アーサーと真人
田中真人という男をご存知だろうか。僕がこの学校に来て初めてできた友人である。
僕と同じで武藤有希が好きで、それでいて僕たちの関係を知ってアシストしてくれる、底抜けのいい男だ。
これからしばらくの間、彼について掘り下げていきたい。
そして是非とも知っておいてほしい。田中真人という男の存在を。
「また力が出せなくなった?」
僕が裕大たちとツーリングをしてきた帰りのこと。武藤家に帰宅すると室内には深刻な雰囲気が漂っていた。家族全員がリビングに集合し、僕の帰りを待っていたようである。
そして、その事情を尋ねた結果が先の言葉だ。
「そうみたい。結衣さんと軽く手合わせしようと思ったら……」
有希が目を伏せながら言葉を紡ぐ。その表情には不安が滲み出ていた。
「有希姉ぇはどうしたん?」
事情をよく知らないらしい葵さんが質問する。
「なんでもね、有希はたまに然気がうまく使えないときがあるの。で、そういうときに限って、有希の身に危険なことが起こるみたい」
亜美さんが質問に答える。
「なんだよそれ! 大丈夫なのかよ!」
「安心して。こんな時のためにアーサーくんがいるんだから」
お義母さんが心配する葵さんを宥める。
「お義母さんの言う通りさ。有希は僕が必ず守るよ。だから、心配しないで」
お義母さんの言葉に説得力を持たせるために、僕も乗じて宣言する。
「……まるでローランみたいなこと言うのな」
「ローラン?」
初めて聞く名前だ。
「……そうか、知らないのか。ローランは昔ここで執事をしてた人。主に有希姉ぇの面倒を見てたんだ。で、ソイツも恥ずかしげもなく守るとかなんとか言ってたんだ」
なんと、そんな人がいたとは。
「なにそれ初めて聞いたんだけど!」
「まさか、私や椿の専任がいたとは……」
明美さんや椿さんが驚きの声を上げる。けっこう長そうな彼女たちでも知らないのか。前川さんは平然としてるから面識があるのかな。
「あなた達とは入れ替わりだったからね。それに、本人に自分のことは話さないでくれと言われてたし」
亜美さんが事情を説明する。何か不都合なことがあるのだろうか?
「そのローランだけど、もう少ししたら戻ってくると思うわ。だからそのときは仲良くしてあげて」
有希は僕の方を見ながら言った。もしかして有希の教育係だったから、僕がローランに突っかかると思われてる?
「話を戻しましょう。とにかく、有希はしばらくの間アーサーくんに守ってもらうのよ」
「うん、そのつもり。後は進人狩りのみんなにも連絡しておく。いつ何が起こっても不思議じゃないし」
「ええ、それがいいわ。私たちもできることがあればなんでもするから。……だから、死んじゃダメよ」
「分かってる。父さんやローランとの約束を果たすまで私は死なないよ。もちろん、その後も」
有希が断言する。亜美さんはその言葉に喜んでるのに苦しそうという、矛盾したような顔をしていた。
「アーサー、有希姉ぇのこと頼んだからな」
葵さんが念を押すように言ってくる。あんまり分かりやすく仲良し! って感じじゃないけど、やっぱり姉のことは心配なんだな。
「任せて」
僕はその想いにしっかりと答えた。
「私からも頼むわね。……それじゃこれにて解散! 有希の一大事、みんなで乗り越えるわよ!」
お義母さんの音頭によって、家族会議はお開きになった。
「代わりに人生相談をしてほしい?」
そして次の日の放課後、円卓の騎士に一緒に向かおうというタイミングで有希が言ってきた。そういえば、今日は生徒会の仕事の日だっけ。
「僕と楓さんでやるの?」
「いえ、楓には荷物検査をしてもらうわ。私と一緒に仕事してるからなのか、ユキナミンさえあればおおよそ検討をつけることができるのよ」
「なるほど。なら──」
「どうした武藤? 困りごとか?」
「あ、田中くん。……そうだ。アーサーと一緒に人生相談手伝ってくれない?」
「いいぜ。任せろ」
