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Schneiden Welt  作者: たる
第一幕
36/109

名前

バザロフのナイフが倒れている龍の脳天へと向けられる。龍は気を失っているのか未だに目を閉じたままだ。


ラザァは気がつくとバザロフ達の方へと駆け出していた。相手がナイフを持っていようが気にするものか!今動けるのはラザァだけなのだ、ここでバザロフを食い止めなければラザァもガレンも、そして2人を助けてくれた銀色の龍の命はない。そして何百という罪のないパイリア市民の命が奪われる。


バザロフは既にナイフを龍の頭へと振り下ろそうとしていた。




「危ないっ!ミラっ!!」





ラザァ自身何故こう叫んだのかわからなかった。


だがバザロフは叫びながら全力で走ってくるラザァにビクリと驚き一瞬動きが鈍る。


ラザァはその瞬間にバザロフにタックルをかまして遠くまで吹き飛ばした。バザロフは片手を失ってもう片方の手で固くナイフを握っているにも関わらず器用に受け身を取り、すぐさま立ち直った。


「ねえ、ミラ。聞こえてる?今まで助けてもらってばかりだったからさ、今回は僕が君を助ける。あいつをなんとかして止めるからそれまで待ってて。そしてもし…」


ラザァ自身もどうして銀色の龍へ向かってこんな風に話しているのかわからない。


心の眼のような類はラザァだって信じていたわけではない。だが銀色の龍にあの少女の姿を見たような気がしたのだ。


そしてラザァの口は考えていたわけでもないのにスラスラと言葉を繋ぐ。


「もし無事にこの事件が解決したら、その時は僕のパイリア観光の案内を頼んでもいいかな?この街が気に入ったからもっと知りたいんだ。」


龍は聞こえているのか聞こえていないのか目を閉じたままなのでわからない。


「何故邪魔をする!?お前も、お前も異民ならわからないか?自分の居場所がある日突然無くなることの辛さを!」


バザロフがナイフを向け、ゆっくりとラザァに迫ってくる。


「俺の故郷シヴァニアは国家パズーム、なによりパイリア軍に奪われた!お前も理不尽にこの世界に連れてこられた口だろう??この世界が憎くないのか?自分の居場所を奪われるとはそういうことじゃないのか?」


復讐に燃えるバザロフの瞳に自分の故郷を思う色が浮かぶ。テロリストのボスと思っていたが根は故郷思いの優しい人間なのかもしれない。


「それに俺は…元だが軍人だ!シヴァニアを守るために生きる軍人だ!故郷を守るため、そして取り戻すためにならなんだってしてやる。たとえテロリストの汚名を着せられ、世界中からのお尋ね者になろうともな!!」


左腕を失い、頭から血を流してなおバザロフからは諦めが見られなかった。恐らく彼は自分の命が燃え尽きるその瞬間まで、復讐に囚われ続けるのだろう。そのどこか歪んでしまった軍人としての根性とともに。


「頼む、わかってくれ、俺に、俺に復讐させてくれ…これでシヴァニアが元通りになるなんて俺も思ってなんかいない…でも俺が、誰かがやらなければ駄目なんだ。」


バザロフがついに人に懇願するような口調に変わる。


ラザァもバザロフの言葉に何も感じないわけではなかった。


居場所


ラザァにはあったのだろうか。両親が亡くなり、たった1人の妹とともにあの親戚の家に引き取られてからの生活にラザァの居場所はあったのだろうか。


そしてこの世界へ来た2日間、正確には3日目に入っている。そこで出会ったエリー、ガレン、古道具屋の爺さん、アズノフ、そしてミラ。そこにラザァの居場所はあったのだろうか。


考えてもわからないのかもしれないし、考えるまでもないことなのかもしれない。


「イワン バザロフ、あなたの言ってること、それ自体が正しいとか正しくないかなんて僕にはとやかく言う権利なんてないと思います。でも、あなたの取った方法は絶対に間違っている。そう断言出来ます。」


「何?」


もう助けてくれるガレンも、ミラも頼らない。ここからはラザァの闘いだ。ガレンが、ミラが守ろうとしたものを守る。2人への精一杯の恩返しだ。


「あなたが自分の居場所を取り返す為に、その過程で殺した人々には家族がいた人も多かったでしょう。その家族はどうなるんですか?家族も居場所の1つの形じゃないんですか?居場所を取り戻そうとして、多くの人々の居場所を奪っている。そんなあなたのやり方が正しいはずがない!」


