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大好きな人。  作者: 薄桜
7/9

宵闇の散歩道

7話目です。


ではどうぞ。

転んだ葵姉を拾ってから益々ギクシャクしているような気がしてならない。

これは絶対に避けられている・・・よな?

僕、何かしたか?

負ぶわれる事に抵抗していたけど、そんな事でこうなるとは思えない。

転んだ現場を見られて恥ずかしがってたけど、そんな事でもないだろう。

朝はまともに顔を会わせないし、学校でもあまり見かけない。

このよく分からない状況に、葵姉がいない事に段々耐えられなくなってきた。

少しでも姿が見られたら、少しでも声が聞けたら、気がつけば僕はいつもそんな事ばかり考えている。

葵姉の存在が僕の糧で、今はそれが不足しているから、こうも落ち着かないのだろう。

重症だな、胃まで痛いような気がしてきた。

僕の中のパズルの足りないピースは、紛れも無く葵姉だ。

でも、それだと美晴さんの言っていた事とは違う。

・・・本当に難しいな、あの人の課題は。



「おにいちゃん、暗い。」

「理佐・・・いきなり暗いって、酷くないかそれ?」

言われなくても分かってる事を、真正面からはっきり言われるとさすがに気分を害する。しかし妹は大きく溜息を吐くと、さらに非難を続けてくれる。

「暗いものは暗いの。家の中で雨が降りだしそうだから、外に行くか悩むの止めてくれない?」

少しは遠慮しようとか言葉を選ぶとか、こいつにはそういう気遣いはないのか?

この妹はこんなものだと分かっているが、だからこそ腹が立つ。

さらに憎たらしい態度で携帯をいじり始めた妹の姿に、苛っときたが、僕は携帯と財布だけポケットに突っ込み外に出た。

・・・言いなりになった訳じゃない、これは気分転換だ。


外に出ると、もう日が暮れかかっていて・・・俗に言う逢魔が刻ってやつか。人の存在は認識できるが、顔はよく見ないと分からない。すれ違った者が本当に人間かどうか分からない時間帯だなんて、昔の人は面白い事を考えたものだと思う。

西の空は必要以上の赤と、紫から紺に見事なグラデーションを成していて、思わず良い物が見れたと喜びかけるが、玄関先に突っ立って空を眺めてるだけなのも虚しい。

これだと、本当に追い出されただけのようで、非常に情けない。

それにこの空は、どうせすぐに墨色に染まってしまう。

とりあえず近くのコンビニにでも行くかと、魑魅魍魎の姿も晒してしまいそうな街灯の明かりの下を歩いた。


煌々と明るい店内の外からよく見える雑誌売り場の前に、見知った姿があった。

まだ家には帰っていなのか、制服姿のままで何やら真剣に立ち読みをしている航に、店に入るなり近付いてみた。

しかし航はまったく気付く気配は無く、仕方なく声をかけた。

「お客さん、立ち読はちょっと・・・。」

「おうっ!?すみません! って聡太か、脅かすな。」

一体何をそんなに読み耽っているのかと航の手元の本を見ると、どちらかといえば女性が好みそうな類の雑誌だった。

「占い?」

「そっ、気にならなねーか?」

気にならない訳じゃないが、そんなものは気にしない。

結果が良くても悪くても、一々踊らされる気にはなれない。星座にせよ血液型にせよ、そんなもので性格や運命が左右されるとは思っていない。

たかが12種類、たかが4種類、それだけの種類で人を分けるのはどうなんだろう?

人が信じているのを否定する気はないが、押し付けられるのは御免被る。

「別に。・・・そんなに読み込むんなら、買ったらどうだ?」

すると航は無言で雑誌の裏を指し示した。そこには当然値段が書いてあり、

「840円だな。」

「気にはなるが出すには惜しい、よって立ち読み。You understand ?」

航のくせに偉そうな態度だ。

満面の笑みを見せる姿に呆れて、投げやりに手を振った。

「はいはい。せいぜい頑張ってください。」

思い残す事無く、しっかり立ち読みしてくれ。


ドリンクコーナーでふと目に付いたアップルティーのソーダを買い、店を出ようとした所で、航が後ろを追いかけてきた。

「待て待て、俺も行く。」

「占いはもういいのか?」

「立ち読みだけじゃ、ないんだぜ。」

そう言いながら何故かまったく無意味なポーズを取り、オレンジジュースの入った袋をかざした。


店にいる間に日は完全に沈んでしまったが、街灯のおかげで歩くのに不自由は無い。そんな中を特に目的も無くブラブラと歩いた。

もちろんまだ帰る気にもなれないので、公園の方に足を向けると、航も当然のように横に並ぶ。

この町は海が近く風向きによっては潮の香りがする。

今も、日が暮れて気温が下がってきた事により、海からの風が陸へと吹き込み、ほんのりと潮の香りが運ばれている。それに混じって汽笛の音も微かにに聞こえ、何となく童心に帰ったような心地がした。

