文化祭を終わりⅡ
「それで? いい加減話したらどうだ?」
僕はルキウスたちと文化祭を回りながら改めて問いただす。
「実はな、この地球には危機が迫ってるんだ」
「……うむうむ」
「危機? 僕からしたら、お前らが有希を殺しに来てる方がよっぽど理不尽だし危機なんたが?」
「それはそうだが……」
「……うむぅ」
「とりあえずユア、お前は食べるのに集中しすぎだ」
「(ゴクン)」
ユアさんがさっきまで食べてたイカ焼きを飲み込む。
「武藤有希は20年以上前、全宇宙相手に戦争を吹っかけたからな。それにより魔族が一気に反旗を翻して、世界は魔族対人間の争いになったんだ。そんな奴と同じ名前、同じ顔の奴がいたら誰だって警戒するだろ?」
「そもそも、私たちは魔族という言葉すらピンと来てないんだけどね。進人と何が違うの?」
有希がもっともな疑問を口にする。
「進人は人間の最終進化系だ。オレたち地球人を除いて人間ってのは、元から動物から進化してきたものだ。だから、一周回って先祖返りしてんだよ」
「地球人は違うのか?」
「違う。地球人だけは最初からこの姿だったらしい。その代わりに進人になれないのが特徴で、進化症候群に発症すると助からねえ」
「なるほどそれで……じゃあ魔族はどうなの?」
「魔族は人間が争うようになった頃に、突如として現れた紫の血を持つ種族だ。今でも全宇宙で嫌悪の対象になってる。お前と瓜二つな武藤有希は、その魔族の神とでも呼べる存在だ」
「その武藤有希さんの目的はなんなんだったの?」
「目的は世界への復讐と修正らしい。『魔』として宣戦布告したとき、奴はこの世界を破壊してあるべき姿に戻すと言っていたそうだ」
「その武藤有希はどうなったんだ?」
「統一政府が追い詰めたとき、奴は太陽地球に逃げ、そこで英雄ヘレスに仕留められた」
「ヘレスに⁉ そういえば、お前ら宇宙から来てるくせに何故か知ってたな」
「そう、ヘレスは神に聖なる矢を託され、その矢で死へと追いやったんだ。しかし」
「しかし?」
「奴の死体は見つからなかった。現在の有力説は、そこにいる武藤有希に憑依しているというものだ」
「なるほどね、そりゃあ私が怖いわ。なんとかして白だと証明できればいいのだけど」
有希が納得したように頷く。証明かぁ……あれ? そういえば
「ルキウス、お前も紫の血じゃなかったか?」
「……そうだ。オレも魔族の血を引いている。そしてソレを見ちまうと、オレは自我を失っちまうんだ」
「じゃあ、アナタも私の同類なわけね」
「そうなるな。だがそうであっても、オレは人間として魔族と戦うつもりだ」
「かっこいいこと言うわね。私を倒そうとしなければ、ダークヒーローって言えそう」
「その一点だけで、あっという間にヴィランだけどな」
僕は有希の言葉を訂正する。無実の少女を殺そうとするヒーローなんて笑えない。
「そもそも有希の血は赤色だ。紫じゃないぞ」
「……私もそういえば、赤い血を見た気がする」
「え、そうなのか?」
「ええ、少しぐらいなら見せられるけど?」
有希はそう言って刀を取り出すと、自分の腕を軽く斬った。するとぷくりと赤い血が、薔薇の形を取って膨らむ。
「マジか……じゃあ、闇の然気も?」
「……赤黒い炎だった」
ユアさんが、何処からか買ってきたお面を付けながら言った。
「ほ、ほらでもよ、これから豹変するかもしれねえし」
「心配しなくても、僕がいる限り有希が豹変することはないよ。……それで、話を戻すが危機ってのはなんなんだ?」
「危機ってのは、その武藤有希を倒すために地球を破壊するって話だ。既に、宇宙統一政府のトップは隕石の用意を始めている」
「……はっきり言って、そこまで脅威には感じないな」
僕はこの前の覇王竜との戦いを思い出す。街一つ消し飛ばす隕石を、有希はあっさりと砕いてみせたのだ。しかも、僕たちにバフを撒いたりしながらだ。きっと本気でやれば、どんな隕石だって砕けるに違いない。
「だが、知っておいて損はないはずだ。ユアを助けるのを協力してもらった礼だと思って聞いといてくれ」
「それもそうね。知らないよりは知っておいた方がいいだろうし」
有希がルキウスの言い分に納得する。
ザッ
ん? いま茂みから音が聞こえたか?
僕は気になって振り返ってみるも、誰もいなかった。
「それで? お前はこれからどうするんだ?」
校舎裏から戻った僕たちは、花火を見るため眺めのいい場所に移動していた。我が校の文化祭では、最後の締めくくりに花火を打ち上げることになっている。
近くには、同様のことを考える生徒たちで溢れかえっていた。
「帰るさ。元から文化祭の間までの予定だったからな。武藤有希は倒せなかったが、本来の目的は達したし」
「本来の目的? なんだそれ?」
「あ……今のは聞かなかったことにしてくれ」
「できるかぁ! 吐け! 今すぐに!」
僕は勢いよくルキウスを締め上げる。この野郎! この期に及んでまだ何か隠してやがったのか!
