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閑話



サウナーと水風呂と外気浴


ここで少しだけ、物語とは関係あるようで、ないようで、しかし大いに関係している話をしようと思う。


俺、石塚蓮が愛してやまないもの。


それはサウナである。


いや、正確に言えば、サウナ室だけではない。


サウナ。

水風呂。

外気浴。


この三つが揃ってこそ、俺の中では「サウナに入った」と言える。


もちろん、サウナ室で汗をかくだけでも気持ちはいい。

高温の空間に身を置き、肌がじんじんと熱を帯び、呼吸が自然と深くなるあの感覚。

木の香り、石の熱、誰かが柄杓で水をかけた時に立ち上る蒸気。


あれはいい。


とてもいい。


だが、サウナの本番は、むしろその後にある。


水風呂だ。


熱くなった身体を、冷たい水へ沈める。


初めて入った時、俺は正直こう思った。


死ぬ。


せっかく温まった身体を、なぜ冷たい水へ入れるのか。

しかも大の大人たちが、何食わぬ顔で肩まで浸かっている。


この人たちは何かの修行をしているのか。

それとも全員、寒さへの感覚が壊れているのか。


そう思っていた。


だが、何度か通ううちにわかった。


水風呂は、ただ冷たい場所ではない。


サウナで広がった身体の熱を、きゅっと締める場所だ。


じんじんと熱を持った皮膚が、冷たい水に触れた瞬間、世界の輪郭がはっきりする。


熱い。

冷たい。

息が止まる。

でも、少しずつ身体が水を受け入れていく。


首の後ろまで冷えた頃、頭の中が妙に静かになる。


俺はこれを、勝手に「現実に戻るための水」と呼んでいた。


サウナ室にいる時、人は少しだけ現実から離れる。

水風呂は、その現実から離れた身体を、もう一度この世へ戻す。


そして、その先に外気浴がある。


これが一番大事だ。


椅子に座る。

背もたれに身体を預ける。

できれば外の風がある場所がいい。


目を閉じる。


何もしない。


本当に、何もしない。


スマホも見ない。

誰とも話さない。

仕事のことも考えない。


ただ、呼吸する。


熱くなった身体。

冷たく締まった皮膚。

その間を、血がゆっくり巡っていく。


心臓の音が、いつもより近くに聞こえる。


どくん。

どくん。


風が肌を撫でる。


その瞬間、身体の重さが椅子に溶けていくような感覚がある。


俺はそれを初めて味わった時、こう思った。


ああ、今日一日、ちゃんと終わったんだな。


何かが解決したわけではない。

仕事のノルマが消えたわけでもない。

明日の会議がなくなるわけでもない。


でも、その瞬間だけは、自分の身体が自分に戻ってくる。


営業車の中でぐるぐる回っていた考え。

同じ道を何度も走っているような毎日。

誰に褒められるわけでもない疲労。


それらが、汗と冷たさと風の中で、少しだけ整列する。


だから俺は、サウナが好きだった。



さて。


ここまで聞くと、こう思う人もいるかもしれない。


「じゃあ、熱ければ熱いほどいいのか」

「水風呂は冷たければ冷たいほどいいのか」

「外気浴は長ければ長いほどいいのか」


答えは、違う。


少なくとも俺は、そう思う。


サウナは我慢大会ではない。


熱さに耐えた時間を競う場所でもなければ、水風呂に長く入る根性を見せる場所でもない。


自分の身体の声を聞く場所だ。


今日は疲れている。

今日は少し寝不足だ。

今日は汗の出方が早い。

今日は水風呂がいつもより冷たく感じる。


そういう小さな変化に気づく場所なのだ。


前世の俺は、それが案外できていなかった。


仕事では無理をした。

頼まれれば引き受けた。

体調が悪くても「まあ大丈夫だろう」とごまかした。

疲れているのに、疲れていると言えなかった。


それでもサウナに入る時だけは、少しだけ自分の身体の声を聞けた。


もう出よう。

今日は水風呂は短めにしよう。

外気浴を長めにしよう。


そんな小さな判断が、俺にとっては救いだった。


だから、この異世界でも同じだと思う。


熱だけでは駄目だ。


温めるだけでは、人は整わない。


冷ますこと。

休ませること。

待つこと。


それもまた、サウナなのだ。



たとえば、このゴーウ村の呪い。


凍りついた身体を見れば、誰だってまず温めようとするだろう。


俺もそうだった。


熱を上げる。

蒸気を満たす。

ヴィヒタで呪いを外へ出す。


それは間違っていない。


だが、そこだけを見れば危ない。


凍っていた身体が急に熱を受ければ、負担がかかる。

呪いが抜けた後の身体は、きっと不安定だ。

熱が入ったなら、どこかで落ち着かせなければならない。


水風呂のように締める工程。

外気浴のように休ませる工程。


この世界の治療に、それがどんな形で必要になるのかは、まだわからない。


本当に水へ入れるのか。

冷たい布で身体を拭くのか。

外の空気に触れさせるのか。

それとも、魔力の流れをゆっくり整える別の方法があるのか。


ただ一つだけわかる。


サウナとは、熱い部屋のことではない。


熱と冷たさと休息の流れ。

その全部を含めた、身体を整えるための道なのだ。


俺がこれから作るべきなのは、ただの小屋ではない。


この村の人たちが、安全に温まり、冷まされ、休める場所。


つまり、導線だ。


サウナ室から出て、水風呂へ。

水風呂から外気浴へ。

そして、もう一度自分の身体へ戻ってくる。


その道を作る。


この凍りついた村に。



ちなみに、ここまで偉そうに語っておいてなんだが、俺は前世で一度サウナで死にかけている。


いや、実際死んだのか。


そのあたりは、ヘファイストスのせいで少し曖昧だ。


だからこそ、声を大にして言いたい。


無理はするな。


サウナは命を削る場所ではない。

命を少しだけ軽くする場所だ。


体調が悪い時は入らない。

水分を取る。

長く入りすぎない。

水風呂も外気浴も、自分の感覚に合わせる。


誰かの入り方を真似しすぎなくていい。


「何分入るべきか」より、

「今の自分はどう感じているか」の方が大事だ。


ととのう、という言葉がある。


正直、前世でもその定義は人によって違った。


ふわふわすること。

頭が空っぽになること。

身体が軽くなること。

心が落ち着くこと。


俺にとってのととのいは、たぶんこうだ。


自分の中で散らかっていたものが、少しだけ元の場所に戻ること。


だから今、俺がこの村でやろうとしていることも、きっと同じだ。


凍りついた身体を戻す。

冷え切った食卓を戻す。

沈んだ村の空気を戻す。

泣くことも諦めかけていたイルの時間を戻す。


全部を一気には無理だ。


俺は勇者ではない。


剣もない。

攻撃魔法も、サウナストーンを落とすくらいしかない。

魔力もすぐ切れる。

ルミ婆さんには馬鹿サウナーと呼ばれている。


それでも。


熱を入れて、冷まして、休ませる。


一人ずつ。

一軒ずつ。

一日ずつ。


この村を少しずつ、ととのえていく。


それが今の俺にできる、たぶん唯一の戦い方なのだ。

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