第一話 王子様との出会い
初の恋愛小説です。よろしく
私の名はレレナ・アティリア、今年で十八歳になる。
特徴といえば、少し長めの桃色の髪くらいだろうか。仕事中も外出の際も、いつも邪魔にならないよう飾り気のない一本の紐で後ろに束ねている。自分で言うのもなんだが、この黄色い瞳だけは綺麗だと思っている。それ以外は、どこにでもいる平民の娘だ。
今着ている服は洗いざらしの簡素なブラウスに、仕事中はいつも身につけている茶色のエプロン。平民の職人が着るような格好だ。自分自身、一度だって可愛いと思ったことはない。
それでも、愛想よく笑顔で接客していると「可愛い」と言われることがある。そんな時は、少しだけ嬉しくなる。
私の両親はこの王国からずいぶん遠くにあるヘルベンの村に住んでいて、私は今、王都の外れにある小さなレストラン「リィベロ」で給仕として働いている。
給料は月に銀貨十五枚ほど。決して悪い額ではない。それに、お昼になると、自分で賄いを作ったりもする。
そして、私は特別な才能もなく、裕福でもない。何者でもない「ただの人」である私が今、絶対に叶うはずのない恋をしている。
お相手は、このアルスリーア王国の第一王子——ナセド・アルスリーア殿下。
雲の上の存在である王族に、なぜただの町娘が恋をしてしまったのか。
それは、王都に来てから一年ほど経ったある夕暮れのことだった。
レストランはいつもの賑わいを見せていて、天井からは油ランプの柔らかな光が落ちていた。私がいつものように食べ終わった皿を片付けようとした、その時だった。
たびたび来る中年の男性客が、酒に酔っているのか、私の身体に腕を回してきた。
「お姉さん、今日も可愛いね」
「……はぁ」
またか、とため息をつく。これはいつものことだ。今日こそはっきり言ってやろうと思いながら、私は口を開いた。
「何度も申し上げていますが、私の身体に触れるのはやめてください」
「いいじゃない、減るもんじゃないし」
悪びれる様子もなくそう言う男に、私は呆れつつもはっきりと返した。
「減るとかそういう問題ではありません」
「うるさいな。俺は客だぞ」
酔いが回っているのか、男は声を荒げて、態度が一変した。私を睨みつけながら、手に持ったグラスを振り上げる。
「あっ、危な——」
私は思わず目を瞑り、怪我をしないよう咄嗟に両手で顔を庇った。――その時だった。
「やめろ。その子に怪我をさせる気か」
低く落ち着いた声が割って入り、その声を聞いた私はゆっくりと目を開けた。そこに映っていたのは茶色のフードを被った人物だった。
彼は男の振り上げた腕をしっかりと掴んでいた。
「なんだ、お前は」
男が睨みつけると、その人物はゆっくりとフードを外した。
「えっ……嘘?」
その姿を見た瞬間、私は言葉を失い、顔を庇っていた手をゆっくりと下ろした。その瞬間、店内にいた全員が息を呑んだ。
光を閉じ込めたような美しい金髪。射抜かれるような、凛々しく深い青の瞳。地味な外套の隙間から覗くのは、緑と青、純白を基調とした気高く洗練された装束。その顔には、誰もが見覚えがあった。
このアルスリーア王国の第一王子——ナセド・アルスリーアだった。
(なぜナセド殿下が、こんな王都の外れに……?)
店内は一瞬で凍りついた。私も、他の客も、そして誰より中年の男性客が、信じられないといった顔で殿下を見つめていた。
「……お忍びで少し立ち寄ったつもりだったが、バレてしまっては仕方がない」
ナセド殿下は、静かにため息をついた。
「す、すみませんでした!」
すっかり酔いが覚めた様子の男性客は、振り上げていた腕を下ろしてグラスをテーブルに置くと、私に頭を下げ、足早に店を出て行った。
扉が閉まり、しばしの沈黙の後、ナセド殿下は私たちに向かって言った。
「騒がせた。すまない」
ナセド殿下が申し訳なさそうな表情を浮かべて言うと、私は彼にふっと笑顔を向けた。
「いいえ。助けていただきありがとうございます、殿下」
そう言って、私は深く頭を下げた。するとナセド殿下が優しい言葉をかけてくれた。
「礼には及ばない。君が無事であればそれでいい」
「君が無事であればそれでいい」——その一言を聞いた私は、頬が熱くなるのを感じた。顔を伏せたままさらに視線を落とし、なんとか平静を保つ。
「あの……殿下は、どうしてここへ?」
「さっきも言っただろう。ただの気晴らしだ」
その言葉に私はゆっくりと顔を上げ、スッと真顔に戻って「そうですか……」と小さく頷いた。
(いや、気晴らしで普通、レストランには来ないわ)
そんなことを思っていると、ナセド殿下は再びフードを被り、店の扉に手をかけた。
「では、俺は帰る。またな」
ナセド殿下は私にふっと優しい笑顔を向け、そう言い残すと、夕暮れの街へと消えていった。
これが始まりだった。何者でもない平民の私が、絶対に届かないはずの王子様に、どうしようもなく恋に落ちてしまった、あの日のことを——私はきっと、生涯忘れない。




