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第4話(完結)

 レニーは呆然としていた。

「チャリティクリスマスなんだよ」

 傍にいつのまにか立っていた老人が、人懐こい笑みを浮かべてレニーに教えてくれた。

 老人は、自前の見事な白い髭をいかしてサンタクロースの格好をしている。恰幅がよく穏やかな顔立ちがサンタクロースにぴったりだった。右手にぺしゃんこになった白い袋を下げている。もうほとんどプレゼントを配り終えてしまったあとなのだろう。

「貧しい子供たちや身寄りがなく施設にいる子供たちに、老人ホームの老人たちがサンタクロースになってプレゼントを渡すんだ」

「そ、そうなんですか」

 レニーは署に貼ってあったそのポスターを思い出していた。確かにそんなことが書いてあった。それが今日で、場所がここだということはすっかり忘れていた。

「いろんな人がいますね」

 見まわしてレニーはため息をついた。

 よく見ると、全員が老人のサンタクロースではないのだ。老人のなかに壮年のサンタクロースやレニーと同じくらいの若い男が何人か見える。女性は年齢に関係なく、帽子だけが赤いもので統一されているが、服装はまちまちだ。

 しかし男は全員、赤い服、髭をつけ、帽子を目深にかぶっている。子供たちに紙芝居をみせているサンタクロース。椅子に座り、子供たちをひざに乗せて話しているサンタクロース。追いかけっこに参加している元気なサンタクロース。膨らんだ大きな白い袋をもてあまして、椅子代わりにその上に座っているサンタクロース。小さな子供たちを順番に肩車しているサンタクロース。子供よりボランティアの若い女性に話しかけるほうに熱心なサンタクロース。スマートフォン片手に動画を撮りながらはしゃいでいるサンタクロース。サンタクロースサンタクロースサンタクロース……。

 走りっぷりで若い男だということははっきりしているのだが、ほとんどが引ったくりと似たような背格好で同じ衣装を身に着けているために、特定ができない。


「わたしらはウェントワースホームというところの人間だがね。女性陣は帽子だけだが、男たちは全員サンタクロースさ。男の入所者はさほど多くないんだ。職員やボランティアの青年たちがたくさんまじっとるよ、付け髭だがね。わたしはこの日のために髭をのばしておるんだ」

 呆然とサンタクロースの群れをながめているレニーに、老人は自慢気に髭をなぜてみせた。

 ウェントワースホームという老人ホームのことはレニーも知っていた。腕のいいシェフが料理をしてくれて、メイド付きで、豪華な部屋は一流ホテルにも劣らないという噂だった。老人ホームとはいえ、金持ちでわりあいに元気な老人たちが入る老人専用のホテルのようなものだ。

「なるほどね。どうりで若い男のサンタクロースもたくさんいるはずだ」

 ため息混じりのレニーの言葉に老人はにこやかにうなずいた。これでは探せない。出口で全員のボディチェックをするしかないのだろうか。だが、それもどうなんだ? 今日はせっかくのクリスマスなのに。無粋すぎる。

 見ていると、子供たちはサンタクロースに会えて幸せそうな顔をしている。サンタクロースと一緒にスマートフォンで写真を撮り、手をつなぎ、微笑みあっている。そして、出口に向かおうとしている子供たちもいる。帰る時間なのだろう。

「もうそろそろ時間でね。表に子供たちの施設からと、わたしらのホームからそれぞれバスがやって来るんだよ」

 老人が、広場の中央にある石造りのモニュメントについている大時計を見上げて教えてくれた。

 もうじき針は六時を指す。


 レニーは迷っていた。若いサンタクロースだけを出口で留め置けばいいじゃないか。でも、子供たちになんて言い訳しようか。

「さぁ、わたしのプレゼント袋ももうぺしゃんこだ。君にこれをあげよう。わたしの最後のプレゼントだよ」

 老人がにっこり笑ってレニーの手に何かを押しつけた。

「メリークリスマス!」

 そういうと、彼は近くにいた子供たちを何人か引き連れて、出口へ向かってゆっくりと歩いていく。レニーが手の中をみると、そこには赤と金色のリボンが直接ボディに巻かれた小さなパトカーがあった。

 レニーの口元が小さくほころんだ。

「ありがとう、サンタクロース。メリークリスマス!」

 レニーが声をあげると、老人が振り向いてにっこり笑うのが広場の真中にあるツリーの灯りで明るく照らされて見えた。

 そしてそれとともに、ある光景がレニーの目の前にはっきりと浮かんだ。澄んだ音を立てて六時の鐘が鳴る。

「そうか、わかった。あれが引ったくり犯だ」

 レニーはポケットにパトカーをしまうと口元に笑みを浮かべ、引ったくり犯の方へ向かって自信ありげな足取りで歩いていった。


 BBは外に電話をかけるかどうかまだ迷っていた。

 もうじき、六時になる。コーツが押し入ってきてから二十分経った。誰も来ない。電話もない。ましてレニーも戻ってこない。

「早くしろよ、でかいの。外の誰かに電話して、早くクラウンの野郎を呼びつけろ! じゃなきゃ、直接クラウンをここへ呼びつけろ! スマホくらい持ってるんだろうが」

 そこまでいわれては仕方がない。BBはコーツから目を離さないようにして、ゆっくりと電話の方へ移動した。自分の机のものでもよかったが、もっと床の上の銃が取りやすいラッドの机の署内電話を選んだ。手はまだ頭の後ろに組んだままだ。

