プロローグ
物語を語るうえで、重要なのはキャラクターである。ここに一人の女性キャラを登場させよう。
彼女の名前は宮前夢路。どこにでもいる普通の女子高校生である。少なくとも、本人はそう思っている。だが、彼女を普通だと思っているのは、どうやら当の本人だけらしい。
いわく、美少女である。
いわく、成績優秀である。
いわく、品行方正である。
要するに、周囲から見た宮前夢路は、非の打ちどころのない完璧な美少女というわけだ。
これは、ありきたりな設定かもしれない。だが、そのくらいわかりやすい方が何かと都合がいい。なに、少しくらい都合よく盛ったところで構うものか。誰に迷惑をかけるわけでもなし、文句を言われる筋合いもない。これは創作者の権利である。何よりも、盛りすぎるくらいじゃないと気分が盛り上がらない。
彼女が通りを歩けば、つい人は目で追ってしまう。性別を問わず、年齢すら関係なく、ふと足を止めて振り返ってしまう。
などという、人智を超えた奇跡の美貌を持つ美少女というわけではない。けれど少なくとも、性別を問わず、年齢にもさほど関係なく、人の目を引いてしまう程度には美少女である。わかりやすく言うなら、恋愛漫画に出てくる、やたらと人気の高い正統派美少女だ。下手なアイドルなど比べものにならないレベルの美少女なのは確かである。
それが、この物語の主人公『宮前夢路』である。
そんな彼女は、茨城県にある日本で二番目に大きな湖、霞ケ浦のほど近くに建てられた私立霞ケ浦高校に通っている。
この春から高校二年生になった彼女にも、最近ひとつ悩みがあった。文武両道の美少女に何を悩むことがあるのかと思われるかもしれないが、多感なお年頃なのだから、悩みの一つや二つあっても別におかしくはない。そう、彼女もまた普通の女子高生らしく、ごくありふれた悩みを抱えていたのである。
完璧な美少女の悩みとは何なのか。では、少し考えてみることにしよう。
校内を歩いているだけで、無数の視線が彼女を追いかける。
いささか古臭いラブコメヒロインっぽいけど、そういうベタな設定は嫌いではない。むしろ私はわりと好きなので、ひとまずこの路線で話を進めることにする。
どこにいても、気がつけば周囲は学年の垣根なく生徒たちに取り囲まれている。学業だけでなく運動も得意なものだから、体育の時間には黄色い声援がついて回るし、部活動の勧誘もしつこいほど受けている。
入学から一年が過ぎても、その人気が落ち着く気配はない。むしろ増す一方で、本人としては望んでもいないのだが、誰もこの完璧な美少女を放っておこうとはしない。
確かに、これも彼女が最近頭を悩ませていることのひとつではある。だが、これは誰もが抱えるようなありふれた悩みとは異なる。人気者とか、スターとか、アイドルとか、いわゆる特別な存在だけが持つ、少々特殊な悩みというやつである。
完璧な美少女である彼女は、男女を問わず、毎日のように愛の告白を受けている。朝の登校時、昼休み、放課後、果ては授業の合間のわずかな時間にまで告白してくる男子たちに、そのたび丁重にお断りを入れるのが、今や彼女の日課となっていた。
二年生にもなれば多少は減るだろうと思っていたのだが、現実はそう甘くない。二度や三度で諦めるどころか、何十回、何百回とめげずに想いをぶつけてくる者までいるのだから、さすがの彼女もうんざりしていた。
しかも、厄介なのは男子だけではない。女子からもまた、ほとんど毎日のように慕いの手紙を渡されたり、ときには真剣な愛の告白を受けたりしているのだから、頭を悩ませずにはいられない。
まったく、美少女というのも楽ではない。
こんな台詞を現実で口にしたら、きっとその痛さに悶え苦しむ羽目になるのは確かだ。
なんにしても、外見に反して内面は真逆というのは、美少女キャラによくあるテンプレのひとつではある。実際、同じクラスにいる美少女は見た目に反してかなり性格が悪い、らしい。私は知らんけども。
だが、宮前夢路には隙がない。性格だってパーフェクトだ。だからこそ、完璧な美少女としてもてはやされているのだろう。
