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【完結】抗竜記 ~発明少年、竜世界に抗う~  作者: 敷知遠江守
~サモティノ地区エモーナ村~

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第50話 工芸品

登場人物

・ドラガン・カーリク…人間。ベレメンド村の発明少年。

・アリサ・ポーレ…人間。ドラガンの姉。ごく普通の常識人。

・ダニーロ・ムイノク…人間。新米冒険者。

・フローリン・ザレシエ…エルフ。教師。

・エドゥアルド・コウト…人間。調理師見習。

・アンドレーア・エニサラ…エルフ。新米冒険者。

・デニス・ポーレ…人間。造船所の営業。ロマン・ペトローヴにそっくり。

・ヴァレリアン・スミズニー…人間。『バハティ丸』の親方。

・アンナ・スミズニー…人間。ヴァレリアンの妻。

・レシア・スミズニー…人間。ヴァレリアンの娘。

・ドゥブノ辺境伯アナトリー…人間。サモティノ地区の貴族。領民反乱により幽閉。

・ドゥブノ辺境伯ビタリー…人間。サモティノ地区の貴族。アナトリーに代わり爵位を継承。

・ユローヴェ辺境伯…人間。サモティノ地区の貴族。

 ドラガンたちが蟄居となってから、ふた月が過ぎようとしている。


 その間ドラガンはユローヴェ辺境伯を訪ねて来た貴族と知見を広げている。

漆箱を見てからというもの、サファグンのヴラディチャスカ族長が暇さえあればユローヴェ辺境伯を訪ねて来ている。



 ヴラディチャスカ族長は悩んでいた。


 サファグンはサモティノ地区の人間たちとは美術の感覚が少し異なる。

人間は、なるべく絵は大きく描き全体の装飾を大きく作るものを美しいと感じる者が多い。

それに対しサファグンは、非常に細かい細工を効果的な場所に施したものを美しいと感じる者が多い。

サファグンはそれを『余白の美』と呼んでいる。

ちなみにエルフは絵より模様を好み、ドワーフは細かい絵が随所に散りばめられているものを好む。

ただ人間の中にもサファグンやドワーフのような美的感覚を持つ者は少なくない。

族長からしても漆細工の話は商機だと感じているのだ。


 サファグンにもペティアのように芸術家はいる。

ユローヴェ辺境伯領内で、それまでごく潰しと見られていた絵描きや彫刻家のような芸術家が急に脚光を浴びたのを知り、サファグンの芸術家たちは漆細工に手を出そうとしているらしい。


