01:ダンジョンと少年。
酸素が薄く、視界も悪く、さらには地上の何倍もの重力がかけられている、およそ一般人が生きてはいけないその環境で、一人の少年が自身よりも一回りも二回りも大きなモンスターと対峙していた。
少年の方は酷く痛んだ肩までの黒髪をボサボサにしながらも、この場で紛れるような漆黒のマントを身に着け、その手に持つ赤い短剣を逆手に持ち鋭い眼光で相手を睨んでいた。
モンスターの方は人間のように二足歩行をしているが、その顔はドラゴンであり、大きな翼を広げていた。だがそのモンスターは鎧を装備して、盾と剣を装備していた。まるで人間のように構えて、このモンスターも鋭い眼光を少年に向けていた。
お互いに相手がいつ来てもいいように、そして相手のタイミングを計るかのように構えていた。
ついにどこか遠くで何かが落ちる音がしたことで、少年とモンスターは互いを殺すために駆け出した。
モンスターは少年の短剣を防ぐべく盾を前にして進んで行くが、それをあざ笑うかのように少年は姿勢を低くしながら加速して、一瞬だけ短剣の刀身を太刀のように伸ばしてモンスターの胴体を切り裂いた。
胴体を切り裂かれたモンスターはなす術もなく血を大量にまき散らしながら二つになった体を地面に落とした。
モンスターが絶命した光景を冷たい瞳で見ながら、少年はモンスターの亡骸に近づき、モンスターを殺した短剣とは違う別の短剣を腰から取り出してモンスターを解剖していく。
そして少年はモンスターの内臓を取り出して、そのままかじりついた。口が血だらけになることなどお構いなしに食らいつき、少年はお腹いっぱいになるまでモンスターを喰らいつくした。
べっとりと口についたモンスターの血を手の甲で強く拭いた少年は、まるで何かに誘われてるかのようにどんどんと足を進めていく。
エターナルダンジョン、二百五十八階層にて、少年は足を進める。
☆
エターナルダンジョン、四十三階層。
ある四人の冒険者パーティーがあるモンスターと対峙していた。
「おいおいおいおいおい! なんで四十三階層にこんな奴がいるんだよぉ!」
前衛で立っているのは重装備を身に着けて大きな盾と剣を装備した野性的な雰囲気を纏った男性で、そのモンスターを見て酷く困惑していた。
「そんなことあたしが知るわけないじゃない!」
その前衛の男性の言葉を返したのは布面積が少ない服を着て動きやすくしている両手に短剣を握っているポニーテールの強気な顔立ちの女性。
「……どう言っても仕方がない。ここからどう生き残るかを考えなければ」
二人の言葉を冷静に返しながらも、軽装備を着て鞘から剣を抜いているその手が震えているのは後頭部でお団子にしているクールな雰囲気の女性。
「そうですね……ここから生き残らないといけませんね」
そして後衛で長い宝杖を持って聖職者が着る白の衣装を纏った、波打った長い髪の融通が利かないような真面目な雰囲気の女性。
「どうすんだよ! 俺はこんなところで死にたくないぞ!」
「そんなもの誰でもそうでしょうが!」
「二人とも落ち着け。今言い争っても仕方がないだろ」
このパーティーに混乱を招いているモンスターは、人間よりも二回り以上ある体を持ったローブを着た骸骨であった。その骨の指には宝石がついた指輪を身に着けており、片方の手には杖を持っていた。
このモンスターは五十階層以下の階層に出現する、百階層以下の強敵『ノーブルリッチ』であった。
ノーブルリッチは魔法に優れており、魔法が全く効かず、さらには百階層以下のモンスターに通用する攻撃でなければ全く攻撃が通らないといった能力を持っていた。
ダンジョンでは遭遇してはいけない、もしくは遭遇したらすぐさま逃げなければならない相手というものを冒険者ギルドから嫌と言うほど聞かされており、このノーブルリッチがその一角に当たっていた。
そのためこのパーティーは遭遇した瞬間に慌てふためき、絶望した顔をしていた。
「私が、幻覚魔法で皆さんを見えないようにしています。その間に逃げてください」
波打った長い髪の女性が前衛の男性よりも前に出て、宝杖を両手で握りながらそう言った。その手は少しだけ震えているが、それでも確固たる意志がその瞳に宿っていた。