実際、生徒たちだけでなく教師たちからの評価も高く、将来有望な生徒として厚い期待を寄せられている。
いやはや、美少女というのも気苦労が絶えない。
もっとも、あそこまで他人に終始つきまとわれたら、私なら発狂してしまう自信があるが。もし本当に現実でこんな生活を送っていたら、私なら確実に登校拒否になっている自信がある。それでそのまま引きこもって、アニメに漫画にゲームにと、ありとあらゆるサブカルチャーをあさるサブカルフリークス。つまるところ、典型的平成アキバオタクになっていたと断言できる。
まぁ、なんにしても、何かと周囲が騒がしい完全無欠の美少女、宮前夢路である。
そんな彼女にも、ささやかな憧れくらいはある。
それは、普通の学生として、普通の青春を送ることだ。
もっとも、この状況でそんな願いが叶うはずもなく、今日も彼女は生徒たちの注目を浴びながら学校生活を送っている。
彼女はいつも考えている。
こんな自分にも、少女漫画やドラマのような青春が訪れることはあるのだろうか、と。悩んだり、葛藤したり、泣いたり笑ったり、そして誰かを好きになったり、誰かに恋をしたり、そんな誰もが一度は思い描くような青春が。
この物語は、そんな完璧美少女のごくごく平凡な日常を綴るものである。
「いやいや、そんな美少女が現実にいるわけないっつーの」
所詮は妄想にすぎず、現実とはまったくの別物だ。つくづく、現実とは残酷で無情なものだと思い知らされる。
「……まぁ、そんな人間がこの世に存在するはずもないけどね。所詮、妄想は妄想でしかない。かくも現実は非情にして無情であり、完璧美少女・宮前夢路なんて少女はどこにも存在しない架空の人物なのであった、なんてね」
私は自信を持って断言する。
人は誰だって妄想をする。
誰もが心のどこかに、本当はこうなりたい、けれど現実にはありえない。そんな理想とした自分像を抱えて生きている。
けれど大抵の人間は、妥協し、諦め、ときに嘆き、無駄だとわかっていても足掻きながら、最後には妄想とは異なる現実と折り合いをつけて生きていくしかないのだ。
そう、『誰でも』『例外無く』だ。
そこに子供も大人も関係ない。国や文化、宗教の違いも関係ない。偉い人も、真面目な人も、悪人も善人も、性別も年齢も世代も越えて、人は誰だって現実とはまるで異なる理想の世界を心のどこかに持っている。
そしてその世界で、現実とはまったく異なる生活を送る自分の姿を妄想しながら、日々を過ごしている。どんなに立派ぶった人間だって、テレビで「最近の若者は」なんてしたり顔で語る自称良識派のコメンテーターだって、日本を良くするだの未来のためだのと声高に叫ぶ政治家だって、妄想をしない人間なんていないんだ。
妄想は自由だ。
社会の常識だとか、世間のしがらみだとか、そんなつまらないものとは関係ない。個人の頭の中にまで他人の意見を持ち込む必要なんてないし、他人の価値観に自分の理想が左右されるなんてナンセンスだ。
好きなことを考えて、頭の中で好きなことをして、どんなことをしたって誰かに迷惑をかけるわけでもないし、誰かを不快にするわけでもない。頭の中の世界にまで、他人や社会が口を出してくる必要なんてないのである。
だからこそ、私は妄想が好きだ。むしろ好きすぎるあまり、日常生活に多少の支障をきたすことすらある。
そのせいで友人たちからは「妄想依存症」などと言われているほどだ。失敬な話である。実に失礼だ。はなはだ不名誉きわまりない。
とにもかくにも、私は断言できる。妄想は素晴らしい、と。
才能という、どうやっても破れず越えられもしない壁の前で絶望しなくてすむし、努力という辛く厳しい苦痛の時間に耐える必要もない。想像したその瞬間に、自分とは違う、なりたかった理想の別の自分になって、自分に都合のいい展開ばかりが起こる別世界へ入り込めるのだから。
だから、私は妄想をやめることができない。
それはただ現実を直視せず、きついとかつらいとか、面倒で嫌なことから逃避しているだけだと言われたら、正直、何ひとつ反論はできない。
けれど、理解していても、拒もうとしても、気がつけば私は現実から逃げ出し、妄想の世界へ眠るように意識を沈めてしまう。