隣には相変わらず航がいて、小さかった頃のように公園へ続く道を二人で歩いている。

昔はよく汽笛の音を聞きながら、見えもしない船の姿を想像しあった。

しかし、誰も船の姿を確認には行かないのだから、その問いに答えは存在しない。それでもなぜかお互いに意地を張り合い、自分の方が正しいと主張しあって、よく葵姉にうるさいと怒られた。


目的地の公園は住宅街にいくつか設置された物の一つで、固有の特徴と言えば、昔の画家の石碑がある。でも誰もどんな偉い人かなんて知らず、もちろん調べる事もせず、ただそこによじ登って遊べる遊具の一つ・・・くらいにしか思っていなかった。

どこの公園にもある鉄棒にブランコ、ジャングルジム、半分埋まったタイヤに砂場。それら懐かしい物のすべては、街灯の明かりに照らされた一部が薄っすらと見えるばかりで、かなりの部分は闇に覆われていた。

小学生の頃は、よくここで航と遊んだものだが、それも久しく・・・まともに来たのは何年ぶりなんだろう?

『用事が無い』ただそれだけの理由で、長い事ここに来る事は無かった。

その頃なら、こんな時間にここにいる事なんか絶対に無くて、薄暗くなる頃には家に帰っていた。決まった時間までに帰らないと親にひどく怒られたものだが、今は早く帰っても逆に親の方がいない。


街灯の下のベンチを二人で陣取り、ペットボトルの蓋を捻ると炭酸飲料特有のプシュッという小気味良い音が響いた。

「・・・お前の買う物は、時々わかんねーな。うまいのかそれ?」

「知らない。今日初めて見た。気になるから買ってみたんだ。」

とりあえず一口飲んでみたが、これは・・・

「外れかな。」

航は声を殺し、肩を揺らして笑っている。

「笑うなら堂々と笑え、余計に気になる。で、お前は何でオレンジジュースなんだ?」

「えー、ビタミンの補給? 果汁100%だし。」

「・・・そっか。」

予想以下の答えに脱力しつつ、諦めて本題に入った。

「で、何か用か?」

「ん?」

「立ち読み切り上げてまで、ついてきたじゃないか?」

オレンジジュースを口のそばに近付けたまま、何を考えているものかしばらく黙り込んだ後、歯切れの悪い答えが返ってきた。

「あー、まぁ聞きたい事はある。」

また少し黙り込み、真面目な顔をすると急に大声を出した。

「聡太!」

「・・・な、突然何だ?」

「お前、ねーちゃんと喧嘩でもしてんのか?」

予想通りだ。

今、真面目な顔して話すような事は、それくらいしかない。

なのに航は少し必死で・・・ひょっとしてさっきの間は、言っていいかどうかを考えていたんだろうか?

「喧嘩なんかした覚えはない。」

僕だって、訳も分からず逃げられて困惑している。

弟にもその訳が分からないのかと、実はかなりがっかりした。それを期待して航を追い払わなかったのに、これでは意味が無い。

「正直、ねーちゃんの機嫌が悪くて困ってんだ。何つーか、八つ当たり?」

・・・弟の宿命だろうな、それは。

多少の同情を抱きながらも、かける言葉が見つからなかった。

頭に浮かんだ言葉は『諦めろ』で、それだと追い討ちをかける事になる。

「何故か避けられてるみたいなんだけど、僕には原因が思い当たらない。」

「気付いてないだけで、何かしたんじゃないのか?」

「怒らせるような事をした覚えは無いよ。」

「まったく、何でもいいから早く仲直りしてくれよな。間にいる俺がきついんだ。」

そう言いながら情けない顔を見せる航が、実はかなり羨ましい。

こいつは家に帰れば、葵姉に当たり前のように会える。

・・・本当に、理由があるなら教えて欲しい。

溜息を吐いて何気なく上を向くと、街灯がかなりまぶしくて少し目が眩んだ。

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