「いくら何でも無理だ! それだとシャーロットが逃げれないじゃないか!」
「それでも全滅になるよりかはマシなはずです! ……それにこの場で一人でも生き残れる術を持っているのは私だけですから」
後頭部にお団子をしている女性が語気を強めて言葉を放つが、それでもシャーロットと呼ばれた波打った長い髪の女性は儚げな笑みを浮かべてそう答えた。
「それじゃあ任せたぞ!」
シャーロットの言葉に一目散に走ったのは前衛の男性であった。それを見たシャーロットを除いた女性陣はあり得ないと言った表情で男性を見た。
「行ってください!」
「……絶対に生き残りなさいよ! 死んだら殺してやるわ!」
「すぐに高ランクの冒険者を呼んでくるから、それまで耐えてくれ!」
しかしシャーロットの言葉でポニーテールの女性とお団子頭の女性は走り始めた。走り去る三人をシャーロットが幻覚魔法をかけてノーブルリッチから姿を見えないようにした。
さらにその場や走り出した方に三人の幻影を無数に作り出し、本物を隠すようにした。
ノーブルリッチは魔法をかけられたり受けたりすることではダメージを与えられないが、それ以外に魔法をかければ魔法の効果自体は与えることができるため、ノーブルリッチに三人がどこにいるのか分からないようになった。
「ふぅぅぅぅ……」
だが、精々シャーロットができることはここまでだった。そのためこれからシャーロットがすることは時間稼ぎをして、ここでノーブルリッチの攻撃を避けるしかできない。
それでもシャーロットの瞳には絶望の色はなく、絶対に生き残るという意思が宿っていた。
「ッ⁉ これは――」
シャーロットが次に自身にバフをかけようとした瞬間に、ノーブルリッチを中心に光と同時に大規模な魔法陣が展開され、シャーロットもそれに巻き込まれた。
次の瞬間には、その場には誰もいなくなっていた。
☆
エターナルダンジョン、二百五十九層。
ノーブルリッチがシャーロットもろとも転移してきた場所は人類が一度も到達したことのない階層であった。
「ここは……?」
強制的に飛ばされたシャーロットは冒険者ギルドから開示されている百十三階層までのエターナルダンジョンの情報をすべて頭に入れていたが、そのどれも当てはまらない場所だった。
困惑しているシャーロットをよそに、ノーブルリッチがシャーロットに杖を向けて魔法を放とうとした。それに一拍遅れて気が付いたシャーロットはノーブルリッチからの魔法を避けようとした。
だがその前にノーブルリッチの首にかみついてきた大きな口があったことで、ノーブルリッチの魔法はキャンセルされた。
次から次へと変化する状況についていけなくなっているシャーロットを置いて、状況は進み始める。
ノーブルリッチの首にかみついているのは、ノーブルリッチに引けを取らない大きさのワニであった。ワニは真っ赤な鱗を纏い、抵抗しているノーブルリッチを全く相手にしていなかった。
ノーブルリッチが多種多様の魔法をかみついてきている巨大なワニに向かって放っているが、真っ赤な鱗に傷を一つ付けることがなかった。
そしてノーブルリッチは呆気なく巨大なワニのモンスターによって首を嚙み砕かれて絶命した。
その一部始終を見ていたシャーロットにとって、勝てないと分かっていたノーブルリッチを簡単に殺したワニのモンスターは絶望の対象でしかなかった。
すでにワニのモンスターはシャーロットに狙いを定めていることで、シャーロットは逃げられないと本能で悟ってしまった。
「……ごめんなさい、お父さま、お母さま。ジャナさん、アメリアさん」
自身の死を悟り、宝杖を手から落としてその目に涙を浮かべながら目を閉じた。
ワニのモンスターが大きな口を開けてシャーロットを食べようと近づいたその時、ワニのモンスターの首を斬り落とす一撃を与えた存在がワニのモンスターの下を通った。
首を落とされて絶命したワニのモンスターは今まで力を入れていた四肢に力が入らず、首と同時に腹も地面とくっ付いたことで、激しい揺れが起こった。
「きゃっ!」
その揺れを一番近くで体感したシャーロットは尻もちをついて、何が起こっているのか目を開いて確認して、その状況を理解できないでいた。
