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5話

 少し寂れているが人の生活音が聞こえる村、エスタ村と呼ばれる村の前に、熊のような獣を片手で引き摺る二人が居る。

 黒髪黒目黒ジャージの青年と銀髪赤眼紺のワンピースの少女、翼とローゼだ。


「着いたぞ。エスタ村じゃ。」

「おお…。人が生活している気配がする。」


 神が居た世界、その後蘇生した森、どちらも人の生活とは掛け離れたもので、多少は不安を感じていたのか、翼はその生活音に安心する。

 村の印象はやはり田舎の駅前といった感じか、少し寂れた店が並び、その前に大きな建物、奥には人が住んでいると思われる集落がある。

 仮に駅と見立てた大きな建物からは、筋肉隆々でガラの悪そうな人たちが何人か出入りしているように見える。腰に剣を構えている者、肩から斧を担いでいる者、その様子を見るに、大きな建物こそがギルドだと推察できる。


「そりゃあの。とは言えじゃ、この村にあるのはギルドくらいじゃし、店の数もそれほどあるわけではない。あの森から一番近いのはここじゃから仕方ないが、まぁ腹が膨らめば問題はなかろうて。」

「まぁな。俺としては早く喉を潤したいよ。けど、その前にギルドでこれを売らないとな。」


 引き摺っている熊のような獣に目をやる。漫画のように長い牙が、口を閉じているのにも関わらず見えている。爪は鋭く、襲われれば無事では済まないだろう。そんな獰猛そうな熊が傷もなく仕留められ、片手で引きずられている。

 そんな珍妙な光景に道行く人達が皆、奇異な眼差しで翼たちを見る。


「いつまでも見世物の状態というのも嫌じゃしのう。さっさとこれを売り払ってしまおうか。」


 ローゼの意見に同意して、大きな建物に向かう。目標に近づくにつれ、奇異な眼差しが増えるが、気にしていられない。こんな大きな荷物を隠すような物は手持ちにない。何か覆い被せることの出来る布でもあれば別だったのだが。






 大きな建物の前まで辿り着き、改めてその建物を観察する。

 周りの建物もそうなのだが、木製の造りをしている。門はとても大きく、ギルドの象徴と思われるプレートが飾ってある。建物の造りは他よりも一際頑丈そうに見える。壁には横一線に規則正しく獣のようなものと狩人が戦っているようなエジプトの平面芸術と思われる絵が描かれていて、特別な施設という印象を受ける。


「おー、立派な建物だな。」

「当たり前じゃ。ギルドには登録している人数が多く、各国からも支援が入っておる。厄介な魔獣に国の戦力を割く手間が減るしの。村の支部とは言え、これくらいは普通じゃ。」

「なるほどな。冒険者は便利に扱われてるってことか。」

「持ちつ持たれつだと思うがの。それで生活が成り立つわけじゃし。」


 ローゼは言いつつ門に手をかけ、扉を開ける。

 その中でまず目立つのが、丸いテーブルを囲い大きな声で談笑している人達。笑い声は人それぞれだとは思うが、少し汚く下品なように聞こえる。

 次にカウンター。後ろで一つに結んだ緑色の髪と白い頭巾、頭巾に合わせた白の給仕服の上からでも分かるような、大きな胸が何とも特徴的な緑髪の女性が立っている。恐らく彼女が受付嬢なのだろう。

 最後にテーブルの奥の大きな掲示板。何かの用紙が大量の貼られている。


 建物の中に居た者たちが翼たちを見る。そしてその手元を見て、皆が驚愕の表情に変える。

 驚愕している者たちを無視し、ローゼが一直線にカウンターまで歩いて行く。その容姿からは到底想像できない堂々たる姿に、翼は少し呆気に取られるが、直ぐに我に返りローゼの後に続く。

 カウンターに到着したローゼは右手を握り親指を立て、それを後ろの熊のような獣と翼に向ける。


「儂の連れの登録と魔獣を売りたいんじゃが良いか?」


 ローゼに話しかけられ、我に返る受付嬢。


「いらっしゃいませ。【冒険者ギルド エスタ村支部】へようこそ。ギルドへの登録はこちらの用紙の注意事項をご確認の上、名前の記入と指印をお願い致します。」


 差し出された用紙を翼が受け取り、その内容を確認する。翼の知らない文字で書かれていて、何が書かれているのか全く理解ができない。日本語で会話しているのに文字が違うとは、さすが異世界だと翼は妙な納得をする。


「文字が読めないんだけど…。」


 内容もわからないものに契約するのも不味いので、少し格好悪いと思いつつローゼに助けを求める。


「お主…、文字も読めんのか…。まぁ識字率は高くないし、読めぬのはあまり不思議ではないが、それでよく旅をしようなどと思ったものじゃの。」

「そこまで考えてなかったなー…。」


 新しい世界を楽しく観光のつもりで生きていけたら面白いだろうという程度に考え、こちらの世界に来てからは、ローゼと普通に日本語で会話が出来た。だからこそ、文字も普通に日本語だと考えていたのだが、どうやらそれは違っていた。神様も細かいところには気が回らないようである。


