It was surprised.
5話目です。
ではどうぞ。
昼休みに売店で買ったサンドイッチと成分調整の豆乳、そして読みかけの本を持って屋上に上がった。
少し裏にまわった所が僕の指定席だ。程よく日陰で程よく風が吹き抜ける場所で、何より人が少ないのが気に入っている。夏に本格的に暑くなるまでは、きっと重宝する場所になるだろう。
この所、一人でいるとホッとする。
しかも今日は特にだ。・・・航に当たるなんてどうかしている。
中学の時は何だかんだで三人一緒にいたが、ずっと二人に挟まれているのはやっぱり居心地が悪くて、高校に入ってからは時々こうして一人離れる事が増えた。
僕の遠慮を二人がどう思ってるかは知らないけど、これを事前に予言した人物がどう思っているかは想像がつく。
まだ僕は、何も自分では切り開いていない。いつか美晴さんが言った通り一人離れて・・・やっと最近それを考え始めた。
でも今日の僕の心の中は、違う事で占められている。
葵姉に告白の呼び出しって、考えてみればおかしな事じゃない。美晴さんは僕だけじゃなく葵姉の写真も売り物にしていた。その時点で葵姉の人気の度合いが知れるというものだ。あの人が売れないものを売ろうなんて考える訳がない。
今日の放課後か・・・航の話だと、今回の相手に対して、腹を立てていたようだから、安心といえば安心なのだが、気にならない訳ではない。
そして、これからもどうなるか分からない。
もし、葵姉が誰かからの告白を受けてしまったら?
・・・そんな事、考えたくも無い。
その時よく知ってる声が、すぐ側から聞こえた。
「あー、いたいた。聡太くん発見!」
それまでの苛立つ物思いが挫けてしまうほどの、嬉しそうな声を耳にして僕は少し気が抜けた。そして声に負けない笑顔を浮かべた朋ちゃんが、当然のように僕の前に座った。
「あれ? 朋ちゃん一人?」
「そっ、用事があるからって航は撒いて来たの。」
撒く? ・・・やっぱり航は振り回されてるな。部活の事以外ではいつもセットのような気がする二人でも、色々とあるんだろうか?
そんな余計な事を考えそうになったが、彼女の顔を見てると違う事が分かった。航抜きで僕に何か言いたい事があるのだろう。
彼女を見てる分には楽しい。でも、これから何を言いだすのかと思うと、多少の覚悟がいる。しかも、今は止めてくれる航も居ない。
そうか、そう考えるとやっぱり、航はすごいやつなんだな。
僕は少し心の準備をして、改めて朋ちゃんに向き合う事にした。
「で、用事って僕に?」
「当然。」
問うと満足げににんまりと笑い、そして唐突に質問される。
「聡太くんさぁ、何が不満なの?」
不満? どれだ? 不満は色々ありすぎてどれを指しているのかよく分からない。
「だって、今日は朝からいつもに増して意地悪じゃん?」
「意地悪?」
「そう、航に対する突込みが情け容赦無い。」
それ朋ちゃんには言われたくない。
「その抗議は的外れだね。八つ当たりはしたけど・・・航が泣きでもした?」
「まさか。航は打たれ強いから、もっと酷くても全然平気だよ。」
それ話の軸がずれてる。今、意地悪と言ってたくせにもっと酷くて平気って・・・到底彼女の台詞とは思えないけど、それが朋ちゃんだ。
「やっぱり恋の悩みだよね?」
まるでオモチャでも見つけたように、目を輝かせて身を乗り出す彼女に、僕は覚悟が足りない事を知った。
「な、何を根拠にそんな話しになるんだ?」
思いっきり動揺し、激しく居心地の悪さを感じて視線を逸らすと、罠に引っ掛かった事を知らされた。
「あ、やっぱ図星?」
そっか、カマをかけられたのか・・・。
朋ちゃんはこちらの事を構う事無く、言葉を続ける。
「だって、勉強なんかじゃ悩む事なさそうだし、教室でも一線画してるとこはあるけど、それなりだし。」
ねぇ、それなりって何?
