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Beyond of Cosmos =星巡りの物語=リゲル・ラナ編 第二部  作者: 詩紡まりん


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第124話 ジクラス族村、ル・デスア湖の朝 = 最終局 =


 一日が、48時間であるリゲル・ラナの夜は長い。


 エイディオス卿の家に戻った四人は、夜食タイム(ヴェスペルナ)の食事をとりながら、明日のジラクス族長ミスモズとの会談について話し合っていた。


「ズーバプラさえいなければ、ジラクス族もケチャの教えを信じているようだし、族長のミスモズも話が通じない男ではなさそうだったな」

 トゥルリーは、マリナシス卿が焼いてくれた厚切りハムをつまみながら言った。


「ああ、ミスモズという族長も、父親が亡くなると同時に族長を受け継いで不安だった時にあの魔術師とやらに付け込まれたのだろう。族長就任当初は、自分の統率力に自信が無かったのかもしれない」


 自分も前皇帝の息子であり、現レッドリオン公国の公子であるアランは、偉大な父の跡を継ぐというプレッシャーと重責について、良く理解していた。


 筋骨隆々の大柄なジラクス族の戦士たちに囲まれた小柄で貧弱な体型のミスモズ族長の姿を思い浮かべながら、彼の気持ちを想像してみていた。


 ブドレール部族のパネラロ族長も、ダイザ部族の族長チャガガも、父親から受け継いだ族長と言う立場に苦しみ、闘いを続けることの苦しさを感じていた。

 義兄に命を狙われ、長老たちに翻弄されていたブドレールの若き部族長のパネラロの弱みは、後ろ盾となる者がいないことだった。

 体格に恵まれ、武闘派で、部族の者から一目置かれていたタイザの族長のチャガガですら、タイザ村の荒れた田畑や貧困に喘ぐ村人を見て、村の未来を悲観し、闘いを続けることに悩んでいた。

 ましてや、後ろ盾も無く、腕力も無いミスモズが、勇猛果敢な戦士たちを従えることに困難を感じたことだろう。

 そんな時に、ズーバブラのような魔術師が後ろ盾となってくれるとなれば、喜んで受け入れ頼ってしまったのも仕方の無いことなのかもしれない。


「ジクラスの族長のミスモズは、己に反抗する者、他の部族の者だけでなく自部族の者でも容赦苦無く抹殺する残忍非道な族長だと周囲の部族に言われていたが、それも全てズーバブラに唆(そそのか)されてのことだったのだろうな」

 と、マリナシス卿の自家製果樹酒をグラスに注ぎながらアランが言った。


「だとしても、生贄の儀式を取り仕切っていたのはミスモズ族長です。奪われた命の責任は逃れられません!」

 と、マリナシス卿は、鼻息も荒く怒りを抑えきれずに言った。


「そうだな、カレンの気持ちもわかるよ。だが、その責任をどうとるかは彼次第だし、いずれ神に裁かれることだろう。我々は、未来のパドラルの為に和平と統一の道筋を作るのみだ」

 と、冷静に言うアランを前に、マリナシス卿は我に返った。


 そして、アランの前で感情的になった自分が急に恥ずかしくなり、自分でも自覚するほど顔が熱くなり、頬を赤らめて口を閉じた。


 その様子を見たトゥルリーが

「おや、マリナシス卿。早くも自分の造った果樹酒に酔ったのかな?」

 と、茶化すように言ったのでマリナシス卿は

「アルコールを接種するとすぐ顔が赤くなる体質なのです。酔っておりませんので、ご心配なく」

 と、言い返しながら、本当は酔ってもいないしアルコールに弱くも無いマリナシス卿は、心の中でトゥルリーに感謝した。


 アランは、ズーバプラの行方を追わせた使徒(しと)のルークが戻らないのを案じながらも、明日のミスモズ族長との会談に備えてもう一手を打っておこうと考えてトゥルリーに言った。