「……え?」
シャーロットは理解できないでいたが思考を止めることはせずに状況を理解することを優先したところ、ワニのモンスターの近くに一人の少年がいることに気が付いた。
その少年は刀身が赤い短剣を持ち、ワニのモンスターからシャーロットの方に視線を向けたことで、シャーロットと少年は視線が交わった。
その瞬間、シャーロットは少年からの殺気を一身に受けたことで、たかだか十過ぎの少年がここにいるどの存在よりも格上であるということを悟り、恐怖から失禁してしまった。
「あっ……」
そんなシャーロットなどお構いなしに、少年は短剣を構えながらシャーロットに近づいてくる。シャーロットは腰が抜けて動くことができず、声を出そうとしても上手く出せずに口をパクパクさせるだけになってしまった。
ついに少年がシャーロットの前に来てシャーロットのことを冷たい瞳で見下ろしながら短剣を振り上げたところで、シャーロットは言葉を発することができた。
「ま、待って!」
シャーロットの言葉で、少年は振り下ろそうとしていた腕を止めた。しかし依然として少年から殺気は飛ばされていたことで、シャーロットは言葉を続ける。
「何でもしますから、何でもしますから! た、助けてください!」
この場に生き残るために、少年に必死に命乞いをしたシャーロットだが、少年はまるで言葉が分かっていないかのように反応しなかった。
だがシャーロットの表情と態度を見た少年は、短剣を下ろして殺気を収めた。そのことでシャーロットは一先ず安堵した。
少年はシャーロットの前でしゃがみ込み、感情がない瞳でシャーロットの顔をジッと見た。その瞳で見られたことに、シャーロットは恐怖を感じたがそれでも耐えることにした。
「ッ……?」
少年が手を伸ばしたことで少し身構えたシャーロットであるが、少年が触れたのはシャーロットの唇だった。
少年はシャーロットの唇をぷにぷにと触感を確かめたり、下唇を人差し指と親指でつまんで軽く動かしたり、口内を覗き込んだりした。それにシャーロットは困惑するしかなかった。
「ど、どうしたんですか……?」
シャーロットが少年の行動の意味を問いかけると、少年の表情が少しだけ和らいだような感じがシャーロットにはした。
「わ、私はシャーロットです。あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
シャーロットは意を決して少年に自己紹介をするものの、少年から言葉は返ってこなかった。代わりに、少年は無表情から少しの間をおいて心地の良い顔をした。
「も、もしかして、言葉が、分かりませんか……?」
少年の態度からシャーロットはそう仮定して問いかけたが、仮定通りなら問いかけは意味のないことになる。
ただ、少年はそれに対してもいい音を聞いた時の表情を浮かべていることから、シャーロットは言葉は分からないが、シャーロット自身の声を気に入っているのではないかと考えた。
「助けていただいてありがとうございます。私はノーブルリッチに強制転移させられたのでここにいます」
声が気に入っていると仮定した場合、シャーロットのできる行動はこうして言葉を出し続けることだと考えた。
その仮定を裏付けるかのように、シャーロットの唇をずっと見つめてシャーロットの言葉を聞き入っているようであった。
「あー……私はここから出ないといけません。私には待っている仲間がいるので」
ただ、ずっとこうしているわけにはいかないとシャーロットは感じていた。言葉が通じない相手だが、少年がシャーロットが無事に助かる唯一の手段だと思っているため、何とか少年と意思疎通がしたいところであった。
「あなたについて教えてくれませんか? あなたはどうしてこんなところで一人でいるのですか?」
そう一人で少年に問いかけることを言っているシャーロットであったが、シャーロットの声に満足したのか少年は立ち上がってワニのモンスターの死体がある方に足を進めた。
それにシャーロットは腰が抜けた体では付いて行くことができず、置いて行かれると思って焦った表情を浮かべた。
