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 思い切り泣きじゃくった紫音は、そのまま眠ってしまった。レクサスは、そっとベッドに寝かしつけて寝室を出る。そして、ソファーに身を沈めてカムリの帰りを待った。ひかりたちがトリビスタンに向かったとき、彼にこっそりついていかせたのだ。事の顛末を見届けるさせるつもりで。

(さて、どうなるか……)

 レクサスは、ゆっくりと紅茶を飲みながら、カムリを待つ。二時間ぐらいたったころ、目を覚ました紫音が起きて寝室からでてきた。不機嫌そうな顔でレクサスを見ている。レクサスは、声を殺してわらいながら、バスルームに行って来いと言った。紫音は、むくれっつらでバスルームに入ると、ぎゃっという声をあげた。目が腫れてひどい顔になっている。慌てて、顔を洗ったがすぐに腫れはひかない。だからと言ってバスルームにこもるわけにもいかず、そのままの顔でレクサスのいる部屋に戻った。レクサスは来いと手を差し出す。紫音は、膨れっ面のまま、レクサスの隣に座ったら抱き寄せられて、瞼にキスの雨をふらされた。

「元に戻ったぞ」

ついでに機嫌も治せと頭を撫でられる。そこへノックもなくカムリがするりと入ってきた。その顔にいつものおちゃらけた雰囲気がない。黒いシャツを着ていて気がつかなかったけれど、肩のあたりから血の匂いがした。

「怪我をしたのか」

「ああ、大した怪我じゃないけどね」

そういいつつもレクサスの側に行く。レクサスは魔法で傷を癒した。

「ありがと。あー痛かった」

 そう言った軽口もいつもより硬い。

「何があった?」

レクサスは話すように促す。

「王様が幽閉された。それから白の剣ってやつを王太子君が手に入れたよ。なんか物凄い力があるみたいでさ。王太子君、レクサス様を倒すぞって意気込んでた。で、転移してヒカリちゃんを攫おうって魂胆なんだな。これが。で、ヒカリちゃんの具合は?」

「傷はふさいだが、意識がない状態だ。その白の剣に魔力を奪われているせいでな」

 レクサスは、紫音の手をつかんで立ち上がる。紫音は引き上げられるようにソファーから立ち上がった。そして、レクサスは二人をともなって貴賓室に転移した。紫音の手を離すと、まっすぐに寝室に向かい、ノックした。

 ノックの音にはっとしたモビリオは、あわててどうぞと声をかけた。

(眠っていたのか、俺は……)

 モビリオは軽く目元を拭っていると、邪魔するぞと言ってレクサスが入ってきた。

「何かわかったんですか?」というモビリオの問いにレクサスが頷く。

「白の剣をもって王太子がここへ来るらしい。誰もヒカリに触れられないように結界を張るから離れろ」

 そういわれたモビリオは、ぎゅっとヒカリの手を握り、一呼吸おいて手を離す。そしてレクサスの背後に立った。キンッという金属音が聞こえたので、モビリオは思わずひかりに手を伸ばす。だが、それは軽くはじかれた。見えない壁が、彼女を守っている。モビリオは安堵した。

 これでディオンがやってきてもひかりに触れることはできない。そうなればきっと、自分を殺そうとするだろうとモビリオは思った。その思いをレクサスに見抜かれたのか、こちらも準備をしようと言われ、寝室を後にした。

