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ツリーハウス

 大木を利用して作られたツリーハウスは、かなりの年月を放置されていた為、朽ち果てていた。

 だが、グォドレイがいつもの様に耳に心地の良い詠唱をして術を掛けた途端、みるみるうちに修復され、まるで新築の様な状態へと変わった。


「よし、これなら洞窟の掘っ立て小屋より快適だろ? 毒蛇も出ねぇしな」


 室内も綺麗に片付いており、魔法薬の調合に使う品々もきっちりと整頓され、家具類も全て真新しくなっている。


「お師匠様の魔術は、相変わらず凄い……!」


 サファイアの様な瞳を輝かせてミルドレットが言い、グォドレイは「これくらいどうってことねぇさ」と言って椅子に腰かけた。


「でも、勝手に他人様の家を弄っちゃっていいの?」

「ああ、気にするな。ここは元々俺様の家だ」


 その言葉に、ミルドレットは小首を傾げた。


「洞窟の掘っ立て小屋じゃなく、こっちの方がずっと住み易そうなのに」

「だからさ。人間も立ち入り易いだろう? つまり、厄介事に巻き込まれ易いってこった」


 少女だったミルドレットの安全を考えれば、人の往来が困難な場所に居を構えた方が良い。それが、洞窟の掘っ立て小屋であったというわけだ。

 干潮の僅かな時でなければ洞窟の出入口は塞がれ、掘っ立て小屋までの道のりは暗く毒蛇も多く困難だ。だが、グォドレイと共にならば瞬時にして何処へでも移動ができるし、ミルドレットが魔術を習得してからは小屋の上部にある空洞から容易に出入りができた。


 ミルドレットと出会ったその時から、グォドレイは彼女の為を一番に考えて行動しているのだ。


「ミリー。服を作る魔術を教わりてぇって言ってたろ?」


 その言葉に、ミルドレットはキラキラと瞳を輝かせた。


「教えてくれるの!?」

「その為にここに来たんだ。特訓ってやつか?」


 ミルドレットは室内を見渡した。ピカピカな魔法薬の調合瓶。魔術の使用に適した大自然の中の居宅。マナのエネルギーが満ち溢れた大木。ここならばヒュリムトンの王城で学ぶよりもずっと早く習得する事が出来そうだ。


