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食堂に着くと、プレオネスタのお付きと護衛が渋い顔をした。そこには大きな木のテーブルと背もたれのない簡素な椅子が無数に並んでいる。まるで、庶民の食堂のようだと彼らは思った。プレオネスタは、お付きと護衛に面倒くさそうに説明した。
「言いたいことはわかるが、まあ、大人しくしていろ。この国にはこの国の作法がある。我が国とは違ってな。王も民も同じものを食べるのがこの国のしきたりだ」
お付きと護衛は、王にそういわれては反論はできない。とりあえず、席につく。レクサスの隣に紫音。対面に、プレオネスタ。隣の席にお付きと護衛が座った。
「別に同席してもかまわんのだがな」
プレオネスタはため息交じりに苦笑を浮かべる。すると、ティーノが食堂からでてきて、久しぶりだなと声をかけた。
「お前も相変わらずだな。悪いが何か食わせてくれ」
「もちろんだ。といっても、いつもの四品だけどな。あっちの三人は不満そうだがいいのか?」
「かまわん。郷に入っては郷に従えだ。異文化を知るいい機会だ」
ティーノは了解と言って紫音におかえりと言った。
「ただいまです。あたしはお昼はいただいてきたので飲み物をお願いします」
「そっか。じゃあ、デザートをつけよう。レクサスは?」
「コーヒーでいい」
ティーノは頷いてすぐに厨房へ戻ったかと思うと、すぐに三人の部下とともに食事を運んできた。全員の前に食事が並ぶとティーノは、簡単な説明をした。
「メインは鶏の胸肉の蒸し焼きに玉ねぎのドレッシングつき。サラダはラディッシュと葉物野菜のオリーブ和え、スープはコンソメ、デザートはプリンだ。食後にコーヒーか紅茶をもってくるから」
そう言って、すぐに厨房へともどった。紫音は、テーブルに乗っているでっかいプリンに驚いている。どう見ても大人の拳四つ分はある。普段のデザートとは大きさが違っている。プレオネスタの方を見ると、デザート以外は、いつも紫音が食べている量よりすこしおおめと言った感じだ。
「特大デザートだな。まあ、この量がここの普通だから仕方がないが」とプレオネスタは苦笑した。それを補足するように、レクサスが紫音に言った。
「シオンの食事量は普段の量の四分の一だからな。さすがにプリンはすぐに小さくするのは無理だ。残して構わないから、食べられるだけにしておけ」
紫音はこくんと頷いた。
「では、いただくとしよう」
そう言ってプレオネスタは食事に手を付けた。それを見たお付きと護衛も食事を始める。食事をしながらプレオネスタはレクサスに話しかける。
「シオンは相当の魔力の持ち主のようだな」
「ああ、俺と大差ない」
「なのに、転移の魔法が使えないのはなんでだ?」
「まだ、教えていない」
「まさか、お前が教えているのか?」
「ああ」
プレオネスタはニヤニヤと笑った。
「何を笑っている?」
「いや、お前もそんなに暇じゃないだろう。どうだ?俺のところで魔法修行をさせるのは」
「却下だ。もう、ナイトメイアに行かせる気はない」
レクサスは少しむすっとする。紫音は、ちらっとレクサスを見た。何かに怒っているような感じがする。自分が戻ってくるのが遅かったからかと心配になった。
「シオン、どうした?」
「あの、ごめんなさい。帰るの遅くなっちゃって……」
「お前が謝ることはない。それにもう、どこにもいかないでいてくれればそれでいい」
レクサスはかすかに笑って、紫音の髪を撫でた。紫音は、頬が赤らむのを感じた。それを見ていたプレオネスタは、やはりニヤニヤと笑った。
(どうやら、レクサスはシオンが伴侶だと言う自覚がなかったようだな。通りであっさり、我が国に送り出したというわけか)
「それより、シオンがいない間に伴侶は現れなかったのか?」
プレオネスタは、わざわざそんなことを言う。
「俺の伴侶はシオンだ。それ以外にはいない」
レクサスはあっさりとそう宣言した。
「離れている間に自覚したか」
「まあな」
紫音は、真っ赤になった。
「おやおや、シオンも自覚したようだな」
「え?いや、あの……えっと……」
何と答えればいいのだろうと紫音が慌てていると、レクサスが耳元で後で聞かせてくれと囁いた。紫音は心臓が跳ねて口から飛び出すかと思ったが、とにかく頷いて目の前のプリンに気持ちをそらせた。恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちでいっぱいになるが、人前で告白というのはずるい気がした。
プレオネスタは、初々しさに苦笑いをしながら言った。
「とりあえず、食料はアベンシスの城にでも運び込んでくれ」
「わかった。内乱の方はケリはついたのか」
「ああ、あとは残党狩りくらいだがな。政治というのは腐敗するのが常だ。お前のところのようにはいかないものさ」
「そういうものか?」
「そういうものだ」
レクサスにはあまりしっくりこない話だが、学者たちなら興味を持つだろうと思い、そのことについて話を進める。
