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星海の灯火 〜英雄は星を救わない〜  作者: セルヴォア
帝都と軍令府

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帝都星の重さ

降下艦の丸窓から見えるヴァールブルクは、最初、雲だと思った。


ガルディア星鋼帝国の中心であり、制度・秩序・評価が支配する場所でもある首都星ヴァールブルク。


白くて分厚い層が惑星表面を覆っているのを見て、リオは少しの間そう考えた。しかし目を凝らすうちに、それが雲ではなく建物の密度だとわかった。


都市が積み重なっているのだ。


上層から下層へ、皇宮と貴族邸宅、軍施設と官庁街、工廠と市民区、さらにその下の地下基盤層まで、ヴァールブルクという惑星は垂直に都市が積み上がっている。大気圏の入り口に立つと、その重さが視覚として伝わってくるのだった。


惑星の軌道環には、軍港衛星が等間隔に並んでいた。


輸送艦、護衛艦、工廠艦、補給基地。どれも格納庫の灯が灯っていて、軌道環全体がひとつながりの夜の街路みたいに輝いている。リュミナ・ノードの採掘施設とは規模が違う。あそこは宙域に散らばっていたが、ここは一本の首輪のように惑星を取り巻いている。


「でかいな」


ユーリが隣の席からのぞき込んで言った。


「でかいね」とリオも答えた。


「飛ぶものの量も違う。軌道修正のたびに三隻は擦れ違う」


リオも窓から見えた。降下艦が降下回廊に入る間も、護衛艦が抜いていき、補給艦が行き来する。軌道上の交通を整理する管制信号だけで帯のように流れていた。


「ルメンと比べると」とリオは言いかけた。


「比べるな」とユーリが言った。「比べ始めると、ここに来てから全部がしんどくなる」


それはたぶん正しい。


リオは窓から目を離した。



降下に四十分かかった。


降下艦は大気摩擦で少し揺れ、高度が落ちるごとに上層の白さが分かれて街の輪郭が見えてきた。着陸直前、車窓のように流れた景色の中に、黄色い灯を散らした大きな建物群があった。皇宮の外縁区だと、同乗した兵士が教えてくれた。


「よく見えるぞ。ルメンから来た組は皇宮を見て目を丸くしていく」


ベテランらしい中年の兵士だった。話しかけてきた理由はわからなかったが、悪意はなかった。


「第一軍港で降りるのか」と彼は続けた。


「はい」とリオは答えた。「帝都基地への配属です」


「そうか。帝都基地はいい場所だ。ルメンの現場と違って、着替える場所もある」


冗談なのかそうでないのか、声から判断できなかった。


「ありがとうございます」とリオは言った。



第一軍港の着陸甲板は広かった。


降下艦が止まると、すぐに誘導員が来て乗客を分けた。帰還兵、定期転属、補給物資と、手際よく仕分けられていく。


リオとユーリはルメン戦帰還の転属枠だった。


受け付け端末のある小さな区画に通されて、書類を出して、スタンプを押してもらった。担当の文官は若かった。リオの資料を確認する時、一瞬だけルメン戦という文字に目が止まったが、それだけだった。


「お疲れ様です。帝都基地への配属通知は今日中に基地側から来ます。移動は軍の定期シャトルをお使いください。次発は一時間後です」


「補助具の申請についても確認したいんですが」


リオが言うと、文官が視線を上げた。


「補助具ですか」


「はい。灯導補助具を使用しています。艦内仕様のものなので、基地の設備への接続が合うかどうか確認したくて」


「基地内の補助具接続端末は標準仕様です。艦載仕様の補助具については、規格外接続として申請が必要になります」


「申請はここでできますか」


「申請書は人事局の様式です。担当窓口は軍令府人事補助科になりますので、別途お問い合わせください」


言葉が丁寧だった分、それ以上でも以下でもなかった。


リオは「わかりました」と言って席を立った。


廊下に出ると、ユーリが待っていた。


「どうだった」


「補助具の接続が合わないかもしれない。申請が必要で、窓口は別のところらしい」


「軍令府か」


「そう」


「わかった。俺が医療局に持ち込む。お前の身体に関わる設備の適正化は医療士官の権限で動けるから、そっちから申請した方が早い」


「でも、ユーリの担当でもないでしょ」


「担当かどうかの前に、必要かどうかだ。接続が合わなかったら姿勢保持が崩れる。それは医療問題だ。俺が担当する」


ユーリの声に迷いはなかった。


それが少し、リオの心を温めた。


「ありがとう」


「礼はまだいい。接続確認してから言え」



帝都基地までのシャトルは、上層から中層にかけての空路を三十分で移動した。


窓の外に都市が広がった。建物の密度が軌道から見た時よりさらに濃い。上層区は大きくて装飾的な建物が並んでいて、下に行くほど高さが詰まって隙間が狭くなる。路面の光は均一ではなく、区画によって温かい色と冷たい色が分かれている。


