表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/71

感謝祭

 ヒュリムトンの感謝祭は、王族も貴族も平民も皆一丸となってその年の豊作を祝う。


 街中に露店が出店され、無料で食事を振舞われる為、その日ばかりは全ての飢える者も満たされた。

 遠方に住まう者も皆家族と過ごす為に帰郷し、街はいつも以上に賑やかになった。


 そんな中、王城の広間では粛々と王太子妃を決定する為の準備が進められた。


 投票箱は数か所に設置され、日が落ちると共に開票される。

 そして、王太子妃と決定した者は、夜会で王太子シハイルのエスコートを受け、ダンスを皆に披露する手筈となっているのだ。


 広間の壇上にはヒュリムトン国王夫妻が椅子に掛け、その傍らにはニールも腰かけた。


 賓客としてアーヴィングの席も設けられたが、彼の姿はそこには無かった。

 紫焔の魔導士グォドレイに拉致されて来た身の上である事は既に広まっており、訪れる貴族達の見世物になるのは不愉快なのだろう。


 広間に訪れる客たちの祝辞や催し物に時折手を叩くものの、ドワイトとユーリの間に一切の会話が無かった。思えば、王城にある王室から遠い離れへとユーリが身を置いた頃には、既に二人の関係は終焉を迎えていたのだろう。

 もとより二人の間には恋愛感情など無かったわけだが。


 せめて王族らしく体裁だけでも取り繕えば良いのにと、ニールはわが親ながら馬鹿らしく思って溜息をついた。


——自分とミルドレットはこんな夫婦にはなるまい。互いに愛し合っているのだから。

 彼女を王太子妃として迎える為の準備は全て整えた。後はミルドレットがこの会場に姿を現すだけで良い。

 あの夕暮れの湖面で私に口づけをしてくれた。彼女はグォドレイではなく私を選んでくれるはず。


 必ずここに現れるに違いないのだから。


 そう考えて白銀の仮面の下でほくそ笑むニールに、ドワイトがぽつりと声を掛けた。


「嬉しそうだな」


 ニールはチラリとドワイトに視線を向けた後、「感謝祭ですから、誰もが喜ばしい事でしょう」とサラリと答えた。


「確かに祝いの日だが。お前にそんな感情があったとはな」


 訝し気なドワイトの言葉に、ユーリが小さく笑った。


「ミルドレット姫と久方ぶりに会える事を期待して舞い上がっているのでしょう? ずっと待ち焦がれておりましたから」


 王太子としての仕事は卒なく熟すものの、ニールは明らかに落ち着きが無い様子だった。誰かがミルドレットの話題を口にする度にピタリと動きを止めて聞き耳を立てるし、時折彼女の部屋を訪れては留守であることを確認し、寂しげにため息をつくのだから。


 ユーリはそんなニールの人間らしい様子が微笑ましくてならなかった。恐らくはドワイトも父親としては同じ気持ちであることだろう。


「どれほどにお前があの娘を求めようとも、王太子としてヒュリムトンにとって最善の相手を選ばねばならぬ。王族とはそういうものだ」


 ドワイトの言葉にユーリは先ほどより僅かに高く笑った。


「あら、私は忘れておりませんよ? 貴方のプロポーズの言葉を」


 ドワイトは気まずそうに押し黙り、ニールは不思議に思ってユーリへと視線を向けた。ユーリは悪戯っぽく微笑みを浮かべると、「この人は私にぞっこんだったのですから」と言って少し声の調子を勇ましく変えた。


「『奪うのは好きではない。献上されるのは好きだと私は言ったが、そなたを一目見た時から抑えようの無い感情が沸いてどうしようもない。懇願しよう、どうか私と結婚してくれ』と、陛下は私に跪いたのですよ」