「うちの学者たちが、ぜひナイトメイアのことを知りたいと言ってきた。落ち着いたら、派遣しようと思うが受け入れてくれるか?」
「ああ、まあ半年待ってくれればな。こちらからも、要人を派遣するからお前のところの政治制度を学ばせてみてくれ」
プリンに集中していた紫音が不意に大使館みたいなものをつくるのとレクサスにたずねた。
「大使館?」
レクサスとプレオネスタが問い返す。問い返されて戸惑いつつも紫音は知っていることを話した。
「えっと……なんて言えばいいのかな。クリムゾンの中に小さなナイトメイアがあるっていうか。国の代表者が住んでる場所を作って、その国からやってきた人たちを犯罪や天災から守ったり、逆に罰したり……国同士法律が違うでしょ。例えば、ナイトメイアの人が犯罪を犯したとき、クリムゾンの法律で百叩きにしたら、死んじゃうし、被害者になったら助けが必要になるでしょ。他にも、国同士での微調整みたいなものが必要なときに、使者を派遣してやり取りするより便利っていうか……」
紫音は、自分でもちゃんと説明できているかわからなくなって、言葉はしりすぼみした。
「なるほど。それはいい考えだな。互いに代表者の住む場所を作り、もめ事を処理するというわけか。それなら、半年かけてその大使館とやらを王都に作ってしまおう。レクサス、お前はどう思う?」
「名案だな。今回のように紫音や三長老を派遣する必要はなくなる。議会に話をつけてこちらも準備をするとしよう」
紫音は、うまく伝わったようで安心した。
モビリオとひかりは、とりあえずディオンの執務室で休むことになった。その間に王たちは会議を再開させた。モビリオとひかりは、シルフィがもてなしていた。自ら紅茶を入れ、二人に進める。
「聖女様には感謝してもしきれませんわ」とシルフィは微笑む。
「あたしはもう聖女じゃないわ。呼ぶならひかりって呼んで」
ひかりは、あんなに憎たらしいと思っていたシルフィに何も感じなかった。むしろ、これから国を背負っていくのだから、きっと大変なんだろうと思う。とりあえず、紅茶を口にした。かすかな花の香りがして砂糖を入れていないのに甘みを感じる。
「この紅茶、おいしいわね」
「気に入っていただけて嬉しいですわ。茶葉にバラの香りと甘みを加えた特製の紅茶ですの。わたくしのお気に入りなんです」
「フレーバーティね」
「フレーバーティ?」
モビリオが紅茶を飲みながら問い返す。
「あたしの世界ではそういうの。花の香とか柑橘系の香りを紅茶に加えることをね」
「まあ、それは素敵ですわね。紅茶商会にもっといろいろな香りを楽しめるものを作らせれば、産業の一つにもなりましょう」
「この国には産業が少ないの?」
「ええ、ただ紅茶は良質の茶葉が手に入りますので、同盟国への輸出品目の一つでもありますわ」
「他の産業で輸出するものって何?」
「おもに農産物ですね。他には家畜や肥料などがありますわ」
「へぇ、じゃあ同盟国からは何を輸入してるの?」
「薬になる希少な魔法石や魔法道具が主なものになります」
そうなのとひかりはモビリオにたずねた。モビリオは頷く。
「タリアテッレとは土地をめぐる争いが絶えなかったんだが、三世代前の王たちが、同盟を結んだことで交流が活発になった。だが、近頃は別の国と通商条約を結んで食料の輸入をそちらから受けているらしい」
「へぇ、ならそのタリアテッレに援助を求めればよかったんじゃないの?」
「もちろん陛下はそうなさいました。けれど、返信の内容にお怒りになられたと聞いています」
シルフィが答えた。
「だから、聖女召喚?それって少し短絡的すぎない?」
ひかりは首を傾げる。シルフィはいいえと答えた。
「モビリオ様のおっしゃるようにタリアテッレは、他国との貿易を重視し、我が国を軽視したのです。それを考えれば、陛下のお取りになった行動は間違えであったとはいえません。ただ、それが以外にも道がなかったのかといえば、そうではなかったのでしょうけれど」
シルフィは、そこで言葉を呑み込んだ。そして、心の中でつぶやく。その道を誰も示せなかったのだ、父でさえもと自嘲気味に微笑む。
「わたくしは、それでよかったのではないかと思うのです。もし、陛下が怒りの感情でタリアテッレに宣戦布告をしていたら、こちらに勝ち目があったかどうか難しい。そうでしょう?モビリオ様」
「ああ、戦力は五分五分だからな。食料不足を抱えている分、こちらが不利になる」
モビリオの言葉に、シルフィは頷きながらも、負けるといわない軍人の性に内心では辟易していた。
「ヒカリ様。おかげさまでトリビスタンは救われました。心から感謝いたしますわ」
シルフィはまばゆうばかりの笑顔をひかりにむける。ひかりはひどく恥ずかしくなって、いいわよ、別にと突っぱねるような口調で謝意を蹴った。そして思う。ディオンに恋をしたのではないと。お姫様のように大事にされて浮かれていただけなんだと。
(ああ、恥ずかしい!)
