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サウナーと夢の中の神

サウナーと夢の中の神


真っ暗だった。


また、この感覚だ。


身体がない。

音もない。

匂いもない。


だが、意識だけはある。


『……また死んだ?』


さすがに異世界二日目で二度目の死亡は笑えない。


いや、一度目も笑えないのだが。


「死んではいませんよ」


聞き覚えのある声がした。


目の前に、炎のような光が灯る。


その中から現れたのは、あの神だった。


物作りの神。


ヘファイストス。


『あ、どうも。勝手に転生させた神様』


「言い方に棘がありますね」


『事実なので』


ヘファイストスは苦笑したように見えた。


「どうやら、うまくやっているようですね」


『うまく?』


俺は思わず声を荒げる。


『サウナスキルでゴブリン倒して、村の呪い治療して、サウナ小屋作って、狼に襲われて、魔力切れで倒れたんですけど』


「かなり順調では?」


『どこがですか』


「普通、転生二日目で村人に受け入れられる者はそう多くありません」


『受け入れられたというか、便利な暖房扱いされてる気がします』


「それも才能です」


才能なのか。


俺はため息をつきたい気分だったが、身体がないのでため息も出ない。


『あの村、何なんですか』


ヘファイストスの表情が少しだけ変わった。


『黒い塔とか、凍る呪いとか、呪化した魔物とか。明らかに初心者向けじゃないですよね』


「本来なら、あなたが最初に落ちる予定だった場所は、もっと穏やかな街道沿いでした」


『予定と違ったんですか?』


「はい」


嫌な予感がした。


「あなたを転生させる瞬間、この世界の一部で空間が歪みました。結果として、あなたは呪いに侵された辺境の村近くへ落ちた」


『それ、神様のミスでは?』


「事故です」


『神様の事故はミスなんですよ』


ヘファイストスは咳払いした。


「ですが、結果的にあなたは必要な場所へ行きました」


『都合よく言ってません?』


「少し」


認めた。


『あの黒い塔は?』


ヘファイストスはしばらく黙った。


「黒い塔は、私の管理するものではありません」


『神様でもわからないんですか』


「この世界には、私以外の神の影響もあります。すべてを私が支配しているわけではない」


『じゃあ、あの呪いは別の神の仕業?』


「可能性はあります」


重い話になってきた。


俺はただサウナに入りたいだけだったのに。


「レン」


ヘファイストスが、初めて真面目な声で俺の名を呼んだ。


「あなたのサウナーというスキルは、私が意図して与えたものではありません」


『ですよね。俺がうっかり願ったやつですよね』


「ですが、あなたの魂と非常に強く結びついている」


『魂と?』


「前世で、あなたにとってサウナは単なる趣味ではなかった。疲労、孤独、虚無感、日々の摩耗。そういったものから、あなたを一時的に救っていた場所だった」


俺は黙った。


思い当たることがありすぎた。


仕事が終わって、誰とも話したくなくて、でも一人でいるのもしんどくて。

サウナに入って、水風呂に入って、外気浴でぼんやりする。


あの時間だけは、何者でもなくてよかった。


営業成績も、年齢も、独身も、将来の不安も、全部汗と一緒に流れていく気がした。


「だからそのスキルは、ただ熱を生むだけではありません」


ヘファイストスは続ける。


「整える力です」


『整える力……』


「乱れた熱を整える。滞った巡りを整える。呪いに歪められた魂を整える。凍りついた場所に、再び流れを作る」


『サウナ、すごすぎません?』


「あなたの解釈次第です」


『俺の?』


「スキルは、持ち主の理解と経験で成長します。あなたがサウナをどう捉えているか。それが力の形になる」


俺はこれまでのことを思い返した。


サウナストーン。

温度調節。

範囲指定。

ロウリュ。

熱波。

蒸気浄化。


全部、俺がサウナとして理解しているものだ。


なら、まだある。


水風呂。

外気浴。

休憩。

導線。

湿度。

香り。

ととのい。


『もしかして、水風呂もスキルになります?』


「なります」


即答だった。


『なるんだ……』


「ただし、あなたが本質を理解していれば」


『本質』


「水風呂はただ冷たい水ではありません。熱を受けた身体を締め、巡りを変えるもの。外気浴は、熱と冷気の揺れを静め、整えるもの」


ヘファイストスは俺を見た。


「今のあなたに必要なのは、熱を出す力だけではありません。冷ます力と、休ませる力です」


耳が痛い。


魔力切れで倒れている俺に刺さりすぎる言葉だった。


『休むの苦手なんですよね』


「知っています」


『神様に言われると腹立ちますね』


「だから、あなたにこれを渡します」


ヘファイストスが手をかざす。