「あっちは工廠区か」とユーリが言った。


「違うと思う。色が違う。工廠は青白い光を使うって聞いた。あれは橙色だから市民居住区じゃないか」


「よく知ってるな」


「事前に少し調べた」


「律儀なことだ」


ユーリが窓から顔を引っ込めた。


「ルメンは前線だったから、帝都を知る必要はなかった。ここはそうじゃない。どこに何があるかを知らないと動けない」


「それはそうだ」


「基地の中も同じだろうと思って」


リオは膝の上に手を置いた。


補助具が腰と膝を支えている感覚がいつも通りある。今のところ問題ない。ただ、基地に着いてから始めて座り直した時、接続端末のない環境でどうなるかはわからない。


艦内にいた頃は、寝台も椅子も解析卓も、補助具のキャリブレーションに対応していた。長時間作業でも姿勢が大きく崩れなかったのは、設備と補助具が噛み合っていたからだ。


新しい場所では、それが最初からあるとは限らない。


リオはそれを知っていた。知っていたうえで、どこへ行っても付きまとうことだとも理解していた。


「着くぞ」


シャトルが傾いた。



帝都基地の入り口は、軍港の雑踏とは別世界だった。


広い正門を入ると、石畳の広場が奥まで続いていた。整列した木々が等間隔に植わっている。正門から建物の入り口まで、将校が二人、背筋を伸ばして立っていた。


リオとユーリが書類を見せると、将校の一人がリオの灯導補助具に目を向けた。


何も言わなかった。


ただ、目が一度止まった。


「こちらへどうぞ」


案内に続いて歩きながら、リオはその一瞬を反芻した。


ルメンのクライセンブルクで最初に乗艦した時もそうだった。補助具を見る目線が、ほんの少しだけ変わる場所がある。そこには悪意とも同情とも言えない何かがある。


ここもそういう場所なのかもしれない。


廊下を歩くと、軍服の格が少しずつ変わった。


廊下の奥の方へ行くほど、肩章の星が増え、勲章の数が増える。廊下で擦れ違う人間の歩き方が変わる。踵の音が小さく、視線が前を向いて、軽く頭を下げ合う礼が宮廷式に近い。


リュミナ・ノードでは、艦内の人間が廊下ですれ違う時はだいたい声を出した。短くてもいい、「おう」でも「どうだった」でもいい、何か言いながら通り過ぎる。それが当たり前だった。


ここでは違う。


静かに擦れ違い、礼をし、通り過ぎる。


「所定の居住区画は四号棟の三階です。入室端末のコードはこちらに」


案内の将校が紙を渡した。


「基地内の通信は各区画の端末から。医療局は五号棟の一階。食堂は本棟の地下です。ご不明の点は受け付け窓口へ」


「ありがとうございます」


将校が去ると、廊下に二人だけ残った。


ユーリが手元のコードを見た。


「四号棟。この棟から離れてるな」


「基地の地図は事前に送られてきてたけど、実際に歩くと距離感が違う」


「行くか」



四号棟への廊下は長かった。


リオが歩くペースに合わせて、ユーリは特に急がなかった。それをわざわざ言わない。ただそうやっている。それがこの親友の習慣だとわかっていたから、リオも何も言わなかった。


廊下を曲がったところで、肩章に金糸の入った士官が三人、固まって立ち話をしていた。


リオたちが近づくと、一人が横目で見た。


リオの補助具を見てから、胸の勲章列を見てから、顔を戻した。


三人の会話は続いている。


何かを言われたわけではない。ただ、値踏みされた感じが残った。


「ルメン戦は」と、ユーリが突然言った。


「え」


「ルメン戦のことは、ここでは何でもないかもしれない。帝都じゃ遠い話だからな」


「……うん」


「腹が立つか」


少し考えてから、リオは答えた。


「腹が立つというより、そういうものかなって思う」


「そういうものとは思えない程度には頭に来てる顔してるぞ、お前」


「そうかな」


「そうだ」


ユーリは廊下の先を向いた。


「戦場と後方では見えるものが違う。それはしょうがない。しょうがないで済ませたくないけど、今日一日でどうなるもんでもない」


「わかってるよ」


「わかってる顔をしてると、俺の話が短くなるんだが」


それはたぶん本当のことだった。


リオは少し息を吐いた。


「わかってるふりをしてる。本当は、ちょっともやっとしてる」


「正直になった。じゃあもう少し話す」


ユーリが少しだけ歩調を緩めた。


「ここは格式がある。その分、俺たちが入り込む隙が最初は見えない。でも隙はある。どこにでも現場と結果は残る。お前が感じたことを出し続ければ、いずれ誰かが気づく。それを待つのが今だ」


