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Schneiden Welt  作者: たる
第一幕
34/109

最後の闘い

「トラックに積み込みが終わるまでなんとか持ち堪えろ!!」


バザロフがアジトに使っていた地下の空間は今や怒鳴り声と魔獣の奇声の飛び交う戦場と化していた。


突如ヒルブスの屋敷の地下に大量に湧き出てきた魔獣の群れに襲撃を受け総出で撃退に当たっていたところだ。まだトラックに爆弾の積み込みが完全に終わっていなかったため、そちらに人数も割かなければならず苦戦を強いられていた。


「どういうことですか!?まさかヒルブスの奴が裏切ったとか!?やはり異国の道楽じじいは…」


ダニが小銃で目の前の巨大な甲殻種を足止めしながらバザロフへ向けたとも独り言ともつかない言葉を発する。その声は怒りと戸惑いの混ざった複雑な色を出していた。


「いや、ヒルブスが裏切ったとは考えにくい。爆弾の強奪までした時点で奴は完全に共犯だ。今更我々を裏切ることに何の得もない。」


バザロフも上空から飛びかかってきた小型の霊長類のような魔獣の喉をナイフで掻っ切りながら答える。龍のような強大な種こそいないが様々な、かつ多数の魔獣の襲撃で重装備のテロリスト達も防戦一方になっている。


「でも、どうして…こいつらヒルブスに飼われていたはずなのになんで野放しになってんだ!?商品になる魔獣もいるから放し飼いなんてリスクの高い事はするとは思えんが…」


リブもナイフで巨大な昆虫のような魔獣と闘いながら会話に参加する。


テロリストの武器はこの程度の魔獣ならば圧倒できるが、爆弾に引火しないように注意しなければならないことと、近接戦闘に持ち込まれると銃火器が不利になるため中々撃退することができない。既に数人の犠牲者を出していた。爆弾の積み込みの力仕事に3人を割いているため戦闘力の低下も痛い。


「そうか、あいつか…」


バザロフはハッとするとトラックの積み込み状況と魔獣の位置を確認すると2人の腹心の方を向く。


「ダニ、リブ、この場を任せてもいいか?」


ダニもリブもバザロフのその真剣な顔つきから何かを悟ったらしく無言で頷く。


後ろに迫っていた猪のような魔獣に回し蹴りをかまし、バザロフはトラックに向かって走り出していた。積み込みもあともう一歩というところまで進んでいた。


「いくぞ!」


バザロフは今まで積み込みをしていた男達に加勢すると走っていた勢いのまま一気に積み込む。カチッという気持ちのいい音とともに爆弾のトラックへの積み込みが完了したのだ。


「よしっ!俺が荷台で護衛する。すぐに出せ!!」


バザロフは助手席の窓から運転席に顔を突っ込み、乗り込んだばかりの運転手に早口でまくしたてる。


バザロフが助手席の窓から頭を抜き、荷台に乗ろうとしたその時だ。上から銃声が響き、運転手が悲鳴を上げる。


バザロフが見ると運転手の手のひらが撃ち抜かれていた。血の吹き出す手を押さえ、しばらくは運転など無理そうだ。


「くそっ!もう軍が来たか!?」


バザロフはトラックの陰に隠れ、弾丸の飛んできた方向を見る。


天井付近に開いた換気用の穴から2人の人影がアジトに降りてくるのが見えた。バザロフがヒルブスの屋敷で見かけ、そしてついさっき牢屋に閉じ込めていたはずの異民の少年とパイリア軍の門の衛兵だ。衛兵は着地すると2人に気がついたテロリストの足を拳銃で撃ち抜き転倒させていた。狙いは間違いなくこの爆弾だ。


くそっ!魔獣の大群だけでもやっかいなのに


「ダニ!リブ!あの2人を止めろ!!」


バザロフは最も信頼している2人に呼びかけると身を低くしながら運転席側に回ろうとする。ここは2人に任せ、自分は任務を遂行するのだ。この爆弾をこの先のスロープから地上に出し、起爆すればこちらの勝ちだ。自分の命が失われようが構わない。信念のために、祖国のために死ぬのなど怖くない。


自爆覚悟のバザロフは最後の闘いへと身を投じていった。




「ここにも魔獣がいたか!どさくさに紛れてトラックに近づくぞ!」


「狙うのは起爆装置だね!?わかった!」


ラザァとガレンは一目散に爆弾が積んであり、パイリアへのテロ攻撃へ使われると思われるトラックに一直線で向かう。


2人に気がついたテロリストもいるが、それぞれ魔獣に邪魔をされて身動きが取れないでいる。トラックの周りにはバザロフと怪我をした運転手だけだ。今のうちに…


「させるかよっ!!」


殺気を感じ取り、ラザァはすんでのところで薙ぎ払われた刃をかわす。ラザァの目の前には大トカゲがそのまま二足歩行した人間のような獣人が刃渡50センチはありそうな大型のコンバットナイフを構えて仁王立ちしている。


