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過去にすがりつく者達

 救出され、マーサに一言二言生命の危機と殺人鬼の大量殺人現場を目撃し、精神をすり減らされた者に対してとは思えない冷淡な嫌味をぶつけられたが、それ以降あまり記憶がない。

 ジョシュアが意識を取り戻した時、そこには心配そうなフォスターの顔が間近にあった。大丈夫ですか、どこも痛くありませんかとありふれた台詞は耳に不快だったが、気の毒なその顔を傷つけないようはっきりした意識と口調で安心させた。

 マーサは相変わらず、少し離れた場所から冷たくこちらを見下ろしている――その顔が、氷のような冷血ぶりを装いながらもどこか安堵した本心を隠しているような気がすると感じたが、愚かな幻だと考えるのをやめる。

 そしてその背後にもう一人――とても信じられないような場所で出会った、見知らぬ男。

 ひどくくたびれた外見をしていた。長旅で経験と叡智を宿したおかげでかろうじて人としての尊厳は最低限握りしめているらしいが、何も知らない他人から見れば憐れな浮浪者、一歩間違えれば逃亡中の罪人ととられてもしょうがないかもしれない。

 若い頃は、もっと明るく真面目に生きてきたのか――そんな面影がかすかに見え隠れするも、長年苦痛と絶望に苛まれて生かされてきたのだと想像してしまうほど、その瞳は淀んでいた。

 きっと、幸せという概念などとうの昔になくしてしまったのか。自分のように。

「――しょうがないか。そんな風に見つめられちゃ」

 ジョシュアのひとつまみ程度の憐れみの眼差しに気づいたか、悪い空気を払拭するよう苦笑混じりに男は言った。

「彼から話は一通り聞かせてもらったわ。目覚めたばかりで悪いけど、説明させてもらうからちゃんと聞いててね」

 本当に心配なんかしていないんだとしつこい口調のマーサに、またも流れる新たな負の空気を振り払うようにフォスターが立ち上がり、社交的な作り笑いを浮かべ食事を取りに部屋を出て行った。

 ジョシュアは久々だと錯覚してしまいそうな食事を落ち着いて口に運びながら、マーサ達の話を聞いた。わざわざ食事が彼の前に運ばれるまでのわずかな時間、マーサが不平一つ言わずじっと待っていたが、ただ気まずいとしか感じられなかった。

 マーサが会話の主導権を握る予定だったが、結局会話の途中で立ち位置に異を唱えるように男が台頭してきたため、やはり彼から実質直接話を聞く形になった。

 男は、思いも寄らぬ身の上を話してきかせてきた。


   *


 愛するあなたへ。お元気ですか? わたしは今日も、強く生きています。

 あれから、あまり時間が経っていないような気もするし、とても経ってしまったような気がします。いずれにせよ、わたしたち――特にあなた自身の身に起きてしまったことは変えようもないどころか、遠い過去の出来事となりつつあるのですね。

 悔しいです。とても悔しくて、腹が立って仕方がない。でもわざわざ、あなたのことを忘れないでほしいだなんでみんなに言うつもりはありません。

 だってどいつもこいつも、こっちがそう言えばつけ込んで、あなたの死をいいように利用するんですもの。あいつらがいい例。うんざりしてしまいます。いっつも頼んでもいないのに嫌味な手紙をいっぱい送りつけて。

 でも、彼がいてくれたおかげで少しだけ立ち直りました。あれからずっと、片時も離れることなくわたしを支えてくれた彼が、落ち込むわたしを勇気づけようと、思い切った行動を取ってくれました。

 手紙を全部、燃やしてくれたんです。いつも通りこっそり一目を盗んで二人きり、森の中でその儀式を行いました。と言っても、単純にありったけの手紙を山盛りにして火をつけただけなんですけどね。

 それはとても多い数でした。改めて、自分はよくこんなくだらない嫌がらせのような手紙を平気な顔して、こんなにも受け取っていたのだと、呆れるよりもぞっとしました。

 最低だね。みんなこっちの気も知らないで善人のふりをして、自分も同じこと考えてるんだって当然の顔をして。

 でも仕方がないことです。わたしは大人しくて、周りから地味で控えめ、いじめがいのあるかわいそうな女の子としか見られないんですから。

 病弱でも、勉強やお手伝いを精一杯する偉い子供。どんなに辛いことがあっても、決して嫌な顔一つせず自分の足で歩き続けてみせる立派な少女。

 いい加減にしてほしい。でもわたしは引っ込み思案で気弱な女の子。とても家族や周囲の大人たちに楯突くような真似は出来ません。

 そんなことをしたら、みんな困るもの。

 みんなわたしをかわいそうな女の子のままにしておきたいんだもの。あなたのことを忘れて一生懸命生きる、苦労人の鑑として立派な女性になってもらいたいんだもの。

 手紙が赤い炎に包まれていく光景を見るのは、何だか気持ちが楽になるいいものでした。それに、ちょっとだけ楽しい想像も出来ましたし。決して心から気持ちは晴れやしませんが、それは彼も同じでした。