そうなれば、目の前の現実は何ひとつ見えなくなる。
嫌な思いをしてまで背負う苦労もなくなるし、頭をもたげる悩み事にいちいち煩わされることもない。
そこはとても居心地のいい、何も辛いことなどない楽しい世界だ。
私が理想とする世界。
私の脳内に広がる理想郷である。
だがそれは、私だけのものではない。誰もが密かに心の奥底に持っている、誰にも明かさない秘密の世界だ。
誰だって、つらい現実から逃げ込める場所を必要としている。年齢も立場も、環境も文化も文明も、宗教も国も関係ない。誰にだって、なくてはならない逃げ場所がある。
それが妄想なのだと私は考えている。
そう、だから私は妄想が好きなのだ。
いつでも、どこでも、すぐにでも逃げ込める。
それは私だけの、私だけに都合のいい、私の頭の中にしか存在しない、私のための理想の異世界。
決して誰にも侵されることのない、まさしく夢の理想郷である。
そんな妄想依存気味の残念系女子である私といえど、だからといって現実に絶望し、妄想の世界に引きこもっているような、ねじ曲がった性根に菌糸類でも群生していそうな地味で根暗なオタク、というわけではない。
いや、私は二次元文化をこよなく愛するオタクではあるのだけれど、それとこれとは話が別だ。
私だって青春真っ盛り、花も恥じらう女子高生である。それなりに現実で起こって実際に体験してみたいイベントだって当然あるし、十六歳の女子高生らしく、一度は味わってみたい乙女チックなシチュエーションのひとつやふたつ、ちゃんと持ち合わせている。
いくら私が妄想に依存気味の地味めなオタク女子だとしても、それでも女子高生であることに変わりはない。
乙女的な嗜好まで、すっかり腐り落ちてしまったわけではないのだ。私だって高校生らしく、同年代の男女と触れ合い、笑ったり、泣いたり、喜んだり、怒ったりしながら、他愛ないけれど色鮮やかな時間を過ごしてみたい。
私だって女の子だ。恋のひとつやふたつ、してみたい。恋愛漫画でよくあるような、異性からの告白だって一度くらいは受けてみたい。
高校時代という、たった三年しかない短い期間の中で、四季折々のイベントを経験し、あらゆる青春作品で描かれるような青春を送ってみたいのである。
つまり、妄想ばかりして日々の鬱憤や鬱屈を晴らしている妄想依存症の私だって、青春を謳歌したいし、そのくらい望んだって罰は当たらないはずだ。
だけど……だ。
しかし……だ。
それらは私には決して現実に起こりえないと、私自身がよくわかっている。いや、むしろ諦観の果てに達した結論と言うべきか。
どうせ私には起こるはずがない。実際そうなのだから、そう決め込んで、日々こうして妄想することで若さゆえの欲求や衝動を解消しているのだ。
なんとも虚しくなるほど後ろ向きな思考ではあるが、現実がそれを示している以上、仕方がない。
こんな私には、日々妄想するような青い春など、決して訪れない。
このまま現実の時間を妄想に費やし、気がつけば高校生活も何事もないまま終わってしまうのだと、私はそう思っていた。
そう考えるたびに、胸の奥を霧で覆われたような、正体も輪郭もつかめない曖昧な恐怖に襲われる。けれど、これまでがそうだったように、きっとこれからも私は何もせず、何も成さず、ただ妄想に耽りながら、一日一時間一分一秒という貴重な時間を無為に消耗していくのだろう、とそう思い込んでいた。
だけど……
「夢路さん」
何も起こらず、何も変わらなかったはずの日常の中で。
私自身、心のどこかで望んでいたのかさえわからない、そんな突然の転機が訪れた。
「君のことが好きです」
嵐のような急激な変化が、寂寥に沈んだ灰色の青春に容赦なく踏み込んできたのだ。
あまりに強烈で唐突な急展開に、ほんの数秒前まで確かだった私の世界は、音を立てて粉々に砕け散った。
頭が完全に真っ白になった私には、何ひとつ理解できない。
ただ、ここでひとつ重大な問題がある。
これは現実なのか妄想なのか、私にはまったく判別がつかないということだ。