「先程の様子では、あの場に居たジクラス族の者達は我々がメメャンバであることを疑う者はいないとは思うが、ミスモズ族長に対してもう一押ししておこうかと思う」


「ああ、あの時点ではミスモズも完全に身も心も我々にひれ伏す気配を見せていたが、部落に戻って心変わりしていないとも限らないからな」

 トゥルリーもズーバプラの後を追ったルークが戻らない事を気にしながら言った。


「ズーバプラという魔術師が居なくなって、彼を疎んじながらも逆らえなかった側近が、ここぞとばかりに族長に取り入ろうとしていないとも限りませんね」

 と、ゴザガントで族長の家族と親密になっていたエイディオス卿が、族長の周囲に居る者達の思惑を想像して言った。


「念のため、ビショップを先ぶれとしてミスモズの部落に行かせよう。ダイザ部族の族長チャガガの時のように、ケチャの鳥の女神・・・なんて言ったかなぁ…」

 と、ケチャ教についての知識が乏しトゥルリーが思い出そうとした。


 すると、マリナシス卿がすかさず

「カプラーの女神ですね」

 と、手にした果樹酒の入ったグラスを掲げて片目を閉じて言った。

 先程のトゥルリーの助け舟へのお返しだろうか?


「ああ、そうだったね。カプラーだ!ダイザ部族の村でビショップがその女神とそっくりだと言われていたんだよ」


 カプラーとは、白い翼を持つ少女の姿をした鳥の姿をしたケチャ教の女神である。


「そうなんですね。曽祖父の予言はあなた達に関する予知ですが、あなた方に関することは偶然ではありません。全ては予定調和、我々が生きている時の流れの中の必然なのかもしれません」

 と、マリナシス卿はしみじみと言った。


 一族に課せられた使命を一身に背負い、ひとり軍のWhite (ホワイト)Mage( マギ )諜報部員(スパイ)として、このパドラルに潜み生きて来たマリナシス卿にとって、曽祖父の予言がついに実現する時が来たのである。

 待ちに待ったこの時に立ち会え、自分の使命を果たせることを嬉しく思いながらも、その重責に震える想いもあった。


「ああ、それは名案だな。ルークはまだ戻りそうも無いし、ここはひとつビショップに先ぶれとして行って貰おう」

 と、アランもトゥルリーの意見に賛成した。


「そういえば。ルークは大丈夫なのかしら?」

 と、マリナシス卿は、男たちの空になりかけたグラスに、自分の手作りした果物酒を順番に注ぎながら心配そうにつぶやいた。


「ああ、ルークなら大丈夫だ。彼は自分の任務遂行の為に頑張ってくれている。ただ、だいぶ遠くまで行ってはいるようだ」


 使徒は、主人の魂と神聖力(Holy Power)と同期されているので、万が一、使徒の身になにかあれば主人(マスター)であるアランにも伝わる。

 ある程度の範囲内にいれば、精神感応力(テレパシー)に近い能力で、「使徒の目は主人の目、使徒の耳は主人の目」となり得るが、今、ルークは、その範囲を超えたところに居た。


