再確認
6話目です。
ではどうぞ。
家に帰ると、カバンを投げ出し制服のまま机に向かった。そして、ルーズリーフを一枚出して、美晴さんの言っていた事をそこに書いた。
『パズルのピースは他のじゃ駄目。決まった形でないと嵌まらない。』
当たり前の事だ。
いくら似たような形を持って来た所で、そこに嵌る事はない。もし万が一嵌ってしまったとしても、その絵はずれていて完成してもおかしな物になるはずだ。確実に2箇所の絵が違うのだから。
・・・美晴さんは何が言いたいんだ?
やっぱりあの人の言う事は遠大過ぎて分からない。いつも最後までいかないと、その理解には及ばない。まったくどんな捻くれた脳の構造をしてるんだか・・・
書いた文字の下の段に線を引いて区切った。
とりあえず今は、よく分からない美晴さんの言葉は置いておく。
線からずっと下の真ん中の辺りに『葵』と書いて丸で囲み、いくつかの矢印を、その『葵』の文字へ向けて引いた。
これは葵姉に向けられた不特定多数の好意。
そのうちの一本だけを太く書き、この矢印は僕を表す。つまり、所詮僕の思いもこの不特定多数の中の一つに過ぎないと・・・視覚的に再確認した。
再び『葵』の文字をグルグルと丸で囲み、ぼんやりと考えた。
ここからの線は一体どこへ向かうのだろう?
自分を表す矢印に向けて矢印を引っ張り・・・こうなればいいんだけどな。
と考えると同時に、随分と女々しい事をしている自分に恥ずかしくなり、ルーズリーフをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り込んだ。
急に背中に何かが乗ってきた。こんな事をしてくる人物に思い当たるのは一人しかおらず、続いてその人物の声がした。
「葵ちゃ~ん、さすがにあれは酷すぎない?」
・・・何の事?
振り返ってみても美晴は笑ってるだけだった。
「西山くん、泣いてたよ~。一緒に来た友人に慰められてる姿は、哀れだったよ、いや無様?」
「ちょっと、また見てたの?」
この好奇心の塊の前ではプライバシーなど存在しない。今回は別に、そこを咎めようなんて気は無いけど・・・やっぱりいい気はしない。
「あまりのショックで、受験に失敗しかねないかもね~。」
「ち、ちょっと美晴?」
確かに今思えば・・・あの逃げ出した様子を思えば、少し言い過ぎたような気もしなくは無いけど、人生を左右する問題にまで影響するとは思いたくない。
って、文句言えばって提案したの美晴じゃない、そんな人事のように笑わないでよ。
しかし美晴は、人に罪悪感を植えつけるだけ植えつけておきながら、急に話題を切り替えてしまった。しかも、とっても大きな問題に。
「あ、そうだ。今回は聡太くんもいたんだよ?」
「何で?」
名前が出ただけでドキッとして、続いて疑問で埋まる。
・・・聡太がどうして?
「さあ?」
含み笑いで見つめられる中。私の頭の中では、都合のいい解釈が展開された。
おそらく弟が手紙の事を話したのだろう。そして、それを気にして聡太がその現場を覗きに来た。つまり、聡太は・・・私の事を気にしている?
いや、でもそんな確証はないし、私がそうだったらいいなって思うだけだから・・・本当の所はよく分からない。
私が考え込んで黙っていると、美晴はふいにつまらなそうな顔でこぼした。
「あ~、何だ本当に分からないのか・・・。」
ドキッっとした。
美晴の態度はひょっとして・・・私が期待した答えは、正解なのかな・・・?
「本格的に受験始まるまでに片付けなよ? じゃないと、失敗するのは葵かもよ?」
「・・・縁起でもない事、言わないでよ。」
「ほぅ、そう言うからには、進路は決めたのかい?」
「・・・決めてない。」
淡い期待から急に現実に引き戻され、恥ずかしくなって美晴から目を背けた。
私は一体何がしたいんだろう?
今までは何となく来てしまった。小中は公立で、高校は近いからってだけだし、その間にもこれと言ってやりたい事や、特に打ち込んだ事も無かった。
私、何か本気になってした事なんかあったかな・・・? とりあえず、特に苦労しなくてもある程度の事はできた。
だから、いつも遊びに行く吹奏楽部だって、何度誘われても乗り気にはなれなかった。
享楽的に生きてた訳じゃない・・・と思う。けど、現状には結構満足してた。
もちろん不満とかはいっぱいある。でも、やっぱり今は楽しいと思う。
だけど、それは未来を見て・・・先の事を考えている訳じゃなくて、ただ今を生きているだけだ。
・・・向き合う時が来たって事よね。
未来のための自分と、そして聡太の事も。
この間見た、真っ白な夢・・・
あれはやっぱり、私の漠然とした不安?