 彼はその時、初めて自分の過去を少しだけ話してくれました。今まで風の噂でしか聞くことが叶わず、どれほど仲良くしても決してわたし自身聞く勇気のなかったことを、彼が進んで話してきかせてくれたのです。

 やっとわたしは、彼とほんの一歩だけでも近づき、寄り添うことが出来たのだと思いました。

 彼にはわたし同様――いや、きっとわたしよりももっと強い大きな気持ちで――心の底から憎んでいる存在がいるようです。

「嫌いだよ。大嫌い」

 いつもの彼らしくない、素直で子供っぽい一言がとても耳に残っています。愛する彼の本当の姿をほんの一部だけ、見ることが出来たのかもしれません。

 初めて出会った時から、何となく気づいていましたが、彼はわたしと同じように愛する者を亡くした存在でした。いや、わたしよりもっと辛く悲しい思いをしてきたのでしょう。一度に愛する家族を全員、亡くしたのですから。しかもそれを利用され、その悲しみどころか愛する家族への深い思いさえ徹底的に潰されたのです。わたしなんかより、きっとすごく辛い目に遭わされてきたのでしょう。

 それでも彼は、やはり生きなければなりませんでした。その憎しみすら封印せざるを得ない状況の中、たった一人。何て辛いこと、そして、どれほど理不尽なことなんでしょうか? 改めてそんなことを考え、怒りに震えます。

 しかしこれが現実、常にそれを正義の仮面を被って強制する存在がいるので仕方ありません。わたしも彼と同じ――そんな連中を心から嫌悪し、憎むでしょう。

 例えそれが過ちだとしても。わたしたちはそいつらを決して認め、許しはしない。

 共に、その感情を心の奥底に閉じ込めながら、わたしたちは毎日を生きています。前に比べて、そんなに苦しくはありません。もう一人じゃないから。同じ思いを分かち合える存在がいるというのは、何て救われることでしょうか?

 だからといって、あなたを失った現実を肯定するつもりは毛頭ありませんが。

 でもこれって、わたしたちの関係が前進したって喜んでいいのかな? 人を好きになるって、楽しいけど何だか面倒くさいって、つい考えてしまいます。

 男の子って、本当に女の気持ち分かってない。あなたも男の子だから、こんなこと言ってもよく分かりませんよね。こういう文句は言わない方がいいんでしょうね。お互いの欠点も、好きな部分と一緒に好きになること。誰にも教えてもらってないけど、そんな風に思います。

 燃えさかるちっぽけな炎を見つめながら、握りしめた彼の手は、とても冷たかったけど温かいものでした。

 このぬくもりを奪う者は、誰であろうと許さない。

 彼をこれ以上苦しめる者は、誰であろうと認めはしない。

 もう二度と、あなたを奪われた時のような目に遭いたくはない。

 わたしはそう強く、願いました。

 だから絶対に許しません。彼の心をここまで凍りつかせ、地獄を見せ、そのくせあいつのようにやはり今ものうのうと幸せに暮らす。

 わたしは、彼を愛すること以上にそれを憎み続けるでしょう。

 例えそれが、どれほど罪深いことだとしても。

 わたしはもう、人間が矮小な頭で長い時をかけ作り上げた虚像の価値観になど、決して迎合したりするもんですか。


   *


「信じられない。子供だけで殺人鬼の追跡をさせるなんて」

「あなたみたいな存在が偶然現場に居合わせた方が、よっぽど信じられない話だと思うけど?」

 心から怒りに打ち震えてるといった様子の男を冷たく一瞥しながら、マーサは言い放つ。その目に充分過ぎるほどの不審と不快感を露わにして。

「わけ分かんねえ」

 どうでもいい台詞をつぶやくことしか出来ない――ジョシュアはそうして彼らとの会話に関わりたがったふりをして、その実男の青臭く偽善と呼ぶにふさわしい匂いをまき散らすその様子に、反吐が出そうだった。

「君も、何とも思わないのか!? あんな、あんな悲惨な目に遭ったのに――」

 男の正義感の矛先を真っ向から受けたくないので、挑戦的な瞳で睨みつけ中断させた。

「最初から、あんたには関係ない話だろ? 命の恩人だからって感謝はしてやるさ。けどな、こっちの生き方にまでつべこべ口出ししていい権利があるって思い込むのはよそでやってくれねえか?」

 罪なき子供を憐れむ男は、信じる者から思わぬ裏切りに遭った不本意な悲しみを顔に浮かべ、うつむきか弱くつぶやいた。

「だからって……! あんなに怯えていたのに――」

 そりゃ、怖かったさ。でもそれ以上にあいつへの怒りが勝っていたから、感情がよく分からないまま気づいたら気絶してただけだけど――ジョシュアは、聞きようによっては負け惜しみとも取られかねない台詞を喉の奥でのみ込んだ。

 二回目なんだ。いちいち怖がってたらこんな旅とっくに逃げ出してたさ。一度本気で逃げようとした分際でこっそり弁解する。

 顔を上げたら、まだ憐れみの眼差しを向けたままだ。嫌いだ。隣でおろおろしているフォスターも嫌いな人種だったが、それ以上に憎んでも憎み足りない何かを持っている。

 やはり、同じ人殺し、だからだろうか?