 グォドレイはツリーハウスの中で瞳を輝かせるミルドレットを見つめながら、懐かしむようにため息を吐いた。


 ここは且つて、オーレリアと共に過ごした場所だからだ。


「……でも、お師匠様。あたし、ヒュリムトンの王城に戻らないと」


 ミルドレットはそう言って不安げに俯いた。


 グォドレイの手により、ドワイトの生誕祭をエスケープする直前。彼女にとって最も恐ろしい対象である父の姿がそこにあった。

 王城に戻ったのなら、恐らくアーヴィングと顔を合わせる事になる。そう考えただけで恐怖に蝕まれ身体が震えるのだ。


「ねぇ、お師匠様。どうしてお父様をヒュリムトンに連れて来たの……?」


 ミルドレットの問いかけに、グォドレイは応えなかった。

 いつもの様に幅の広い袖口から煙管を取り出して、ぷかぷかとふかすと、ふぅっと煙を吐いた。


「……お前さんは、もう十分頑張った。俺様が度肝抜くくらいに立派な淑女になったんだ。感謝祭まで休暇を取ったって誰も怒りゃしねぇさ」

「でも、一生懸命作った魔法薬が皆没収されちゃったけど、いいのかな。あれって感謝祭用に準備してたんでしょう?」


 ミルドレットの言葉に、グォドレイはアメジストの様な瞳を見開いた。


「は!? 何でだ!?」

「選挙法違反って言ってたけれど、何のことだか良くわかんない」


 ミルドレットは投票制で王太子妃が決められるという事を知らないわけだが、魔法薬を票集め用にとグォドレイに作らされていたという事も勿論知らなかった。


「クソ。確かに賄賂が許されるはずねぇか。何だよ、ミリーにばっかり不利じゃねぇか。仕方ねぇ、感謝祭で奴らを納得させる別の方法を考えるか」


 悔し気に言うグォドレイを見つめて、ミルドレットは俯いた。


「あたしが居なくなって、ニールはきっと凄く怒ってると思う」


 立派な淑女となる為、エレンからの猛特訓を受けていたミルドレットは、その間ニールと顔を合わせないと決めていた。だが、実のところグォドレイの策略によりニールは遥か遠い国へと置き去りにされ、生誕祭にもギリギリ間に合った位だ。

 ミルドレットからすると、突然失踪してしまったニールがやっと帰って来たというのに、今度は自分が失踪してしまったということになる。


 もう一月以上もニールの顔を見ていないミルドレットは、寂しげに唇を尖らせた。


「……ニールに逢いたいよ。お師匠様」


 いじけた様に言うミルドレットに、グォドレイは困った様に頭を掻いた。


——やれやれ、これであいつに対する恐怖心が薄らいだか。


 ミルドレットが抱いてしまったニールへの恐怖心を和らげる為には、時間を置くしかない。グォドレイはそう考えて、ニールを異国へと置き去りにしたのだ。


 無論、ミルドレットの鞭打ちの痕を指摘したニールへのお仕置きも兼ねていた訳だが。


「お前さん、ニコニコ仮面のどこがそんなに良いんだ?」

「え?」


 ミルドレットは小首を傾げた。改めてそう言われると、あまり深く考えたことが無かった事に気づく。


「……いつも笑顔なところ?」


 苦し紛れに絞り出したその言葉に、グォドレイは呆れた様に渋い顔をした。


「なんだそりゃ。そしたらお前さんは、アホみてぇにいつも笑ってるような奴が好きだって事になっちまやしねぇか?」


 グォドレイの突っ込みに、ミルドレットは慌てて「そうじゃないけど!」と言って頬を染めた。


「だって、じゃあ……全部好き……かも」

「うはぁ……キモ……」

「酷いっ!」


 顔を真っ赤にして怒るミルドレットに、グォドレイはケラケラと笑った。


「分かった。じゃあ、魔術を習得したら、俺様がご褒美をくれてやるぜ」

「ご褒美?」

「おう。だから頑張って習得するこった」

「なんだか腑に落ちないけど、分かった」


 ミルドレットはそう言うと、少しの間だけであるとはいえ、グォドレイと二人だけの生活に戻れる事が嬉しくて微笑んだ。


 ヒュリムトンの王城での生活には、正直疲れていた。少しの間だけであっても、こうして気の休まる暮らしができるのなら、それこそが頑張った自分への褒美だとすら思ったのだ。