「どうやって逃げ出したのか知らねえがここを通すわけにはいかないんだよ。死んでくれるか?」


「そういうことだ。」


ラザァの横にサソリのような魔獣の死体が飛んできたかと思うと大トカゲ男の横にバイソンの見た目の獣人が姿を表す。バイソン男は小銃に弾が残っていないことを確認するとそれを地面に投げ捨て、腰からサーベルのような軍刀を抜いた。


「2対2か、それにそのナイフ、やはりシヴァニアの兵士だな?」


ラザァの横に拳銃を構えたガレンが寄ってくる。


「ああそうだ、お前らが略奪の限りを尽くしたシヴァニアだ。俺らの復讐の第一歩としてお前らから地獄に送ってやる。リブ、そのガキは頼んだ。俺はあの衛兵を殺る。」


「おい、なんか不公平じゃねえかダニ?まあさっさと殺してお前に加勢するけどな。」


リブと呼ばれた大トカゲ男がラザァを見て鼻を鳴らす。ガレンと並べられると圧倒的にラザァが弱そうに見えるのは否めないし、事実弱いのだから仕方ないと言えば仕方ない。


バイソン男ダニとガレン、大トカゲ男リブとラザァが一対一の形でそれぞれ向かい合う。お互いに手に持っている武器はナイフや軍刀、周りのテロリストは魔獣と交戦中で手が出せない。そしてバザロフはトラックから怪我をした運転手を下ろそうとしていてこちらに戦闘で加わる意思はなさそうだ。爆弾の輸送が第一らしい。時間がない。


ラザァは目の前のリブと向かい合い、じりじりと横に移動してガレン達と間合いを取る。


ガレンもそうだがダニもかなりの巨漢だ、その2人の戦闘に巻き込まれたらひとたまりもないだろう。


ダニが大きすぎるためわかりにくいがリブもかなり体が大きい。身長はラザァより頭一つ分以上高く、太い尻尾があるため重量感もかなりのものだ。単純な格闘では間違いなく勝てないだろう。何か奇策を講じなければ…


ラザァがリブとにらみ合いを続けている間にもガレンとダニの戦いは始まっていた。


ダニが長い軍刀を活かしてガレンに襲いかかる。ガレンも避けずにナイフで受け止める。ガチッという金属同士がぶつかる音とともに火花が散る。すぐさまダニが後ろに飛び、ガレンから距離を取る。


「一撃離脱ってやつか、見た目に似合わずすばしっこいんだなこの牛野郎!」


ダニがいつも喧嘩しているアズノフに見た目が似ているせいかガレンも調子よい。口が、だが。


「よそ見している場合か!?こら!?」


リブがしびれを切らしてラザァに切り掛かる。


ギリギリでそのコンバットナイフを交わすとラザァは後ろにとびのき、距離を取る。


単純に戦えば間違いなく勝てないのだ、何か、何か策を思いつくまでは回避に徹さなければ。


リブのコンバットナイフは空振りした後地面に叩きつけられ火花を散らす。


リブもダニのように素早くバックステップする。シヴァニア軍の戦闘術かなにかなのだろう。


何かこの身体能力の差を覆すだけの策を考えなければ。ラザァは身の回りを見渡し、何か使えそうなものがないか探る。


ラザァの手持ちは地下道で兵士の死体から拾ったナイフと拳銃、それと手投げ爆弾が2つだ。手投げ爆弾は却下だ、うかつに使うとトラックの大型爆弾に引火する可能性がある。


ラザァの周りはというと、多数の魔獣の死体や千切れた手足のようなもの。数人の倒れているテロリスト。そして工具箱と金属製のタンクが数本だ。


地面に使えそうな武器も落ちてはいるが、拾ってもすぐさまには使い方がわからないだろう。これも却下だ。


リブのコンバットナイフを回避しながら必死に考える。幸いラザァの身体能力なら回避に集中している間はかわし続けることが出来た。かわしながら反撃するのは出来ないが。


隣ではガレンとダニの戦いが続いている。


いかにも肉体派な2人の戦いだがダニが刃を交えるたびに一度距離を取るという戦闘スタイルのため中々力比べという展開にならず、膠着状態になっていた。


ラザァもリブのコンバットナイフをナイフで受け止める自信があればもう少し戦闘の幅が出来るのだが…


隣で文字通り火花を散らしている2人を見ながら自分の戦闘能力の低さを呪う。現役軍人の3人と比べること自体が間違っているのだが、この場面ではラザァは断トツで弱い。


やはりラザァが勝つには単純に戦うことでは駄目なのだ。ラザァが生き残るためには頭を使う必要が…


そこまで考えてラザァはダニとリブの2人の動きに違和感を感じた、何か法則があるのでは?とだ。


2人は必ず攻撃の後にバックステップしているわけではなかった。引き続き攻撃を繰り出す時もあるのだ。


何が彼らの行動を決めているんだ??


かわされた時と、防がれた時か?