「そんなに遠くまでズーバプラが移動したということですね?」

 と、マリナシス卿が少し驚きながら不安げに言った。


「そうだ。どうやらヤツはパドラルから脱出しようとしているようだ」

 と、アランは皿に残っている干し肉をひとつまみしながらグラスを片手に言った。


「え?それはこのスチュア・トロア大陸から脱出しようとしているということですか?」

 と、エイディオス卿も驚いたように言った。


「いや、海には出ていないだろう。もし、このスチュア・トロア大陸から脱出しようとするなら船に乗るしかない。ルークもそこまでは追わずに戻って来るはずだ」


 ルークは、主人であるアランの命令以上のことはしない。


 それをよく理解しているトゥルリーが言った。

「では、なぜこんなに遅くまで戻って来てないのだろう?」

 と、いうトゥルリーの疑問に答えてアランが言った。


「詳しい事はルークが戻らないとわからないが、どうやらズーバプラにはパドラル国外にも協力者が居るようなのだ。そこを探っているのだろうと思う」


「パドラル国外にも協力者が?」

 アランの答えに、トゥルリーだけでなくマリナシス卿もエイディオス卿も声を合わせたかのように言った。


「ああ、ここからはオセロ作戦とは別に考えないと成らなくなりそうだ。パドリアヌス達のこともある」


 使徒たちの報告によると、生贄に選ばれた幼子と家畜をすり替えてズーバプラを騙したのは、パドリアヌスだということだ。

 生贄の儀式の際に、湖で溺れそうな生贄の奴隷を目覚めさせ、森へ逃がしたのもパドリアヌスらしい。

 そして、ズーバプラが生み出した湖の化け物を倒したのもパドリアヌスだった。


「パドリアヌスか…。なんだか、実際の姿を見たらヤツの事がわからなくなって来たな」


 アランとトゥルリーは、それまで自分たちが抱いていたパドリアヌスに対するイメージが歪むのを感じていた。

 アランは、スチュアートリア帝国内の『大黒主神教』を排除する際に捉えた者達と面会し、実際に話を聞いていた。

 彼らの中にパドリアヌスを悪く言う者はおらず、その手下であるガニバランに救われている者ばかりだった。

 どうやら、パドリアヌスもガニバランも、その者達のために自分たちの為の国を作ろうとしているらしい。


「俺もだ。一度、直接話してみたい」


 トゥルリーも、ノアやネオから聞いている話からパドリアヌスが部下から慕われている者であること、ズーバプラのような私利私欲のために無慈悲な行いをしている者では無さそうだと感じていた。


「きっと近い未来に、そのチャンスが巡って来るでしょう」

 と、曽祖父がすぐれた予知の能力者だったマリナシス卿が言った。


 マリナシス卿はHoly Mageになれるだけの神聖力(Holy Power)を有していたが、諜報部員(スパイ)としてパドラルへ派遣される者はWhite Mage騎士であったので敢えてWhite Mageに留まっていた。

 だが、ここに来て彼女は、自分の能力の目覚めを強く感じていた。


 すると、三人の話を黙って聞いていたエイディオス卿が、おずおずと言いだした。

「恐れながら、私はパドリアヌスというBlack(ブラック) Mage( マギ )は、悪にしか思えませんし許せません!」


 パドリアヌスの黒魔術により、ゴザガント族が洗脳された者達の苦悩を目の当たりにして来たエイディオス卿には、パドリアヌスを憎悪する気持ちしかなかった。


 アランもトゥルリーもゴザガント族が被った惨事を知っていたし、エイディオス卿の気持ちも良くわかっていた。

 だが、エイディオス卿は、スチュアートリア帝国軍から諜報部員として派遣されたWhite Mage騎士である。


 アランは、スチュアートリア帝国軍総司令官としてエイディオス卿に言った。

「エイディオス卿の気持ちも良くわかる。だが、君はパドラル人ではない。君はスチュアートリア帝国軍から派遣されたWhite Mage騎士であることを忘れないでくれ」


「パドラルの人やゴザガント族に感情移入するのは良い。だが、君が軍のWhite Mage騎士である以上は、任務に私情を挟むことは許されない。くれぐれも早まった行動はしないでくれよ」

