解呪の欠片
ダンッ!!
まな板ごと切り落としそうな勢いでミルドレットが野菜を切った。
リビングの椅子に腰掛けながら、グォドレイはその音を聞いて気まずそうに煙管をふかしている。
先ほどから何度か声を掛けたが、ミルドレットはガン無視で調理を進めているのだ。
コホン、と咳払いをして声の調子を整えると、聞こえないフリが出来ない様に魔力に乗せて声を掛けた。
「ミリー、まだ怒ってるのか?」
ジロリとグォドレイに視線を向けた後、「別に!!」と言って再び力任せに野菜を切ったので、渋い顔を浮かべながら「……怒ってるじゃねぇか」と呟く様に言った。
はぁとため息をつき、グォドレイは頭を掻いて項垂れた。
ミルドレットが怒っている理由には痛い程に心当たりがある。だが、何度も弁解しようと試みたが、断固として機嫌を直す気は無い様だった。
とはいえ、このまま調理を進めては彼女が怪我をする恐れがある。どうにか宥めなければとあれこれ考えて、ミルドレットの興味が引きそうな事を思いついた。
「なぁミリー、今日は依頼も入ってねぇし、ちょっとばかし一緒に出掛けるか?」
ピタリとミルドレットの手が止まった。拗ねた様な顔つきのままチラリと瞳だけをこちらへ向けて「出掛けるって、どこに?」とポソリと言った。
「勿論、お前さんが行きたいところなら何処でもいいぜ。会いたい奴がいるならそれでもいい」
突然今まで不機嫌の極みだったミルドレットがニッコリと微笑んだので、グォドレイは嫌な予感がして頬がヒク付いた。
「お師匠様。それならあたし、ハリエットさんに会ってみたい」
「却下!!」
すぐさまそう返したグォドレイに、ミルドレットは頬を膨らませた。
「どうして!?」
「どうしてって、そりゃお前……」
「お師匠様のお友達なんでしょう? 前に突然会いに来て驚いてたじゃない」
ハリエットは以前一度だけ洞窟の掘っ立て小屋を訪れた事があったのだ。
白銀の髪にサファイアの様な瞳をした、女性とも男性とも取れる中世的な美しい顔立ちで、掘っ立て小屋には随分と不釣り合いな麗人だった。
「初めまして、私はハリエット・ウォルノ・エリンワースだ。白焔の魔導士と呼んでくれても構わないが。紫焔はどこにいる?」
品よく挨拶するハリエットに警戒しながら、当時まだ臆病だったミルドレットは物陰に隠れて声を発した。
「こ、こんにちは、ハリエットさん。あたしはミルドレットといいます。お師匠様はちょっと留守にしているの」
「紫焔に弟子がいるとは驚いた。君、どうやって……」
「お前さん何しに来やがった!?」
突然グォドレイが姿を現すと、これ以上は無いという程の慌てぶりでハリエットの服を掴み、一瞬のうちにミルドレットの前から揃って姿を消してしまった為、最初の挨拶の言葉しか記憶にない程の僅かな時間だった。
グォドレイは不満気に頬を膨らませるミルドレットを見つめながら、アメジストの様な瞳を細めて渋い顔をした。
「……なんであいつに会いたいんだ?」
「あたしが知ってるお師匠様の唯一の友達だから」
きっぱりと言い切ると、ミルドレットは寂しげに眉を下げた。
「……だって、お師匠様の事、あたしは何も知らないもの。聞いても教えてくれないし。ハリエットさんなら教えてくれると思って」
「あー……だったら答えてやるよ。俺の何が知りたいんだ? なんにしてもろくなもんじゃねぇが」
困った様に言ったグォドレイに、ミルドレットはサファイアの様な瞳を潤ませて、ぽたりぽたりと涙を零し始めた。
「ちょ! おい、なんで!」