「貸してみよ。…あー、『ギルドは命の保証やその後の保証をしない』とかじゃの。詰まり、自己責任で依頼を受けろと書かれておる。」


 かなり大雑把な説明だが、大体がそんな感じなのは間違いないのだろう。今回、翼たちが狩ってきた獣のような物をずっと相手にしていくなら、命がいくつあっても足りない。命の保証なんていちいちやっていくのは大変な負担になる。だからこそ、やって欲しいところだが、国の戦力を割く代わりだ。保証をするくらいなら国が正規の兵を増やし、魔獣や開拓の対策に充てる資金にするはず。


「そんなことか。じゃあ代筆頼まれてくれないか?【ツバサ=サテン】でよろしく。」

「【ツバサ=サテン】な。本当に変な名前じゃな。」


 ローゼに代筆してもらった用紙を受け取り、カウンターの上にある朱肉に親指を当て、用紙の名前の横に指印を押す。受付嬢に渡された手拭きで指を拭き、確かに指印が押せたことを確認し用紙と手拭きを渡す。


「では、こちらのほうで、確かに受理しました。カードを発行しますので、その間に、ギルドについての説明を致します。よろしいでしょうか?」

「はい。宜しくお願い致します。」


 受付嬢の説明を聞くため、翼は姿勢を改める。ローゼは非常に気だるそうだが。


「依頼にはランクが存在しており、自らのランクに合った依頼を受けて頂けます。ランクは『G・F・E・D・C・B・A』と別れております。Gが最低のランクになり、Aが最高のランクとなります。ご自身がAランクになりますと順位が付き、『Aランク○位』と呼ばれるようになります。魔獣にも同様にランクが存在し、Aランク以上に順位がつけられております。」


 むやみやたらと死者を出さないためにランクという制度は良い。が、そんなことよりもアルファベットが存在していることに翼は若干呆れていた。なんていい加減な世界なんだろう、と。


「特別な理由が無い限りは、ご自身のランクよりも上のランクの依頼は受けることが出来ません。用紙にありました、注意事項の通り、当方は冒険者の命の保証は致しません。当方は、依頼者と冒険者の仲介をし、金銭のやり取りを不備なく行うことを約束致します。当方は、公平な素材の買取を約束致します。」


 命の保証はしない。契約金の支払い不備を取り立ててくれる。素材の買取を行なってくれる。

 ギルドの基本的な機能は後ろの二つらしい。





「最後に説明…、と言いますよりは、忠告となります。」





 受付嬢の眼が細まり、微かに殺気が篭る。翼にもそれは向けられているのだが、どちらかと言うとローゼに向かっている。殺気を受けるローゼは相変わらず気だるそうにしている。




「魔獣の中には、強力過ぎてギルドでは計りきれない、という理由でランク外になっている魔獣も存在しております。そう言った魔獣は『論外』というカテゴリーに分けられており、歴史上でも数体しかカテゴライズされていないのですが、発見されましたら、直ぐに身の安全を確保するようお願い致します。国とギルドが迅速に対応致します。」




 確かに重要な事案だが、そこで殺気を翼とローゼに向ける必要もない。緊張した空気が辛く、受付嬢の胸を観察していると、カウンターの奥から二人の男女が出てきた。

 女性の方は事務担当なのか、受付嬢に白いカードを渡し、再びカウンターの奥に消えていく。

 男性の方は、こちらの荷物に眼をやり、驚きながらも受付嬢の横に並ぶ。少し老けた顔をしていて、頭皮が薄く、頭の天辺の皮膚が見えている。四十過ぎと言ったところだろうか。堂々としている姿勢から、この支部で立場が高い者だと判断する。


「カードの準備が出来ましたので、こちらをお渡し致します。」


 翼は差し出される白いカードを受け取り、それをまじまじと見る。名前と思われる文字と翼の指印が彫ってある。


「カードの色は『Gが白、Fが青、Eが緑、Dが黄、Cが橙、Bが銀、Aが金』となります。再発行には費用が掛かりますのでご注意ください。」


 受付嬢の説明が終わると隣に並んでいた男性が一歩前に出て、カウンターの横にある扉に向け手の平を差し出す。


「それでは、素材の買取に移らせて頂こうと思います。お荷物のほうが大きいようなので、そちらの部屋で査定させていただきます。」

「そうですね。これだけ大きいものを置いておくと他の方の迷惑になりますからね。」




 部屋に移る男性の後に翼とローゼが続いて付いて行く。

 三人が部屋に入り、扉が閉められた後、受付嬢はその部屋の扉を注視し続ける。






 彼女の給仕服のポケットから金色に光るカードが覗く。






 十人しか居ないAランクの一人、『Aランク十位』リタ=ブラウス。

 彼女の本能は二つの圧倒的な存在に警鐘を鳴らし続けていた。

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