 と、トゥルリーもスチュアートリア帝国軍の上官として、敢えて厳しい言葉をエイディオス卿に向けて言った。


 アランもトゥルリーも、若いエイディオス卿の正義感も人間としての情も充分に理解していたが、時にそうした感情が判断を誤らせることを知っていた。

 若く見えても230歳を超えている彼らは長年の経験から、今は私情を挟まず事実を見極めて行動すべき時であると感じていた。

 それは、彼らと同年代のマリナシス卿も同じだった。

 長年背負った使命が果たせる時が近づいているだけに、しっかり状況を把握し、慎重に判断して行動せねばと思っていた。


 エイディオス卿は、若輩の自分の立場を感じつつ、また自分がスチュアートリア帝国から派遣された立場であることを再認識させられていた。

 彼の頭には、世話になっているゴザガント族の人たちやミードス族長、その娘のささらの顔が浮かんでいた。

 そして、自分の彼らへの思い入れの強さを感じていた。

 潜入諜報部員として派遣されたWhite Mageは、地域に溶け込み調査をし続けなければならない。

 だが、それは祖国のためであり、優先すべきはスチュアートリア帝国の平和と利益である。

「オセロ作戦」がパドラルの統一と平和のための作戦であったので、自分の気持ちがパドラルの為に傾き過ぎていることに気づかされた。

 そんなエイディオス卿の迷い困惑する気持ちを年配の三人もしっかり理解していた。

 時、深夜(メディアノクス)、ノクス2時に差し掛かっていた。


「そろそろ、ノクス2時だ。明日にはルークも戻るだろうから、ひとまず、ゆっくり寝て明日の会談に備えよう」

 と、残った果樹酒を飲み干してアランが言った。


「はい」

 と、すっかり空にになった机の上のお皿を見ながらエイディオス卿が力なく答えた。


「エイディオス卿、私も手伝うから片付けてしまって早く寝ましょう」

 マリナシス卿は、テーブルの上の空になった皿とグラスを片付けながら彼を励ますように言った。

 エイディオス卿には、マリナシス卿の気遣いが嬉しかった。


 翌朝、四人は、夜明け(ホラプリーマ)と共に目覚めると、簡単な朝食を終えた。

 そして、アランの提案で、再び生贄の儀式会場であったル・デスア湖畔へ向った。


 早朝のル・デスア湖畔は朝霧にけむり、昨夜のおぞましい生贄の儀式や、化け物との闘いを覆い隠すように真っ白だった。

 ケアニスクス山脈とは反対側に聳えるシルバーコルティナール山脈から太陽が少しずつ顔を出し、ル・デスア湖を照ら始めた。

 日差しの広がりと共に気温も上昇し、深く垂れこめていた霧の所々が薄くなってきた。

 重く垂れこめていた霧の合間から見え隠れするル・デスア湖の水面は、昨夜には黒いタールのようだったのが嘘のように輝いて見えた。

 霧が消えかかっている場所からチラチラ見える湖水は、陽の光でキラキラと輝いている。


「化け物はすっかり浄化されたようですね」

 と、昨夜アランが浄化した化け物の遺骸が転がっていた辺りを見ながらエイディオス卿が言った。

 だが、その場所は、まだ霧に覆われていた。


「ああ、ダークエナジーの浄化は得意だが、あの化け物は妖力を帯びていたので、しっかり浄化できるかわからなかったが、なんとか出来たようで良かった」

 と、アランも湖畔に目をやりながら言った。


「心なしか湖から感じていた禍々しさも、消えているように思います」

 と、マリナシス卿が言うと、トゥルリーも頷きながら言った。


「ズーバプラは、あの化け物、妖怪を生みだすために生贄を捧げていたのだろうか?」


 黒魔術の中には、贄や生贄に類する物を使う魔術がある。

 Black Mageや黒魔術師達と闘うために彼らの魔術についてHoly Mage騎士、White Mage騎士たちも学んでいる。

 アランもトゥルリーも勉強家であり、魔術書や魔導書、古い文献なども読んで黒魔術についても勉強していたが、妖力を使う魔術については聞いたことがなかった。


「おそらくは、そうなのだろう。だが、黒魔術とはちょっと違う。妖力を使う方法など聞いたことがなかったが…」


 そもそも、妖力となんなのだろうか?

 ダークエナジーとは何がちがうのだろうか?