「ありがとう」
「ちょ、ちょっと待って! いきなり急展開すぎる!」
僕はトントン拍子に進んでいく話に待ったをかける。
「ん? どしたん?」
「さっきの流れになんで割って入ってくるんだよ! せっかく有希からのお願いだってのに!」
「むしろ代役は俺の役目だったんだが? まず自分に話が来たことを誇るべきだろ」
「そ、そうなのか」
僕の新芽サイズの嫉妬心が引っこ抜かれる。そうだったのか。
「そういうわけだから、二人共にお願いするわね。……ごめんね、先に言っとけばよかった」
「外様の俺と生徒会所属してるアーサーなら、そっち優先すんのはおかしくないだろ。気にすんなって」
「ありがとう」
なんだろう。この二人のやり取りを見てると、自分がみみっちい存在に感じてしまう。
つか真人、お前はそれでいいのかよ。
「ところでよ、なんで今日は代わりを立てたんだ?」
生徒会室に向かう最中、世間話を切り出すような軽さで真人が尋ねてきた。
「実は有希の体調がまた悪くなってな。今はまだ然気がうまく使えないだけだが、少なくとも未来視を使った相談はできそうもないんだ」
「マジかよ。あのとき大変だったんだろ? 大丈夫か?」
「分からん。流石に隕石が来たらヤバイかもしれん」
「隕石って……冗談だよな?」
「これはオフレコだけどな……」
僕はルキウスから聞いたことを教える。あのときはなんとも思わなかったが、今になってその恐ろしさが背筋を這ってくる。
「とんでもねえな。つーか俺、知らないうちに宇宙人と交流してたのかよ」
「そうなる。……とにかく、気が抜けない状態なんだ」
「なんか対策してんのか?」
「カリッターで狩りメンに協力を要請してる。後、既に政府にも知れ渡ってるみたいだから、隕石の接近が見られたら教えてくれるそうだ」
僕は裕大から聞かされた話を思い出す。それにしても、この話をアイツはどこから仕入れたんだろうな? もしかしてあの茂みの物音がそうだったのか?
「なんというか、見守ることしかできなくて申し訳ねえ」
「いや、こちらこそすまない。無駄に不安を煽るようなことを言った」
「別にいいさ。こんな話、誰かに話さなきゃやってられないだろ。俺も微力だが力を貸すから、そんな顔をすんなよ」
「お前、本当にいい奴だな。恋敵である僕のためにそこまで……もっと自己主張してもいいんだぞ?」
「コレが俺なりの自己主張なんだ。数多の振られた男の一人になるぐらいなら、背中を押して友人として記憶に残る方を選ぶ」
「……お前、友人とか小っ恥ずかしいことよく言えるな。でもまあ、なんとなく分かる気がする。今まで何人にも告られてきたけど、大半は記憶に残ってない。けど反対に、今までさんざん遊んできた連中のことは今でも鮮明に思い出せる」
「そういうこと。だから、なんかあったら遠慮なく頼ってくれよな」
真人は肩を叩きながらグッドサインする。
だからそういうのやめろって。
「それでは、今日の人生相談を始めます」
そんなこんなで僕と真人は生徒会室の前にやって来た。が、明らかにがっかりといった様子である。的確なアドバイスをすることで有名な有希に対して、僕たちでは力不足だと思われているのだろう。事実そうだろうしな。
「まぁまぁ皆さん、後で武藤さんに内容は伝えておくから、まずは吐き出したいものをここで吐き出してってください」
しかし真人は気にしていない。おそらく似たようなことが何度もあったのだろう。手慣れている。
「じゃあまずは一人目、どうぞ」
そう言って僕は、一人目の相談者を案内した。
「それではお名前と相談内容をお願いします。あ、こっからは敬語じゃなくなるんで、そこんとこよろしく」
真人は最初の相談者である茶髪の女子生徒に促す。
「藤山聡美です。相談は今付き合ってる彼氏がいるんですけど、最近仲が悪くて。だから別れるべきかの判断を仰ぎたかったんです」