 フォスターが当たり前のように取り繕いに入ってくれたおかげで、男はそれ以上反論するつもりはなくなったようだ。嫌いだが、面倒なことをこうして率先して行い、面倒な人とのやりとりを進んで排除してくれるフォスターという潤滑油の存在を、否定していいわけはないのだろうと改めて思う。嫌いなのはどうしようもない事実だが。

「彼らをあまり責めないでやって下さい――元はと言えば、我々教会に多大な責任があるので、上手い言い訳は見つかりませんが……」

 卑屈にならない程度に、他人の神経を決して逆撫でさせない素振りでフォスターがやり過ごしていく。時々、彼はどんなに嫌味で不愉快な台詞を吐いたところで、決してそれを責められない魔法のような力を持っているのではないかと、妙な妄想を抱いてしまう。それほど、常にその振る舞いに他者を選別し、自分のいいように振る舞おうとする人間特有の嫌らしい言動は微塵も感じられないから。

 例え、相手がどんな罪人だろうとも。

 マーサの冷たい眼差しで我に返り、フォスターから視線をそらす。彼らは傷ついたような表情をほんのわずかに浮かべただけだ。隣の男がますます気まずそうになった。

 悪い空気が流れたが、それをすぐ断ち切るのが役目のフォスターが話を切り出した。

「それにしても……不思議な巡り合わせですね。これは何というか、その――」

「『神の思し召し』?」

 おそらく、他に気の利いた表現を探そうと頭を懸命に稼働させていたフォスターの努力を無に帰すように、マーサは代弁した。お互い様だが、その表現を誰よりも忌み嫌っているくせにと、ジョシュアはそっけなく一瞥しただけで何も言わなかった。いちいち腹を立てるのは気力の無駄遣いだからうんざりする。

「悪趣味な思し召しだな」

 それでも気に入らないので、悪態を少々。

「あら、命の恩人が同じ殺人鬼を追う呪われた過去を背負ってるのよ? 少しは都合良く解釈出来ないのかしら」

「また利用するつもりか? オレみたいに」

 命が助かっても、相変わらずな人間関係が解消されることはない。生きている限り、人は変わらず生きていくのだ。これが現実だ。

「あら、人聞きが悪いわね。こっちは頼まなくても、あっちはそういうつもりみたいだけど」

 言って、マーサは自信ありげな瞳を男に向ける。一体何様のつもりだ、小娘風情がと怒り狂ってほしかったが、そういう人物でないことなどとうに分かりきっている。ジョシュアは彼女に続いて、実に冷めた眼差しで男を見やった。

 その表情はひどく、不愉快なほど正義感に満ちあふれていた。ずっと、あの頃から嫌いでしょうがない人間の表情だった。


   *


 お久しぶりです。大切なあなた。

 ここのところ、少しばかり忙しい日々が続き夜は寝るだけで精一杯。やっと一段落、こうして時間を有意義に使うことが出来るようになりました。

 久々で悪いけど、最近あなたと同じように大切な彼に、何だか元気がありません。同じく共に忙しい日々を過ごしているし、何よりわたしなんかよりよっぽどたくさんのものを背負わされている身ですからしょうがないのだとお互い割り切りつつも、いつもつい思い悩んでしまいます。

 前に、話したよね? 彼の過去を――彼が、愛する家族を思う気持ちを踏みにじられながらも、今も懸命に生きていることを。

 あいつはいつも、彼を苦しめては平気な顔をしています。外面がいいという、この理不尽な世の中を上手く世渡りすることの出来るとても悪い意味で頭のいい奴なのですから、ですがそう諦めていても決して許せません。

 一体どこまで、彼の尊厳を奪うつもりなのでしょう。いつもたくさんの人間を思いやり、自分は誰よりも神に仕える資格を持っているんだという嫌らしい自負心を善良な外面で覆い隠し、その本性を知ろうとする人間を影で潰し、大勢の苦しむ人々を救っているんだと自慢することをはばかる謙虚な好人物のふりをするのが誰よりも得意。

 本当に最低。顔どころか、名前なんか思い出したくもない位大嫌い。あなたを奪ったあいつほどではありませんが、やりきれません。

 きっと世界は、こういう人間がいい顔をするからあなたのような存在が痛めつけられ、葬られていくのでしょう。だからわたしは彼も、本来ならば苦しむ必要のない、いや……むしろ苦しむことその行為が罪深いこととして、みんなに処理されてしまうんでしょうね。

