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37:ブハーラー戦10:本丸戦2:亡霊1

加筆しました。

ただストーリーには関係ない部分ですので、特に読み直す必要はありません。

(2021.11.1)


人物紹介

モンゴル側

チンギス・カン:モンゴル帝国の君主

耶律やりつ阿海あはい:チンギスの家臣。キタイ族。

ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。

人物紹介終了

(注:本作にての本丸とは?

 西域の平地にある都城・城市にては、多く二重の城壁 (外城壁・内城壁)の内に、更にお城があります。

 これは防御機能を高めた軍事に特化した大建造物であり、一般には城砦・城塞などと訳されます。

 駐留軍は、これを兵舎とします。

 通常、平時であれば、君主は宮殿、城主は館に暮らし、戦時や住民が反乱した時、これに逃げ込みます。

 無論、軍議など様々な用途にも用います。

 本書では軍事的機能の観点から本丸と呼んでいます。日本の本丸とは形は似ていません。

 以下、おまけ

 彼の地にも山城はあります。

 有名どころはイスマーイル派(暗殺教団とも)の山城の数々です。

 こちらは日本の山城に劣らず難攻不落です。)




 チンギスは居所として用いている大きなものではなく、小さな天幕にて待つことにした。

 供回りに阿海が来たら、そこに案内せよと申しつけた。

 阿海が至る。

 チンギスは、主人の座たる南面の席に、フェルトを敷いて座し、あぐらを組む。

 そして低い台を挟んで、対面する座にもフェルトを敷いており、そこに座るよううながす。

 炉の炭火にくべた薪により天幕内は暖かかった。

 その炉のところのみ避けて、床にはまず絨毯が敷いてある。

 その上に設けられた宴席であった。

 ただ、阿海は遠慮してか、天幕の入り口の敷居をまたいで入ったものの、中に進んでその座に座ろうとはせぬ。


「そなたが座らねば、共に呑めぬではないか。さあ、近うよれ」


 チンギスは右手に酒の入った革袋を持って、そういざなう。


「いまだ勝利した訳でも、大功をあげた訳でもありませぬ。

 わたくしが、それを成し遂げた後に、是非、いただきとうございます」


「そうか・・・・・・。なら、ここはそなたの言に従おう」


 チンギスは、そこであっさり引き下がり、切り替えた。

 そもそも己が酒飲みを好まぬことは陣中に知れ渡っており、旧臣と言って良いこの者が、知らぬはずはない。

 そしていくさ前なら、なおさらであるは明らか。

 そして何より酒を呑み交わそうとしてこの者を呼んだ訳ではなかったゆえである。

 そう、ただ軍議の際に抱いた疑問を尋ねるために呼んだのであった。


 他の君主なら捨て置く疑問も、チンギスは問うべく務めて来た。

 配下の心を知りたく想うゆえである。

 そもそも人の本音を引き出すことにかけては、自信があった。

 ただ『カンよ、君主よ』と祭り上げられるほどに、人は己に本音を話してくれぬようになった。

 やがてそれが離心、更には叛心につながることもあり得ようとの憂いが、チンギスの内にあった。

 己は生まれながらの君主ではなかった。

 それどころか、幼くして父親を亡くすという、最悪の始まりである。

 次に待ち構えておったのも、ろくでもない。

 背丈が天幕ゲル車の車軸が越えるほどに成長すると――ようやく殺して良い年齢に達したと――同族のタイチウトに執拗に追われる日々。(注 天幕ゲル車:天幕を載せる車。現在では天幕を解体して移動するが、歴史時代は、解体せずに車に載せた。それを多くの牛馬で引くのである)

