第1章: 元素図書館、深淵の区画へ
アルゴン・ノーブルは、秀城の元素図書館未公開エリアへの立ち入り申請に対し、熟考の末、許可を与えた。ただし、その許可には厳しい条件が付されていた。
「メンデレ君。君が足を踏み入れようとしているのは、我々守護者ですら数百年もの間、厳重に封印してきた「深淵の区画」だ」
アルゴンは、古びた鍵を取り出しながら、重々しく言った。
「そこには、アクチノイド元素…ウラン(U)からローレンシウム(Lr)までの詳細な記録、そして、それ以降の超重元素に関する、断片的だが極めて危険な研究記録が眠っている」
「条件は三つだ」
アルゴンは指を立てた。
「第一に、同行はアルカイア、セレン、プラチナの三名のみとする。ジンク君たちには、地上世界の調査と情報収集を任せる」
「第二に、深淵の区画内では、アルカイアの指示に絶対に従うこと。彼女は、古代からの知識を受け継ぐ、この図書館の真の番人だ」
「そして第三に、いかなる理由があろうとも、超重元素の魔力結晶には決して触れてはならない。その波動に触れるだけで、精神が崩壊する危険がある」
秀城は、その条件を厳粛に受け入れた。ジンク、オクシア、ナトリは、秀城の決断を尊重し、地上での任務を引き受けた。彼らは、アルケミスの痕跡や、元素狩りの残党、そして「周期表の外」に関する情報を集めるため、再び地上世界へと旅立つことになった。
秀城は、アルカイア、セレン、プラチナと共に、元素図書館の最深部へと続く、これまで閉ざされていた扉の前に立った。扉は、ウラン鉱石を練り込んだ特殊な合金で作られており、その表面には、アクチノイド以降の元素記号らしき、見慣れないシンボルが刻まれていた。
アルカイアが、古代語の呪文と共に鍵を差し込むと、重い音を立てて扉が開いた。
扉の向こうに広がっていたのは、これまでの図書館エリアとは全く異なる、異様な光景だった。 空間そのものが歪んでいるかのように、壁や棚が不安定に揺らめいて見える。空気は重く、時間すらも通常とは異なる流れ方をしているように感じられた。そして、空間全体に、プロトアクチニウムとは比較にならないほど強烈な放射性の魔力が満ちていた。
「ここは…」
秀城は息を呑んだ。
「深淵の区画。不安定な元素の力が、空間そのものに影響を与えているのだ」
アルカイアは、杖で前方の道を指し示した。
「この先は、強い精神力と、元素への深い理解がなければ、一歩進むことすら困難だ。気を引き締めよ」
彼らは、歪む空間の中を慎重に進んだ。棚には、黒曜石や鉛の箱に厳重に封印された記録媒体が並んでいた。時折、箱の中から、不気味な光やうめき声のような波動が漏れ出してくる。
「これらは、過去に超ウラン元素の研究に失敗した者たちの、残留思念のようなものだ」セレンが説明した。「彼らは、制御不能な力に飲み込まれ、魂ごとこの場所に囚われている」
秀城は、自身の精神を守るため、アルゴンの不干渉の力と、プロトアクチニウムの安定化の力を常に展開しなければならなかった。
やがて、彼らは区画の中央にある、巨大な黒い石板の前にたどり着いた。石板には、周期表のアクチノイド系列、そしてその下に続く、第8周期以降の未知の元素記号が、淡い光を放ちながら刻まれていた。
「これが、「深淵の周期表」…」
アルカイアが呟いた。
「ウラン(U)、ネプツニウム(Np)、プルトニウム(Pu)、アメリシウム(Am)…そして、キュリウム(Cm)、バークリウム(Bk)、カリホルニウム(Cf)…」
秀城は、石板に刻まれた元素記号を一つ一つ目で追った。彼の頭の中の周期表が、急速に拡張されていく感覚。それぞれの元素が持つ、計り知れないエネルギーと危険性。
「アルケミスの言っていた「究極の元素」…それは、やはりこのアクチノイドの中に…いや、あるいはその先にあるのか…?」
秀城は、石板の最下部、原子番号118のオガネソン(Og)よりもさらに下に、おぼろげに輝く未知のシンボルがいくつか存在することに気づいた。
「あれは…?」
「「安定の島」と呼ばれる、理論上存在する可能性のある超重元素の領域だ」
アルカイアが答えた。「しかし、それはあくまで仮説。この世界の法則下では、生成も維持も不可能とされている…はずだった」
その時、石板のプルトニウム(Pu)の記号が、突如として赤黒い光を激しく放ち始めた。図書館全体が揺れ、封印されていた負の残留思念が一斉に活性化する。
「まずい!アルケミスのプルトニウムの波動が、ここに残された記録と共鳴している!奴は消滅していなかった!そして、我々の動きを察知している!」
セレンが叫んだ。
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