 戻りたい。

 過去に戻りたい。

 あなたが存在することに何の疑問も抱かれない、過去の世界に戻りたい。もしそれが出来るのなら、どんなことだってする。

 例え彼との出会いそのものをなかったことにしてしまうとしても、それ位の代償なんてことありません。むしろ喜んで払うでしょう。ううん、それだけじゃない。彼と過ごしてきた日々を投げ出すだけじゃきっと足りません。

 この命さえ売ってやります。魂だって悪魔に好きなだけ捧げてやります。今もずっと、心の奥で抱え込んでいるこの苦しみや怒り、時折抑えるのが苦しくてたまらない憎しみがもっと深く大きなものになるとしても。

 わたしは、あなたを求め続ける。

 今、ここにある現実を否定することでたくさんの人間の命が失われるとしても。それでもわたしは、あなたを取り戻してみせる。

 ごめんなさい。何だかやっぱり、今日は疲れてるみたいですね。彼も暗い顔をしていて、ちょっとすれ違っていたりして、よくありませんね。

 明日はもっと明るく生きていきたいです。どこかで見守っているあなたに顔向け出来るように。嫌なことは一旦忘れましょう。わたしじゃなければ、彼を支えることは出来ないんですもの。

 強くなりたいです。悲しみや苦しみをなかったことに出来る、強い心がほしいです。

 そんな大それたもの、どうやったら手に入るのかな? ねえ、わたしはやっぱり、あの時死んでいた方が幸せだったのかな?

 どうか明日が、今日よりほんの少しでも笑っていられる日でありますように。

 あなたの笑顔を思い出すだけで、わたしは忘れそうになる大切なことをそうやって思い出すことが出来ます。

 あなたはわたしの全てだから。奪われても、それだけは決して誰にも奪わせない。

 じゃあね。明日もまた、会えるといいな。


   *


王国歴五一一年(大陸歴四六四三年)

『ジェラルド・バトラー』に関する詳細報告書


 王国歴四八三年、大都市エレイソン貧民地区にてバトラー夫妻の長男として生を受ける。生まれつき健全な身体能力に恵まれ、勉学への探求心も持ち合わせ周囲から将来を嘱望された子供として成長したが、貧困故の環境の過酷さに阻まれ、幼い頃より貧民の子として苛烈な労働環境に身を置くことを余儀なくされた。

 両親は共に貧民地区出身だが、周囲の人々の証言ではとても悲惨な境遇で育った人間とは思えないほど心の広い思慮深さに長けた真人間で、長男ジェラルド以下八人の子を抱える大所帯の中でも貧困に負けない明るさを持ち、どの子供達も皆両親のよい資質を受け継いだ人間性を持っていたと感心されていた。とりわけ、前述の通り第一子にして長男であったジェラルドはその両親の人間性を最も色濃く受け継いだ期待の存在であったようで、大人に混じり様々な労働をしながらも決して不平不満をこぼす素振りも見せなかった。むしろひどく謙虚で自戒的すぎるきらいがあると心配されていたが、バトラー夫妻は息子のそのような言動に不審と不安を抱きながらも、夫はジェラルドが五才の時仕事中の事故で右足を負傷、松葉杖を手放せない状態となり就労もままならなくなった。さらに妻も合計九人もの子を出産したことが原因で病弱となり夫婦共々、事実上長男のジェラルドに大黒柱の肩代わりをさせていた状態だったので少なからず息子に依存し、意見を問うことが出来ない状態であったと後に夫妻は証言している。

 貧民街で八人の弟妹と両親――周囲の援助が多少あったにせよ、当時若干一四才であったジェラルドにとってその重みは生来の苦労性であることを差し引いても想像に難くなく、後に引き起した『大都市エレイソン資産家一家強盗火災事件』の動機についても大いに情状酌量の余地があったとみなされる要因となった。なお、この事件に対する報告書は既に作成済みのため詳細は別途参照されたし。

 数年後、協会関係者の手厚い処遇によって更正したとみなされたジェラルド少年は感化院を円満に退所。無事帰りを待ちわびた家族の元へ帰還し本来の生活へと戻り、事件への深い贖罪の念によって事件前以上に真面目な暮らしぶりを見せた。この姿勢を見た一部の周辺住民や騎士団関係者など、世間のジェラルド・バトラー少年に対する否定的な見解を沈静化させるに充分な働きをもたらし、さらに事件をきっかけに貧民地区への救済政策が教会を中心に行われたことによって、貧民街の住民からはエレイソンの英雄とも叫ばれた。