「そう言って、お師匠様は何も自分の事教えてくれないじゃない! お母様との事だって、全部秘密にしてた!!」
「いや、その事はお前さんとは別の話だから!」
慌てて立ち上がったグォドレイに、ミルドレットは瞳を擦りながら言った。
「いつだって、お師匠様はあたしの前から消える事ができるのにっ!!」
泣きじゃくるミルドレットを、グォドレイは唇を噛みしめて見つめた。
ミルドレットの言い分は理解できる。
グォドレイが身を隠してしまいさえすれば誰にも追う手立てが無いのだから。
「……お前さんに、俺はもう必要じゃないはずだろう?」
「そんなこと、勝手に決めないで!! 結局お師匠様はあたしの事なんかちっとも大事に思ってなんかないんでしょ! 厄介払いしたいだけなんだっ!」
涙を零すミルドレットが痛々しく思えて、グォドレイはそっと近づくと優しく抱きしめた。
——俺の気持ちを分かってくれだなんて傲慢な言葉を言う気はない。
ただ、それでも臆病になっちまっている自分が居る。ミリーには俺じゃなく、ニールが必要なんだ。
そして、あいつにとっても、ミリーだけが心の支えだ。奪おうものなら、自暴自棄になって全てを殺し尽くし、アーヴィングの奴も殺してしまうだろう。
もっと早くに会えていたらと思わずには居られない。
誰よりもお前を愛する気持ちは負けないと断言できるくらいに、愛している。
「ミリー、頼むから泣かないでくれ」
「泣かずにいられるはずないよ!」
「……頼むから」
ミルドレットを優しく抱きしめながら、グォドレイは彼女の頭にキスをした。
人を愛するということは、どうして喜びだけではなく痛みを伴うのだろうか。ただただ、彼女の幸せのみを願っているというのに……。
「……なあ、ミリー。お前さんの中の、俺の記憶が悲しい思い出になっちまうなら、記憶を消す事もできる。その方がきっと楽になれる。忌々しい事は全部忘れて、ヒュリムトンの王太子妃になって幸せになるんだ。そうしよう、な?」
本当は忘れて欲しくなどない。
忘れられてしまえば、ミルドレットの中の自分は消滅してしまうのだから。
それでも、ミルドレットが泣かずに済むのなら……。
「絶対に嫌っ!!」
ミルドレットはグォドレイを突き飛ばすと、涙を零すサファイアの瞳で睨みつけた。
「そんなことしたら、絶対にお師匠様を許さないっ!! あたしに嫌われてもいいの? お師匠様は、本当にあたしに忘れて欲しいの?」
グォドレイは首を左右に振ると、寂しげに瞳を伏せた。
「……いいや」
「どうして望んでもいないことをしようとするの!?」
望んでなどいない。嫌われたくもない。
愛する者から忘れられたいと思う者など居るはずが無い。
だが、それ以上にミルドレットを傷つけたくはない。
「ミリー、いつかは離れなきゃいけねぇんだ。それが少しばかり早まるってだけのことだ」
グォドレイの言葉を聞き、本気で記憶を消す気であるとぞっとして、ミルドレットは震えながら首を左右に振った。
「止めて。絶対に嫌っ!! お師匠様はいつもそう! 自分の事を粗末にしすぎるよ!」
「全く以て同感だよ」
突然透き通るような声が響いたかと思うと、白銀の髪にサファイアの様な瞳をした白焔の魔導士ハリエットがふわりと現れた。
グォドレイの背後に、まるで長椅子にでも寝そべる様な体制で空中を浮遊しながら、悪戯っぽい笑みを漏らしている。
「何しに来やがった!?」
声を荒げたグォドレイにケラケラと笑うと、ハリエットは人差し指を伸ばし、ツンとグォドレイの脇腹を突いた。
「だ!?」
「ああ、やっぱり。まだ癒えきっていないようだね」