しかし実際はそんなことはなく、少年はワニのモンスターの元に向かいノーブルリッチが傷を付けれなかった鎧の鱗を易々と切り裂いてワニのモンスターの肉を持ってシャーロットのところに戻ってきた。
「ん」
「えっ……私にですか?」
少年はワニのモンスターをシャーロットに差し出してきた。それに困惑しながら意味がない問いかけを行ったシャーロット。
上層のモンスターならば食すことができると言われているモンスターだが、六階層以下のモンスターは人類が食べるには毒があるとされているため、それを渡されたとしてもシャーロットは食べれない。
「い、いえ、私は大丈夫です」
分かるかどうか分からないが、シャーロットは拒否の意志を少年に向けた。それで激情されたとしても食べて死ぬことと同じであるためシャーロットは拒否した。
「……ん」
それに対して、意外にも少年は理解することができていたようで、ワニのモンスターの肉を差し出すのをやめて自身で食べ始めた。
「えっ⁉ ちょ、ちょっ⁉」
間違いなく百階層以下であるこの階層のモンスターの肉を食べるということは、自殺行為であると考えているシャーロットは驚いて立ち上がった。
そのことに不思議そうな目で少年はシャーロットの方を見た。少年にとって当たり前のことは、シャーロットにとっては非常識だからこういう状況に陥っている。
「そのモンスターの肉には毒があって体に害がありますからって分かりませんよね……!」
焦ったシャーロットが説明しているが、少年は理解できずに首を傾げながらワニのモンスターの肉を食べていた。
そしてようやく頭が冴えてきたシャーロットは、ふとノーブルリッチが身に着けていた宝石の指輪を思い出したことで、何とか目的の物がないかとそちらに駆け足で向かう。
そんなシャーロットを少年は肉を食べながらシャーロットの後を追った。
「よかった、指輪は残ってる……!」
ワニのモンスターによって首から胴体にかけて喰らわれているノーブルリッチだが、腕や杖は健在であったことにシャーロットは安堵して、ノーブルリッチが着けていた指輪をすべて外していく。
その光景を少年は不思議そうにシャーロットの後ろから見ていた。
ノーブルリッチから取れた指輪は全部で八つで、一つ一つがもはや腕輪ほどのサイズだった。
「≪鑑定≫」
そしてシャーロットが指輪の一つに≪鑑定≫をかけて能力を確認する。
『獄炎の指輪
ランク:A
使用回数:54/100
百階層以上のモンスターを一瞬にして灰燼と化す獄炎を放つ指輪。百階層以下ではそれほど効果を発揮しない』
ランクとは神か何かが定めたルールのようなもので、最低ランクがEとなっているが、現在の人類ではAランクまでしか発見されていない。
「ランクA……! さすがはノーブルリッチの指輪ですね……!」
つまりは最高級の一品となっているため、シャーロットが驚くことも無理はなかった。シャーロットたちパーティーが持っている道具は精々がランクCであるためシャーロットからすればすさまじい道具ということになる。
シャーロットはその指輪以外の七つの指輪にも鑑定をかけていく。
『凍氷の指輪
ランク:A
使用回数:39/100
百階層以上のモンスターを一撃で凍結させることができる指輪。百階層以下ではそれほど効果を発揮しない』
『暴風の指輪
ランク:A
使用回数:48/200
強力な風を呼び、風を自在に操ることができる』
『激流の指輪
ランク:B+
使用回数:49/50
指輪から任意の水を放出し、操ることができる』
『常闇の指輪
ランク:A+
使用回数:18/100
百階層以上のモンスターをすべてのみ込むことができる闇を生み出す指輪。百階層以下でも魔力を込めれば通用する』
『ランダム転移の指輪
ランク:A+
使用回数:9/150
ダンジョン内のみ使用可能。使用した場合、ランダムでダンジョンの中を移動する』
『傾聴の指輪
ランク:C+
使用回数:制限なし
あらゆる言語を聞き取ることができ、理解できる。ただしこちらからあちらの言語を話すことはできない』
『迷宮地図の指輪
ランク:A
使用回数:871/1000
到達した階層以上の地図をホログラムにて展開できる』