 しかしこのような周囲の動きにも動じず、ジェラルド少年は精進するかのようにただ純粋に労働を惜しまず家族の幸福に尽力し、両親だけでなく弟妹達も兄の真人間ぶりに強く影響を受け、バトラー家は今まで以上に人々から尊敬される一族となった。

 しかし、王国歴五一〇年より五一一年にかけて発生した『バトラー一族連続放火殺人事件』(※詳細は別途作成した報告書参照)によって長男ジェラルド・バトラー(当時二七)を残しバトラー家は親類縁者全員死亡。天涯孤独の身に。唯一生き残ったジェラルドは世間より激しい疑惑の目にさらされることとなり、それまでの尊敬と感謝を一身に受けていた身から、家族殺しの殺人鬼という罵倒と誹謗中傷を受ける。

 結局教会騎士団の尽力虚しく事件は未解決となり、ジェラルドの犯行を裏付ける証拠も何一つ発見されず、教会側の声明によってジェラルド・バトラーを犯人とする根拠も必然性もなく、あくまで被害者遺族であるという決定的事実があると世間に強く訴えられたおかげで、表面上の騒動は鎮静化を迎えた。しかしジェラルド本人に対する疑惑の目を完全に払拭することが出来ないまま、バトラーは教会関係者の保護下より失踪。一説には一度騎士団によって事件の犯人として拘束され、激しい尋問を受けたことが原因で人間不信に陥ったのだと噂され、事件を解決出来なかったことも合わさり騎士団側に世間の非難が集中した。さらにジェラルドが少年期に起こした事件の処遇に対して、教会側にも若年層の罪人に対する処罰を改めるべきとする世論が広まることとなった。

 今現在、目撃情報が多数報告されているもののジェラルド・バトラーの消息は不明。教会側の声明ではバトラーは全ての家族を立て続けに失ったばかりでなく、あまりに凄惨な事件の犯人として言われもない中傷を受けたことにより精神に安定さを欠いている可能性が非常に高く、早急な保護が必要だとして世間に広く協力を求めている。しかし一部騎士団の中には、今なお真犯人は彼であるとする見解を強く示す者もおり事件解決を目指し捜索中であるとしているものの、あくまで保護を目的とする教会側との水面下の摩擦が懸念される。


   *


「くだらない話をしている暇があったら、早くあの殺人鬼から逃げおおせたらどうかね?」

「!」

 唐突な部外者の声に、ジョシュアは神経を張り詰めさせた。同時に顔を上げると、いつの間にか開かれた扉の前に、鎧とマントをまとった、長剣を帯同する男が一人堂々とした様子で立っていた。

 ひどくこちらを、冷たすぎると安易な言い方をするには礼儀に反するかもしれない、高尚さを抱いた瞳で静かに見下ろす形で睨みつけていた。すぐに自分がベッドで座るだけの楽な姿勢のままでいることを思い出させるだけでなく、とても罪深いとも言える恥ずべき姿をこの見知らぬ男に晒しているような、周知と屈辱を過剰に抱かされたような感覚に陥らされた。

 バカげている――ジョシュアは、反抗心を露骨に向きだしにした反発の眼差しで睨み返した。その瞳が浮かべているものなどに、今さら怯えてみせる必要がどこにある。

「騎士団か!?」

 ジェラルドが怯えを隠すことのない様子で椅子から立ち上がり、後ずさった。すぐフォスターに肩に手を置かれ、ひとまず安心するよう諭され冷静さをすぐに取り戻した。それでも鎧の男に対する恐怖は消えてはいないようだ。そんな簡単に消えるのならこっちも苦労はしていないと、ジョシュアは冷めた心境でその様子を眺めた。

「今さら、『事件解決』に来たつもり? ブレイクに逃げられた代わりに、こっちから重要参考人を取り上げに来たのかしら」

 マーサは物怖じするどころか、畏怖堂々とする鎧の男にずかずかと近づき間近で睨みつけた。その図太さは一体どこから来るのか――ジョシュアはわずかに思い当たりがあるような気がした。

 男はちらりと、マーサを無視し無様なものを見るようにジェラルドを見やった。その目に敵意は見受けられない。ただ、どうでもいいものがたまたま目に入っただけの様子だ。

「残念ながら管轄外だ」

「しかし、騎士団側にもバトラーさんの保護命令が通達されているはずでは……」

「我々の任務はあくまでも、殺人鬼ブレイクの追跡と捕獲だ。その男の保護なら、充分管轄内に入っている君がすればいい。フォスター君」

「いいのかしら。後で厄介な問題になるんじゃない?」

 よせばいいのに、マーサは騎士団につっかかりたくてしょうがない様子で不毛な会話を続けようとしている。

 教会と騎士団。王国が建国される以前の長い歴史の中、時に激しい戦争を起こすほどいがみ合い、今も表面上国家が生み出した秩序の下共存する振りをして、決して互いを理解しようとしない二つの組織。それぞれの歴史と権力にいつまでも取り憑かれたように、その存在意義を主張しては人々のために働いている大きな顔をして、結局何も正しいことをしてくれない。