 彼らにもそれわからなかった。


「パドリアヌス達とズーバプラに因縁があったようだから、ヤツもアモー・ロンド大陸から来たのだろう。アモー・ロンドでは、妖力を活用する魔術師もいるのだろうか?」


 アランとトゥルリーがメメチャンバとして去った後、ズーバプラが湖から化け物を呼び出したのを四人は、森の茂みの影から目撃していた。

 アランとトゥルリーが化け物と対峙する為に、再度出て行かねばならないかと思っている時に、現れたのがパドリアヌスとガニバランだった。

 確かに、ふたりはズーバプラを知っているようであったし、ズーバプラも彼らを見て動揺していた。

 パドリアヌスとガニバランとってズーバプラは敵なのだろう。

 その証拠にズーバプラは逃亡しパドラルから脱出しようとしている。


「この祭壇も破壊しておくか!」

 と、トゥルリーが霧の中に浮かぶ生贄の祭壇を見ながら言った。


 その時だった、彼らの頭上で羽音がしてアランの肩に一羽の鷲が止まった。

 アランの使徒のルークだった。


「ご苦労だったルーク」

 と、アランが肩に止まった鷲に向かって言うと、鷲はアランの肩から降りて人間の騎士の姿になり主人の足元に跪いた。


「ご主人様、ただいま戻りました」

 ルークは、アランの足元に跪いたまま主人の顔を見上げ、自分が見て来たことを報告した。


 ルークが儀式会場から逃走したズーバプラの後を追って辿り着いたのは、ケアニスクス山脈を越えたジラクス族村とは反対側にあるシストーラ族の村だった。

 どうやら、ズーバプラは何かあった時のためにシストーラへの抜け道を用意していたようなのである。


 ルークの報告を一緒に聞いていたエイディオス卿は、自分がゴザカントから批難して一時的にお世話になっていた部族村の名前を聞いて驚いて叫んだ。

「シストーラ村ですって!」


「大丈夫ですエイディオス卿。心配には及びません。彼は、そこで仲間と落ち合ってパドラルから脱出するようですから」

 と、ルークが答えた。


 エイディオス卿は、自分だけがうろたえていることに気づいて恥ずかしくなっていた。


「どうするアラン?ヤツをこのまま放置しておくか?」

 と、トゥルリーが尋ねた。


「そうだなぁ。ヤツの存在はパドラルにとってもスチュアートリア帝国にとっても好ましくは無いが、パドラルから去ったとするなら、今回の作戦の遂行に支障はきたさない。まずはオセロ作戦の完遂を優先するか!」


「それが宜しいかと思います」

 と、マリナシス卿もアランの意見に賛成した。


 過去にスチュア・トロア大陸へは様々な黒魔術師やBlack Mageが侵略のために到来しているが、悉(ことごと)く失敗している。

 オセロ作戦もついに最終局目を迎えた今は、作戦を成功させることを優先すべきと判断した。

 トゥルリーもアランの判断に賛成だった。


 ル・デスア湖を覆い尽くしていた重い霧もうっすらと残っている程度となり湖の全体がわかるようになっていたが、湖をぐるりと囲っている森林はまだ朝靄に包まれていた。

 だが、昨夜の禍々しい空気は確実に一掃され、湖水は輝きを取り戻していた。

 その湖の水際に近いところに設置されている生贄の儀式台だけが、不釣り合いに鎮座していた。

 台の下の方にだけ霧が漂い不気味さの名残を湛えていた。


 その時だった。

 ルークが鷲の姿に戻り空高く舞い上がって一声鳴いた。

 四人は、あたりを見回すと、朝霧に包まれた森の茂みの中に人影が浮かぶのが見えた。

 その人影は、徐々に近づいて来る。

 茂みから出て来て湖畔に差し掛かった人影は、ふたつ。

 朝霧の中でもその姿がハッキリ見えた。


「来ると思っていたよ」

 と、近づくふたつの人影に向かってアランは言った。


 無意識にエイディオス卿は後ずさりをして、三人の背後に移動していた。

 アランとトゥルリーは、逆にふたりの卿の前に出ていた。


 ためらいなく四人に向かって歩いて来た朝霧の中のふたりは、ジラクス部族の戦士服の上に外套を羽織り、フードを深く被っていた。

 外套に目深に被ったフード!