七つすべての指輪を鑑定したことで、シャーロットは驚くしかなかった。ランクA+は公表されていないランクであり、これらをすべて売れば莫大な富を築くことができることは間違いない。
「あってよかった……!」
それよりも、『傾聴の指輪』があったことにシャーロットは安堵の表情を浮かべた。そしてその指輪をシャーロットは背後で見ている少年に差し出した。
「これ、付けてくれませんか?」
それを差し出された少年は、受け取ろうとはしなかった。その指輪を、まるでゴミを見るような目で見ていた。
少年にとってそれは食べられないもの、という認識でしかなかった。
「へ?」
さらに少年はシャーロットが差し出している指輪を手に取ってそれをあらぬ方向に放り投げ、その手に食べかけの生肉を置いた。
「あー、分かりませんよね……どうしよう……」
生肉を少年の方に差し出して少年に返したシャーロットは、指輪を回収しつつ少年にどう伝えればいいのかが思い浮かばなかった。
無理やり指輪をつけようとして、少年が害を与えられると感じてしまえばシャーロットの命はない。
だが常識が一緒であればジェスチャーでも通じることができるが、シャーロットと少年の間には常識が乖離していた。だから傾聴の指輪があったとしてもつけてくれなければないも同然だ。
「……やるしか、ないですよね」
試しにシャーロットは指輪を自身の手首に通す動作を少年の前で見せ、そして少年に指輪を渡した。
少年は不思議そうな顔をしながらも、今度は指輪を素直に受け取ってシャーロットがしたように指輪を手首に通した。
ほとんど諦めていたシャーロットは少年が指輪を装備してくれたことに驚きながらすぐに少年に話しかける。
「わ、私の言葉が分かりますか⁉」
シャーロットの言葉に、少年はシャーロットの顔をジッと見るだけで何も反応がなかった。指輪が効いていないのかと考えたシャーロットであったが、すぐにその考えを捨てた。
言葉は分かっているが、それをどう反応していいのかが分からないのではないかとシャーロットは仮定した。
「私の言葉が分かっているのなら、こう頷いてください」
シャーロットがそう言いながらどう反応するのかを頷いて見せたところ、少年はすぐに頷いたことでシャーロットは何とかここから生きて帰ることができる希望を見いだせた。
「あの肉が危険だということは分かりますか?」
その問いかけに少年は一切反応しなかったことで、シャーロットはもう一つの表現方法を教えていないことに気が付いた。
「私の問いかけに肯定するのなら、こう頷いてください。否定するのなら、こう横に振ってください。分かりましたか?」
シャーロットが肯定と否定の行動を少年に示したことで、少年は頷いた。そのことでシャーロットは少年に言葉を投げ掛ける。
「その肉が危険だと分かっていますか?」
少年は首を横に振った。
「あの肉は危険なので食べないでください」
少年は首を横に振った。
「危険だけど食べる、ということですか?」
少年は首を横に振った。
「……あの肉は、危険ではないと思っているのですか?」
少年は頷いた。
「……あの肉や、他のモンスターの肉も今までに食べたことがあるのですか?」
少年は頷いた。
「それで体に異常はありませんでしたか?」
少年は頷いた。
その問答を行って、シャーロットは実はモンスターの肉は安全ではないかと一瞬だけ考えたが、ダンジョンで飢えそうになった冒険者がモンスターの肉を食べて死んでしまったという事件を思い出したことでそれはないと考え直した。
とりあえずシャーロットは少年がモンスターの肉を食べて問題ないということでそれ以外の問題を解決することにした。
現在、シャーロットが抱える問題はこの百層以下である危険なこの場所から抜け出すということであった。
「……あなたは、上に行こうとしているのですか? 下に行こうとしているのですか?」
ふと、少年がどういう存在か分からなかったシャーロットはそう問いかけたが、少年からは何も返ってこなかったことで、もう一つの選択肢を増やすことにした。
「わからない、答えられないという質問には、こうしてください」
シャーロットが首を傾げてみせると、少年は頷いた。
「では、もう一度お尋ねします。あなたは上に行こうとしているのですか? 下に行こうとしているのですか?」
