やっぱり胃袋重要。胃袋を掴めば村人も増えるに違いない。
「そこをなんとか、お願いします」
深々と頭を下げるリムレさん。却下してもまだ食い下がるか。あきらめが悪いな、この人。
「いえ、無理です」
「そうは言っても、こんな森の中では、いずれ食糧も尽きますし、必要な物品の購入もゲラドバまで行かないと難しいでしょう? そのついででいいんです! ほら、さっきのキバトラの毛皮も、ゲラドバまで行かないと売れませんよ!」
「いや、今、そのゲラドバの町から戻ったばっかりですよね? とりあえず今はあの町まで行く意味を見出せませんから。まあ、口で言うより、見てもらった方が早いか。ついてきてください」
そう言って僕はリムレさんに背を向けて歩き出す。さりげなく、リコと手をつないで。あくまでもさりげなく。うん。うまく手をつなげた気がする。こうすればいいのか。さりげなさって大事。
あ、いや。指をからめる恋人つなぎにはできてないですけどね……。まだそこにチャレンジはできない……。それはさりげなさがない気がする……。
「どこ行くの、テッシン?」
「畑。見てもらった方が早いと思う」
「なるほど」
ちょっと嬉しそうにリコが微笑む。
「久しぶりに食べられるね!」
僕とリコは、リムレさんを引き連れて畑へと向かう。キッチョムさんとナーザさんもその後ろについてくる。
僕とリコが作った実験畑では、とりあえず、長さ10メートルくらいの畝が4本あって、水魔法の水で栽培していたため、泉やそこから流れる小川とはやや離れている。
畑の中の赤い実が見えた途端、リコは僕の手を離してダッシュした。はい。たった今、僕は食べ物に負けましたよ、残念ながら。僕との手つなぎよりも食べ物です。でもいいんだ。リコの胃袋は完全に僕が持ち込んだかばんが掴んでるはずだから。
畝の1本には小さ目のリンゴ並みのサイズに巨大化しているイチゴ。なんと、たくさん実ってます。でも、既に腐って落ちた分もありますが、それはそのうち種を回収したいと考えてます、はい。
「……最高」
幸せそうなつぶやきがイチゴにかぶりついたリコから漏れる。わかる。とても。しかも食べてる笑顔がかわいい。僕も言いたい。リコ最高。
僕は、イチゴをいくつか摘んで、リムレさんたちにひとつずつ、差し出した。
「食べてみてください」
そう言いながら手渡して、僕も毒味係のような感じで、かぷっと一口。ああ、ジューシーで甘くて、最高。
「……これ、何ですか? 初めて見ましたが?」
「……っ! 甘いっす!」
「……うめぇ」
警戒して食べないリムレさんと、すぐに食べたキッチョムさんやナーザさん。リムレさん、こういうところに出張するの、向いてないんじゃないかな? 警戒するのは大切だけど、挑戦も必要だよね?
開拓者ギルドも、もっと人を選ぶべきなのでは? あ、ゲラドバの町くらいのギルドの規模じゃ、職員を選べるほど人数がいないのかも。それはありそうだ。
続いて、隣の畝のプチトマトを収穫する。プチトマト、みかんサイズだけどね。プチって小さいって意味だったよね? どうしてこうなった?
それもうほとんど普通のトマトだから。
でも、このプチじゃないみかんトマトを植えたらどうなるんだろうか。最終的にかぼちゃサイズのトマトとかになったりしたら、ちょっと怖いかも。あ、でも、トマトソースを作るにはいいのか。でっかくなっても。そこはありだね。
プチとはいえないプチトマトも、既に落ちてしまったものもある。しかも、イチゴと違って、落ちたところからもう新しい芽が出て、伸びている。プチではないプチトマトの生命力がありすぎる。このへんの植生を滅ぼしていくんじゃないだろうか。
「これも、食べてみてください。さっきのイチゴほどは甘くはないですが、美味しいですよ」
「……んー。ちょっと苦手っすね」
「いや、あっさりとしてイケるぞ?」
「……」
トマト系は異世界でも好みが分かれるらしい。キッチョムさんは苦手、ナーザさんはオッケーらしい。
迷いなく食べる二人へと自分が知らない何かを見る目をリムレさんは向けている。そんなリムレさんの右手にイチゴ、左手にプチトマトが握られている。早く食べればいいのに。度胸が足りない。
リコはイチゴに張り付いたままだ。幸せそうな顔が見えて僕も幸せ。でも、僕の魅力ではなく、リコが胃袋になびいたという疑惑はさらに強まりますよね……。リコがあのかばんの中を確認していた時を思い出してしまう……。
ついでに、蔓と葉に埋め尽くされた隣の畝の一部を崩して、ひとつだけサツマイモをもぎ取り、畝をもとに戻す。
これも、デカい。サツマイモでもたぶん最高のサイズだろう。成人男性のふとももより少し大きいぐらいのサイズ。形はちがうけど桜島大根みたいなサイズのサツマイモ。これを焼き芋にしたら中心部に火が通らないのではないかと思ってしまう。遠赤外線なら関係なく届くんだろうけど。
「こういうイモも、収穫できます。もうひとつの畝も、また別のイモが育ってます。その気になればウサギでもクマでも肉はいくらでも手に入りますし、食糧が足らないってことはないです」
「そ、そうですか……」
「だから、今回、家を建ててくれる大工さんたちが来てくれたので、当分、ここから出る予定はないです。護衛はあきらめてください」
「そんな……」
「おれたちはもう村人だからな」と言いながら、ナーザさんがプチではないトマトをむしって口に入れている。