光の中から、小さな金属の札のようなものが現れた。


『これは?』


「私の加護の追加です。鍛冶と建築の補助を少し強めます」


『チートですか?』


「いいえ。あなたが作ろうとしているものを、少しだけ壊れにくくする程度です」


『十分ありがたいです』


「それと、忠告を」


ヘファイストスの声が低くなる。


「あの村を凍らせている呪いは、村の中だけで完結していません」


『山ですか』


「山。そして、その奥」


『白いやつがいるってルミさんが言ってました』


「白きものを追うなら、必ず休みなさい」


『そこ?』


「そこです」


ヘファイストスは真顔だった。


「あなたは熱を生む者です。しかし、熱だけでは人は壊れます。救う者が自分を壊せば、救えるものも救えなくなる」


ルミ婆さんと同じことを言われた。


神様と薬師に同じ注意をされる男、石塚蓮。


さすがに反省するしかない。


『わかりました。休みます』


「本当に?」


『たぶん』


「そこは断言しなさい」


『努力します』


ヘファイストスは呆れたように笑った。


「まあいいでしょう。そろそろ戻りますよ」


『最後に一つだけ』


「何ですか」


『俺、いつかこの世界でちゃんとしたサウナ施設作れますかね。水風呂と外気浴スペースもあるやつ』


ヘファイストスは少しだけ目を細めた。


「あなた次第です」


『神様っぽい答えですね』


「神ですから」


光が強くなる。


意識が遠のいていく。


最後に、ヘファイストスの声が聞こえた。


「レン。あなたのサウナは、この世界に必要です」


その言葉を最後に、俺の意識は白い湯気のようにほどけていった。



目を開けると、木の天井が見えた。


どこかの家の中らしい。


ストーブの火が、ぱちぱちと音を立てている。


体は重い。

だが、生きている。


横を見ると、イルが椅子に座ったまま眠っていた。


その小さな手は、俺の袖を掴んでいる。


『……心配かけたな』


小さく呟くと、部屋の隅から声がした。


「本当だよ、この馬鹿サウナー」


ルミ婆さんだった。


寝床に座り、薬草をすり潰している。


『その呼び名、定着させる気ですか』


「村ではもう半分定着してるね」


『最悪だ……』


「英雄様よりはいいだろ」


俺は苦笑する。


たしかに、英雄よりは馬鹿サウナーの方が気楽だ。


ルミ婆さんは薬鉢を置いた。


「丸一日寝てたよ」


『一日?!』


「魔力切れを二回もやれば当然だ」


俺は慌てて起き上がろうとした。


「寝てな」


ルミ婆さんの声が飛ぶ。


俺は反射的に止まった。


「村は?」


「無事だよ。雪牙狼はあれから来ていない。あんたが倒したでかいやつの魔石は、村長が保管してる」


『治療は?』


「今日は保温だけ。あんた抜きでできることをやってる」


『俺抜きで?』


「そうだよ」


ルミ婆さんは少し笑った。


「サウナ小屋は、あんたがいなくても温かさを保てるように村人たちが工夫してる。石を増やして、薪の組み方を変えて、換気口も調整した」


俺は驚いた。


俺が倒れている間に、村は動いていた。


「白霜樺のヴィヒタも、子どもたちが作り始めた。形は不格好だけどね」


ルミ婆さんは窓の外を見る。


「みんな、あんたに頼るだけじゃまずいと気づいたんだろう」


その言葉に、少しだけ胸が軽くなった。


俺が全部やらなくてもいい。


いや、全部やってはいけない。


サウナは一人で入るものでもある。

だが、施設を作り、守り、続けるには人の手がいる。


『それ、いいですね』


「何が」


『みんなで作るサウナ』


ルミ婆さんは呆れた顔をした。


「あんた、本当にサウナのことばっかりだね」


『すみません』


「褒めてるんだよ」


そう言うと、ルミ婆さんは小さな木片を俺に投げた。


いや、木片ではない。


小さな札だ。


表面に、湯気のような模様が刻まれている。


『これは?』


「村の子どもが作った。あんたへのお守りだとさ」


札には、不器用な文字でこう彫られていた。


レンの湯気


『……湯気』


「この村じゃ、あんたの蒸気は希望みたいなもんだからね」


俺は札を握った。


胸の奥が熱くなる。


今度は魔力ではない。

もっと静かな熱だ。


その時、眠っていたイルが身じろぎした。


「……レンさん?」


目を開けたイルは、俺が起きているのを見ると、ぱっと顔を明るくした。


次の瞬間。


「レンさん!」


勢いよく抱きついてきた。


『ぐえっ』


「よかった……本当によかった……」


イルは泣いていた。


俺は困りながらも、その小さな背中を軽く叩いた。


『ごめん。心配かけた』


「もう無茶しないでください」


『はい』


「絶対です」


『努力します』


イルは顔を上げ、涙目で睨んだ。


「絶対です」


『……絶対、できるだけ無茶しません』


「変です」


ルミ婆さんが鼻で笑う。