藤山さんはため息をつく。うーん、コレは下手なこと言えないな。僕には縁のない話だし。
「なるほどね。いつぐらいから悪くなったんだ?」
真人が藤山さんに質問する。
「つい一週間ぐらいです。こっちから話しかけても反応が上の空で。それで、もしかしたら嫌われたのかなって」
「で、どう話したらいいか分からずギクシャクしてると。……ちなみにその直近で何か変わったことはあったか? 例えば習いごとの大会があったとか」
「そう言えば、忌引きで休んでたことがありました。……もしかして、それが原因?」
「可能性はあると思うぜ。亡くなったのは彼氏とどういう関係の人だ?」
「聞いてないです。そういうの尋ねるのはイヤらしいかなって。尋ねたほうがいいでしょうか?」
「そうしたほうがいいと思うぞ。もしかしたらって思うと気になって仕方ないだろうし」
「それは……はい。やっぱり、聞いてみようと思います」
「そうしろそうしろ。でも言い方には注意な。心配してることを全面的に押し出していけ」
「やってみます」
「結果が分かったら教えてくれよ。それまでにこっちも武藤に聞いとくから」
「よろしくお願いします」
「他に聞いときたいことはあるか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
僕が口を挟む余地なく、藤山さんは生徒会室から出ていってしまった。
「なあ、これでよかったのか? 別れるべきかの判断まったくしてないぞ」
ようやく口を開いた僕は真人に尋ねる。
「大丈夫だろ。話を聞く限りでは冷めたとかそういう話ではなかったしな。気遣ったのが裏目に出たって所だな」
「なるほど。わりと身に覚えのある話だ」
僕は真人の言葉に、体育祭までのアレコレを思い出した。
「んじゃ二人目どうぞー」
真人が二人目の子を呼ぶ。その声に従って入ってきたのは、メガネをかけた男子生徒だった。どこか自信なさげな感じである。
「お名前と相談内容をどうぞ」
「僕は桐生翔一と言います。相談は、自分の容姿にコンプレックスがあって、それで、どうやったら解消できるのかアドバイスをもらおうと思って来ました」
「ほう、ずばりどこが?」
「正直言えば全部……だけど、特に顔をなんとかしたいです。アナタや、そっちの金髪の人みたいにイケメンになるにはどうしたらいいですか?」
「別に俺はイケメンって程でもないけどな」
真人は謙遜する。確かに目は二重じゃないけど、それ以外は整ってて悪くないと思うけどな。
「まあそれはいいとして。そうだなぁ、やっぱり手っ取り早いのは筋トレだろう」
「筋トレ、ですか?」
真人の答えに桐生くんが聞き返す。
「そう、やっぱり魅力的な男は筋肉ついてないとな。でよ、筋肉付けると男性ホルモンが出るだろ? そうすると顔つきも男っぽくなって魅力度がアップするんだ」
「筋トレするだけで顔もよくなるんですか?」
「なる。1年13組を知ってるか? あそこは死ぬほど男臭いが、みんな滅茶苦茶かっこいいだろ?」
「た、確かに……でも、筋トレってどうやったらいいんでしょうか?」
「やり方はいくつか考えられるが、最初は尻とか胸とかを低負荷で鍛えてくといいかな。まずはそれで燃焼効率を上げながら習慣化していくんだ。こういうのは継続が大事だからな。最初は膝ついての腕立てと、脚を横に開くスクワットをしてみるといい」
「分かりました。やってみようと思います!」
「効果については保証するぜ。俺も元は卑屈な性格だったんだ。けど、筋トレ始めてから自信持てるようになった。続ければ必ず結果は出る! 頑張れよ!」
「はい! ありがとうございます!」
男子生徒は天啓を得たみたいな顔で出ていった。実際、男は筋肉が付いてるかどうかでかなり魅力に違いがある。優太みたいに中性的とかでないなら、男らしさを育てたほうがいいだろうな。
……て、またもや何もアドバイスしてない! ここまでずっと座ってるだけじゃないか!