「ったりめぇだろ!? お前さんにグッサリやられたんだからなっ!!」
「すまなかった。あの時は記憶が曖昧でね。お陰様で随分と色々思い出させて貰ったが。相変わらず、紫焔は魔導士の中でも桁違いの力を持っていると畏怖してしまうくらいだ。私程度では、人の記憶を操作するなどという複雑な魔術は、魔道具を介してでなければ難しいからね」
二人のやり取りを聞き、ミルドレットはポカンとしてハリエットに似たサファイアの様な瞳を瞬きした。
「え!? お師匠様のお腹、ハリエットさんが刺したの!?」
素っ頓狂な声を上げたミルドレットに、ハリエットは上機嫌な笑みを見せて頷いた。
「ああ、そうさ。死に損なった様で残念だったね」
ミルドレットの脳裏に、大量の血を流し過ぎて冷え切った身体となったグォドレイの様子がまざまざと浮かび上がった。
グォドレイをそんな目に遭わせた相手を憎々しく思いながら必死に看病したというのに、その犯人が目の前に居るのだから、怒り心頭となるも当然だろう。
「お師匠様にあんな酷い怪我をさせるなんて! 本当に死んじゃうかと思ったくらいに酷い怪我だったんだからっ!」
グォドレイがぎょっとしてアメジストの様な瞳を見開き、慌てて両手の平を振った。
「落ち着け、ミリー! こいつの悪ふざけだ!」
「でもお師匠様が大怪我したのは本当でしょう!? それをそんな風にふざけるなんて酷いよ! ハリエットさんはお師匠様の友達だと思っていたのに!」
「ああ、友人ではないよ」
ハリエットはケラケラと笑いながらグォドレイの首筋に腕を回すと、小馬鹿にするようにミルドレットを見つめた。
「友人なんかではなく、私は紫焔の恋……」
ガシリと顔面を鷲掴みにし、グォドレイがハリエットを自分から引きはがすと、「調子づいてんじゃねぇっ!!」と怒鳴りつけた。
「え……。ハリエットさんはお師匠様の恋人だったの?」
すぅっと青ざめたミルドレットに、グォドレイは慌てて「ぜってー違う!!」と完全否定した。
「酷い言いようだな、紫焔。何度も口づけした仲なのに」
「誤解を生む様な言い方するんじゃねぇっ! 腹立つ奴だなぁっ!?」
顔を真っ赤にして怒り狂うグォドレイに、ハリエットは鼻で笑った。
ミルドレットがポカンとした後、ズンズンとグォドレイの前へと進み出た。
「お師匠様、あたしにもキスして?」
「なんでそうなるんだ!?」
あまりの驚きに裏返った声を発したグォドレイに、ミルドレットが小首を傾げた。
「え? わかんないけど、なんかして欲しいって思ったから?」
「どういうこった!?」
「嫌なの?」
「そうじゃ……!」
グォドレイの脳内はパニックに陥った。
——瞬間移動で逃げるか? いや、ハリエットを残して逃げるのはマズイ。何を言い出すか分かったもんじゃねぇからな! じゃあハリエットを連れて逃げるか!? いや、そしたら余計にミリーが誤解するよな!? 怒り狂って制御不能になる可能性大だっ!
どうすりゃいいんだ、俺!?
「どうした、紫焔。ちゅうっとしてやればいいではないか。お前はキスが上手いだろう?」
「ぶっ殺すぞ、てめぇはよぉ!?」
ハリエットがニヤ付きながらパチリと指を打ち鳴らした。ミルドレットの背がぐいと押され、グォドレイの胸に飛び込む。
「ほら、愛弟子がお待ちかねだ。あまり待たせては可哀想だぞ?」
「だから、なんでそうなるんだよ!?」
顔を真っ赤にしてわめいたグォドレイの胸の中で、ミルドレットがチラリとサファイアの様な瞳を向け、はにかむ様に頬を染めた。
「あの、お師匠様。やっぱりあとで二人だけの時にして?」
——か、可愛いが過ぎるっ!!