「ユーリはもうそういう結論出てるんだな」


「俺はお前のことを考えてきた時間が長い。着任の前日まで考えてた」


「それは」


「言うな。俺が勝手にやったことだ。礼は要らない」



四号棟の居住区に入ると、部屋は思っていたより狭かった。


机と寝台と棚が並んでいて、窓は小さく、外は他棟の外壁が見える。艦の個室よりは広いが、窓から空が見えないのが艦より閉じた感じを与えた。


寝台に腰かけると、補助具の支えが少し変わった。


床の固さが艦と違う。


リオはゆっくりと腰の位置を確認した。補助具が自動で角度を調整する。ただ、机の端に補助具のキャリブレーション接続端末があるかどうか確認すると、なかった。


艦では解析卓に必ずついていた端末だ。


「接続端末がない」


ユーリが隣の部屋から戻ってきた。


「俺の部屋も同じ仕様だった。標準仕様だ、ここは」


「キャリブレーションを手動で調整するか、端末のある場所まで行くか」


「医療局に行けばある。今日中に申請して、この部屋に一個追加してもらう」


「すぐにそれができるのか」


「できる建前かどうかは知らん。俺が話を持っていくから、お前は黙っててくれ」


ユーリが部屋の壁を確認しながら言った。


「床の接続端末は廊下に一個ある。今日の夜はそれで対応できるか」


「できる。長時間でなければ問題ない」


「長時間にしない。今日は着いた日だ」


「でも手続きが」


「手続きは明日以降でもできる。今日できることとできないことを分けろ。お前が疲れ切ってる状態で手続きしても、確認が甘くなる」


それも正しかった。


降下と移動と受け付けで、今日だけでいくつも違う場所を歩いた。補助具は身体を支えてくれているが、それが全部の負荷を消してくれるわけではない。今の状態で新しい書類と窓口の応対を重ねると、夜には頭が痛くなる。


「わかった。今日は落ち着くだけにする」


「よし。じゃあ、飯にしよう」


ユーリが部屋の入り口から外を示した。


「地下に食堂があったはずだ。腹が減ってから動くな」


「まだそんなに減ってないけど」


「まだ減ってないは、減ってきてからでは遅い、と俺は経験から知っている」


リオは立ち上がって補助具の重さを確認した。


問題はなかった。


「行こう」



食堂は広かった。


艦の食堂の三倍以上の広さがあった。天井が高く、照明が均等に当たっている。テーブルは全部白いクロスで覆われていて、食事を取って戻ってくる士官たちが静かに席に着いている。


声が小さい。


艦の食堂は食事の時間になると人が密集して、声と食器の音が混ざり合って、壁に反響していた。広さはなかったが、そこには熱があった。


ここは静かだった。


広くて、きれいで、静かだった。


リオはトレイを取って列に並んだ。


本日の配膳は星鋼帝国の標準的な食事だった。どの盛り付けも量が均等で、崩れていない。


「お前、悲しい顔をしている」とユーリが言った。


「してない」


「している。食堂を見て悲しい顔をしている」


「静かだなと思っただけだ」


「そこが悲しいのか」


テーブルを選んで、二人で向かい合って座った。


ユーリが箸を手にとって、一口食べた。


「悪くない」


「そうか」


「旨くもないが、悪くない。艦の食堂より食材の質は上だ。ただ、あの雑然とした感じはない」


「うん」


ユーリが少しの間、食べながらリオを見た。


「慣れるさ」と、ユーリは言った。


静かな声だった。


「慣れる前に参るなよ。俺が飯を連れていく。それくらいはできる」


「ありがとう」


「また礼を言った。まだ礼を言う段階じゃない」


「じゃあ、いつ言えばいい」


「慣れた頃に言え。その頃には俺も忘れてるから、礼を言われる方が面食らう」


リオは少し笑った。


「そういうことにしておく」


「そうしろ」


食堂の照明が天井から均等に落ちている。


テーブルの白いクロスに、食器の影がまっすぐ伸びていた。


ルメンの食堂には影が複雑に重なっていた。天井が低くて光が一方向から来て、人が密集しているから影が人の後ろについてきた。


ここは影がきれいだ。


きれいというのは、整っているということで、リオにはそれがどういうことか、まだうまく言えなかった。


ただ、ここが自分の新しい場所なのだということは、食堂の静かさが伝えてくれた。


ルメン戦は終わっていない。しかしあの宙域の戦闘は一区切りついた。


功績の記録は残った。注釈も残った。


それを持ってここに来た。


ここで自分がどうなるかは、まだわからない。


リオは食事を続けた。


隣のテーブルで将校が二人、低い声で話している。聞こえないが、書類の話だと思う。書類は書類の顔をしている。


ユーリが追加の汁物を取りに席を立った。


一人になった瞬間、食堂の静けさが少し大きくなった。


遠い場所に来た、とリオは思った。


そして、それがまだ怖いのか楽しみなのか、自分でも決まっていないのだと気づいた。

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