 教会があの時、兄貴に甘い顔をしなければみんな殺されなくて済んだのに。

 騎士団がもっと、兄貴を危険人物扱いしてくれたらあんな事件起きなかった。

「人の心配をしている場合かね。子供はのんきでうらやましい」

 ふと、男の視線がこちらに再び向けられていることにジョシュアは気づかされた。

「貴様らのような存在が、不必要な害悪を生み落としては被害者面をする――性善説を喰い潰す寄生虫がいる限り、我々騎士団の戦いは終わらない」

 一瞬の間、静寂が走った。

「……変わりませんね、エディ」

 誰にも見咎められないほどゆったりと、それでいて毅然とした雰囲気でフォスターが前に進み出た。今まで後方に下がることが自身の生き方だと言い聞かせてきた男の振るまいとしては、ひどく珍しい。

 鎧の男は、今まであまり関心を払っていなかったフォスターにやっとまっすぐ目を向けた。見知った者に対する憎しみの光がそれにはあると、見る者はすぐ気づかされる。

「その台詞、そっくりそのまま返しておこう」

「……褒め言葉として受け取っておきましょう」

「ああ。そのまま一生変わらないままでいればいい。教会の愚かさをそうして世間に振りまいてくれれば、こちらとしてもそれ以上何も望むことはない」

「知り合いなのか?」

 ジェラルドはフォスターに露骨な警戒心を露わにして、少々彼から距離を離した。

「ええ……昔、いろいろお世話になりまして」

「思い出話をするほどの仲ではない。安心したまえ」

 鎧男はジェラルドに冷笑を向けた。

「だが、彼には感謝しておくんだな。この男のような存在がのさばっているおかげで、殺人によって奪われるはずだった君の人生はかけがえのない、愛すべき素晴らしいものとなったんだからな」

 ジェラルドが明らかに怒りに震える表情へ変わった。

「わざわざ顔見せに来たと思ったら、口でねちねちいじりに来たのか。堕ちたもんだな騎士団も」

 わざわざ身のほどをわきまえずものを言ったのは、何もジェラルドの怒りを代弁したつもりではなかった。

「君も、教会によって救われた人物の一人だったな――周囲から惜しみない祝福を受けて出生した身だと、風の噂で聞かせてもらったが」

 封印しておいた過去を簡単に引き出された。

 ジョシュアは嫌でも思い出していく。母は自分が生まれた日の出来事を喜々として、何年もしつこく語っては聞かせてくれた。それは殺される数日前まで続いた。

 ジョシュアを身ごもったと知った時、母は後ろめたさを抱きつつも、結局は神の赦しを受けたような気持ちになったらしい。あくまでも受け入れ、命の尊さを改めて思い知らされたと遠回し気味な台詞でごまかしていたが、ジョシュアは今思い返せば自分の誕生をそう都合のいいものとして捉えていた嫌らしさを隠していたに違いないと、もう信頼をとうに無くした母に対して今日に至るまで確信している。

 そして自分が殺される直前まで、飽きることなく面の皮が厚いまま繰り返し続けたあの台詞達。

 生まれて来てはいけない命などありはしない。

 どんな命にだって、生まれてきたことに意味はある。

 あなたが生まれてきたことはとても素晴らしい、かけがえのない出来事だった。みんなそうやって生まれてきた。あなたのお兄さんが生まれて来る時も同じだった。それほど辛く悲しいことがあったって、命の尊さを思い出せばきっと全てを乗り越えられる。みんなで支え合い、信じ合い、愛し合えばどんな暗闇にもきっと光が差し込むの。

 人はそうして生きて行くの。生きて生きてどんなことがあっても生き続けるの。それはどんな人間にだって与えられた義務。そしてどんな命にだって愛される権利がある。大切にされる義務がある。そして、命をかけて愛し、守り、敬わなければいけない。

 だからあなたのお兄さんは、みんなに愛されてあんなに素晴らしい人間に成長した。だからあなたもきっと、立派な青年になって愛する人と出会って、愛おしい子を授かって幸せに年を取っていくのよ。

 お父さんやお母さんみたいに、いつまでもこの村で幸せに暮らすの。優しくて素晴らしいこの村でずっと、いつまでも、あなたの子供や孫にも受け継がれてずっと。

 ずっと、ずっと愛して愛されて幸せに。

 愛さえあれば、人はどんな苦難だって乗り越えられる。愛さえあれば、愛さえあれば。愛さえあれば愛さえあれば愛さえあれば愛さえられば。

 唐突に母の惨殺死体が脳裏に浮かんで、気持ち悪い思い出をかき消してくれた。これでいいと、ジョシュアは内心で安堵した。もう母のそんな姿を思い出して体を震わせることがなくなっていた。親不孝だとも思えなくなった。