 これは典型的な黒魔術師の服装である。


「化け物の残骸処理に来たが…君が片付けたのか?」

 と、朝霧の中から現れたふたりの男たちのうちの、若い方の男が言った。


「ああ、私が片付けた。妖力の処理は初めてだったが上手く出来て良かったよ」

 と、アランが答えると男は、笑いながら

「メメチャンバというのは魔術師以上の力をお持ちなのか?」

 と、言った。


「そうだなぁ。黒魔術を全て封じるだけの力はあるかもしれない。君は、黒魔術師?Black Mageなのかな?」

 アランは、男に近づいて言った。


 後ろに後ずさりしてしまっていたエイディオス卿だったが、相手がパドリアヌスとガニバランだと知ると、アランと共に前に出ようとしたが、横に居たマリナシス卿に腕を掴まれて我に返って立ち止まった。


 男は、被っていたフードを外しながら言った。

「私は、パドリアヌス。君たちの言うBlack Mageとしての力はあると思うが、よくわからん。まずは、挨拶代わりにあの忌々しい生贄の台を破壊しても良いか?」


「ああ、どうぞ!我々も同じことをしようと思っていたところだ」

 と、言うアランの言葉が終わるのを待たず、パドリアヌスは自分の懐の杖を軽く振った。


 すると、その杖の先から稲妻のようなものが発せられ祭壇は瓦礫の山となった。

 それを見たエイディオス卿は驚いていたが、マリナシス卿とトゥルリーは、これから交わさせる二人の言葉を聞き逃すまいとしていた。


「おみごと!」

 と、アランが笑顔で言ながら、指先から赤いオーブの光を放った。


 その赤い光は音もなく元祭壇の瓦礫の山を包むと、瓦礫の山は焼かれた灰のように崩れて湖畔の砂と化した。


「初めての共同作業…いや昨夜に続いて二度目の共同作業だな。君が怪物を倒し、私がその死骸を処分した」


 パドリアヌスは、アランに自分の方が上だと言われているような気がして面白く無かった。


「お前の正体はなんだ?メメチャンバは伝説の救世主ということだが、まさか神ではあるまい?」

 と、パドリアヌスはアランを睨みながら言った。


 その顔は、アランよりも遥かに年老いた男の顔だったが、目には若々しさがあった。


「お互いに自己紹介が必要ですな、まずは私から!私はスチュアートリア帝国のアラン・クレオ・ハイデルベルト・スチュアートリア・レッドリオン。皇帝の命によりパドラルを統一し、独立した国家になるよう支援するために派遣されている帝国軍の一応、総司令官だ」

 と、アランはパドラルへ来た目的を告げ、本当の名前を名乗った


 パドリアヌスは、その名「スチュアートリア・レッドリオン」と聞いて驚くと同時に納得していた。

「スチュアートリア」は、皇帝の一族のみが名乗れる姓であり、さらに「レッドリオン」は、レッドリオン公国の公爵家の性であるからだ。

 スチュア・トロア大陸に十年以上滞在しているパドリアヌスにも、その名前が何を意味するか知っていたからだ。


「なるほどな。スチュアートリア帝国の皇帝の一族はGrate(グレート) Mage( マギ )と言われるような魔力を持ち、不老不死に近いと聞いている。俺が帝国内に派遣した部下が全て消えたのは、貴様のせいだな?」


「まあ、そうだな。君の手下は全て捉えて保護している。パドラルのことが落ち着いたら、彼らの未来についても考えるつもりだ」


 パドリアヌスは、アランの言葉に半信半疑で尋ね返した。

「やつらは全員生きているのか?」


「ああ、全員、元気に生きている。牢に入ってはいるが不自由のなく暮らせているはずだ。彼らの一部の者から話しを聞いたが、それぞれ同情すべきか過去や事情があるようだったので、今後の生き方の支援もしてやりたいと思っている」


 アランの話を聞いていたパドリアヌスもガニバランもホッとすると同時に驚きを隠せずにいた。

 特に可愛がっていた手下を帝国内の『大黒主神教』施設に多く送り込んでいたガニバランは心から安堵していた。


 そして、アランの方もなぜかパドリアヌスに対して不思議な感覚を抱いた。

 パドリアヌスに自分に近い何かを持っているように感じてたからである。

 それはパドリアヌスも同様だった。



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