 そして長くケレイトのオン・カンに仕えて、己がカンとなり得たは、あくまでその後である。

 そうした時期が長かったからこそ、まさに自らの身の上として、

――配下がどのような心を抱くものなのか、

――忠誠心なるものが、まことに移ろいやすく、泡沫うたかたに劣らず消え入りやすきもの、

――それを良く知るチンギスであり、それゆえのことであった。


「何ゆえだ。何ゆえ、本丸攻めを望んだ。

 無論、問責しておる訳ではない。

 ただ他の将が尻込みしておる中、そなた一人が願い出た。

 何かの格別なる理由、それがあるのならば、聞きたく想うてのう」


「そのことでございましたか。

 わたくしは何ゆえ呼ばれたのだろうか。

 果たして、わたくしの申し出は、もしや差し出がましいものであったのか。

 そのように心中、不安を抱いてここに参りました。」


「我が心のうちは、軍議で述べた通りよ。あれには何の偽りもない。

 ただあの場で問うては、そなたが答えにくいかもしれぬ。

 それを危惧したのよ」


「さようでございますか」


「理由はあるのか」


「はい」


「なら、聞かせよ」


「前々回の軍議にて、ボオルチュ・ノヤンは、報告されました。

『本丸を守る将に、グル・カンと称する者がおると』

 そのゆえでございます」


「もっと詳しく聞かせよ」


「グル・カンはキタイ、そしてその後のカラ・キタイの君主が代々冠したところの称号です。カラ・キタイの君主たりえる血筋は滅んだと聞きます。それゆえ、恐らくは、その滅びののち、キタイ勢の将がそれを僭称しておるのではないか。

 それを憂うておるのです」


「それを許せぬと」


「というより、キタイ勢の将がカンに弓引くならば、それを滅ぼすのも、やはりキタイ勢たる我の務めかと想いなし、志願したのです」


 チンギスは、ムカリの願い出た称号について、阿海に問うたことを想い出した。

 この者と2人きりで話すのも、あれ以来。

 懐かしくも想うが、ただチンギスの今の関心はそこにはなかった。


「グル・カン」

 あえてそれを口に出す。

 ただその称号で思い浮かべるは、阿海のそれとは異なった。


(ジャムカ)

 あやつも、またであった。

 我とケレイトのオン・カンに対立する軍勢を糾合して同盟軍となし、その上で総大将に推されて、グル・カンとの称号を贈られておる。

 忌々しいことに、我の仇敵たるタイチウトと手を組み、未だ我に従うを良しとせぬ残りのモンゴル勢を自ら、とりまとめた。

 更には、その同盟する軍勢は、

 正妻ボルテの出身ながらやはり我に与するを良しとせぬ残りのオンギラト勢、

 東の大勢力タタル、イキレス、

 西の大勢力メルキト、ナイマン、

 北の大勢力オイラト、

 加えて、カダキン、サルジウト、ドルベン、コルラス

――と良くもこれだけ集めたものよと想えるそうそうたるものであった。

 あの時負けておれば・・・・・・。


 ただ勝ったのだ。

 それに、何より、その後、紆余曲折があったとはいえ、結局、あやつを処刑したのだ。

 それが我への復仇の想いに駆られ、亡霊となりて、黄泉より来たり、我が前にたちはだかる・・・・・・。

 ありえぬことだ。

 他方で、チンギスは、その情報

――それは降伏開城した住民勢より得たものであったが、その全てを軍議にて報告することを許してはおらなかった。

 隠された情報があった。

『その者はモンゴル勢であり、かつてチンギスの下におった』との。

(ジャムカ)

 いくら拭い去ろうとしても、まるで妄念の如くに己の内に湧き上がって来る。

 その度にありえぬ・・・・・・と想う。

 それにあやつは同盟者アンダであった。

 それを我の下におったと言えるのか。

 ただ、それは気にするほどもないささいな違いであることはチンギスも分かっておる。

 己が心がその妄念を否定するために、言葉をこねくりまわしておるに過ぎぬと。


 我が秘匿した情報とは矛盾するが、案外、阿海の推測が正しいのかもしれぬ、と想い直さんとする。

 ホラズム側に仕官の途を見つけようとした場合、かつて我の下におったと称した方が雇われやすかろう。

 ホラズムにモンゴル側に通じた者は少なかろう。

 情報入手という観点からも、のどから手が出るほど欲しいはず。

 キタイの将がそうした。

 ありえることではないのか。

 それとも、我は阿海の推測にすがろうとしておるだけなのか。


 その堂々巡りの中で、去ろうとしないあやつの名。


 チンギスはついに妄念を振り払うことはできず、まさにそれに駆られるままに、阿海に

――入室の時から、ひざまずいたまま、姿勢を崩さぬ阿海に

――命じた。


「できうるならば、その者を生きて捕らえて来い」




(チンギスと耶律阿海の話は、第1部『(加筆版)カンの隊商2(この時のモンゴル)』にあります)


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