「こりゃまた倒れるね」


『信用ないなぁ』


「ないね」


即答だった。


イルも頷いた。


『イルまで?』


「はい」


俺は天井を見上げた。


異世界に来て、サウナで村を救いかけて、狼を倒して、結果として得たもの。


信頼。


そして、信用のなさ。


複雑だ。


だが、悪くない。


ルミ婆さんが真面目な声に戻る。


「レン。起きたばかりで悪いが、話がある」


『黒い塔ですか』


「それもある。でもまずは山だ」


イルの表情が硬くなる。


「白い魔物……?」


ルミ婆さんは頷いた。


「わしが凍る直前に見たもの。あれはただの魔物じゃない」


『何なんですか』


ルミ婆さんは薬草を握りしめた。


「雪女だよ」


部屋の空気が、すっと冷えた気がした。


「この地方に昔から伝わる、冬を連れてくる魔性。人の熱を奪い、命を凍らせる」


『雪女……』


前世の日本にも、似た伝承があった。


白い肌。

冷たい息。

雪の夜に現れる女。


まさか異世界でその名前を聞くとは。


「ただし、昔話の雪女なら、村ひとつをここまで凍らせる力はない」


『じゃあ、呪いで強化されてる?』


「おそらくね。黒い塔から流れた凍呪を取り込んだんだろう」


ルミ婆さんは窓の外を見た。


山の方角。


緑の森がある場所。


「雪女は、あの森の奥にいる」


『でも、森は凍ってないですよね』


「だから厄介なんだよ」


ルミ婆さんの声が低くなる。


「あの森は、雪女の巣だ。村を凍らせて、自分の巣だけ春のように保っている」


イルが震えた。


「じゃあ、私が毎日薬草を取りに行ってた場所は……」


「雪女の庭みたいなもんだね」


俺はぞっとした。


イルは毎日、敵の庭に入っていたのか。


『よく無事でしたね』


「子どもだから見逃されていたのかもしれない。あるいは、薬草を取らせるためにわざと生かしていたのかもしれない」


『薬草を?』


「進行を遅らせれば、人はすぐには砕けない。つまり、長く熱を吸える」


嫌な話だった。


村人を一気に殺すのではなく、少しずつ凍らせ、命の熱を吸い続ける。

そのために、イルのような子どもに薬草を取りに行かせていた。


胸の奥に、怒りが湧いた。


『……その雪女を倒せば、村の呪いは解けますか』


「わからない。でも、弱まるはずだ」


ルミ婆さんは俺を見た。


「ただし、今のあんたが行けば死ぬ」


『でしょうね』


「わかってるならいい」


ルミ婆さんは続ける。


「まずは村の治療。サウナ小屋を安定させる。水風呂の代わりになる冷却場も作る」


『水風呂?!』


思わず食いついた。


ルミ婆さんが呆れる。


「そこだけ元気になるんじゃないよ」


『いや、でも水風呂は大事です』


「だろうね。あんたの夢うつつの寝言、ずっと水風呂と外気浴だったよ」


『嘘でしょ』


イルが真剣に頷く。


「レンさん、何度も“導線が大事なんだ……”って言ってました」


『恥ずかしい』


「あと、“椅子がほしい……”とも」


『かなり恥ずかしい』


ルミ婆さんは笑った。


「でも、その寝言は案外正しいかもしれないよ」


『え?』


「熱で呪いを浮かせ、蒸気で外へ出す。だが、その後の身体は不安定になる。熱だけ入れ続ければ、弱った病人には負担が大きい」


『つまり、冷ます工程と休ませる工程が必要』


「そういうことだ」


ヘファイストスと同じ話だった。


熱だけでは人は壊れる。

冷ます力と、休ませる力。


俺は小さく頷いた。


『作りましょう』


「何を」


『水風呂と外気浴スペースです』


イルが首を傾げる。


「みずぶろ? がいきよく?」


『サウナの完成形だ』


ルミ婆さんがため息をつく。


「村を救う話をしてるはずなのに、なんで娯楽施設を増やす話に聞こえるんだろうね」


『命に関わる導線です』


「言い方だけは立派だね」


俺は起き上がり、窓の外を見る。


灰色の空。

凍った村。

その向こうの、異様に緑の森。


まだ戦うには早い。


まずは整える。


自分も。

サウナ小屋も。

村も。


そしていつか、山の奥にいる雪女と向き合う。


俺は手の中の小さな札を握った。


レンの湯気。





それは少し間の抜けた名前だったが、今の俺には妙に心強かった。


『まずは村に、ちゃんとしたサウナ導線を作ります』


イルが不思議そうに聞く。


「どうせん?」


『人が安全に、ととのうための道だ』


「ととのう……」


イルはその言葉を大事そうに繰り返した。


ルミ婆さんが笑う。


「じゃあ、馬鹿サウナー。村を救う前に、まずは自分をととのえな」


『はい』


今度は素直に頷いた。


休むこと。

冷ますこと。

整えること。


それもまた、サウナーの仕事なのだと、俺はようやく少しだけ理解し始めていた。

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