寿命の無駄遣い
紫焔の魔導士グォドレイは、ヒュリムトンとルーデンベルンの国境付近にある、ランセン地域を根城としていた。
とはいえ、彼は人と関わる事を極力嫌い、居を構える事をしなかった。
ただ悠々自適な生活を送るのみで、名は広く知られているものの、その姿を目にしたという者は噂程度であり、おとぎ話か何かの登場人物か、はたまた伝説であるかのように思われていた。
「……おい」
歩く足をピタリと止め、グォドレイはうんざりした様に声を放った。後方を歩くオーレリアもまた足を止め、小首を傾げた。
「俺に関わるなと言ったはずだぞ」
「でも、命を助けて貰ったお礼がまだですもの」
「礼なんかいらねぇから失せろ」
「嫌」
きっぱりと言い放ったオーレリアに、グォドレイは渋い顔をした。
オーレリアはグォドレイに命を救われて以来、毎日の様に足繁く出会った場所へと通いつめた。
最初のうちは無視を貫き通していたグォドレイだったが、この辺りは暗くなると魔獣が頻繁に姿を現す為、放っておいて餌食になるのも気分が悪いと考えた。
追い返そうと姿を現したのが運の尽き、オーレリアに纏わりつかれる羽目になってしまったというわけだ。
「分かった。降参だ。その礼とやらを受け取ってやるから、帰ってくれ」
ため息交じりに言ったグォドレイに、オーレリアはパッと顔を明るくした。
「私、貴方の助手になるわ!」
「却下!!」
即答したグォドレイに、オーレリアはぷっと頬を膨らませた。
「……お前さん、折角の美人が台無しだぜ?」
「どうして即答するのよ!?」
「考えるまでもねぇだろ。人間の貴族のお嬢さんに、一体何が出来るってんだ?」
「やってみなければ分からないでしょう!?」
グォドレイは大きくため息を吐くと、頭を掻いてその場にどっかりと座った。
「勘弁してくれ。俺はもう人間と関わる気はねぇんだ。特に、お前さんのその風貌は最も遠慮したいところだな」
「どうして? 私の顔が嫌い?」
「顔というか、髪と瞳の色が厄介だ」
「どういう意味よ!?」
「お前さんにわざわざ理由を話してやる義理なんかねぇな」
ぷいとそっぽを向くグォドレイを、オーレリアはムッとして腕を組みながら見つめた。
「それじゃあ髪は染めるし、瞳は……前髪で隠せば満足かしら?」
「そういうんじゃねぇよ。お前さんは何も悪くねぇ。兎に角、俺は独りで生きると決めたんだ。そいつをとやかく言われる筋合いはねぇってこった」
「でも、独りは寂しいでしょう?」
オーレリアはグォドレイの傍らに腰かけて、サファイアの様な瞳で見つめた。風がさらりと彼女の銀髪を攫い、草原に咲く草花の香りがグォドレイの鼻をくすぐった。
ほんの少し、物思いに耽る様に瞳を細めた後、グォドレイはポツリと言葉を放った。
「……ああ、寂しいな」
「それじゃあ……」
「だがな」
アメジストの様な瞳でグォドレイはオーレリアを見つめると、せせら笑う様に口元を歪めた。
「一度手に入れたものを失ったら、もっと寂しいんだぜ? それなら一人で居た方がずっと気楽ってもんだ」
グォドレイは「解ったらとっとと失せろ」と言ってゴロリとその場に寝転んだ。
草原の中に身を置くと、視界一杯に青空が広がるのみだ。他には何も無い。何も無ければ、失う事も無い。寂しさも無い。
「ねぇ!」
オーレリアが突然覗き込んできたので、グォドレイは視界一杯に彼女の顔を見つめる羽目になり、驚いて飛び起きた。
ゴチン!! と額を打ち合って、二人は悶絶した。
「いてて! 脅かすんじゃねーやっ!!」
「ごめんなさい。でも、それなら貴方はどうして生きているの?」
「は!? 何だって!?」
オーレリアは片眉を下げてグォドレイを見つめた。
「ただ一人で生きているだけなんて、つまらないでしょう? そんなの生きている意味があるかしら?」
「失礼なお嬢さんだな!?」
