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反旗を翻す

 「えっ?聖女様?」

 騎士団長と副団長は驚いて振り向いた。

 「加勢します」

 聖女アグネス姿のレオンは魔獣だけを真っ直ぐに見据えて剣を構えて言った。その姿はまるで戦の女神のようだ。


 誰がどう見ても、聖女アグネスの剣の腕は上達者だった。力こそないものの、その機敏な動きや技術は長年鍛錬したそのもので、さすがは兄妹。その姿はレオンを彷彿とさせる。

 

 魔獣も火を吐きながら応戦してくるが、この3人にかかれば、あっという間に倒された。

 聖女が力を尽くし、魔獣と戦う勇敢な姿を目の当たりにした騎士達の心に魔獣に打ち勝てると希望を与えた。


 再びどこからともなく空から同じ種類の魔獣が何匹も飛んでやってきたが、聖女に負けじと大勢の騎士達が勇ましく決死の戦いに挑む。

 野営地はあちこちで火の手が上がり始め、騎士達は魔獣の吐く炎の熱でジリジリと肌が焼けるような灼熱の中、必死に応戦するが負傷して倒れる者も多く、まるで負け戦の戦場のようになっていた。


(アグネスの身体は筋肉がなさすぎる。このままではどうしても魔獣に押し負けてしまう。俺が聖女としてできるのはここまでか)

 他の騎士とともに魔獣と戦うアグネス姿のレオンは、アグネスの身体の身体能力に限界を感じ、自分の元の姿になるタイミングを探していた。


 魔獣と騎士団の死闘をただ茫然と見ていたヴィクター殿下はガタガタと震え出し、陣頭指揮を執ることも忘れ、自分だけ逃げようと考えていた。

(聖女を抱く味を知りたくてこんなところまで来たが、こんなことになるぐらいなら王城で他の女を抱いている方がマシだったな)


 自分を守っていた近衛騎士が近くにきた魔獣と応戦し怪我を負い倒れると、魔獣の次の狙いがヴィクター殿下と侍従に定められた。


「魔獣ごときが俺を見るな!こっちに来るな!」

 恐怖におののき後退りしながら、ヴィクター殿下は声を上げた。

 魔獣は大きな雄叫びを上げながらふたりにものすごい勢いで迫ってくる。

「侍従、俺のために犠牲になれ!」

 侍従の肩を押し、魔獣の関心を侍従に惹きつけ盾にすると、ヴィクター殿下は侍従を犠牲に自分だけ逃げようとする。


「で、殿下ぁぁぁー」

 悲痛なまでの侍従の呼ぶ声を背に、ヴィクター殿下は振り返ろうともせず走り出した。

 魔獣が侍従を飲み込もうとした寸前、魔獣と侍従を隔てる土壁が出現し、魔獣が激しくその土壁にぶつかり轟音が響き渡った。

 

 それと同時に、あちこちで上がっていた火の手がすべて消えた。

 あっという間の出来事にその場にいる全ての者が唖然となる。

 ヴィクター殿下も逃げるのを忘れてポカンと一部始終を見入り、ようやく逃げることを思い出したのか走り出そうとしたところで、そこに待ち構えていたかのようにセレーネと何人かの騎士がヴィクター殿下の行く手を阻んだ。


「ヴィクター殿下は陣頭指揮を執られているんですよね。逃げないでください」

 セレーネはヴィクター殿下に剣を向けた。

 王族に剣を向けるなど、あとで処罰がくだされてもおかしくない。どれほどの覚悟をセレーネは決めているのだろうか。その真剣な表情からはその決意が見て取れた。

 その様子を近くで見ていたヴィクター殿下の指揮に不満を持つ他の騎士たちも一斉にヴィクター殿下に迫り、剣を向けた。数にして30は下らない。あの侍従も黙って騎士達に加勢している。

 そして、誰もヴィクター殿下を庇おうとするものがいない。その場の者全員が敵だ。

 不満を持つ騎士たちに囲まれてたヴィクター殿下は、その者達を睨むが、怯む人間など誰ひとりとしていない。

「クソッ」

 ヴィクター殿下は観念すると、渋々大人しくセレーネと騎士に両腕を掴まれ、連行されるように野営地に戻される。



「レオン!ノア!生きて帰ってきたんだな!」

 土壁の出現があって少しの間を置いて、ノアとレオンが走りながら野営地に戻ってきた。

 ふたりとも額や首筋には滝のような汗が流れ、全速力で戻ってきたことが仲間の騎士にはすぐにわかった。

 

「こっちも大変なことになっているな。大丈夫か?」

 ノアが辺りを見回しながら、仲間の騎士に聞いた。

「魔獣が飛んできたんだ!あと4体ほど倒せていない!聖女の奇跡で魔獣が吐いた火は消えたが全軍で応戦中だ。それに…」

 仲間の騎士が、逃げようとして多くの騎士に囲まれて剣を向けられているヴィクター殿下の方に視線を移した。

「いま、セレーネ嬢がみんなの気持ちを代弁してくれている」

「「えっ?」」

 ノアとレオン姿のアグネスの声が重なった。

「あの中にセレーネがいるのか?ヴィクター殿下に反旗を翻したのか?」

 野営地のはずれで騎士達が剣をヴィクター殿下に向け取り囲んでいるところをノアは確認し、驚いた表情をした。

「そうだよ。あいつはこの現場を見捨てようとした。俺たちを見捨てたんだ。それとレオン。お前の妹の聖女がいま団長達と一緒に魔獣と応戦中だ」

「それはどこ?」

 レオン姿のアグネスが食いつくように仲間の騎士に聞き返した。


 ヴィクター殿下を取り囲むセレーネ達の反対方向で、魔獣と戦う騎士達の中にひときわ小柄で細い女性が剣を振るっているのがわかった。

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