「まだ子供とはいえ、君もよく考えれば分かるだろう。これ以上教会に何かを期待し、得ようとするのがどれほど愚かしいか――それでもまだ自分で自分の身の振り方を得られないと諦めるならば、君の人生もそれまでだ。己の身の上を嘆き、それを甘やかす者たちと共に潰れ自滅するのが構わないのなら、我々もこれ以上ジョシュア・ブレイクに関する教会の方針に口出しはしない」

「だったら話は早いわ。早くこの部屋から出て行って、そして私たちの邪魔を金輪際しないでちょうだい」

 マーサは殺人者のような敵意に満ちた瞳を鎧男に投げて返した。さっきから繰り返している動作を、飽くなき欲望に突き動かされているように、今度はさらに力を込めて。

「本来ならば感化院に送り出して然るべき立場の少年を、『監視』という名目をつけて実質野放しにしている。本来ならば騎士団として正式な抗議を行いたいところだが、どうやら君という扱いにくい存在を後ろ盾に、教会連中はうやむやにするつもりのようだね。殺人鬼の身内まで巻き込み、まんまと教会の義務さえ雲隠れさせるとは、矮小な上層部の浅知恵にしては都合が良すぎてやりきれない」

 極めて冷静に、淡々とした物言いだがその瞳は口から言葉が流れる度に、静かな憎悪と絶対的にして強気な意思が輝いていく。その目に睨まれてもマーサは身じろぎひとつせず、むしろもっと見つめていたいと挑戦的な眼差しを決してそらさない。そしてたやすく抗戦してみせる。

「ええ、教会には本当に感謝してるわ。パトリシア・クロフォードの娘というだけで腫れ物に触れるように扱ってもらって、こうして見張りを一人よこしただけで好き勝手やらせてもらえるんだもの。おまけにブレイクの弟まで手に入って――ここまでお膳立てしてもらって、ブレイクを追わずしてどんな人生を送れっていうのかしら? きっと、あいつらのことだからブレイクを追っているのはあくまでこっちの独断だった、フォスターは二人の保護を目的に派遣されたが力不足で誠に遺憾だ。再三手を尽くしたがクロフォードの娘の暴走を止められなかった。ブレイクの弟も早急に保護し然るべき対応を取るべきだったが、最悪の事態を回避出来ず教会として不徳の致すところだとか、仮にこっちが惨殺死体になって発見されてもぬけぬけとそう言いくるめて、平気な顔してご立派なステンドグラスと十字架の下で鎮座し続けるんじゃない? でもそんなことどうでもいい。私の望みはブレイクを見つけて、人類史上最悪の殺人鬼として死刑台に送りつけることだけ。被害者面して泣き続ける生活なんか冗談じゃない。闘ってみせるわ、私はどんなことをしてもブレイクを追い続ける。そのせいで他人にどんな犠牲が降りかかろうとも構いやしない。どうせどいつもこいつも偽善者だらけの役立たず、自分だけがかわいいくせに自分の身を守る術なんか持っちゃいない。殺人鬼を手放しで怖がるだけで何もしない! 自分たちが生み出したことなんかこれっぽっちも考えない能なし連中のことなんか、どうなろうが知ったことじゃない――!!」

「いつまでそうして、憎悪に取り憑かれたふりをする?」

「……!」

 マーサの表情が変わった。分かりやすいほどに。たった今までとめどなく内より芽生え続ける憎しみを、他人の見る目を気にせず吐き出していたとは思えないと、見る者を困惑させかねないだろう。

「そうしていれば生きやすいのは理解出来る。しかし、見ていて痛々しいものだな――君の少女特有の弱い精神状態で、そのまま突き進めば一体どうなる? 人間は他人に潰されるより自分で潰れる方が大きな力を発揮する。どれほど周囲の人間が君を支えようと奔走しようとも、母を殺された過去にすがりつき憎悪が生み出す強大な力に依存しているままでは、きっと今度は君がブレイクと同じか、それに近い道を辿る羽目になるだろう」

「……だったらそれもそれで面白いわね。人に同情されるより憎まれていた方が楽だから、考えてもいいかも」

 この期に及んで、まだそんなことを言うのか――ジョシュアは口にせずとも、鎧男がそんな台詞を胸の内で語っているのを何となく感じた。

「せめて、君が教会を妄信し続ける道を選ばなかったことだけがせめてもの救いか。だが、どのような深い事情があろうとも他人を巻き込んでいいという正当な理由にはなりえない。現に、ここにいるジョシュア・ブレイクは君の人生をかけた復讐劇に巻き込まれ、自由を奪われるどころか命まで奪われかけた――きっと、こうして同じ部屋にいるだけでも腸が煮え繰りかえってしょうがないのかもしれないな」