「まー朝の態度はそのままだけどね。あ、そだ、知らないだろうけど、最初は私も聡太くん狙ってたんだよ。」
「はっ?」
「でもさ、ずっと遠く見てるって言うか、ずっと誰かを見てるよね? だから
いくら頑張っても無駄だなって思ってさ、3日くらいで止めちゃった。」
そう軽く言っておかしそうに笑っている。驚かされはしたが、この余裕の笑いは何の拘りもない完全に過去のもので・・・僕は何も言わない方がいいんだろうな。
それにしても、僕の気持ちを知っているのに、今更わざわざ『誰か』という言い方をしてくる所が嫌らしい。
朝止めてしまった話は、結局朋ちゃんにも伝わっていて、だからこうやって僕をつつきに来たって事だな・・・迷惑な。
「・・・って航は?」
「いいの、面白いから航は別格。・・・とにかく、悩むな少年。」
あえて航の名を出しても動じる事無く、背中をバンバン叩いてくる。・・・それ結構痛い。
「同い年だろ?」
「いーの、いーの。」
そして、突然ふざけた態度から一転し、真面目な顔で正面から見据えられた。
「うじうじしてないで、いい加減動こうね。」
気迫に負けた・・・気がする。
しかしそれも一瞬の事で、再びニコリと笑う。
「駄目でも大丈夫。聡太くん目当ての子は、いっぱいいるんだから。」
「・・・って、それのどこが大丈夫? それ人としてどうかと思うんだけど?」
「さぁ? まぁ大丈夫だよ。・・・さてと、言いたい事は行ったから、私もう戻るね。」
ひとしきり笑った朋ちゃんは、立ち上がると身を翻し、あっという間に姿を消した。
結局、サプライズの告白を受けたのは僕で。朋ちゃんにまで背中を押された。
・・・言いたい事か、
何をすべきなのかはずっと前から分かってるけど、今僕には、その勇気や覚悟が無い。
そう自信満々に言える僕の、あまりの不甲斐無さに、溜息しか出てこなかった。
放課後になると、自然に2号棟の裏に足が向いた。朋ちゃんの言葉に背中を押された・・・のかどうかは分からないけど、やっぱり気になって仕方がない。
そこにはもう葵姉が居て・・・腕組みで仁王立ち?
これは本当に怒ってるな。後ろ向きで背中しか見えないが、そこには何か恐ろしいものが漂っているような気がした。
伊達に長い付き合いではない。葵姉の機嫌くらい一目見れば分かる。
程なく二人の男子生徒が近づいてきて、僕は思わず吹き出した。
おいおい、付き添い有りってどこの女子だ?
そのうちの一人が前に押し出され、何かを言い始めたが、葵姉は右手で額を押さえて話を途中で止めた。
今度は男を指差し、何かを一方的にまくし立てている。
断片的に「・・・考古学者なんかじゃないから・・・」って言葉が聞こえた。遠過ぎて殆ど何言を言っているのか分からないけど、本当に何の話だ?
考古学者ってどういう事だ? あの人は告白しに来たんじゃないのか?
そのうち耐えられなくなった男はその場を逃げ出し、付き添いの男もその後を追って姿を消した。
まぁ、ああいう時の葵姉は止まらない。そんな部分を知らない相手なら相当驚くだろうし、あのきつい言葉に耐えられはしないだろう。
弟の航は当然対処法を心得ているし、僕はあそこまで怒らせるような事はしない。
久しぶりに見た葵姉の怒る姿に、心配してたのが馬鹿らしくなって思わず吹き出した。
本当、一体何を言ったんだ葵姉?
「安心したかい、聡太くん?」
急に背後から聞きたくもない声がして、驚いて振り向くと、やっぱり美晴さんが立っていた。
「み、美晴さん!? いつの間に現れたんですか?」
「私は神出鬼没が信条なの。」
背後の声の主はこちらを見る事無く不気味な事を言う・・・さすが悪魔だ。
そしてそのまま前を向いたままで言葉を続ける。
「面白い物が見れて、満足満足。だがしかし、言い過ぎかな・・・鬼と呼ばれても仕方ないな。」
・・・本当に、一体何言ったんだ葵姉は・・・ん? 言い過ぎ?
「って、何言ってたか聞こえたんですか?」
美晴さんは、興味を覚えた顔でようやくこちらを向いた。
僕には聞こえなかったものが、どうして聞こえてたのか分からないけど、この人なら何だって可能な気がする。
「知りたい?」
「はいっ。」
恩を売られるのは恐ろしい気がするけど、それ以上に葵姉の言葉が気になり、間髪入れずに答えたのだが、
「結果も良かったんだけどね、・・・もったいないから、秘密。」
見事にはぐらかされる。本当にこの人は分からない!
「もったいないって何ですか?」
訳の分からない態度に苛々しながら反論すると、目に笑みを浮かべて優しく言い含めるように意味不明な事を口にした。
「パズルのピースは、他のじゃ駄目なんだよ、決まった形でないと嵌まらないんだよ。」
それ、ひょっとして、また・・・腹の立つ新しい課題の追加ってやつですか?