ボンッ!! と頭から湯気を上げるグォドレイをみつめ、ハリエットは満足気に笑った。
グォドレイとは永い付き合いではあるものの、いつも飄々としている彼がこれほどに狼狽している様子は初めて目にしたのだ。
つまりは、よっぽどにミルドレットを想っているのだということだ。
「成程。よく分かったよ、紫焔。揶揄ってすまなかった。紫焔の弟子、私は紫焔の友人だ。安心するといい」
「安心って?」
小首を傾げたミルドレットに、ハリエットはニコリと笑みを向けた。
「紫焔は優しいからね、バカな友人を放ってなどおけないのさ。私を救う為に魔力を分けてくれているだけに過ぎないよ。その為の口づけに愛情なんてものは存在しない」
ハリエットが一瞬だけ寂しげな表情を浮かべ、僅かにグォドレイの手が動いた。
——あ、今。二人共少し傷ついた風だった……。
ミルドレットは二人の間には立ち入ってはならない深い理由があるのだろうと察して、それ以上踏み込んではいけないと考えた。
ニールに対してもそうであったように、ミルドレットには独占欲が無い。つまり、ヤキモチを妬かないのだ。
それは同時に、妬みや僻みといった感情も無いということを意味したが、結局のところ他人に傷つけられてばかりいた悲しい過去から来るものだった。
「ごめんなさい。なんだかあたし、邪魔しちゃったみたい。ハリエットさん、お師匠様に会いに来てくれてありがとう。お茶を淹れるから、座って待っててね」
席を外すからゆっくり話しをしてくれという思いやりのあるミルドレットの言葉に、ハリエットはじんわりと心が温まった。
グォドレイも同様で、二人は視線を交わすと僅かに頷き合ってリビングの椅子の方へと向かった。
「可愛い子ではないか」
椅子に腰かけて言ったハリエットに、グォドレイは頷いた。
「ああ、俺には過ぎる」
「私の血を引いているようだが? ごく一部の者には魔術の才能と銀髪、この瞳の色が遺伝するからね」
探る様な視線を向けて言ったハリエットに、グォドレイは気まずそうに唇を尖らせた。
「……魔導士は外見だけに左右されねぇ。精神的な状態が魔力に直結するように、相手の心の清らかさに惹かれるんだ。解ってるだろう?」
「そう言いながら何度も騙されているのだから、紫焔は結局のところ人が良い」
グォドレイは鼻で笑うとプイと顔を背けた。
「罪の責任が全部本人にあるとは限らねぇだろう? 心を読む魔術はあまり使いたくないんでな」
「それでは紫焔に嫌われている私は、悪人の様ではないか」
ムッとした様に唇をへの字にした後、グォドレイはため息交じりに言った。
「茶化すなよ。同士の心は全く読めねぇって解ってるくせによ」
「ははは、紫焔はやはり人が良い」
グォドレイ程の力があれば同士であろうとも心を読む事はできるはずだが、敢えてそれをしないのだから。
シャラリと音を発してグォドレイの耳で揺れるピアスを見つめ、ハリエットは溜息を吐いた。
「あの娘に渡す気は無いのか?」
「ねぇよ」
即答したグォドレイに、ハリエットは眉を寄せた。
「紫焔、約束は覚えているだろうな? もしも誰かがそのピアスを求めたのなら必ず渡すと」
「ああ」
軽く返された気がして、ハリエットは瞳を細めてグォドレイを見つめた。その様子に、グォドレイが舌打ちした。
「ミリーには言うなよ? もし言いやがったら、約束は反故にしてやるからな!?」
「ああ、分かった。言わないよ」
ハリエットは心の中で『直接的にはね』と続けてニコリと微笑んだ。
「とくにこいつの効果については口が裂けてもミリーに言うんじゃねぇ。あいつは自分を犠牲にしてでも俺の側に居ようとするだろうからな」
先手を打たれてしまったなとハリエットは思いながら眉を寄せた。
「紫焔と共に居る事は、『犠牲』なのか?」
「俺の事はどうだっていいだろう」
舌打ちをした後、「で? お前さんは何の用事で来たんだ?」と、不安を押し殺してあっけらかんと言った。
いつも強制召喚で呼びつけてばかりいるハリエットが、自らグォドレイの元を訪れるとは何か不測の事態が生じたに違いないと思ったからだ。
以前、洞窟の掘っ立て小屋を突然訪れた時は、再び記憶を失う前に儲けた子供が不治の病を患った時だった。
『どうして、私は紫焔の様に魔力を分ける事ができないのだろう……』
悲しみに暮れながらそう言って、冷たくなってしまった子供の小さな手を握っていた様子が今でも脳裏に焼き付いている。
ハリエットは言いづらそうに俯いた後、それでもミルドレットがお茶を持って来る前に話さなければと口を開いた。