確認の意を込めて同じ質問をすると、少年は首をかしげた。
「……どうしましょうか」
こうして質問していても結局は少年の考えを詳しく聞くことはできないシャーロットは完全に困ってしまった。
ただ、こうして質問には素直に答えてくれる辺り、こちらには好意的だと解釈したシャーロットは、ノーブルリッチの指輪を思い出した。
「これがあれば……!」
シャーロットはノーブルリッチが着けていた指輪の一つ、『迷宮地図の指輪』を手首に通した。そして透明の宝石に触れると使用回数が一減って宝石からホログラムが投影された。
「……何これ……? というか二百五十九層!?」
投影されたホログラムを初めて見たシャーロットは驚きながら触れようとしたが触れることができず、手がすり抜けたと同時に、ホログラムに二百五十九層と書かれていることで二度驚くことになった。
「……私、帰れないのかな……?」
二百五十九層という絶望的な階層を突きつけられたことで、もはや帰るということができないのではないかとシャーロットは思った。
そんなシャーロットの表情を見た少年は、シャーロットが一瞬で消えたと思う速度でその場から走り去った。最後の希望である少年がいなくなったことで、シャーロットには絶望しか残っていなかった。
絶望の淵に立たされたシャーロットは思考することもしんどくなっていた時、シャーロットの前に少年が再び現れた、腕にたくさんの武具を抱えて。
「戻ってきてくれたのですか? それに……それは?」
戻ってきた少年にシャーロットは絶望した表情のまま顔を向けるが、その腕に抱える武具を見て疑問に口にするが少年は首をかしげた。
「あぁ、答えられませんでしたね」
その言葉に少年は頷き、シャーロットの前に抱えている武具をおいた。
「……これを私に?」
少年は頷いた。
そこでシャーロットは少年が自身を元気付けようとしてくれているのだと理解した。そのことで、まだ諦められないと気を取り直した。
「あっ」
思考が鮮明になったことで、ノーブルリッチが持っていたもう一つの指輪のことを思い出したシャーロットは『ランダム転移の指輪』を手に取った。
「これさえあれば、もしかしたら……」
ダンジョン内をランダムで転移するのならば、もしかすれば上層に転移できる可能性があるとシャーロットは考えた。だがそれと同時に転移する範囲が示されていないことで、ここよりも下層に飛ばされる可能性もシャーロットは理解していた。
「九回……」
シャーロットは残り使用回数が九回であるため、この九回までに食料がなくても外に出ることができる階層、二十階層以上には転移したいと考えた。
シャーロット一人だけなら、この危険な賭けはダンジョンでは即死に繋がりかねない。だがシャーロットの前には少年という二百五十九層でも難なく戦える戦士がいる。
「私が考えていることを、隠さず話します」
少年の力が不可欠なシャーロットは少年に向け、嘘偽りなく今の現状を話すことにした。その瞳を見た少年は頷いた。
「私はこのダンジョンから外に出たいと思っています。ですが現状、私にその力はありません。この指輪の力を使っても、ダンジョン内では危険と遭遇する可能性の方が高いと思います。そこで、私はあなたの力を借りたいと考えています」
少年は頷く。
「私にはあなたの力を借りて、何かを返すあてはありません。私が差し出せるのは、この体一つです。それでも私にはやるべきことがあるので、少し待っていただけるとありがたいです。……身勝手な言い分だということは重々承知していますが、私を助けてくれませんか?」
少年は頷いた。
すぐに少年に頷かれたことで、シャーロットはまさかそんなに早く頷かれるとは思っていなくて固まってしまったが、少年に聞き返した。
「ほ、本当にいいのですか?」
少年は頷いた。
「あなたは何か目的があってここにいるのではありませんか?」
少年は首を横に振った。
「……では、よろしくお願いします。名もなき私の英雄さま」
その言葉にも、少年は頷いた。
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