するヘルコ船舶商会は本拠地カラシャに専用の埠頭を持っています。

 本文で出てきたように出港当日に少量を積み込む場合は、急遽荷役作業員を集めるのが面倒なので船員がつみ作業をすることがあります。


 ただし積み込み作業に使った移動式クレーンだけは専門の作業員を呼び出して行いました。

 この作業員はヘルコ船舶商会の埠頭掛の所属です。そして移動式クレーンもヘルコ船舶商会の所有です。


 ヘルコ船舶商会の埠頭掛はさらに倉庫管理も行っていますが、ここの所属人員の半分ほどは元はヘルコ船舶商会の船員です。船員は基幹船員以外は五十歳ほどで船から下りるので再雇用者ということになります。


 ヘルコ船舶商会で仕事をしたい船員が多いのは給与や待遇がいいことと船をおりた後も雇用先を確保してくれることにあります。


これはギスムンドル総帥が優秀な人員を集めたければ待遇をよくするという当たり前のことを行っているにすぎませんが、現代日本でも優秀な者を安価で雇うという二律相反なことをしようとしている経営者は大勢います。


ヘルコ船舶商会は通常の荷役作業は矢張りカラシャの渡世人が組織する荷役組合に業務を委託しています。

ただヘルコ船舶商会が他の船問屋と異なるのは荷役作業員を世話する渡世人と専属契約を結んでいることです。


リファニアのほとんどの地域では人手を集めて特定の現場に送り込むことは”人入れ業”と呼ばれて、認可が出るのは慣例的に渡世人ということになっています。


 単に仕事先を斡旋するのは”口入れ業”でこれは誰でも出来ますが、実際は元渡世人の仕事です。

(第十二章 西岸は潮風の旅路 春風の旅14 ”癇癪のドリー”とジュルムデルビール 下 参照)


 この為にヘルコ船舶商会といえども渡世人の仕事を代行することは事は出来ません。


 ただヘルコ船舶商会はこうした事業を行っている渡世人と専属契約を結ぶことで、渡世人でなければ営めない集団人材派遣業である”人入れ業”に実質的に参入出来ます。


 これは渡世人にとっては独立性を損なうというデメリットはありますが、安定してまた計画的に事業を行えるメリットと堅気の商人の配下ということから、灰色の存在である渡世人はより白い存在になれます。


 また荷役以外にもヘルコ船舶商会配下の亜麻生産を行うヘルコ商会などへ農地開拓や刈り取り作業にも参加出来て遊休者を極力減らすことが出来ます。

 

 現在、カラシャでも王立水軍の基地が建設中ですが、その費用は王立水軍とカラシャが折半しています。


 そしてカラシャの支出分の半分はヘルコ船舶商会が出していますが、工事はヘルコ船舶商会の傘下にあるカラシャ組が行っており基地建設に必要な労働力は配下の渡世人のネットワークを使ってリファニア西岸一帯から広く集めています。


 すなわち一旦ヘルコ船舶商会が出した王立水軍基地の建設費は工事代金として再びヘルコ船舶商会に戻ってきています。

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