「手を下ろすぞ」

 ラッドの机にある電話機に慎重に手を伸ばす。

 もう少しで受話器が取れる、というそのときだった。

「ハーイ! 俺だ、レニーだぜ、BB。メリークリスマス!どうだい? 最高だろ? 俺のプレゼントは。びっくりした?」

 あきらかにいつものレニーの陽気な声が、高らかに部屋の中に響き渡った。

 BBはギョッとする。

 そしてコーツは、はっとしてその声がした方へ銃を向けた。


 引ったくり犯のロッドは、満足していた。

 白い袋の上に座り込んだまま、楽しげに広場の中を眺めていた。

 クソガキどもはもう帰る時間で、そろそろこの茶番もお開きになる。そうしたら悠々とここから出て、バースの店に行って今日の獲物をゆっくりと吟味しよう。

 最後の獲物はきっとでかい。あの婆さんが俺にバッグを盗られる前に、もうちょい買い物を控えといてくれりゃもっとよかったけど。まあ高そうなハイブランドのバッグには、スマートフォンもカードも入っていそうだし、この際現金はどうでもいい。

「ねぇ、君」

 ぼんやりとそんなことを考えていると、横合いからふいに声をかけられてぎくりとする。見上げると、金髪の天使が微笑を浮かべて立っていた。

 いや、違う。

 美形ではあるが、翼もないただの若い男だ。後光のように見えたのは、ツリーにたくさん付けられたLED電飾の照り返しにすぎない。

「なんだよ」

 どきりとした分をとりかえすようにぶっきらぼうに返事を返す。

「さっき盗ったバッグを返してもらおうかな」


 さわやかな声とともに肩がつかまれ、ロッドの身体が宙に浮いたように感じた。次に信じられないくらい強い力で後ろへ腕がひねられる。

 いててて、と声をあげるが、金髪の天使は顔に似ずまったく容赦がなかった。払いのけようとしても、万力のような指でしっかりとつかまれ身動きがならない。下手に動くと、肩にとんでもない痛みが走った。

「何しやがる! 俺がいったい何をしたってんだ」

 痛みに声をかすれさせながらもわめくロッドの耳元で、小さく天使が囁く。

「市警本部、殺人課レニー・クラウンだ。おとなしくしないと肩の関節をはずすぜ。なんだったら両方とも。俺、得意なんだ、そういうの」

「さ、殺人課?」

 ロッドの顔が青ざめた。名乗った名前もSNSで見かけた気がする。BBとかいう大男と組んでいる奴じゃなかろうか。逆らうのは得策ではないかもしれない。力が抜けたロッドの両腕があっさり後ろにひねられ、そこに冷たい音を立てて手錠がかけられた。

 広場の中にはすでに子供たちはいない。いく人かのボランティアと思われる青年たちが後片付けをしているだけで、広場の片隅で起きている出来事に気づいた者はいないようだった。


「なんでわかった、俺だって」

 ロッドが恨めしそうな顔をした。

「これだよ」

 レニーがさっきまでロッドが腰掛けていた白い袋を、軽くブーツで蹴った。

「子供たちにプレゼントを配ったんなら、袋は空のはずだろう? 他のサンタクロースは全員、袋がぺちゃんこだったぜ。だけどお前の袋だけ妙にでかかった。じゃあいったい何が入ってるのか、といえば」

 レニーはロッドの肩を片手でつかんだまま、器用に袋を拾い上げて中を探った。 

 袋には丸めたぼろくずのほかに、さっき引ったくられたハイブランドのバッグとやはりブランドのクラッチバッグ、数点の財布の他にタブレットやワイヤレスイヤホンなどが入っていた。

「そういうことか」

「そう、そういうこと」

 また、レニーにあの天使の微笑を浮かべられて、ロッドはがっくりと肩を落した。

「さ、行こうぜ、相棒」

 レニーは陽気に獲物の袋をロッドの肩に乗せ、しっかりと彼の腕をとる。夕闇の中、ツリーの電飾に見守られながら、ふたりはゆっくりと広場をあとにした。


 コーツの気がそれた。

 銃口は一瞬、マリアの頭から離れてレニーの声がしたBBの机の方向を狙ってさまよっている。

 エリックは引出しを開けて銃を取った。ノートを跳ね飛ばし、グリップをつかみ取り、スライドを引いて、撃つ。最初に頭の中で描いていたとおりに、うまくいった。

 だが、弾はそれた。狙いはよかったはずなのだが、コーツの腕がさっきまであったところになくなっている。

 マリアがハイヒールの細いかかとで思いきり男の足を踏みつけたのだ。

「このクソアマ!」

 コーツは呻き声をあげて彼女を放し、エリックの弾はそのまま壁に撃ちこまれた。その隙にBBが銃を拾い上げ、コーツを撃つ。BBの弾は、狙いを(あやま)たずコーツの右肩と左のわき腹を撃ち抜いていた。