 それほどに、ミルドレットにとってグォドレイと二人だけの暮らしは心安らいだ日々だった。

 ルーデンベルンの王城では一日たりとも心休まる日が無く、痛みと恐怖に怯えながら生きてきたのだから。


 十七年生きて来たうちの、七年間をグォドレイと安息の時間を過ごしたのだ。


 グォドレイという人物は、ミルドレットを傷つける様な事を一切しなかった。


 口も悪くぶっきらぼうではあっても、一度たりとも声を荒げた事すら無く、ミルドレットがどんな失敗をしようとも笑っていた。


 感謝祭には王太子妃が決定し、ミルドレットの運命が決まる。


 どちらに転んでもヒュリムトンに縛られる事になるのなら、こうして師と共に心休まる日を過ごすのはこれで最期となることだろう。


 ミルドレットは急に寂しくなり、じんわりと瞳に涙を浮かべ、グォドレイの服の裾を指先で引いた。


「なんだ? 帰るつったりしんみりしたり、忙しいな」


 片眉を吊り上げてそう言ったグォドレイに、ミルドレットは抱き着いた。


「ん? なんだ、どうした?」


 ミルドレットの頭をグォドレイが撫でた。その手の優しい温もりを、これから失ってしまうのかと思うと、堪らなく寂しくなった。


「ニールと離れ離れになるのも嫌だけど、お師匠様と離れ離れになるのも嫌だ」


 ミルドレットの言葉に、グォドレイは笑った。


「お前さん、欲張りだなぁ」


 グォドレイは寂しげにそう言うと、溜息をついた。


 ミルドレットの脳裏に以前グォドレイが言った言葉が浮かび上がる。


『俺様は愛してるけどな』

『なあ、ミリー。親じゃなく、一人の男として俺様をやっと見れるようになった。そいつは喜ばしいことなんだぜ?』


——お師匠様はそう言ってあたしを大事にしてくれるのに、それなのに……。


「お師匠様、あたし……」

「よし、ミリー。さっさと修行はじめるぜ。ビシバシいくからな!」

「え……」


 グォドレイはニッと笑うと、ミルドレットの頭の上に、ポンと優しく手を乗せた。


「服を作り変える魔術ってのは割とテクニックが要る。まあ、俺様にとっちゃあ余裕だが、お前さんは下手すりゃ感謝祭までに間に合わないかもな」


 感謝祭まで後一月。ミルドレットはサアっと血の気が退いた。


「え? ほんとに!? それまで毎日頑張るの?」

「おう。死ぬ気で習得しろよ?」

「そんなぁー!」


 グォドレイはケラケラと笑うと、魔術修行の準備へと取り掛かった。半べそをかきながら唇を尖らせるミルドレットは、そんなグォドレイの背中を見つめた。


——これが、お師匠様から教わる最期の魔術になるかもしれない。頑張らなきゃ。

 頑張って早く習得して、お師匠様と過ごす時間を大切にしないと。


「よーし、頑張ろうーっと!」

「お? 何だ? やる気出て来たな」


 微笑んだグォドレイの耳に下げられた大きなピアスが、シャラリと音を発した。


◇◇


 その夜。修行し疲れたミルドレットは、ベッドに眠らずに長椅子で眠ってしまった。長椅子からずり落ちながらも大いびきを掻くミルドレットを見て、グォドレイは呆れかえって苦笑いを浮かべた。


「お前さん、淑女はどこに行ったんだよ。そんなんで王太子妃になる気か?」


 パチンと指を鳴らすと瞬時に寝室に移動し、長椅子からベッドの上へと移動させたミルドレットに、そっと毛布をかけてやった。


「お師匠様……」


 ミルドレットの突然の寝言に、グォドレイはピタリと毛布をかける手を止めた。


「すっごく眠い……」


「寝てんだろうが!」


 突っ込みを入れられた事にも気づかない程に熟睡しているミルドレットに、グォドレイはやれやれとため息をついた。


 寝返りをうち、サラリと銀色の前髪が零れる。白い額が見え、長いまつ毛に零れた前髪が掛かった。


「出会った時はちんちくりんだったってのに……。お前さんは、あっという間に俺を置いて行っちまうんだな」


『お師匠様なんか、大嫌いだ』


 ふいに、ミルドレットに言われた言葉を思い出し、グォドレイはズキリと心を痛めた。


『あたしの大切な人を奪ったっ!! 酷い……。あんたはお父様よりもずっと酷いっ!!』


——そんなに、ニコニコ仮面が好きか。

 お前に『大嫌い』だなんて言われちまったら、俺は何もできやしねぇのに。


「一度だって、俺には好きだと言ってくれたことなんか無かったじゃねぇか」


 静かに寝息を立てるミルドレットを見つめながら、グォドレイは小さく呟いた。


「……寂しいじゃねぇか、ミリー」


 そっと手を伸ばし、ミルドレットの頭を優しく撫でた後、部屋を後にした。

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