第七話 『影潜む市街、悪夢は黒く疾る』
第七話『影潜む市街、悪夢は黒く疾る』を投稿します。
今回は、大門突破後の市街戦が中心になります。
ヤマト単独の突撃から始まり、メテオ側の新たな戦力、そしてナイトメアの介入まで、戦場がさらに混沌としていく回です。
ここから戦況が一気に複雑になっていきます。
ぜひ最後まで読んでいただけると嬉しいです。
大門を越えた先には、白く凍った平野が広がっていた。
北方自治区メテオの外縁部。巨大な大門の内側には、広大な雪原が広がっていた。奥に見える巨大な城、そこにアルバートはいる。ヤマトはそう考えて、雪原を突っ走る。
「どけよ」
大門から逃げ遅れたメテオ兵たちにも、ヤマトは容赦しない。黒い大太刀が振るわれるたびに、メテオ兵の槍が折れ、盾が割れ、兵たちの身体が雪原へ叩きつけられる。斬る。踏み込む。薙ぐ。避けるという動作すら必要ない。
「雑魚ばかりか……」
ヤマトはつまらなそうに舌打ちした。
そのまま平原を進んでいると、市民街の外縁に近づいてきた。
家屋が見える。石造りと木材を組み合わせた質素な建物が並び、通りには避難の跡が残っている。倒れた荷車、踏み潰された布袋、開いたままの扉。だが、不思議と民の姿はない。
「へえ。住民は逃がしてるってわけか」
ヤマトは鼻で笑った。
「綺麗事の国らしいな。戦場で民を守る余裕があるなら、最初から王に逆らうんじゃねえよ」
その時だった。
市民街の大通りの向こう側から、整然と足音が響いた。
現れたのは、師団規模のメテオ軍だった。槍兵、弓兵、魔導兵、盾兵。市民街の幅広い通りを塞ぐように隊列を組み、屋根上にも弓兵が配置されている。雑な包囲ではない。どこへ踏み込めばどこから射線が通るかまで、計算されている布陣だった。
その後方に、一人の男が立っていた。
軍服に似た白灰色の外套を纏い、腰には剣を提げている。しかし、その手は柄に触れていない。細身で、戦士というより文官に近い立ち姿。だが、その目だけは違った。戦場全体を静かに見渡し、感情ではなく情報として敵を捉える目だった。
ヤマトは大太刀を肩に担ぎ、笑った。
「なんだ、お前」
男は一歩だけ前へ出た。
「北方自治区メテオ防衛軍、作戦指揮官。イーブル三傑が一人、ワイズ・ロンメル」
「三傑? また変な肩書きが出てきたな」
「あなたはドミニオン王国軍のヤマト殿ですね。大門での戦闘記録は確認しています。率直に申し上げます。ここで撤退してください」
「あ?」
ヤマトの眉がぴくりと動いた。
ワイズは声を荒げなかった。
「この先は市民街です。すでに住民は避難させましたが、ここを戦場にはしたくありません。こちらとしては、無用な市街戦は避けたいのです。市民たちの帰る場所を失わせたくはありませんから」
「優しいねえ」
ヤマトは笑った。だが、その笑みには温度がない。
「俺からすりゃ、ここに住んでる時点で同じだ。王に逆らった土地の連中だろ? 兵士だろうが市民だろうが、メテオの旗の下にいるなら反逆者の仲間だ」
「はて? 私どもは逆らったつもりはございませんが。あなた方が勝手に騒いでいるだけでしょう。アルバート様は大層悲しんでいらっしゃいましたよ。王は体だけではなく頭も衰えてしまわれた、とね」
「ああ!?」
「アルバート様は寛大なお方です。ここで手を引いてくだされば、あなた方の蛮行をなかったことにしてもよいと仰せです。どうか、お引き取り願いたい」
ヤマトは大太刀を下ろした。迸る怒りが、全身を駆け巡る。
「どのツラ下げたらそんな言葉が出てくるんだ!? テメエらみてえな虫けらが王を愚弄するか!!」
言うが早いか、ヤマトはメテオの大軍に駆けていく。
その刹那、ヤマトの足元の影が揺れた。
黒い何かが、影の中から噴き出す。
鋭利な爪だった。
影から伸びた黒い腕が、ヤマトの脇腹を斜めに裂いた。血が飛び、ヤマトの身体がわずかに傾く。
影は、刃が届く前に地面へ溶けた。
「……てめえ」
ヤマトは傷口を片手で押さえ、険しい顔をした。
彼の背後、建物の影から、一人の男が姿を現す。黒い外套。感情の乏しい顔。光の下に立っているはずなのに、輪郭の一部が影に溶けているように見える。
「シャドウ、仕留めそこなうとは情けない」
「すまん。思ったよりもまだ冷静だったらしい」
シャドウは、血の付いた爪をなめながらヤマトを見やる。
「急所を外したか。反応が速い。だが、満足には戦えまい?」
「今のが挨拶か?」