 コーツの銃が力なく床に落ち、その身体は後ろの壁に激しく打ち付けられている。

「エリック! 爆弾だ。処理班を呼べ!」

 BBの言葉に弾が外れて呆然としていたエリックが我に返り、すぐに床のスマートフォンに飛びついた。

 念の為、銃を突きつけたまま、すばやくBBはコーツの傍に寄りその身体を探った。

 特に怪しいものは出てこない。

 妙に冷静なマリアが、フレッドのそばにかがみ込み、スピーカーモードにしたスマートフォンで救急車を依頼しつつ応急処置をしている。その内容から救急車がコーツのためでなく、フレッドのためのものだとBBは気づいて苦笑を浮かべた。

 コーツは気を失ったまま、身じろぎもしない。だが、死に至るというわけでもなさそうだ。ここへきてようやく刑事部屋の表が騒がしくなり始めていた。

 BBは安堵のため息をつきながら、ドアレバーロックをはずしにドアへ向かった。


 レニーが不思議そうな顔で刑事部屋に戻ってきた。

「よぅ、BB。なんだい、この騒ぎ」

 あれから三十分ほど経っていたが、まだ、鑑識や爆発物処理班がそこらをうろうろしている。C-4爆弾はすでに撤去されたが、本当にもうすべてないのかどうか最後の点検をしているのだ。

 フレッドとコーツはすでに救急隊によって病院に運ばれてしまっていて、エリックと制服警官が何人かそれに付き添っている。

 また、本日の”英雄その二”といってもいいマリアは、すでに伝票の山を見捨ててイアンの元へ帰ってしまっていた。

「こら、レニー。どこへ行ってやがった。便所にしちゃ長すぎんだろ」

 険悪なBBの声にも、レニーはどこ吹く風だ。

「別にどこにも。ただちょっと引ったくりを見つけたもんだからさ」

「引ったくり? 署の廊下でか?」

 BBの皮肉にもレニーは肩をすくめるだけで終わらせた。それからレニーは声をひそめ、親指で廊下を指した。

「それよりほんとになんかあったの?」


 報告書を打つ手を止めて、BBは太いため息をついた。本当にコーツの野郎は、ここの廊下の掃除用具入れに爆弾を隠してやがった。しかも非常におそまつなお手製時限装置付きで、処理班が言うにはいつ爆発してもおかしくなかったらしい。冷や汗が出たが、終わってしまえばそれまでのことだ。

「あー、いろいろな。あとでゆっくり教えてやるよ」

「ふーん。ま、いいか。あ、そうだ、BB。どうだった? 例のあれ」

 レニーがにやにや笑った。

 BBが首をひねってようやくレニーのいう『あれ』が何かに思い至った。

「ああ、これな」

 BBは、自分の机の端に置いてあった”本日の英雄その一”の小さなクリスマスツリーを、目の高さまで持ち上げた。

「気に入ったよ、レニー。時間もぴったりだった」

 熱心なBBの賛辞の口調に、レニーが満足げに微笑んだ。

「だろ? 録音が簡単でさ、声が自由に入れられるんだよ。しかも、こんなにちっこいのにタイマーまでついてるんだぜ? 土台をはずして底の部分で設定できるんだ。目覚まし代わりに奥さんの声でも子供の声でも入れとけばいいよ」

 レニーは軽くウィンクをして、自分の席に座った。


「しかも再生音が妙にばかでかいしな。たぶん、お前が思ってるよりずっと、こいつはいい仕事してたぜ」

 小さな声でBBがつぶやいたが、レニーには届かない。

「あれ? なんだ、これ」

 レニーは、自分の机の上に置いてある古ぼけたクッキーの缶に気を取られていた。

「ああ、それな。お前にクリスマスプレゼントだ」

 ええ? とレニーが目をむく。どう見ても新しいクッキーの缶ではない。

 そして、確かに缶の蓋には小さな薄汚れたシールが貼ってあって、それには「ミスター・レニー・クラウン」とへたな字で書かれていた。

「誰から?」

 疑わしげな声をあげたレニーにBBがいたって真面目な声で告げる。

「ミスター・コーツだ。開けてもいいが、素手で触るなよ。あとで鑑識にいく手はずになってる」

 はぁ? 誰だっけ、それ、しかも鑑識ってなに? とレニーが間抜けな声をあげるが、BBは静かにかぶりを振るだけで真顔のままだ。

 レニーがジャケットの内ポケットから小さな折りたたみナイフを取り出すと、刃の先で缶の蓋を恐る恐る持ち上げた。中には小さな紙切れが一枚あって、表書きと同じくへたくそな文字で

THE BOMB!(最高にイケてる!) MERRY(メリー) CHRISTMAS(クリスマス)

 と、書かれていた。

 その文字がBBのものだとレニーが気づくのは、たぶん明日になってからのことだろう。


 END


 ※THE BOMB=元は「爆弾」の意味だが、スラングでは「すごく良い」「最高にイケてる!」



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