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召喚の間では、魔法士たちが懸命に瘴気の浄化を試みていた。瘴気は幾分か和らいだようにも感じられたが、完全に抑え込むことはできずにいる。こればかりはどうにもならぬかとバレンシア公爵が考えていたとき、荒々しく扉を開いた者がいた。ディエゴ公爵である。
「一体何事か?先ほどの強い魔力は」
ディエゴ公爵は、魔力はさほど強くはないが、魔力の感知能力者の一人だった。バレンシア公爵はやはり来たかと思いつつ、嘘を織り交ぜて事の顛末を語った。
「それで、王は何と?」
「宰相である私に後を任されたました。とはいえ、ディオン様がお帰りにならなければ何も進みませぬ。せいぜい、この機に乗じて反旗を翻す者がいないか目を光らせるくらいのもの」
バレンシア公爵はディエゴ公爵をけん制するかのようにそう言った。
「確かに事が事だ。黒の剣についても、その瘴気にあたって倒れられた王についても、他の者には伏せておく必要があるだろうな。ましてや、ディオン様が単身で悪魔の国に乗り込んだとなれば……」
「妙な動きを見せる輩もあると言うことですな。特に軍部には知られてはならないでしょうし、民衆にもこの状況は決して明かしてはならない。ディエゴ様もくれぐれも他言なさらぬようお願いいたします」
「当然だ」
ディエゴ公爵は強く頷きながらも、その心の内では野心が頭をもたげていた。ディエゴ公爵は知っている。バレンシア公爵が、実はもともと農村部の子供で強い魔力を持っていたことから、バレンシア家に密かに養子として迎え入れられていたことに。だから、この機に乗じて何かを起こすとしたら、バレンシア公爵自身であろうと考えた。
(目を光らせねばならぬ相手は、目の前にいる)
そう思っているのはなにもディエゴ公爵だけではない。バレンシア公爵もまた同じことを思っていた。
「それで?これからどうするつもりだバレンシア」
「何も。ディオン様がお帰りになるまで待つだけです」
「王についてはどうするのだ。瘴気にあたってお倒れになったことを他の諸侯たちにどう伝えるつもりだ?」
「疲労が重なってお倒れになり、面会謝絶としておきましょう。緊急の案件は私がさばくまで」
「わかった。騒ぐ者があれば、わしからも助言をしておこう」
「よろしくお頼みいたします」
バレンシア公爵は深々と頭をさげた。ディエゴ公爵は、その姿を苦々しく思いながらも召喚の間を出て行った。
(さて、どう動くおつもりか……)
バレンシア公爵は、ディエゴ公爵が密かに軍部と通じることを予測していた。そうなれば、逆に第二王子派を一掃する理由ができる。もちろん、ディエゴ公爵も安易には動かないだろうとも思っていた。だが、バレンシア公爵の誤算は、すでにディオンが魔力を失い、失意のどん底にいることを知らないことであった。
ひかりの容体はすぐに回復に向かった。診察に訪れた医師も驚くほどである。とりあえず、薬師が疲労回復の薬を飲ませ、食事をとらせた。それから、湯あみをして体を綺麗にすると侍女が用意した若葉色のドレスに着替えた。久しぶりにドレスを身にまとったひかりは、少し落ち着かない気分だった。おずおずと寝室から出て行くと、黒の詰襟で正装したモビリオが微笑んでいた。
「変じゃないかな?」
「いや、とても似合っている」
「あ、ありがとう」
ひかりは頬を染めてお礼をいった。白の剣は、赤のショールに包み、しっかりと手にしていた。
「もう少し休むか?」
「ううん、行くわ。みんなにお礼を言わなきゃ。それに、これからのこともちゃんと話さないといけないし」
「そうだな。では、行こう」
モビリオは右腕をすっと出す。ひかりは、その腕に左手をそっと絡めて、二人はレクサスの執務室に向かった。ゆっくり歩きながら二人は、ディオンについて話した。
「とにかく、トリビスタンに帰さないわけにはいかないが……」
モビリオはひかりに行かせたくはなかった。それを察したひかりは大丈夫よと言った。
「送り届けたらすぐに戻って来るわ」
「ほんとうに、苦労ばかりかけてすまない」
「あやまらないで、モビリオは何も悪くないわ」
「だが……」
「いいの。ディオンにはこの国にいてほしくないし、モビリオには自由でいて欲しいもの」
「ありがとう。ヒカリ」
ひかりは、お礼なんていいのになとおもったけれど、口には出さなかった。
「それで、その俺は本当に一緒にいかなくていいのか?」
「うん、だってモビリオが戻れば、絶対王様にしようとする人たちが動き出すわ。そしたら、内乱が起こるでしょ。そうなったら、一般人だって巻き込まれちゃうわ」
「確かにそうだ。だが……」
心配そうにモビリオはひかりを見つめる。
「大丈夫。きっとみんなが協力してくれるわ。とにかく、黒の剣もこの白の剣も破壊しなくちゃ。それにトリビスタンのことは、トリビスタンの人たちがちゃんと考えなきゃだめだと思うし、王家や貴族の問題はディオンが責任を取るべきだわ」
「傀儡の王になる可能性は高いが、そうならない方法もあるだろう。そこはディオン次第ということか……」
「うん、その辺もちゃんと話し合わないとね。何も解決しないしね」