ヤマトの問いかけに、答えはなかった。シャドウの右手が黒く歪む。指が伸び、爪のように鋭く変質した。魔法で身体を変えているのか、それとも影そのものを纏わせているのか、見ただけでは判別できない。
ヤマトは大太刀を構え直した。
「いいじゃねえか。さっきまでの雑魚どもよりは楽しめそうだ」
笑ったヤマトだったが、息遣いが荒い。
「全軍、総攻撃をかけなさい!」
ワイズが右手を下ろした。
同時に、弓兵が射る。正面ではなく、左右の屋根から斜めに。ヤマトは大太刀で矢を弾きながら前へ出ようとしたが、その足元の影が再び膨れ上がる。
「影爪」
シャドウの声が落ちた。
地面から伸びた黒爪が、ヤマトの脚を狙う。ヤマトは跳んでかわすが、その着地点にはすでに盾兵が待ち構えていた。槍が突き出される。ヤマトは槍をまとめて斬り払う。
だが、その瞬間にはシャドウが背後の影から現れていた。
黒爪が背中を狙う。
「ちっ」
ヤマトは身体をひねってかわし、大太刀を横薙ぎに振るう。シャドウの胴を捉えたはずだった。しかし手応えはない。刃は影を裂いただけで、シャドウ本体は通りの反対側に移っている。
「逃げ回るだけかよ」
「戦場で相手の望む間合いに立つほど、私は愚かではない」
「それで勝った気になってんのか?」
ワイズの指揮は冷静だった。ヤマトを殺すために兵を無駄に突撃させない。正面を盾で止め、側面から矢と魔導で削り、シャドウが影から奇襲する。ヤマトが怒って踏み込めば、その先には誘導された包囲がある。
単純な力なら、ヤマトが圧倒していた。だが、戦場そのものがヤマトを拒んでいた。何より、シャドウから食らった一撃が予想以上に深かったらしく、徐々にヤマトの動きは鈍っていった。ヤマトの体にはいつの間にか、生傷がいくつもできていた。
「どうしました? 誇り高きドミニオン王国の将軍閣下」
「ああ!?」
怒る言葉にも、キレがなかった。呼吸が荒い。
「戦に勝つには力だけでは足りません。誘い込まれたあなたは袋のネズミです。たった一人で、何ができるというのですか」
「ネズミだと!? 人間風情が、上で指図するだけのテメエに愚弄される筋合いはねえんだよ!」
ヤマトの目に怒りの炎がともる。大太刀を掲げてワイズへ一心不乱に突撃する。
「お前から先に斬る!」
その瞬間、彼の踏み込みが変わった。
雪と石畳が砕け、ヤマトの身体が一直線にワイズへ向かう。盾兵が割って入るが、黒い大太刀が盾ごと吹き飛ばした。弓も魔導も間に合わない。
だが、ワイズは動かなかった。
ヤマトの影が、彼自身の足元で歪む。
「影縫い」
シャドウの声。
黒い影が鎖のように絡みつき、ヤマトの足を一瞬だけ止めた。ほんの一瞬。それだけで十分だった。ワイズは半歩下がり、ヤマトの刃は彼の外套の端だけを裂いた。
次の瞬間、シャドウの黒爪がヤマトの肩を抉る。
「ぐっ……」
「確かに、あなたは強かった」
ワイズは距離を取りながら言った。
「ですが、動きが単調です」
「上等だ」
ヤマトの声に、怒りが混じった。
「まとめて殺してやるよ。お前らみたいな理想かぶれの北の連中は、結局、誰かの首を差し出さねえと話が通じねえらしいからな」
「見苦しい……これでは話にもなりません。シャドウ、楽にしてさしあげなさい」
「言われなくても……」
シャドウの鋭利な爪が、ヤマトの喉をかっ切らんとしたその時、市民街の外側、平野の方から黒い煙が流れ込んできた。
それは地面を這い、壁を撫で、倒れた兵の影を踏み越えながら、異常な速度で市街へ近づいてくる。まるで闇そのものが意思を持って移動しているかのようだった。
黒い奔流の中心に、仮面が存在していた。
ナイトメアは、暗黒物質を散らしながら高速で雪原を進んでいた。ヤマトが残した死体と破壊の跡を辿れば、迷う必要はない。
「まったく、最初から私を出しておけばよいものを」
ナイトメアは吐き捨てた。
「狂神だの何だのと持ち上げられても、所詮は獣の群れだ。斬ることしか能がない。ヤマトなど先鋒に出せば、こうなることはわかりきっていた」
ヤマトがいるのが、遠目に見えた。敵兵に囲まれている。だが、問題はそこではない。影から攻撃する黒い男と、後方で全体を動かしている白灰色の外套の男。
ナイトメアはすぐに理解した。
「指揮系統は、あの人間か」
仰々しい鎌が、闇の中から形を成す。
「ならば、首を刈れば終わる」
次の瞬間、ナイトメアの身体がほどけた。
暗黒物質が霧のように散り、ワイズの背後の影で再び形を結ぶ。完全な無音。殺気すら遅れて届く奇襲だった。