 ユーリの言葉に唖然としながら、ニールがドワイトへと視線を向けると、ドワイトはうんざりした様にため息を吐いた。


「一字一句覚えているのか。これは敵わぬ。そなたには一生頭が上がらぬな」


——この狡猾で冷徹な男が他人を愛するなど、到底信じられない。


 とニールは考えて、コホンと咳払いをした。


「母上に利用価値があると踏んだのでは?」

「無論だ」


 ドワイトは間髪入れずに答えると、尤もらしく頷いた。


「ユーリが側に居れば、余は安心して公務ができよう」

「あら、悪知恵を働かせる事ができるの間違いでは? 少しは自重して下されば宜しいですのに」


 ユーリもまた間髪入れずに返し、二人は目も合わせずに言葉をポンポンと吐き出した。


「何を言う、余は合理的なだけぞ」

「無駄に遠回りな時もありますわ」

「結果的にそうなってしまうこともあろう」

「全てを試さなければ気が済まないだけでございましょう」

「……それを言われると敵わぬ」

「いい加減、アーヴィング様へのヤキモチもお止めくださいな。私はとうにあの方への思いを捨てたのですから」

「だが、そなたは先日忍んで会いに行ったのだろう?」

「恨みつらみをぶつけに行きました」

「それだけか?」

「それ以外に何があるというのかしら」

「あの男はそなたをまだ想っているのだろう?」

「私にとっては、我が子を殺人鬼に仕立てた憎き方でしかありませんわ」

「……」


 ドワイトを見事にぐうの音も出ない程に黙らせたユーリに、ニールは唖然とした。


「お二人は、仲がよろしかったのでしょうか?」


 ニールの言葉に、ユーリはフフっと笑った。


「思いやりを与えられ続ければ、憎しみなどどこかへいってしまうものよ。貴方を大切にしてくれる人の事を、貴方だって大切に思うでしょう? ただし、押しつけがましい愛は重すぎて潰れてしまうから、程々になさい」


 そう言うと、ユーリは寂しげにため息をついた。


「私達は、もっとちゃんと話し合う時間を持つべきだったわ。王族である前に、家族なのだもの。この人はヒュリムトンの掟を破る私を見て見ぬふりをしてまで、貴方を救おうとしていたの」


「ですが、兄上の事は……?」


 ニールの問いかけに、ドワイトが僅かに肩を揺らして笑った。


「アーヴィングの目を欺く為だ」


 それを聞き、ニールの背筋に冷や汗が流れた。


 つまり、ドワイトはデュアインこそが本物の我が子であることも、第二子であるニールがルーデンベルンに隠されていることも把握していたのだ。


 ニールを取り戻す為、敢えて影武者として据えた可哀想な男を殺さざるを得なかった……。


「本当は、もっと早くにお前を迎え入れたかったのだが、紫焔の魔導士グォドレイ殿と連絡を取る事がなかなかに困難だったのだ。あの男に依頼すれば、可哀想な影武者の命を奪う事なく、人間の法にも裁かれない立ち位置で上手い事やってのけただろうが、自ら毒をあおるとは思わなんだ」


 グォドレイならば……。


 心優しい彼ならば、王太子の命を奪うという依頼をすんなり承諾するとは思えない。あの影武者の命を取らず、死んだと見せかけ保護することも容易くやってのけるはずだった。


「何故、今更そんな話を……?」


 父を憎んでいた気持ちの整理がつかず、腹立たしく思いながらニールは言った。

 ドワイトは溜息を吐くと、チラリとダークグリーンの瞳を向けた。


「お前が余を極力避けていたのでな、時間を作ることができなかったのだ。ここならば避けようがあるまい?」

「貴方ときたら、私達の話を全く聞こうとしないのですもの」


 ニールは、自分が思いのほか両親に愛されていたという事実を知り、白銀の仮面の下で赤面した。ぶつけようの無いもどかしい怒りも伴い、ぎゅっと歯を食いしばる。


「感謝祭は、家族の日ですもの。今年は最高の感謝祭になるわ」


 ユーリの言葉に、ドワイトが小さく頷いた。


「王太子妃も決まることだしな」


 ファンファーレが鳴り響いた。


 今日の主役となるべく、王太子妃候補の入場を知らせる合図だった。

 シャペロンであるヴィンセントを失ったアレッサが、見知らぬ男のエスコートで静々と入場した途端、会場は拍手喝采に包まれた。


 王太子シハイルがアレッサを気遣って新しいシャペロンを手配したという噂は、既に貴族達の間では広まっており、彼女は王太子妃へよりリードした形となった。


 デュアインのエスコートを受けながら深紅のカーペットを歩くアレッサは、真っ直ぐに壇上に居る白銀の仮面を被ったニールを見つめていた。ニールは椅子から立ち上がると、完璧なカーテシーで頭を垂れたアレッサに、自らも胸に手を当ててわずかに首をもたげた。