 言って、ジョシュアに顔を向ける。その表情がかすかに笑みを浮かべたように緩んだ気がしたのは、おそらく自分だけなのだろうとジョシュアは心の片隅でぼんやりと感じた。

「違う」

 そして気づけば、口から勝手に台詞がこぼれていた。言うつもりのない台詞を。それに合わせて、体が勝手に疲労や苦痛など忘れてベッドから抜け出て、自力で立ち上がってみせてもいた。

 鎧男はちらりと変わらぬ侮蔑の眼差しでジョシュアを見やる。それだけでこれから自分が行おうとする行為を否定され、阻止されているような不愉快と表現出来る恐怖心をあおられる。

 しかし少年の勇気と決意はそんなものに充分勝っていたのか。

「オレは自分の意思でマーサについて行ったんだ。あいつに復讐してやりたい気持ちだって同じだ。恨むどころか、むしろ感謝してるって言ってもいい。だからそういう言い方やめてくれないか?」

「……本気で言っているのか?」

 静かに念押しする鎧男の口調にひるまず、ジョシュアは強くまっすぐな目で答えた。

「殺人鬼の弟のことなんか信用出来ねえか」

 悪い癖か、自嘲気味な笑みを加えてしまった。

「それは今関係のない話だ。我々は君自身が歩み寄れば、然るべき真っ当な措置を執らせてもらう。そこに君の兄など入り込む余地はない」

 鎧男はジョシュアの卑屈ぶりなど意に介さず告げた。その瞳を見て、気づかされた。

 そうか。今ここでマーサを糾弾でもすれば、騎士団の手厚い保護を受けられる夢のような話が待っているのか。

「あんたらには無理だよ。オレはどこにいたってウィル・ブレイクの弟だ。天下の騎士団様だろうが、どんなことをしたって守りきれやしない」

 そんな選択肢を放棄する理由は、決して短絡的な考えによるものではないとジョシュアは強く否定出来た。なぜかやけに強い意志で。

「それは教会も同じではないのかね? だからこそ君はかつてその庇護を自ら放棄し、子供ながらに過酷な裏社会で生き抜く道を進んで選んだというのに、また同じ過ちを繰り返すつもりかい?」

「オレは教会なんか信用するって言ってない」

「マーサに肩入れすることはそれと同義だ。それ位理解した上での発言だと思ったが、買い被り過ぎたかもしれんな」

 いつまでも知ったような口叩きやがって――ジョシュアは鎧男とのやりとりを早急に打ち切らなければという必要性に強くかられたが、その焦りを面に出さずに済んだ。

「マーサも言ってるだろう。教会も騎士団も知らねえよ。オレたちは最初から、オレたちのやりたいようにやってきた。それはこれからも変わらない。ここまで来たんだ、泣きつく度胸があるならまた死にかける道を選ぶさ」

 オレたちは、どんなことをしてもあいつを追いかけてやる。マーサの目標は、オレの目標でもあるんだ。

 そんなの最初から決まってた。

 ジョシュアはきっぱりと鎧男に言い放った。それ以上言い訳などないと宣言するように。

 おかげでこちらの真意は、きちんと伝わったらしい。

「誠に残念だ。君の口から直接そのような台詞を聞いてしまっては、こちらとしてはどうしようもない」

 鎧男は、ジョシュアからまるで見切りをつけたように静かに目線を外した。

 これで、今度こそ終わったかもしれない。

「ジョシュア君……それで、いいのですか?」

 フォスターがそっと優しく話しかけてきた。

「ああ。オレはもう二度と逃げない」

 フォスターがこちらを見る眼差しに変化が見られた。それはすぐ鎧男に向けられた。

「エディ――ご足労おかけしましたが、今日のところはお引き取り願いますか」

 エディと呼ばれた鎧男は、フォスターとしばし見つめ合い、そしてジョシュアから順々に部屋の者達をゆっくり見やってから言った。

「短い再会だったが、会えて嬉しかったよ。リチャード」

 心にもない台詞を一言、かつての友に嫌がらせのような気遣いを見せ背を向けた。そのまま部屋の外にいた見張り役だったらしい部下の兵士達と共に去ってくれると思ったら、一瞬立ち止まり旧友に最後の言葉をかけてきた。

「せいぜい、マクレインの二の舞だけには気をつけるんだな。友よ、私から言えるのはそれだけだ」

「!」

 ジョシュアの表情が変わった。

「バカね。みすみす救いの道を自分から壊すなんて」

 それに気づかず、マーサは沈黙を破った。しかしすぐ彼の異変に気づく。

 鎧男がいなくなり――最も、初めから直接聞き出すという選択肢は存在しなかったが――質問をぶつけるのは彼しかいなかった。

 鎧男の最後の一言のせいか、フォスターの表情はひどく陰鬱なものへと変貌していた。

 過去の亡霊に今でも苦しんでいる顔だ。

 ジョシュアは本能的に、そう思った。それは人のことが言えない立場だったから。

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