「……紫焔。お前が私に魔力を分けて過去の記憶を蘇らせてくれたお陰で、自分が作った魔道具の知識もまた蘇った」
そして、躊躇う様に言葉を続けた。
「……つまり私は、自分で自分に掛けた呪いを解く事ができる」
ハリエットが言いづらかったのは無理も無い。自分だけ、呪いから逃れることが出来ると伝える事になってしまうからだ。
散々グォドレイを苦しませておきながらと、自責の念に駆られているのだろう。
それなのにグォドレイはピアスを外す気など無い。苦しませてしまっている自分だけが……。
「そうか、良かったなぁ!」
グォドレイは嬉しそうに笑って言うと、ハリエットの肩を優しく叩いた。
「けれど、紫焔。お前は……」
「余計な苦しみなんか必要ねぇだろう。なぁに、俺様程の魔力があれば、こんなピアスの一つや二つ付けたところでどうってことねぇしな!」
それは、強がりだった。
グォドレイの肉体は最早、崩壊寸前だったのだから。
それでも気づかれない様にと懸命にいつも通りに振る舞い、その努力はハリエットを騙す事が出来る程に見事だった。
「恐れ入ったよ。魔導士の中でも、紫焔の魔力は抜きんでているからな。けれどせめて、紫焔が私からは解放されるべきだと思ったのだ。もう、これ以上お前を煩わせる訳にはいかない」
ハリエットはグォドレイに別れを告げる為にここへ訪れたのだ。
記憶を失う事はもうなくなった。だから自分の為に労力を使う必要などない、と。
「どうせ寂しくなったらまた強制召喚しやがるんだろう? もう諦めてるから気にすんな」
「いや、私はもう……」
「お前さんが居なくなったら、俺も寂しいしな」
「……!」
サファイアの様な瞳を見開いて、震える声でハリエットは問いかけた。
「『寂しい』のか? 私が居ないと?」
「当然だな。だから、さっさと魔道具の解除をしやがれ。もう二度と俺を忘れるんじゃねぇぞ?」
ハリエットの瞳から、つ、と涙が零れ落ちた。
「ああっ! お師匠様がハリエットさんを泣かせてるっ!」
お茶を持ってきたミルドレットが驚いて言い、慌ててハンカチを差し出した。
「大丈夫? お師匠様に意地悪された?」
「おい、ミリー。なんで俺が意地悪するんだ!?」
「ああ、された」
笑いながら言ったハリエットに、グォドレイは「なんでだよ!?」と突っ込みを入れ、ミルドレットはほら見た事かと唇を尖らせてグォドレイを見つめた。
「あーはいはい! 俺様はいつだって悪者ですよーっだ!!」
いじけた様に唇を尖らせたグォドレイに、ハリエットは小さく笑った。
「ふふ、冗談だ。ありがとう紫焔。嬉しくても涙が出るのだという事も忘れていた様だ」
ミルドレットはティーカップをハリエットに差し出して頷いた。
「その気持ち、とっても解る。あたしもつい最近知ったの!」
「おや? では、紫焔の弟子と私は同士というわけだね」
「やった! ハリエットさんと同士だなんて嬉しいっ!」
「……何故嬉しいのだ?」
不思議そうに細い眉を吊り上げたハリエットに、ミルドレットは満面の笑みを浮かべた。
「だってとっても素敵な人だもの。本当は、お師匠様の怪我が心配で来てくれたんでしょう?」
ハリエットの頬が赤くなった。
ミルドレットの言う通りグォドレイの身が心配で堪らず、蘇った記憶を基に怪我の治癒に有効な魔道具を大量に作って駆け付けようとしたのだ。
自分に掛けた呪いを解く術を見出したのは、その過程でしかない。
感激した様子のハリエットにグォドレイは嫌な予感がしつつ、ミルドレットの淹れたお茶を啜った。
「紫焔、私にこの娘を譲ってく……」
「却下っ!!」
グォドレイは慌ててミルドレットを奪い取る様にハリエットから引き離すと、「指一本触れるんじゃねぇ!」と睨みつけた。
ハリエットはケラケラと笑うと、色っぽく瞳を細めて「私は三人で楽しんでも構わないよ」と言い、グォドレイは「バカな事抜かしてんじゃねぇよっ!」とハリエットから守る様にミルドレットを抱きしめた。
「三人で何を楽しむの? 面白そう!」
瞳を輝かせて言ったミルドレットの言葉を聞き、グォドレイは背にだらだらと汗を垂らした。
「た、楽しくねぇよっ!?」
「そうか? 私は楽しいと思うが?」
「いい加減にしやがれ、ハリエット!!」
グォドレイの悲鳴が森に響いた。
その日、ハリエットは結局居座り続けてグォドレイの過去の間抜けな話などをミルドレットに聞かせ、ツリーハウスは賑やかな笑いに包まれた。