 寝室の前でオロオロしていた紫音をそっと抱きしめ、レクサスは結界を張ったから心配ないと囁いた。

「これから、どうなるの?」

「向こうの出方次第だな」

 そう言われて紫音は、ぐっと体に力をいれた。何があっても、絶対にひかりを守ると心に決めて。

「武器が必要だな。カムリ」

 カムリは頷いてすぐに部屋をあとにした。


 カムリから事情を聞いたアプローズは、隊舎の武器庫に入り一番丈夫な魔法剣を手に取った。

「これなら、きっと簡単に手折られることもないわ。後は、鎧と盾ね」

「鎧はない方がいいと思うよ」

「どうして?向こうも装備してくるんじゃないの?」

「身軽にしていた方がいいし、レクサス様のことだから守護の魔法をかけるはずさ」

「なるほど。いいわ。でも盾は必要ね。一番軽くて丈夫なのは……」

 アプローズは、いくつかの盾を手にして、その中から一番軽く丈夫な物を選んだ。そして、その盾に魔法をかける。

「これで魔法剣を受け止められるはずよ」

「さすがアプローズだね」

「褒めてもなにもでないわよ。さあ、急ぎましょう」

二人は剣と盾を持って、王宮に戻った。


 ひかりは夢の中でもがいていた。ほんの少し前まで、過去の自分を見つめていたひかりは、今度は別のことを感じ取るようになっていた。それは白の剣を手にしたディオンがモビリオを殺そうとしていることだ。魔力を吸われて、意識がつながっている感覚が徐々に明瞭になっていく。そんなさなか、何度やめてと叫んでもディオンには聞こえない。逆に、ディオンのモビリオに対する憎悪は否応なく伝わってくるのだ。ひかりは、嫌だと思った。自分の力を利用されることには多少の腹立たしさはあったが、それ以上にモビリオが傷つくのが嫌だった。この現状をどうにかして知らせなければと思うけれど、見えている風景はディオンの目を通した風景だった。着々と戦闘の準備をするディオン達。ただ、一つだけ救いなのはディオンだけが単身で乗り込んでくると言うことだった。多くの兵士をつれてこられたら、レクサスの城が戦場と化してしまう。そうなれば、魔法の使えない鬼人たちはたくさんの傷を負うだけでなく、死ぬことさえあるだろうとひかりは思っていた。戦争は嫌だ。人が死ぬのは嫌だ。なのに、どうして自分は見ているだけしかできないのだろう。無限の魔力。それを今こそ使い、ディオンを阻止しなければならないのに。ただ、魔力は流れていく。吸い取られていく。その感覚だけが、はっきりとわかるだけでその力をコントロールすることができない悔しさは、まるでクモの糸に引っかかった羽虫のようだ。せめて、ディオンが来ることだけでも伝えられたらと、ひかりはひたすらもがくばかりだった。


 そんな彼女の思いを知ってか知らずか、モビリオは自分の怒りを抑えようとしていた。ひかりをこんな目に合わせてしまった後悔と、ディオンが単身で乗り込んでくることの意味。自分への怒りと兄への怒り。それをしずめなければ、たとえ一度も負けたことのない相手であっても油断はできない。ディオンには無限の魔力がある。頭を冷静にして、対処しなければひかりを守ることはできないとモビリオは知っている。戦場で冷静さを欠けば、死に至ることを熟知しているからだった。

「戦いを知っている者は、己を知っているとはよくいったものだな」

レクサスがぼそりとつぶやく。モビリオは、ふっと力が抜けたように感じた。

「俺はあまり戦いと言うものを知らない。もし、これがシオンの身に起きたことなら国を捨ててでも何かせずにはいられなかっただろう。だが、お前は違うな。たぶん、そのほうがいい」

「俺は戦いしか知らない人間です。初めて守りたい人ができた。だから、余計に冷静さを欠いてはいけない気がするんです。本音を言えば、怒りで気が狂いそうだ」

「そうか。だったら、全力で守り切ればいい。武器の手配をした。鎧は邪魔だろうから、守護の魔法をかけておこう」

「いえ、これは俺とディオンの問題です。貴方の手を煩わせるわけには……」

レクサスはモビリオの言葉を最後まで聞かずに、さっと守護の魔法をかけた。

「お前が傷つけばヒカリが泣く。ヒカリが泣いたら、シオンが怒る。これは俺のエゴだ」

「……ありがとうございます」

礼などいらぬとレクサスは言った。そこへ武器をもったアプローズとカムリがやってきた。それを見て紫音はますます不安になる。レクサスはひかりの周りに結界を張ったと言ったが、はたしてその結界は無限の魔力の前に破られることはないのだろうか。

「相手は無限の魔力を持っているんでしょ?」

「ああ、だが魔力が強くとも、うまくコントロールできるとは限らない。ヒカリだからこそ使えた魔力だ」

レクサスはそういうと紫音の頭を優しく撫でて落ち着かせた。

「守護の魔法はかけたの?」とアプローズが尋ねるとレクサスは頷く。

「じゃあ、剣と盾で十分ね。モビリオ君」

アプローズはにこりと笑った。モビリオは生真面目な表情でありがとうございますと頭を下げた。

紫音は少し考えていた。このまま、モビリオとトリビスタンからやってくるという王太子を戦わせていいのだろうかと。ひかりだったら、きっと止めようとするんじゃないか。そんな気がして仕方がなかった。

「やっぱり、あたし、トリビスタンに行ってくる」

「どうしてだ?シオン」

レクサスは内心嫌な予感を感じながらも、落ち着いて話を聞く。

「だって、黒の剣さえ壊してしまえばいいはずでしょ。あたしなら、転移して破壊してくることだってできるかもしれないし、何も命がけで兄弟が戦う必要はないと思う。ひかりだってきっとそう思ってる気がするの」

レクサスは、紫音をそっと抱きしめて言った。

「確かにできないことではない。だが、俺はシオンを危険な目に合わせたくない。モビリオは守りたい者を守るために戦うんだ。どうしても、黒の剣を壊さなければヒカリが目覚めないのであれば、そのときはシオンがしたいようにしていい。だが、今は待ってくれ」