「ヒカリはすごいな」
「そんなことないよ。あたし、紫音にはひどいことしたし、自分の弱さも嫌ってほどわかったもの。だったら、せっかくワゴニア様が授けてくれた力でできることをするだけだわ」
そうかとモビリオは、微笑んだ。
紫音たちはとりあえず、軽い食事をとることにした。レクサスは侍女を呼んでディオンにも食事をだすように言った。そして、とりあえず食堂へと向かおうとしたとき、部屋の扉をノックする者がいた。レクサスがはいれというと、ひかりとモビリオが失礼しますと言って入ってきた。
「ひかり!もう起きて大丈夫なの?」
真っ先に紫音は、ひかりに駆け寄って不安そうな顔をした。ひかりは、うんと小さく頷く。
「ごめんね。紫音。なんていっていいかわからないけど、ありがとう」
ひかりは、照れくさそうに小さく微笑むと、紫音はひかりをぎゅっと抱きしめて言った。
「無事でよかった」
それは心底安心した声だった。そして、すぐに体を離すと食事はしたのと聞く。ひかりは、回復薬も飲んだし、食事をしたことも話した。
「紫音は?」
「いまから、軽く何か食べようって話してたところよ。あ、モビリオさんは食事は済んだんですか?」
「いえ、まだです」
「それじゃあ、みんなで食堂にいきましょう」
紫音がそう提案すると、レクサスが食堂はやめておこうと言い出した。
「え?どうして」
「今頃、師団の連中があつまっているだろう。モビリオの戦いぶりをかなり興奮気味でみていたからな。手荒な歓迎しかされない。それより、ここに食事を運ばせよう。そのほうがこれからのことも話しやすい。二人ともそのために来たんだろう?」
そういわれて、ひかりとモビリオは、はいと頷いた。すぐにアプローズが食堂へと降りて行った。食堂ではレクサスが言った通り、師団の連中が騒いでいた。
「人間ってつえぇよな」
「つえぇったって、レクサス様にはかなわねぇよ」
「あら、あたしたちだって敵わないかもよ」
「そんなことは……団長!」
その一言で場が静まり返った。アプローズはにこやかに笑って言う。
「今日のことは口外無用。そのかわり、夕食まで好きにしていいわよ。ただし、無用な喧嘩をしたやつはあとでおしおきするからね」
その言葉に、全員が黙って頷いた。顔が引きつっているのは、アプローズの仕置きがそうとうに恐ろしいのなのであろう。アプローズはそれを見て、満足げに笑うと厨房へ入った。
厨房では夕食の準備に追われていたが、ティーノはすぐにアプローズに気がついた。
「ヒカリちゃんの具合はどうなんだ?一応食事は出したんだが」
「もう回復していて元気よ」
「そうか、それはよかった。で?ご注文は何だい?」
「レクサス様の執務室に軽食を六人分用意してほしいの。忙しいところ悪いんだけど」
「問題ないよ。適当に何かもっていくから、待ってな」
「ありがとう」
ティーノはうれしそうに任せろと言った。アプローズもうれしそうに頷いて厨房を後にした。
そのころ、執務室ではひかりと紫音が今までの出来事を円卓に座って話していた。だが、紫音の隣に座っているレクサスにも、ひかりの隣に座っているモビリオにも二人が何を話しているのかさっぱりわからなかった。もちろん、三人の向かい側に座っているカムリも首を傾げていた。さすがにしびれをきらしたのか、レクサスが言う。
「お前たちいったい何を話しているんだ?」
「え?何って今までのことだけど……」
紫音は不思議そうに答えた。別に言葉を変えたつもりはない。てっきり、レクサスたちにも聞こえているものだと思っていた。ひかりも、モビリオに尋ねる。
「あたしたちの話の内容ってわからなかった?」
「全く分からなかった。はじめて耳にする言葉で二人は話していたぞ」
ひかりと紫音は互いに驚いて見つめあう。そしてまた、二人だけで話し始めた。
「もしかして、あたしたち二人だけだと日本語になっちゃうのかな」
「そうなんじゃないかな。だとしたら、ちゃんと何を話していたか説明しないといけないね」
ひかりがそう言うと、紫音はいたずらっ子のように目を輝かせて待ってと言った。
「本当にわからないか試してみようよ」
「え?どうやって」
紫音はひかりに耳打ちした。ひかりの頬が朱を刷いたように赤くなる。
「今ここで言うの。それ……」
「そう、あたしも言うからやってみようよ。ね」
「わ、わかった。えっとね。あたしはモビリオが大好きなの」
「あたしはレクサスが大嫌いなの」
「あ、ずるい!紫音。ちゃんと大好きって言わなきゃ」
えへへと紫音は笑った。
「今、俺とモビリオのことを言っていたようだが、なんと言ったんだ?」
やはり、ひかりとの間では日本語になっていると紫音は確信し、レクサスに内緒と言って微笑んだ。レクサスは不機嫌な顔になる。
「もう、別に悪口とか言ってないから拗ねないでよね」
「別に拗ねてない」
「嘘、拗ねてる。ね、カムリさん」
「そだねぇ。でも、本当はなんて言ったんだいって俺が聞いても内緒かなぁ」
「うん、内緒」
紫音は楽しそうに笑った。その隣で、ひかりもモビリオを見て、顔を赤くしながらもごもごと話を濁していた。モビリオは優しくひかりの頭を撫でて気にしなくていいと言った。ひかりはごめんねと小さくつぶやいた。




