ノアの心内
年季の入った看板で文字は消えかかっているが、ムーンアンドスターがこの店の名前だ。
ミハイルは観音開きの扉を右手で押し開けると薄暗い店内から声が聞こえてきた。
「ごめんなさいお客さん、もう閉店の時間なんで――」ひょこっと机の影からから出てきたのは栗色の髪色のショートカットのノア・アーカイムだった。ミハイルの顔を見たとたん大声で叫んだ。
「あーー!! 指名手配犯!!!」
「うるせえぞノア! でけえ声出すんじゃねー! 店長はいないのか」
「今まで何してたんだ! バカ野朗!」
「あぁ!? 仕方ねぇだろ。店長はどこにいるのか聞いてんだ! さっさと言え!」
「……奥、にいるよ……」
ノアはうつむいたまま、つぶやくように答えた。
ミハイルがノアの横を通り抜け、数歩歩いたときだった。シャツの後ろすそを引っ張られた。立ち止まり、一言言おうとしたときうつむいていたノアの顔がふっと上がった。怒っているような表情にミハイルは驚愕した。涙を溜め込んだ大きな瞳は、今にも決壊してしまいそうだった。どこか頬がやつれている、そんな気がした。
「ミハイルがなんでか指名手配犯になってるし、いなくなっちゃうし……」
先ほどの怒声とは違う消えて無くなってしまいそうな声だった。
「心配したんだぞ、バカ……」
ノアが倒れ掛かってくるかのようにミハイルの胸に寄りかかってくる。バラの香水の匂いがほんのりと風に乗ってくる。両手を後ろに回すと予想以上に身体の腺が細く、背中のところどころに骨の硬さが分かるようになっていることに気づいた。
この店に来なくなってから一週間近く、たったそれだけでか? そんなにオレのことを心配してくれてたのか……。ミハイルの心にノアに対する謝罪の気持ちと懺悔の気持ちがわいて出てきていた
「連絡できなくてすまなかった」
「どんだけ、私が心配したと思っているんだ」
ノアはミハイルの胸に顔をうずめながら答える。
「今の事件が解決したら、温泉でもいかないか。ミモラっていうところがあるんだ」
そしてノアは静かにミハイルから離れ、ミハイルの胸を軽くノックするように叩いた。
「店長に用があるんだろ。早く行って来な」
一瞬哀しそうな顔をしたノアの顔にミハイルの胸に深く突き刺さった。




