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29:ダーニシュマンドの意味:ダーニシュマンドの野心5

 まずペルシア語でダーニシュマンドが当時いかなる意味を持ったかを見て行きたい。

 バルトルドはこれをteacherとする。ただ、それでは一般的すぎるので、その部分を詳しく見ていこう。

 バルトルドはサーマーン朝(西暦875~999。首都はブハーラー)での高名なムスリムの称号を論じているところで、以下を記す。これを訳すと。

『サマーニー[の書]から、後代のムフティー、もしくはシャイフ・アル・イスラームに当たる人物が、この時[サーマーン朝]にはUstadh[ただしaは長母音](teacher)とのペルシア語の称号を帯びたと[中略]知れる。

 トランスオクシアナにて、teachersは、通常ペルシア語の称号であるダーニシュマンド[中略]により知られる。』(注1)

 []内はひとしずくの鯤による追記。

 トランスオクシアナは、シルダリヤとアムダリヤの間の地であり、その2大都城はサマルカンドとブハーラー。


(補足 バルトルドの後代(原文はlater)はオスマン朝を念頭に置いているとも想える。

 オスマン朝では、シャイフ・アル・イスラームは国家の最高の宗教的権威が就く官職であり、これにはムフティーのトップの者が就任した。)


 これより、ダーニシュマンドとは、

――ムフティー、もしくはシャイフ・アル・イスラームに相当するところの

――高名な、もしくは際だって高名な宗教的権威のことと理解しうる。

(ムフティーはイスラーム法 (シャーリア)に関するより高度な法学者とされる。)


 これに相当する語を漢語や日本語に求めれば、『師』となろうか。

 例えば、元の開祖クビライはチベット仏教を信仰したが、その導きをなしたパクパ(パスパとも)は国師となり後に帝師となった。

 日本にても、伝教大師最澄、弘法大師空海などなど。


 みなさんに分かりやすい例を挙げれば、スターウォーズのヨーダのような存在である。

 つまり単に知識や技術を教えるだけではなく、世界の真理に通じた存在への尊称と考えてもらえば良い。

 ヨーダ、つまりジェダイ・マスターであり、バルトルドがここで用いるべき語はteacherではなく、masterと分かる。

 恐るべし、スターウォーズ。

 筆者の一押しは『帝国の逆襲』であるが、それはさておき、

 これよりダーニシュマンドの称号の持つ一般的なイメージが分かっていただけたであろうか。




 ところで、『長春真人西遊記』がやはりこの語を伝えていると想われるので、以下、これを見て行く。

『此の地にはダシュマンと云う者があり、此の国の文字を知っていて、記録文書を取り扱うことを専門にしている』(注2。ただし旧かなづかいは改めた)


 これは先のバルトルドの見解とずい分異なる。

 ところで、モンゴルには上述の長春の記述に当てはまるビチェーチという官がある。

 これは語義としては書記であるが、大雑把に文官と理解して良いと、私は考える。

 モンゴル政権において――特にその初期にては――ある官名を有しておっても、何でも屋が多いと私は考える。

 ただ、大きく武官と文官の区別は当然あったとみるべきであろう。

 ただモンゴルは武官優位・軍優位の世界なので、政治の枢要は武官が決定した。

 文官の職務は、武官のそれに比べれば、補助的なものに留まった。


 参考までに、ビチェーチの職務を記したものを以下に引用する。

『その職掌もハーンの詔勅の作成や押印などの「書記」本来の職務以外に、租税の徴収や外交事務、さらに外国人の裁判なども行うようになる』(注3)


 ゆえに、上記の長春の誤解が明らかとなる。

 長春の伝えるのは、ビチェーチの官職の仕事に他ならない。

 ゆえに、恐らくはダーニシュマンドとの称号をカンに許された者が、

――ビチェーチという官職に就いている状況、

――もしくは、官職を得ないままに、ビチェーチと同様の職務をなしておった状況、

 を誤解して、上の如くに伝えたと想われる。


(ビチェーチという語は、後にペルシア語に入り、ジュワイニーやラシードにて書記(広くは文官)の意味で用いられる。

 これはダーニシュマンドの語が書記の仕事を意味しないことの傍証となろう。)


 ゆえに、ダーニシュマンドの原義はバルトルドの伝えるものが正しく、本書の登場人物もこの意味で称号としていると考えて良い。




 ところで、ハージブはアラビア語の「侍従」を意味する称号である。

 分かりやすく言えば、「側近」や「近侍の臣」を意味する。

 ゆえに、ダーニシュマンド・ハージブとは名ではなく、称号の可能性が高い。


 また、オグル・ハージブのハージブもこの語である。

 オグルはトルコ語で王族の意で、ゆえにこの者も名なのか称号なのかはっきりしない。


 歴史史料の伝える人物は、実はこうした例が多い。


 余談だが、モンゴル語のチェルビがハージブと同意であるのは、ジューズジャーニが伝えるところである。(注4)


 注1Barthold 『Turkestan down to the Mongol Invasion 2nd』, P232

(詳細は参考文献に記しています)


 注2:岩村忍訳『長春眞人西遊記』筑摩書房 1948年、104貢


 注3堀江雅明「独裁体制を支えるビチェーチ」91貢(『チンギス・ハーン』上(歴史群像シリーズ25) 学習研究社 1991年所収)


 注4Barthold 『Turkestan down to the Mongol Invasion 2nd』, P382,note8

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