22.2人で、幸せになりましょう
これで後日談エピソード集も終わりにしようと思います。
翌早朝、私は気怠い身体を引き摺りながら起床した。
(カイトは手紙を読んだかしら?)
ある程度自分の気持ちの整理がついたとはいえ話は終わっていないので、気分が沈んでいることは否めない。本当はベッドから出たくなかったけど頑張って出た。ここで出なかったら何かに負けてしまう気がしたのだ。
「おはようございます」
「おはようございます、散歩に行ってきます」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「はい」
外に出ると早朝にも関わらずそれなりに暑かった。
「…あつ」
今日も今日とて憎らしいほどに快晴である。
私がいつもの散歩コースを歩き出した時だった。
「アリサ」
「…カイト」
私は吃驚して眠気が飛んだ。まさか昨日の今日で、しかも早朝の散歩時間に会うとは思わなかったのだ。
「えっと、おはよう」
「おはよう、今良いか?」
「ええ」
カイトは俯きがちに話し始めた。
「昨日の夕方に来た手紙を読んだ。そしたらもう居ても立っても居られなくて、手紙じゃなくて直接会って言いたかったんだ。…アリサ、本当に申し訳ない。俺はまた君を悲しませてしまったようだ」
彼は困ったように私を見つめた。目にはいつもの自信がない。もう私をどう扱ったらよいのか分からないと言ったふうだ。
そのカイトの表情を見て、私は思い違いをしていることに気が付いた。
(そっか、これはもう夫婦云々の問題じゃない。私にとって彼は夫だけど、この人にとって私は最近会った他人なんだ)
そもそも今のカイトは私と夫婦であるという意識が希薄である。だから必要以上に気を使うだろうし、謝ることしかできないだろう。私は今更ながらそのことに気が付いた。
昨夜は会ったら散々文句を言ってやろうと思っていたのに、その言葉の全てを引っ込める。代わりに伝えなければならないこと、やらなければならないことがあった。
「…これから出勤?」
「いや、今日は夜勤だったから後は帰るだけだ」
「疲れていたら断ってもらって構わないけど、もし良かったらお散歩、少し付き合ってくれない?」
「ああ、構わない」
「ありがとう」
私からカイトの手を取って、いつもの散歩道を歩く。取り立てて会話はしない。いま世間話をしたところで白々しい会話にしかならないことはお互いよく分かっている。
しばらく歩くと王城の庭園の一角にたどり着いた。そこはバラ園と呼ばれる場所で、かつて私たちが結婚式を挙げた場所でもある。今は残念ながら花は咲いておらず、少し殺風景だ。
バラのアーチを潜って真っ直ぐ歩く。そこには男神メタクシーと女神イヒネイカの石像があった。式の時にはこの石像に愛の宣言をした。きっとカイトは覚えていないであろうことだ。
石像の目の前まで来て、私はカイトから手を話して向かい合った。
「カイト」
「うん?」
「私ね、散歩をするようになってから毎朝ここでお祈りをしていたの。あなたの記憶が戻りますようにって。1日でも早く、次こそは私との記憶を取り戻しますようにって」
「……」
「でも、昨日と今日でその願いが後ろ向きであることを知ったわ」
「後ろ向き?」
「記憶を取り戻してほしい、つまり前のカイトに戻って欲しいと祈ってただ待つだけなんて後ろ向きだし、受動的だったのよ」
「じゃあなんて祈るんだ?」
「祈らない。祈ることじゃないから。それにもう待つこともしない。待つのも待たれるのもお互いに苦しいだけだということを理解したから」
待って待たれて、いつか思い出せたら御の字だが、いつまでも思い出せなかったらどうする?期限を決めて、それまでに思い出せなかったらその時に離婚するのだろうか?
(そんなの、嫌だ)
私は、カイトとは別れたくない。
「カイト、私はあなたとの文通とこの間のデート、どちらもすごくドキドキしていた。文通は初めてで、いつもあなたからの返事を心待ちにしていたし、返信を書くときは何時間もあなたのことを考えて書くのが楽しかった。デートは久しぶりだったからいつもよりも着飾って、手を繋ぐときはやけに緊張したし、でもあなたの隣は相変わらず心地良かった。…私、またあなたに恋をし直していたんだと思う」
私は彼の瞳を真っ直ぐ見つめた。そのエメラルドグリーンの瞳はいつだって美しい。
「私、今のあなたも好き。着飾った私を見て見惚れていたと褒めてくれるあなたが、よく知らないであろう私のことを精一杯慮ってくれるあなたが好き。手紙に書いた通り、変わらず愛しているの」
思いが溢れて止まない。気が付いたらまた泣いていた。最近涙腺が緩くていけない。けれどここで話を止めるわけにはいかない。
「だから、今のあなたにも私のことを好きになってもらえるよう、恋をしてもらえるように努力するわ。そうなるように仕向けてみせる」
元に戻らないかもしれないなら、ここからまた始めれば良いだけの話だったのだ。
「まずはお友達から、私と仲良くなってはくれませんか?」
私はもっと今のカイトを知らなければならないし、私のことも知ってもらわなければなるまい。
カイトは目を見開いて、それから私に近づいて来た。けれど差し出した手は取らずにそのまま私を抱き締めた。
「許されるなら夫婦特権で恋人からにしてくれ。…好きだ、アリサ。今の俺はもう君に恋をしている。理屈じゃない。君の姿を見たら胸が締め付けられる。記憶がなくとも好きだったことが分かるんだ。…だけど衰弱している君を見て、それが俺のせいだと知って、どうしたら良いのか分からなくなってしまっていた」