「そうっすね!」と答えつつ、キッチョムさんはイチゴにむしゃぶりついている。
リムレさんも早く食べればいいのに。ただし、村人だからといって食べ放題という訳ではないので、そこは後で二人に注意をしないと。
「おーい、テッシンさまよーい」
そうやって大声で僕を呼びながら、土木建築職人のサイゼラさんが近づいてきた。
最初は「アンタ」と呼ばれていたのが、いつの間にか「テッシンさま」と「リコさま」呼びに変化していた。なんでだろうか。
最年長っぽいサイゼラさんがそう呼ぶので、今では他のメンバーもみんな「さま」付けだ。なんとなく、くすぐったくて慣れないけど、「さま」付け、やめてくれないんですよね。
「テントの準備は終わった。女どもがメシはどうするんだって心配してる。あと、建築予定について、話したいんだが」
「あ、わかりました。リコ、戻るよ」
「ふぁーい」
口にイチゴを頬張っているので返事が変なリコもかわいい。もうどうしようもないかわいいです。
今日の夕食はサツマイモ入りの塩漬け肉のスープでいきたいと思います。サツマイモの甘みが塩漬け肉の塩気でぐっと引き立つ、この開拓村での自慢の一品です。
泉の方へと戻ると、僕が建てた実質的には寝室のみの丸太小屋の周りに、テント村ができていた。
トイレは二つ、小川沿いに用意済みで、使用方法も説明済み。水が流れている間は使用中なので、目隠し用のタープの中には入らないこと。これ、大事。男性陣の小の場合は、つい、どこででも放出してしまいそうになるけど、必ずトイレを使うように伝えてある。
「……というワケで、冬までに全員の家を建てるのはぎりぎり間に合わないだろうってことと、とりあえず家よりも、ここで暮らすには防壁の方がまず優先じゃないかって、話だな。まあ、ここの冬がどのくらいの雪になるかってのがわからないが」
僕が皮を剥いで干しておいた丸太の山の前で、サイゼラさんが土木建築計画について説明してくれた。干してあった丸太から製材して、家を建てていくけど、材木が足りたとしても、冬までには時間が足りないらしい。
「防壁の方が優先、ですか?」
「おう。うちの弟子たちも、鍛冶屋のナラも、そこは絶対だって言ってるぜ」
「どうしてですか? 家があれば……」
「いや、家があっても、魔獣からは身を守れないからな。防壁ならともかく、家の壁ぐらいはあっさり壊されるぜ。だってよぉ、このへんの魔獣はあのクマとかトラとかだろ? テッシンさまやリコさまでないと、倒したり、追い払ったりはできない。だが、これも、防壁があれば、他の者でも追い払うことはできるかもしれん。だから、防壁が先なんだ」
……いきなりの城塞都市建築? それってもう村ではないのでは? いいの、それで?
「とにかく、このへんの魔獣は強過ぎる。防壁を優先するか、防壁を並行して造るか、そうでもしないと安心して暮らせないぜ」
「なら、並行していく方針でいきましょう」
「……そうか。助かるぜ、テッシンさま。まず、テッシンさまの家と、石造りの火事場と……そのあたりは建てるにしても、それぞれの家は後回しにして、食堂を先に建てよう。みんなが寝泊まりできる広さは食堂ならあるし、そこでなら冬も越せる。あとは娼館も先だな」
「娼館も?」
「寝泊まりする場所の代用にもなるし、ヤるのは落ち着いてヤりたいだろ……」
……それは性癖によるのでは? いや、まあ、わかるけどね。
「僕とリコの家は後回しでいいです。とりあえずあの丸太小屋があるので」
「……あれはいつか、解体させてくれ。テッシンさまとリコさまの希望通りのでっかい家を建てるからよ」
「その時はお願いします。それと、場合によっては、家よりもいろいろなものを優先してもらいますね。水車とか、ほしいので」
「水車? まあ、麦畑があるんならそれもいるのか……」
……麦畑はないけど、水道計画です。上下水道をちゃんと分けておきたいし、やはりテンプレで、僕とリコの家にはお風呂がほしい。ほしいったら、ほしい。
「あとは、どこに、何を建てるのかってことと、どれくらいの防壁を造るのかってことなんだが……」
「みなさんにできること、できないことを教えてもらいながら、少しずつ考えていきましょう。それと、力仕事はできるだけ手伝いますし、どんどん木を抜いて皮を剥いでおきますよ。逆に、必要があれば大工のみなさんも含めて全員に作業をお願いすることだってあります」
「麦の収穫とかだな。それは理解できるぜ」
……麦の収穫ではなくて、塩湖での塩づくりだったりします。あと、来年には麦ではなく米の収穫の予定です。はい。
持ち込んだ種子を活用してまずは農産物チートから!
「……で、その後ろのしょぼくれたおっさんは何だ?」
「え?」
僕は背後を振り返る。そこには確かにしょぼくれたおっさんが立っていた。ギルド職員のリムレさんだ。
「……すみません。どうか、村人として仲間に加えてもらえないでしょうか?」
ギルド職員のリムレさんが仲間になりたそうにこっちを見ている!?
「……まあ、ゲラドバまで帰れる訳がないってのは、わかるぜ」
サイゼラさんがものすごく同情した目で見つめている。
「おれたちへの違約金とか賠償とかは忘れてもらっちゃ困るっすよ!」
「これでリムレさんもお仲間だな。こうなるとは思ってたが」
キッチョムさんとナーザさんは、ちょっと嬉しそうだ。なんで?
まあ、とりあえず、僕とリコの開拓村は、ギルド職員と開拓者二人を加えてスタートするようです!