「――っ!」
ワイズが振り返るより早く、鎌の刃が振り下ろされた。
血が飛ぶ。
だが、首は落ちなかった。
ワイズは咄嗟に身を捻り、致命傷だけを避けていた。肩口から胸元にかけて深く裂かれ、その場に膝をつく。
「ほう」
ナイトメアは仮面の奥で目を細めた。
「人間にしては反応がよい」
「ワイズ!」
シャドウが影から飛び出す。黒爪がナイトメアを狙うが、ナイトメアは鎌の柄で受け流し、闇の壁で押し返した。
「同類の匂いがするな。だが、貴様の闇は借り物だ」
シャドウは表情を変えない。
「お前がナイトメア・フリッツか」
「そうだ。メテオのネズミどもには過ぎた名だろうが、覚えて死ね」
ヤマトが舌打ちした。
「遅えんだよ、仮面野郎」
「助けに来たわけではない。貴様は醜態をさらしすぎた。これ以上は王国の武威にかかわる」
「あ?」
「図星を刺されて怒るな。見苦しい」
二人の間に、一瞬で険悪な空気が流れた。
だが、敵は待ってくれない。ワイズは血を押さえながら後方へ下がり、兵に短く命令を飛ばす。
「陣形を変更。前列は下がれ。魔導兵は遮蔽を優先。シャドウ、無理に仕留めるな」
「了解した」
ナイトメアはその声を聞き、低く笑った。
「まだ指揮を取るか。面白い。ならば、次は確実に喉を裂いてやる」
「おい、仮面」
ヤマトが大太刀を構える。
「あの影野郎は俺が斬る。邪魔すんな」
「好きにしろ。私は指揮官を殺す」
「命令すんな」
「命令ではない。貴様にも理解できる程度に簡単な役割分担をしてやっただけだ。気に入らんのなら後方に下がって手当でも受けていろ」
「殺すぞ」
「敵を殺せ」
ヤマトは一瞬、ナイトメアを睨んだ。
「お前の言うことを聞いたわけじゃないということを肝に銘じておけ!」
吐き捨てるように言葉を残して、ヤマトは再び突撃する。
「最初からそうしていれば、多少は役に立ったものを」
二人は同時に動いた。
ヤマトが正面から突っ込む。盾兵が構えるより早く、大太刀が陣形を割る。シャドウが影からそれを狙うが、ナイトメアの暗黒物質が横から伸び、影の出口を潰した。シャドウが別の影へ移る。その瞬間には、ナイトメアの鎌がワイズの退路を断っている。
ヤマトという暴力が正面を壊し、ナイトメアという悪夢が隙間から命を刈る。互いを信頼しているわけではない。むしろ互いを嫌っている。だが、敵を殺すという一点だけは一致していた。
ワイズの顔に、初めて苦い色が浮かぶ。
「厄介ですね」
「今さら気づいたか」
ナイトメアが鎌を構えた。
「王に逆らった代償だ。理想も自治も平等も、首が繋がっていて初めて語れる。貴様らはそれを忘れた」
ヤマトが笑う。
「さっさと終わらせようぜ。北の反逆者どもに、ドミニオンへ歯向かう意味を教えてやる」
その時だった。
市民街の背後、平野側から、荒々しい足音と怒号が響いた。
ヤマトが振り返る。
ナイトメアも、わずかに仮面を傾けた。
崩れた通りの向こうから、血と雪にまみれたメテオ兵の一団が姿を現す。その中心に、巨大な大斧を担いだ男がいた。
エスミック・イェッケルン。
大門でヤマトと戦い、撤退したはずの男。その部隊が、後方から市民街へ流れ込んできていた。
「よう、ヤマト」
エスミックは歯を剥き出しにして笑った。ヤマトの大怪我を見て取ったらしい。
「まだ生きてたか、ドミニオンの狂犬」
ヤマトの笑みが凶悪に歪む。
「それはこっちのセリフだ」
ナイトメアは舌打ちした。
「挟まれたな」
前方にはワイズとシャドウ。
後方にはエスミック。
市民街の中央で、ヤマトとナイトメアは完全に挟撃されていた。
それでも、二人の顔に恐怖はない。
あるのは、怒りと殺意。
そして、戦場を黒く染める予感だけだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第七話では、ヤマトの強さだけでは突破しきれない戦場と、ナイトメアが加わることで生まれる最悪の連携を描きました。
仲が良いわけではないのに、敵を倒すという一点だけで噛み合ってしまう二人の危うさを出せていたら嬉しいです。
そして、最後にはエスミックが再び登場し、ヤマトとナイトメアは完全に挟撃される形になりました。
次回は、この状況からさらに戦場が大きく動いていきます。
ブックマーク、感想、評価などいただけると本当に励みになります。
引き続き『LASTDAY』をよろしくお願いします。