なんだ、相思相愛なら夫婦の関係になるのはもうすぐではないか。私はほっと胸を撫で下ろす。安心して私の身体の緊張が解けると、彼の腕に一層力が入った。
「…俺も別れたくない。今時点で君を誰かに奪われたくないと思っている。離婚なんてしたらきっと後悔する。君が許してくれるなら、このまま2人で幸せになる道を歩みたい」
「うん」
憂いの晴れた様子のカイトが私の肩に手を置いた。私はそれが何の合図なのか知っている。目を閉じて少し上を向く。唇が触れ合った。懐かしい感触だ。身体の奥に電流のような甘い痺れが走った。
その時、石像が薄く光り出した。この現象には見覚えがある。
(まさか…)
私が空を見上げると、あの時のようにフラワーシャワーが降り注いだ。
「花びらが…」
「前にも同じことが起きたの。きっと神々が私たちの覚悟を祝福してくださっているのよ」
彼も不思議そうに上を向いてその光景を眺めていた。
その時だった。
「痛っ!!」
カイトが頭を抑えてその場に蹲ってしまったのだ。
「カイト!?大丈夫? フェラペヴォ―治癒せよ―」
すぐに治癒魔法を施したものの、症状は改善しないようだった。余程痛いのか呼吸が荒い。
「私、誰か呼んでくる!」
そう言って飛び出そうとしたら彼に服の裾を引っ張られた。
「待って…、大丈夫、だから…」
「何が大丈夫なのよ!」
「いいから…、ちょっと待って…」
彼は目を瞑って深呼吸を繰り返している。辛そうだ。私はどうしたら良いのか分からずひたすら彼の背中をさすっていた。
やがて落ち着いたカイトが目を開けると言った。
「全部思い出した…」
「えっ」
あまりに突然のことで私は戸惑いを隠せない。
「俺たちはここで結婚式を挙げた。…あの花びらを見ていたら既視感が湧いてきて、唐突に思い出したんだ。その後はもう芋づる式に次々と…」
「ほ、本当に?」
「ああ、君は純白のドレスにヴェール、グローブ、手には赤いバラのブーケを持っていた。神秘的な雰囲気が得も言われぬ美しさで、世界で1番綺麗な花嫁だと思った」
結婚式を挙げたことは話していたが、具体的に何を着たかなどは伝えていなかった。確かに彼の記憶が戻ったことの証左である。
「結婚式だけじゃない。君との馴れ初めから最後の戦いまでようやく全部思い出せた」
私はカイトの胸に飛び込むと子供のように泣きじゃくった。
「良かった、良かった!」
「本当にごめん。色々と心労をかけた」
「ううん」
彼は私が泣き止むまで胸を貸してくれた。
しばらくして落ち着いた頃、カイトがこんなことを言ってきた。
「それにしても狙い済ましたようなタイミングだったな」
2人で愛を再確認した矢先の出来事であった。
「…愛の試練だったとか?」
この世界の神々、特に女神イヒネイカはフェアリーアイがいる時代にちょくちょくこの世界に干渉してきていたが、以降はそれほど干渉してきていなかった。元来、生も死もその他の運命も全て自然に任せ、それらを司るような神々ではない。むしろ不必要なことにはあまり干渉しないという印象だ。しかし神々の考えることなど私たちには到底推し量ることなどできない。戯れと言われればそれまでである。
(今度お会いした時に聞けたら聞いてみましょう…)
私はこれに関する思考を放棄した。
「愛の試練か。だとしたら今回の俺は良いとこなしだ」
「そうなの?」
「ああ、君をたくさん悲しませた。それにいくら君のことを思っていたとしても離婚を提案するなんて正気の沙汰じゃない」
「いつものあなたじゃないという点では正気じゃなかったんだから仕方ないでしょ」
「駄目。アリサはすぐそうやって俺を甘やかそうとする。…はぁ、やり直せるならやり直したいよ」
「嫌よ、忘れられるのはもうたくさん」
「悪い、軽率だった。…ごめんアリサ、許して」
私が怒った顔をしたのでカイトはタジタジだ。
「じゃ早く家に帰ってきて」
「分かった。荷物をまとめてすぐに帰る」
「なら許す」
お互い顔を合わせるとどちらからともなく笑った。安堵の笑みだ。
ひとしきり笑った後、カイトがまた真剣な顔をした。
「アリサ、俺にこの場所でもう1度誓わせてほしい」
「何を?」
「愛の誓いを、今度は君に」
そう言うとカイトは片膝をついて私の左手を取った。忠誠のポーズだ。
「この私、カイト・カーライルはあなたを我が妻とし、いつ何時もあなたを愛し、慈しみ、尊び、尽くし、最期のその時まであなたと添い遂げ、また一生をかけてあなたを幸せにすると誓います」
言い終わると結婚指輪ごと私の指にキスをした。自然と笑みが溢れる。私を幸せにしてくれると言ってくれたいつものカイトだ。
「私も誓うわ」
「君はこの間も言ってくれただろう」
「今度はあなたに誓いたいの」
カイトの左手を取って愛の宣言をする。真心を込めて丁寧に。誓いを破らぬよう戒めとして心に刻む。最後は彼の指にそっと口づけをした。
「2人で、幸せになりましょう」
「ああ、必ず」
(どんな時も、あなたとなら)
迷っても苦しい時があっても、愛している限り彼となら2人で乗り越えられるだろう。
今まで御覧くださり、本当にありがとうございました!
本当はもっと書くつもりだったのですが、あまり読まれていないのと、もっと別の作品も書いていきたいと思い、キリの良いここで止めることにしました。
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