居場所とは何も文字通り場所のことだけではない。むしろ心の拠り所のような、形のないものを指す場合の方が断然多いだろう。


その最たる例が家族じゃないのか。ラザァが取り戻せるのなら取り戻したいもの。そしてミラが知らないもの。


「家族という人の居場所をたくさん奪ったあなたに居場所を語る資格なんてない!」


「……っく…」


バザロフが言葉に詰まる。


「お願いです。このまま投降して下さい。僕は戦いたくありません。それにその傷も今手当すれば間違いなく助かる。」


事実バザロフの切断された腕も完全に止血されているわけではなく、少しづつだが血が流れている。もしこのまま放置を続ければ命に関わるだろう。


バザロフが死ねば今回のテロの真相は闇の中になる。黒幕とされているヒルブスの姿が確認されておらず、逃げた可能性を考えるときバザロフが唯一の手がかりなのだ。


「武器を捨てて、投降を…」


ラザァが言い終わらない内にバザロフが目にも留まらぬ速さでラザァに近づき、ナイフを繰り出す。


間一髪で避けたラザァもナイフを構える。バザロフの突きは正確にラザァの心臓があった位置を貫いていた。


「交渉決裂だ異民。まずお前からだ、そしてその後すぐさま起爆してやる。保護者の衛兵もそこの銀色の怪物も炭にしてやる。」


復讐に燃えるバザロフにラザァの決死の説得は届かなかったらしい。そして自殺覚悟でラザァ達を殺しにきている。


ラザァも覚悟を決めるしかないようだ。ナイフを握りしめ、バザロフの動きに最大限の注意を払う。どちらかが死ぬまで戦いが続くのだろう。


先に動いたのはバザロフだ、出血しているため短期決戦に持ち込まなければ勝機はないと見ての判断だろう。


無駄のない動きで突き出される切っ先をなんとかかわし続ける。もしバザロフが怪我をしていなければ間違いなくラザァは殺されていたと思わせる見事なナイフ裁きだった。


「異民のくせにいい動きするな、もしこんな状況でなければ仲間に勧誘しているところだ…」


バザロフが息も絶え絶えに囁く、だが動きに一切の乱れがない。一瞬でも気を抜くとすぐにあの世行きだ。


「光栄です。あなたもその怪我とは思えない。」


万全な状態ならばバザロフは間違いなく最強レベルの兵士なのだろう。恐らくだがガレンやミラでも敵わないと思われる。


「異民に褒められるなんて初めてだ、ならこれはどうだ?」


その時、バザロフが手に持っていたナイフをラザァへ投げつけた。


ナイフがブーメランのように回転しラザァへ向かって飛んでくる。


そして


「ぐあっ!」


ナイフはラザァの右肩を大きく切り裂き、そのまま橋から川へ落ちて行った。


ラザァは腕から力が抜けていくのを感じた、手にしていたナイフも手のひらからすり抜けていく。


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い


「ーーーーーーーっ!!!」


ラザァの肩から見た事もないような量の血が噴き出す。右手の感覚がなくなる。


「そこで寝てろ。」


バザロフはラザァへ吐き棄てると落ちている起爆装置の元へ歩いていき、それを拾い上げる。


「ダニ、リブ、親父、お袋、今行くからな…」


バザロフがふらふらと爆弾の方へ歩いていく。自ら起爆するつもりだ!


「待てえぇぇ!」


ラザァも血の吹き出す肩を押さえながらバザロフへ突っ込む。バザロフが起爆装置を爆弾に取り付けた瞬間ラザァの、ラザァ達の負けなのだ。


「くそっ!」


ラザァはバザロフに激突するとそのまま起爆装置を奪おうと取っ組み合いになる。ラザァも右手が上手く使えないため実質腕一本、同じ条件だ。


「どこまで邪魔をする気だ!」


ラザァの不意打ちから立ち直ったバザロフは肘鉄をラザァの背中に食らわしてくる。腕を失い、怪我をしていても元軍人現テロリストのバザロフに勝つのは難しかった。


ラザァがバザロフを止めることができなければここ一帯が火の海になり何百という罪のない命が奪われる。


ラザァが力で大きく勝るバザロフを止めるにはこれしかないかもしれない。


ラザァはその案を考え、自分自身の行く末を想像する。


そして頭の中に浮かんだのはラザァがこの世界に来た直後に出会い、ラザァを助けてくれたあの銀髪青眼の少女の顔だった。ラザァに過去の話をした後に見せたあの笑顔だ。




ごめん、ミラ。自分で約束しておいて守れないかもしれない。




ラザァは心の中でミラに謝るとバザロフの腕を掴み、全体重をかけて横に移動し始める。結局最後はテロリスト達と大して変わらないじゃないか。


「…お前、もしかして…?」


バザロフがうっすらとラザァの意図に気がつく。その時にはラザァとバザロフは橋の端にまで来ていた。8メートルほど下には大きく音を立てて水が流れている。


「くそっ!」


バザロフがラザァのこれからする事を完全に理解してその腕を振りほどこうとする。ラザァはそれを全力で、全体重をかけて阻止する。


「ごめん」


誰に向けたか自分でもわからない謝罪の言葉とともにラザァとバザロフは橋から落下して行った。


大きな水しぶきを上げて2人が水面に叩きつけられ沈む。


冷たいな


真夜中の水はラザァの想像以上に冷たく、肩の傷を抉った。血が噴き出すのを感じる。


ここで死ぬのかな?


あまり恐怖は感じなかったが、ラザァの頭の中にはっきりと死の予感が浮かんだ。川の水は深く、足が付かない。出血と冷たさで体が痺れ自由がきかない。意識もだんだん遠くなる。


意識が完全に無くなる直前、ラザァは何かが川に落ち、水しぶきを上げる音を聞いた気がした。


もしかしてアズノフが宣言通りに助けに来てくれたのかな?


ラザァは半ば希望的観測を頭に浮かべるとここ数日で何回目かわからない気絶をした。


夜明けはまだ先だった。

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