 だが如何せん、これまで漆器技術は人間たちがほぼ独占しており、サファグンには知識が欠片も無い。

族長はまず、そうした芸術家に工房を利用させて欲しいとお願いした。

彼らに漆器技術をご教授願いたいと。


 これについてはユローヴェ辺境伯も二つ返事で許可した。

理由はいくつもあるのだが、人間の居住区でしか漆が栽培されていない以上、漆は購入するしかなく、売上が期待できるというのが一番大きい。


 次に族長は新たな商品開発を共同でしようと言ってきた。

これもユローヴェ辺境伯は大賛成だった。

まず手始めに、現在貝を使っている女性の口紅を漆の容器に入れたらどうかという案を出された。

それは面白そうということでさっそく工房の一つに研究を指示した。


 そこまでは特に問題は無かった。

だがその次の族長の要望がユローヴェ辺境伯の眉をひそめさせた。

その要望というのは貝殻を買って欲しいというものだったのだ。


 貝殻はこれまでアワビなど食堂広場で食べた海鮮の殻を使っていた。

それらは基本的に全てサファグンの漁師が素潜り漁で採取している。

ただこれまではゴミとして海に捨てられていたものである。

それを買い取って欲しいと言ってきたのだ。


 この件についてポーレたちの意見も二つに割れていた。

家宰トロクンとポーレは、ゴミに払う金は無いと反対であった。

だがドラガンは、収支の均衡が一方的になってしまうのは不和の素と賛成であった。


 どちらの言い分もわかる。

困っていたユローヴェ辺境伯の気持ちを大きく動かしたのはザレシエだった。

ザレシエは、真珠の核となる貝はサファグンしか採って来れないかもしれないと進言した。

また研究員の中にはサファグンもおり、彼らが離脱する可能性もある。

つまり、拒否すれば真珠の養殖の件も頓挫する可能性がある。


 ユローヴェ辺境伯は渋々ではあるが承諾する事にした。

ただし、値段についてはユローヴェ辺境伯と族長で協議して決めるという事にした。




 漆細工を作り始め、最初の行商がロハティンから帰還した。

ユローヴェ辺境伯はどのような感触だったか非常に気になっていた。

行商隊が帰ったという報を聞くと、すぐにドラガン、ポーレを連れて村の村長宅を訪ねた。


 村長は行商を呼び寄せ、漆細工の手応えを報告してもらった。


 行商の話によると、十日の行商期間のうち、前半では全く手応えが無かったらしい。

漆を磨いて黒光りさせたものはこれまでも何度か出品しており、正直言うと行商ですらそれと同様だろうと感じていた。


 だが後半の行商期間の初日、通りがかったキシュベール地区の行商がふと足を止めた。

漆黒の箱を手に取ると、陽に当てて色々な角度で見ている。

この漆の中の虹色に輝く宝石は何かと聞いてきた。

何かはわからないのだが制作者側の価格設定からして宝石の類では無いと思うと返答。

するとキシュベール地区の行商は、これが宝石では無いとはと唸った。

設定価格を聞くと、その値段はいくらなんでも遠慮が過ぎると笑い出した。

君たちは行商のくせに、芸術品の売り方がまるでわかっていないと説教をされてしまった。


 キシュベール地区の行商の話によると、芸術品というのは日用品と異なり吹っ掛けないといけないらしい。

それと制作者を明記する事も大事なのだそうだ。

こういう代物は、制作者の名前によって後々価値が跳ねあがることがある。

投機として購入する者もいるし、制作者を気に入って保護目的で買ってくれる者もいる。

さらに言えば立派な木箱に入れ絹布で包む事も重要なのだそうだ。

こんな売り方をしたらせっかく良い物を作りあげた人たちに失礼だと頭ごなしに怒られてしまった。


 キシュベール地区の行商は、これを結婚の引き出物として贈るつもりだと言って破格の代金を渡した。

漆箱を大事そうに抱え、一度店を閉めてうちの店を見に来いと引っ張って行った。


 キシュベール地区の行商の店にあったのはドワーフの金属細工であった。

金属細工は全て木の箱に入っており、箱の中には絹布が敷かれている。

絹布はわざわざ高級そうに見えるように紫に染め上げてある。

値段はよく知っている金属細工の値段である。

蓋の裏には作者と思しき模様のようなものが書かれている。

一番高価な値段がつけられているのはトンボを象った髪飾りで、羽の部分に緑色の宝石がはめられている。

その値段は貴族でなければ手が出ないような値段であった。


「貴族というのは市民が手が出ない値段の物しか買ってはくれない。貴族に売れねば芸術品の価値は永遠に上がらない。芸術品をそういうものに育てていくのは我々の仕事なのだぞ」



 その御仁には、次回お会いした時にお礼の品を用意する事にしたと行商は述べた。

売れたのはその一点だけではあった。

だが次回以降、どうしていったら良いかは見えてきた。

今ロハティンにいる行商はどうしようもないが、この次の行商隊からは情報共有していこうと思う。

すでに工房の方には指示を出しておいたので、次回の行商の成果を楽しみにして欲しいとの事だった。




 帰り道、ドラガンは何かをずっと考え込んでいた。

あまりに真剣に考え込んで周りが見えなくなっていたらしい。

椰子の木にぶつかって、椰子の実が落ちてきてドラガンの頭に直撃しそうになった。

危ないと、ポーレが打刀の鞘で椰子を突いた事で事なきを得た。


「おいおい、どうした? 蟄居期間中に死なれたら私に悪い噂が立ってしまうだろ。勘弁してくれよ」


 ユローヴェ辺境伯は椰子果汁を頭からかぶったドラガンを笑い飛ばした。


「すみません。ちょっと考え事がありまして」


「ほう、どんなことなんだ? 君の考え事は金になるからな。たとえ腹を下して便所にいてもその場で聞くぞ?」


 ユローヴェ辺境伯の冗談にポーレも豪快に笑い出した。

ドラガンは憮然とした顔でそんな二人を見ている。


「何でそんな臭い状況で報告しないといけないんですか!」


「例え話だよ。例え話」


 ユローヴェ辺境伯はドラガンたちと一緒に行動するのが楽しくて仕方がないらしい。

かっかっかと高笑いしている。


「先ほどの行商の方の話、気づかされることが多くて面白かったですね」


「ふむ。商売の話というのは、いつ聞いても面白いもんだよな。いくらでも聞いていられるというものだ」


 考え事というわりに突然回顧話を始めたドラガンをユローヴェ辺境伯は不思議そうに見た。

もしかしてさっきの椰子で全て飛んでしまったのかもと訝しんだ。


「その中で、貴族に売れないと芸術品の価値は永遠に上がらないって言ってましたよね?」


「おお、言ってた言ってた! そういった物に漆細工も育つと良いなあ」


 ユローヴェ辺境伯は遠い未来の話だと感じているらしい。

自分の次の代か、もしくはさらにその次の代か。


「それってもしかして、閣下が鍵を握っているって事なんじゃないでしょうか?」


「私が?」


「閣下が率先して出来の良い漆細工を身に付けたり贈物として贈ることで、価値を高める事ができるって事なのではないのでしょうか?」


 ユローヴェ辺境伯はドラガンの顔を見て驚きで目を丸くし、口を開けたまま言葉を失っている。

ポーレも目を丸くし頭を縦に小刻みに振って頷いた。

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