 拍手がより一層強く広間の中に鳴り響く。


 生誕祭でユジェイの国秘である治癒魔法を見せつけたアレッサは、皆の称賛を受けるに相応しかった。万が一王太子妃に選ばれななかったとしたのなら、彼女を妻に迎えたいと考える上級貴族は大勢居るはずだ。


 それに比べ、ミルドレットは背中の鞭打ちの痕を茶会で貴族令嬢達の目に晒されたのだ。

 グォドレイという強力な後継人が居るとはいえ、『傷物』であるというレッテルは消しようのない事実だろう。


 まるで、既に王太子妃はアレッサで決まったかのような会場内の盛り上がりぶりに、ドワイトがニヤリと笑いながらニールへ視線を向けた。


 ニールがドワイトからの視線を完全に無視し、頭を垂れたままその場に佇んでいるアレッサを見下ろすと、意を切った様に、アレッサが声を放った。


「恐れながら、両陛下、並びに王太子殿下。お集まりの貴族の皆さまにお話しがございます」


 ニールはその言葉を聞き、心の中でほくそ笑んだ。


「私、アレッサ・シエロ・ユジェイは。王太子妃候補より辞退させて頂きたく存じます」


 場内がざわめいた。


 ドワイトが眉間に皺を寄せ、ユーリは溜息をついた。


 ニールは驚いた様子を微塵も見せず、穏やかな声で言った。


「アレッサ姫の意思を尊重致しましょう」


 その言葉に会場内は一層ざわめきが強くなったが、そんな喧噪にもものともせず、凛とした声でアレッサは「殿下の温情、恐れ入ります」と深々と頭を下げた。


 ニールには、分かっていたのだ。

 デュアインをアレッサのシャペロンにつけたのなら、真実を打ち明けずには居られなくなるであろうということを。

 二人は互いを認め合い、共に生きる道を選んだのだ。


——『恋は盲目』とは良く言ったものだ。だが存分に利用させて貰った。これでライバルは全て排除された。王太子妃は否応なしにミルドレットに決定する。

 あとは、彼女がここへと現れるだけでいい。


 踵を返し、満足げに椅子へと掛けたニールを、ドワイトはうんざりした様に溜息を吐いて見つめた後、席に掛けたまま声を放った。


「アレッサ姫の心が決まっているのならば仕方のないことだ。辞退する事を受け入れるとしよう。尤も、余よりも先に王太子が許可してしまったがな」


「お許し頂き、有難うございます。陛下」


「契約通り、アレッサ姫にはヒュリムトンの貴族と婚姻を結んで貰う事となる。どの家紋にするかは審議の上決定するとしよう」


 デュアインのエスコートを受けて真紅のカーペットを去って行くアレッサを眺め、ドワイトは再び溜息を吐いた。その様子にユーリは上品に扇子で口元を隠すと、ふふと笑った。


「笑うな。デュアインをアレッサ姫のシャペロンにと言った時から予想がついたことだ」


 悔し気に言ったドワイトに、ニールも口元を緩めた。

 ユーリはチラリとドワイトを見つめ、瞳を細めた。


「予想がついていてお許しになったとは、寛大ですこと。見直しましたわ」

「そうだろう? 余に惚れ直したか?」

「ふふ、そうですわね」


 たった今、有力な王太子妃候補を一人失ったというのに、壇上の王族が和んでいる様子に対し、貴族達のざわめきは耳を塞ぎたくなるほどに騒がしかった。

 それもそのはず、アレッサを迎え入れたいと考える貴族達は、既に彼女の輿入れ先が決まっているとは知らずに我先にと争う様に、あれこれと準備を進めようとするのだから。


 そんな様子を馬鹿馬鹿しく思いながら鼻を鳴らすニールの傍らで、ドワイトは静かに観察していた。

 こういった突然の騒動の中でこそ、本来の地というものが浮き彫りになるものだ。狡猾なドワイトであればそういった膿は既に見抜いていた事だろうが、まるで答え合わせを楽しんでいるかの如く見つめている姿はゾッとする。


 暫くの間静かに観察した後、いい加減見飽きて来たとでも言わんばかりにドワイトが咳払いをすると、貴族達のざわめきがピタリと止んだ。


 ニールは我が父ながらドワイトという男を恐ろしく思った。この場に集まる貴族達は地位も富も権力も持ち合わせた者達ばかりだというのに、たった咳払い一つで黙らせてしまうのだから。


 そして、王太子妃としてほぼ決定していると言っても過言ではないミルドレットの入場を、皆は今か今かと待ちわびた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