「ごめんなさい。でも、そう思ったんですもの」
グォドレイはうんざりした様にため息を吐くと、かりかりと頭を掻いた。
「腐るほどある寿命だ。無駄遣いもしたくなるってもんだろう?」
「無駄遣い?」
「ああ」
つまらなそうにグォドレイは舌打ちすると、「俺と関わると、お前さんの貴重な寿命を無駄遣いするってモンだぜ」と言って鼻を鳴らした。
「寿命の無駄遣いね。そんな言葉、初めて聞いたわ」
オーレリアはクスクスと笑うと、グォドレイの前に細長い木箱を差し出した。
「なんだよ?」
「プレゼントよ。開けてみて」
「要らねぇんだが……」
「他人の厚意は受け取るものよ!?」
「うーん……」
躊躇いがちにグォドレイは木箱を受け取ると、金具をカチリと外して蓋を開けた。
中には金属製の細かな彫刻が施された煙管が入っており、きらりと太陽の光が眩く反射した。
「お父様が貿易で手に入れたものなのだけれど、遠い異国の品なのですって」
「ああ、目にした事はあるが。でも、なんで俺に?」
「寿命の無駄遣いよ」
そう言って、オーレリアはごろりと寝そべった。
貴族の令嬢らしからぬオーレリアの行動に呆れながら、グォドレイは受け取った煙管を箱から出し、手に取ってみた。
指を滑らせて彫りの様子を確かめながら握ると、重さといい滑らかな触り心地といい、嫌に手に馴染むと思った。
「家にあるとお父様が使うかもしれないでしょう? 身体にも悪いし、お父様の寿命が無駄遣いされちゃうわ。だから貴方にあげる」
「……俺様をゴミ捨て場にするんじゃねぇや」
「有効活用よ」
オーレリアの言葉に、グォドレイは吹き出す様に笑った。
「妙なお嬢さんだなぁ」
「あら、何処にでもいる普通のお嬢さんはつまらないでしょう?」
「まぁ、そうだが」
サファイアの様な瞳を細め、悪戯っぽい笑みを浮かべて見せたオーレリアに、グォドレイは一瞬見惚れ、直ぐに視線を外して煙管を見つめた。
手の中でくるりと煙管を回してみては、まるで自分の為に作られたものででもあるかのように良く馴染む事が面白く思えた。
「……ま、いいか。こいつは割と気に入った」
「良かった、厄介払いが出来たわ」
オーレリアの言いぐさにグォドレイは苦笑いを浮かべた。こんな風に歯に衣着せぬ言い方をする貴族女性は珍しいなと思っていると、彼女は機嫌良さげに歌を口ずさみ始めた。
さらさらと風が吹いてグォドレイのピアスを揺らし、心地の良い音色を発する。
いつの間にかオーレリアの口ずさむ歌に聞き惚れており、グォドレイは気まずそうに咳払いをした。
「あー、そうだな。お前さんを助手とやらに採用してやってもいいぜ?」
「本当!?」
慌てて起き上がったオーレリアに「なんてな」と言うと、グォドレイはぐっと伸びをした。
「ちょっと! どっちなの? 採用するの? しないの!?」
「助手ったって、何にもやる事なんかねーし? だからまぁ、助手見習い補佐候補ってところか?」
オーレリアは「なによそれ」と言った後、呆れたように「もう、なんだっていいけれど」と言葉を続けた。
ぷっとグォドレイが吹き出すと、オーレリアもつられて笑い、二人の笑い声が草原に響いた。
◇◇
そのころ、ルーデンベルン王太子アーヴィングは年頃であるというのに、婚約者すら持たないという事が国中の話題となっていた。
見てくれが良王太子の心を射止めようと、彼の出席する夜会は大勢の貴族女性が押し掛ける始末で、公爵家の娘であるユーリの耳にも当然ながらその噂は入っていた。
だが、引っ込み思案な性格のユーリは王都で開催される夜会に出席する事など無く、アーヴィングと顔を合わせた事も無かった。
それだというのに、王城から正装した使いがユーリの元へ王太子との婚約の知らせを持ってきたものだから、マクレイ公爵家は一挙に国中から注目される事となった。