「でも……」

「大丈夫だ。おそらく白の剣さえ奪えれば、ヒカリは目覚めるだろう。黒の剣が吸収した魔力を白の剣に集めているのであれば、白の剣を奪ってヒカリに持たせれば、魔力は戻ってくるはずだ」

「だけど、それでも戦ってほしくないってあたしだったら思う。レクサスが誰かと戦って怪我をするのは嫌。ひかりがうなされているのは何かを感じ取っているんだと思うの。ねぇ、この戦いはどうしてもやらなければならないことなの?」

紫音の必死の訴えに答えたのはモビリオだった。

「お気遣いはありがたいが、俺はこの手でヒカリを守りたいんです。ディオンともいつかは決着をつけなければならない。これは俺の意思です」

そう言われて紫音は、小さなため息をついた。

「ひかりが怪我をして、あなたと共にこの国に来た時、あたし思ったんです。ひかりだってあなたを守りたいんだって。その気持ちだけは分かってほしい」

 ひかりはきっとモビリオのことが好きなのだ。だから命がけでこの国に戻ったんだと紫音は思った。

「俺はもう彼女に救われている。せめて、今度はこの手で彼女を救いたいんです。お願いです」

「……わかりました。でも、絶対に死なないでください。それとお兄さんを殺さないでください。無茶な言い分だとは思うけれど、白の剣を手に入れることだけ考えてほしいの」

「あなたはやさしい。ヒカリもきっとあなたと同じことを言うでしょう。約束します。死なず、殺さず剣だけを奪うことを」

「ごめんなさい。本当に無茶を言って……」

いいえとモビリオは首を振り、レクサスは項垂れる紫音の頭を優しく撫でた。

アプローズは茶化すように言った。

「単身で乗り込んでくるなんて、よほどの自信家ね」

「そりゃ、無限の魔力が手に入ったんだから、天狗にもなるさぁ」

カムリもアプローズの気持ちを察して軽い口調でそう言った。

「団体様で来たところで、うちの精鋭部隊が蹴散らすから心配はいらないわよ。シオンちゃん」

「そうそう。誰がどんな形で来たってヒカリちゃんは、守れるよぉ。レクサス様の結界は頑強だからね」

紫音は二人にも励まされ、これから起こることには余計な口を挟まないことにした。レクサスを信じよう、モビリオを信じよう、そう思って頷く。アプローズとカムリは、余裕のある笑顔を紫音に向けた。

(あたしだけじゃない。みんながヒカリを守ろうとしてくれているんだ)

そう思ったら、不安はすっと消えて行った。


 ディオンは自分の中に流れ込んでくる力に歓喜した。この力さえあれば、同盟国でさえ蹴散らすことができるだろう。まずは、モビリオを倒し、悪魔の首を持ち帰り、自分が英雄にならなければならないと思った。そうすれば、求心力の衰えた王家は復活する。何よりも単身で乗り込むことで、バレンシア公爵の政治的な介入も防げる。真の王としてこの国を強化していくことも、夢ではないとディオンは確信していた。ずっと胸の奥でくすぶっていた闘争心に火がともる。ディオンはこれから何もかもうまくいくと心から信じ切っていた。

 一方で、バレンシア公爵はディオンの性格を熟知していた。今まで陰でモビリオと比較されてきて、王位継承者第一位でありながら、必死で不安と不満を隠してきた人間だ。例え、大きな力を手に入れても、その鬱屈した心には隙がある。バレンシア公爵は、娘のシルフィを溺愛し手に入れただけで、ディオンは有頂天になったことを、昨日のことのように思い出していた。

 その上、王と言う椅子を用意したことでディオンはさらに増長するだろう。だが、政治に対してすぐに飽きる。ディオンは享楽的な一面も持っているのだ。それをうまく御せなければ、今、自分がしていることは、国益にならないとバレンシア公爵は、考えていた。

 ディオンもバレンシア公爵もそれぞれの思いを内に秘め、戦いの準備に入った。

 ディオンは、銀の鎧をまとった。鎧には魔法除けの石が飾りのように埋め込まれている。

「少し動きにくい気がするが……」

「御身を守る大事な鎧でございます。慣れれば気にはなりますまい」

 そういうものかとディオンは、首を傾げた。バレンシア公爵は、ディオンの魔力が上がったからと言って油断する気はなかった。モビリオの勇猛ぶりはよく知っているし、ディオンは全く戦いに出たことがない。実践を知らない者がそう簡単にモビリオを打ち負かせるとは思ってはいなかった。

(どんなに魔力が強かろうとも、剣を使う以上そう簡単にはいくまい)

 できれば、数人でも兵士を伴ってもらいたいものだが、今のディオンの耳にはただの嫌味にしか聞こえないだろうとバレンシア公爵は思っていた。


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