ひかりは、気を紛らわせるように一気に紅茶を飲みほした。
プレオネスタたちは、食事を終えるとすぐに帰国した。レクサスは、紫音を連れて執務室に向かう。手を引かれて歩いている間、紫音はどう答えたらいいのか悩んでいた。悩んでいる間に執務室に入ってしまった。
(どうしよう……伴侶ってつまり結婚するってことだよね)
レクサスはすっと優しく紫音を抱きしめて囁いた。
「片恋でもいい。今は側にいてくれないか?」
「片恋って何?鬼人は伴侶を見つけたら、そのまま結婚しちゃうんじゃないの?」
「たまにだが、相手に受け入れられないことがあるんだ。特に人種が違う場合はな」
紫音はそう言われて胸が軋んだ。だから、ゆっくりと答える。
「あのね。あたし、レクサスのこと好きだよ。ただ、まだこの国のこともよくわかってないし、成人してないし……うまく言えないけど結婚っていうことが想像できないの」
「成人していない?シオンの世界ではいつが成人なんだ?」
「二十歳。あと三年後。えっと、だから結婚とか実感わかないの。ごめんなさい」
レクサスは、そっと紫音の頬を撫でてあやまることなどないと微笑んだ。どこか切なそうなその表情に紫音の胸はぎゅっと痛くなる。
「あのね、その……う、うまく言えないけどもっとちゃんとレクサスのこと知りたいの。時間が欲しいっていうか……」
「心配するな。無理はいわない。今は側にいてくれ。シオンがいなくて、とても寂しかったんだ」
紫音の頬に優しいキスが落ちる。
「レクサス……」
紫音は、そんなレクサスのやさしさに泣きそうになった。そして、恋愛結婚した両親のことが頭をかすめる。
(そっか、あたし、怖いんだ。お父さんとお母さんみたいになるのが……)
そう思うと胸のつかえがとれた気がした。紫音は、不意にレクサスが愛しくてたまらなくなった。気がついたら、背伸びして自分からレクサスにキスをしていた。
「シオン……」
「あ、えっと……そ、そういえば、ひかりが来たって本当?」
紫音は自分のしたことに赤面しながら、話をそらせた。レクサスは紫音の手を引いて、そっとソファーに座らせた。そして、ひかりたちがどういう目的でどうやってレクサスに会ったのかゆっくりと話して聞かせた。
「そうだったの。それで、食料をトリビスタンにあげたのね」
「ああ、議会も承認してくれたのでな。嫌だったか?」
「そんなことないよ。あたしが嫌いなのは王様だもの。トリビスタンで苦しんでる人たちじゃないわ。ただ、ひかりには会いたいかも。少し話をしてみたい」
「礼をすると言っていたから、きっとまた来るだろう。そのときにゆっくり話せばいい」
紫音はそうだねと答えた。会って何を話したいのかわからないけれど、以前のおとなしかったひかりとは違うような気がした。そして、何か変わったのだろうかと思った。そんな紫音の頭をレクサスの手が優しく撫でている。紫音は、レクサスに寄りかかりゆっくりと微睡に落ちていった。