「く、苦しい……分かった言う、言うから離せ!」
「よし、早く言え」
僕は締め上げたまま促す。
「お使いだお使い! 詳しいことはオレにも分からん!」
「抽象的すぎるわ!」
僕はさらに締め上げるのを強める。
「待って! 私が詳しく尋ねるから、アーサーはステイ!」
有希が僕たちの会話に割って入ってくる。何故かユアさんを抱えながら。
僕は有希の言葉に従ってルキウスに込めた力を緩める。
「な、なんだよ? お前には既に」
「いいから。それよりアレは誰が扱うの? あまり人前に晒されるのは困るのだけど」
有希は少し顔を紅くしながら尋ねる。
「そこは心配ない。扱うのは女だ。さらに秘密主義で自らの研究を人に見せることをしない」
「そう……なら安心ね。あでも、これだけは約束して」
有希は鋭い眼光でルキウスを睨む。その視線は、返答しだいではタダでは済まさないと語っていた。
「丁重に扱いなさい。後、必ず見せに来ること」
「善処する。ただ、モルガーンにまともにできるかどうか」
「だったらできた時点で見せに来い」
有希は刀を抜きながら脅しをかける。
「分かったから刀を抜くな! ユアとまたドンパチするつもりか」
「ユアさんも! 自分のことだと思ってね!」
「……それはつまり、私が?」
ユアさんは照れるように言った。
「そういうこと」
「……わかった」
ユアさんは少し嬉しそうにしながら首を縦に振った。
さて、ここまで話を聞いてきたが、僕には何の話をしているのか皆目検討がつかない。
「待ってくれ! 3人ともわかってる前提で話を進めない!」
僕は疎外感を感じながらツッコミを入れる。まず何があったのかの説明をしてくれ。
「う~んと、ごめんね? まだアーサーには話せないのよ」
しかし有希は、両手を合わせながら断りを入れてきた。
「なんで?」
「逃げられなくなると思うから」
「?」
僕は有希の言い分がよく分からない。
「……あっ、光った」
ユアさんの言葉と共に夜空に光の華が咲いた。僕たちは自然とそちらに視線を吸い寄せられる。
「……これが花火」
ユアさんが目を輝かせる。
「夜が当たり前の地球では、こんなこと考えもしないよな」
ルキウスもまた感心する。
なんというか、花火の素晴らしさのせいで追及する気が削がれてしまった。今ここで言うのは野暮な気がする。
また機を改めて聞くとしよう。
僕は後日尋ねることにして、今は有希たちと花火を楽しむことにした。
しかし
「アーサー、でもね」
ヒュルルルという花火の音と混じりながら、有希が言葉を紡ぐ。
「私は信じてるから」
ドンという音によって、その言葉は掻き消される。
しかしそれでも、僕には確かにその言葉が耳に届いていた。
その意味が分からないという問題を残しながら。
花火が終了した後、僕たちは人気のない場所までやってきていた。宇宙人の見送りをするためである。
「じゃあ、もし地球が残ってたらまた遊びに来るぜ」
「いっそのこと、お前も僕ら側で参戦したらどうだ?」
「オレは宇宙統一政府に生かしてもらってるからな。流石にあっさりと裏切れねえ」
「そうか、残念だ」
「じゃあねユアさん。また強くなったら戦いましょう」
「……今度は負けない。首を洗って待ってろ」
「ええ、そうする」
有希はちょっとムッとしたユアさんに笑顔を向ける。
「じゃあな」
「……バイバイ」
ルキウスとユアさんはそう言うとフッと姿を消した。見えない花火が人知れず宇宙へと打ち上がる。
「宇宙には、僕たちと同じように暮らす人がたくさんいるんだね」
僕らは余韻に浸りながら、遥か宇宙へと思いを馳せる。
「みたいね。もっとも、私には敵意マシマシみたいだけど」
有希はそれに皮肉を込めながら返してきた。確かに。そこが改善されればよりいいんだけどな。
「さて、私たちも戻りましょうか」
「そうだね」
僕たちは名残惜しさを感じつつも、校舎へと歩き出した。
「お、アーサー見っけ! なあ、これからツーリングに行かないか?」
僕たちが教室に戻ると、雄大が声をかけてきた。
「またか。まだまともにメシ喰ってないぞ?」
「ならついでにメシも喰いに行こうぜ。今回はオレの『ニンジャ』に乗せてやるからさ」
「行ってきたら? どうせ打ち上げは明日以降だし」
有希が裕大の肩を持つ。まあ、有希がそう言うなら……
「決まりだな。行くぞアーサー!」
「わかった。じゃあ有希、また後で」
「うん。行ってらー」
僕は有希の軽い声を聞きながら、裕大と駐車場へ向かった。
まさかこの言葉を最後に、しばらく有希が意気消沈することになるとは、このときは思いもしなかった。
「有希さん! よければ一手お願いします!」
私が自主練しようと武道場にやってくると、結衣さんから試合を申し込まれた。きっと私の戦いでワクワクしたのだろう。やる気があるようで感心感心。
「いいよ。けど私も、前より強くなってるかもね」
私自身、今回の戦いはいい経験になったと思う。ミラーワールドという被害を考慮せずに戦える空間、さらに私と同じ身体能力を持つユアさんとの対戦。先の覇王竜との戦いも含めて、私を一回り強くしてくれた気がした。
私たちは刀を構える。シンとした武道場の雰囲気が心地いい。
しかし
「あれ? 然気が……」
私は自分の然気が、満足に使えないことに気づいた。
もしかして、また?
私の脳内には、いつかのショッピングモールが頭を掠める。
それはつまり、私に再び危機が迫っていることを意味していた。
これで『太陰からの来訪者』は区切りとなります。
次の投稿は7/6を予定していますので、しばしお待ちください。