貴族や王族の結婚といえば、恋愛結婚など許されず、ユーリもまた例外ではなく、会った事の無い男と婚約を結んだのだ。
とはいえ、次々と送られて来る婚約祝いの品々はどれも豪華で、元々着飾る事が好きであったユーリは、淡い色のドレスに身を包んで幸せそうに微笑んだ。
アーヴィングから贈られたドレスは彼女の赤みがかった栗色の髪に良く似合い、絵姿と合わせながら選んだのだろうと伺い知れた。
婚約祝いの品を持って訪れたオーレリアを、ユーリは幸せそうに出迎えて自室へと招き入れた。
「ああ、アーヴィング殿下は一体どのようなお姿なのかしら!」
期待に胸を膨らませて言うユーリに、オーレリアはくすくすと笑いながら答えた。
「ユーリったら、殿下の絵姿は見たのでしょう? 国中の女性達が夢中になるほど容姿だっていうんだから、期待してもいいんじゃないかしら」
「そうだけれど! 実際この目で見ると違ったりするでしょう?」
「噂と真逆のとんでもないブ男だったりして?」
「止めてよオーレリア。絵姿では貴方と同じ銀髪の、とっても素敵な紳士だったのに!」
そう言った後、ユーリは不意にしょぼくれると、「絵姿が美化したものだったら、諦めるわ」と項垂れた。
「そんなに素敵だったの?」
「ええ!」
断言するようにユーリは言うと、熱っぽいため息を漏らした。
「貴方の銀髪に、私はとても憧れていたのですもの。殿下との間に生まれる子も、銀髪で産まれてくれるといいのだけれど」
「子って……! ユーリったら、気が早すぎよ!」
どうやらユーリはアーヴィングの絵姿に一目惚れしてしまったようだった。きっかけが何であるにせよ、幸せそうなユーリの様子に、オーレリアも嬉しくなって微笑んだ。
「おめでとう、ユーリ。心から祝福するわ。アーヴィング殿下と絶対に幸せになってね」
「ありがとう。オーレリアはどうするの? 貴方にも縁談が沢山来ているのでしょう?」
ユーリの言葉に、オーレリアはうんざりした様にため息をついた。
「そうね。でも、私はまだ結婚したくないの。折角グォドレイ様から魔術の手解きを受ける事になったのですもの」
オーレリアには人間としては珍しい事に、魔術の才能があった為、グォドレイはオーレリアを『助手見習い補佐候補』から、『弟子見習い候補』へと昇格させたのだ。
「魔術は難しいけれど、今とても充実しているのだもの。この時間を手放す事なんかできないわ……」
「そんな事言って、グォドレイ様を好いているのではなくて?」
「……え?」
ふと、オーレリアの脳裏にアメジストの様な瞳を細め、整った顔を惜しみも無く崩して笑うグォドレイの姿が過り、思わず頬を染めた。その様子を見てユーリは悪戯っぽく笑った。
「オーレリアったら、グォドレイ様に嫁ぐ気なの?」
「ええっ!!」
パッと両手で頬を覆い、オーレリアは恥ずかしそうに瞳を閉じた。
「そ、そんな! グォドレイ様は人間を妻に迎えたりなどしないと思うわ!」
「それって、グォドレイ様さえ良ければオーレリアは二つ返事で嫁ぐと言っているようなものじゃない」
顔を真っ赤にしたオーレリアは、「だって……」ともごもごと口ごもりながらも言葉を発した。
「素敵な方なのですもの……」
ユーリは微笑むと、オーレリアの側へと腰かけて、優しく手を握った。
「きっと、グォドレイ様も貴方を想ってくださっているわ。だって、オーレリアはこんなにも綺麗なんですもの。そうじゃなきゃ、孤高のあの方が貴方を側に置くと思う?」
「……そう、かしら?」
「ええ、絶対にそうよ! 自信を持って、オーレリア!」
ユーリは満面の笑みを浮かべると、ほぅっとため息をついた。
「素敵ね。私はルーデンベルンの未来の国王様と。貴方は伝説と謳われる紫焔の魔導士グォドレイ様と。お互い、幸せな未来を築きましょうね!」
二人は微笑み合うと、まだ見えぬ明るい未来を思い描きながらあれこれと果てないお喋りをした。