「真人、次は僕がやる」
「頼むぜ。俺たち二人で代役だからな。……それじゃあ次の人どうぞ!」
真人が次の人を呼ぶ。入ってきたのは、背の高いイケメン男子だった。髪は黒髪ウルフカットで、ピアスを両耳に付けて大人っぽさを演出している。
「それじゃあ、名前と相談内容を」
今度は僕が相談者に促していく。
「名前は林田陽介。相談内容は、コミュニケーションについてだ」
「コミュニケーション?」
「他人とどう接したらいいか分からん。特に同性」
「なるほどね。ここはイケメン男子のアーサーにご鞭撻のほど願おうか」
真人が話を振ってくる。コミュニケーションねぇ、正直僕もあまり自信はないな。ただ
「そうだな。やっぱり、バカやれるってのは大事だぞ」
「スマン。俺はどうしても、そういうのがダサく見えちまう」
陽介は開口一番に否定から入ってきた。
「それが原因だな。斜に構えるのはいいが、否定してばかりだと避けられることになる。相手を否定しないことはコミュニケーションにおいて大切なことだ」
「そうなのか?」
「そう。後は喋るときはオブラートに包むことだな。反射的に言葉に出す前に、その作業をすれば失言はだいぶ減らせるはずだ」
「それは違くないか? 思ったことを素直に話してこそ友情だろ?」
「その思ったことの言い方の問題だ。太ってる人に対して『デブ』って言うのと『力士になれる』って言うのとでは、与える印象が全然違うだろ?」
「確かに」
「そういうことだ。相手を否定しない、言い方に気をつける。これだけ意識していけ」
「分かった。恩に着る」
「これでいいか? もう少し具体的にアドバイスもできるぞ」
「いや、まずはその2つを意識してみる。あんまりいくつもあっても覚えきれないからな」
陽介はそう言い残すと、満足したのか生徒会室を出ていった。
ふう、ひとまずまともなアドバイスができただろう。これらの言葉はローレンスに叩き込まれたことだ。これで僕も世渡りしてきたのだから効果はあるはず。
「真人、どうだった?」
僕は一応、出来について真人に尋ねてみる。
「いいと思うぜ。最後のなんて、武藤が言いそうなことだしな」
「そうだといいが。それにしても、お前走るのは嫌がるくせに筋トレは毎日してんのな」
「だってよぉ、筋トレは目に見えて効果出てくるけど、ランニングは見た目に効果ないじゃん。それに今は一緒にしてんだからいいだろ」
「そうだな。……それで思い出したが、今日はランニングは3人で済ませてくれ。僕は護衛で有希たちの方に参加する」
「お前サラッと羨ましいこと言ってんじゃねえよ! 俺らも参加させろ! つーか終わったら頼みに行くわ! 武藤は円卓の騎士か?」
「そう。多分、メンバーに事情を話してるんじゃないかな」
「よし、そうと決まればサクサク進めてくぞ!」
「……妙にやる気だな。なんだかんだ、今も有希のこと好きなんだな」
「それもあるけど、どっちかつうと友達と集まって走るのが楽しそうだからだ。お前も言ってただろ? 馬鹿やるのは大事だって」
「お前、地味に恥ずかしいことをよくもまあ……」
「んだよ素直じゃねえな。こういうのはな、言葉にしないと伝わらないだろ? お前だって、有希には歯に浮くようなセリフ言いまくってんじゃねえか。俺からしたら、そっちのほうが恥ずかしい」
「ええい、黙れ黙れ! それとこれとは話が別なんだよ!」
「あの? 次の相談まだ?」
突然の言葉に僕たちはビックリする。声の方を見ると、女子生徒が扉から、覗き込むようにこちらを見ていた。
「あ、ああ、すまねえな。すぐ呼ぶから待っててくれ」
真人は少し慌てつつも女子生徒に適切に指示をする。
「仲良くするのはいいですけど、早くしてくださいね」
女子生徒は皮肉のつもりなのか、余計なことを言いながら扉を閉めた。
「別に、仲良くなんてしてない」
「はいはいツンデレツンデレ。とにかく終わったら武道場、いいな?」
「分かってるって。それから、僕はツンデレじゃないぞ」
「へいへい。それじゃあ次の人、もう大丈夫だから入ってきてくれ!」
こうして僕たちは、人生相談の後に武道場に行くことになった。
あと、繰り返し言うが僕はツンデレじゃない。
ただ有希への愛の言葉と違って、友人への言葉は少し照れくさいだけだ。