先の事を考えていない、私の描けない未来?
そして、聡太のいない未来。
そんな事を考えながらぼんやり歩いていた私は、そこにある段差に気がつかなかった。3年目のよく知った学校なんだから、もちろん知らないはずがない。
でも私は見事に踏み外し・・・驚き過ぎて悲鳴は上がらなかった。
しっかりと尻餅をついた後、あまりの情けなさに自嘲の笑いが込み上げてきた。
「・・・どこの間抜けよ、私は。」
「葵姉、大丈夫?」
忍び笑いの向こうから、今まで考えていた聡太の声がして、転んだ時よりももっと驚いた。座り込んだまま振り返ると、すぐ真後ろに右手を出した不自然な体勢で聡太が固まっていて、心底すまなそうに顔を歪めた。
「・・・ごめん、ちょっと間に合わなかった。」
うわっ、見られた・・・これは相当恥ずかしい。
穴があったら入りたいって、これ今の状況よね?
顔どころか頭まで熱くなって・・・って? 私は疑問を覚えて一気に冷めた。
「ねぇ、何がごめんなの?」
ただ私の不注意で、一人で転んだだけだ。謝られる理由が無い。
「んー、運が良ければ助けられたかなって。」
体勢を戻して頭を掻いてる聡太は、思ってた以上に男の子で・・・ドキッとした。
「運?」
「そんな感じでいいんじゃないの? 目の前で知ってる人がこけそうだったら思わず動いちゃうものだよね?」
うーん、それはそうだけど・・・
「それは、ごめんの答えになっていないような気がするけど?」
「今回は運が悪くて助けられませんでした。って事のごめんかな?」
運が悪くてって、それどっちの運なんだろう?
「ところで足大丈夫? 立てる?」
聡太にの差し出した手にドギマギしながら捕まり、立とうとしたけど結構痛くて再び座り込んだ。
「痛い? 捻挫かな?」
すぐ側で聡太の気遣わしげな声を聞き、とてもすぐったい気分になる。
小さい時から知っている弟の友達。
ずっと弟と仲が良いから、もう一人の弟ってくらいの存在だったのに・・・でも、私の中でそれが違うものに変化している事に気付いて・・・。
そうだよね、今がずっと続く訳じゃない。時間はどんどん流れていくんだ。
だから聡太はいつの間にかこんなに大きくなってて、今の私をとても心配してくれている。それが何だかとても嬉しかった。
「とりあえず、保健室行こうか?」
聡太が前にしゃがんで、再び顔が熱くなった。
・・・それおんぶするって事よね?
学校でってとこも恥ずかしいけど、聡太にってのが恥ずかしい。
「おんぶ? それ恥ずかしくない?」
「でも、歩けないんでしょ?」
「・・・うん。」
念を押されて、返事をするしかなかった。
抵抗した所でここから動ける訳じゃないし、無理に動いて痛い思いをするのは嫌だし、聡太の申し出を断って、他の人におんぶされるのも嫌な事に気付いた。
そっか、これが最良の策なのね。
「お姫様だっこするには僕の腕力足りないから、おんぶで我慢して。」
何故そんな事を言い出したのか分からないけど、その聡太の言葉に思わず吹き出した。
「正直ね。」
「そりゃ15歳の小僧だよ? 鍛えてる訳でもないし、でも無理して落っことすほどガキでもないし、まぁ分相応ってやつ?」
なんか、冷静な判断してるのね。
いつまでもバカな弟との差を感じて、まじまじと見つめてしまった。
きっと航なら無理して落っことす。
「ほら、痛いんでしょ? 早く保健室行こうよ。」
「・・・あ、うん。」
保健室までおんぶされて・・・ううん、ここで会って、話をして、思ってた以上に大きくなっていた聡太に私はかなりドキドキして、足よりも心が痛かった。
今私がくっついている聡太がいなくなるなんて嫌だ。
聡太を見て騒いでいる、何処かの誰かに取られたくなんかない!
・・・でも、この気持ちを伝えたとしても、断られたら?
朝玄関を開けても聡太がいない。
あの白い夢が現実になってしまうんじゃないかって、それがとても怖かった。