いや、厳密には違う。


火花だ。


彼らは攻撃をナイフで防がれた時や、空振りして壁や地面にナイフをぶつけた時。つまり火花が飛び散る時だけバックステップしている。


そこに気がつき、ラザァは今までのテロリスト達の最後を順に思い返す。


ラザァの宿屋を襲撃した連中と、エリーを誘拐した連中だ。


彼らは必ずと言っていいほど自殺をしていた。情報が漏れないように訓練されていたのだろう。


そして誘拐の実行犯は爆弾で自殺していた。


つまり、つまりダニもリブも自殺の準備をしてこの戦いに望んでいるとみていいだろう。そしてその方法は恐らく爆死だ。


ダニもリブも万が一火花で自分の服に仕込んだ爆弾に引火しないようにバックステップをしているのだ。


そう考えると2人の行動パターンは全て説明がつく。


「逃げてばっかじゃ勝てねえぞ!」


リブがいつまでも逃げ続けているラザァにイラついているのか怒気を含ませた声で怒鳴る。この冷静さを欠いた状況ならばいけるかもしれない。


ラザァは今まで闇雲に逃げていた行動に気がつかれないように意味を持たせる。リブを誘導するように逃げる。それと同時にラザァが疲れ、闇雲に逃げているように見せようとわざと呼吸を荒くし、精一杯諦めたような表情を浮かべ、何かを懇願するようにリブを見つめる。


冷静さを欠き、はやくラザァを殺したいリブはまんまとそれに引っかかった。


リブの顔にサディスティックな笑みが浮かび、楽しむようにナイフを繰り出す。ラザァを追い詰めるように距離をグイグイ詰めながら。


「泣いて謝っても許さねえからな!?」


「くっ!くそっ!」


我ながら昨日今日の僕ってテロリストに対してとは言え策士が過ぎるな。ラザァは内心で自分の演技に引き気味に苦笑する。そろそろ誘導が完了するのだ。ラザァが闇雲に逃げているように見せかけて向かっていた場所。


ラザァは背後に目標の感触を感じるとリブのナイフが振り上げられるのを待って大きく、本当に大きく横に逃げた。後ろにあったものを見せつけるかのように横に飛んだ。


ラザァの背後から現れたもの。それは金属製のタンクだ。恐らくトラック用の燃料が入っているタンクだ。


リブが今最も恐れていたものが突然目の前に現れ、一気に顔が青ざめる。


だが、腕はすでに大きく振り上げられ、振り下ろされている最中だった。明らかに体に無理な力が働く。


ラザァはその一瞬を見逃さなかった。


リブが体のバランスを崩したその一瞬に足を足で薙ぎはらう。


リブのその巨体はいとも簡単に宙を舞い、顔面からタンクに突っ込んだ。グシャっという嫌な音とともにリブの体から力が抜ける。コンバットナイフが手から離れる。


そのコンバットナイフが地面に落ちる音にダニが気を取られ、そしてタンクを顔をぶつけ血を流す相棒の姿を見る。


「リィィィブ!!!」


ダニの目から、ダニの意識からガレンが消える。


その瞬間をガレンも逃さなかった。


ガレンのナイフがダニのその分厚い脇腹に突き刺さった。


ダニは何が起きたのかわからないといった表情をして自分の脇腹を見つめる。


ガレンは非常にも脇腹からナイフを勢いよく抜くとダニを蹴飛ばして吹き飛ばす。


ダニは赤く染まった脇腹と自分の手を眺めて口をパクパクさせる。何か話したいのだろうがゴボゴボという音とともに血が噴き出すだけで言葉は出てこない。


最期を悟ったのかダニは体を弄るとポケットから手投げ爆弾を取り出し、安全ピンを取り外した。


「や、やめろ!!」


止めようと無意識に駆け出そうとしたラザァを背後からガレンが羽交い締めにする。


その直後、目の前で爆発が起こる。


「どのみち助からなかった、お前まで命を無駄にするな…」


ガレンが耳元で囁く。ラザァは目の前の爆発の跡から目を離せなかった。


「お前らあぁぁぁ!!」


2人の前から突如怒鳴り声が響く。


トラックから出てきたバザロフだ。トラックを出せる段階までいったところで腹心の部下2人の様子を見てしまったのだ。


怒りのオーラを全身から撒き散らし、その場にあったバールを手に取るとラザァ達の方へ向かおうとしている。


「連戦かよ!」


ガレンが血塗れのナイフを構え直し、バザロフを迎え撃とうとする。ラザァもナイフを構える。人の死を見た直後で手が震えるのをなんとか押し止めながら。


「大佐!ダニとリブの意思を無駄にしないで下さい!大佐は….大佐は我々の希望なんです…信念を貫いて下さい…」


バザロフの足にしがみつく人影が見える。手を怪我している運転手だ。


運転手はバザロフを止めると必死にトラックへ戻るように説得している。


バザロフは運転手とラザァ達を見比べると舌打ちをしてトラックへと全力で駆け出していた。


「待てっ!」


ラザァとガレンも全力でバザロフを追う。バザロフはトラックに乗り込むと走り出そうとしていた。行き先は目の前にあるスロープだ。おそらく地上へと繋がっている。


「まずい、奴は自爆覚悟だ。地上に出た時点で間違いなくテロ攻撃を仕掛けてくるぞ!」


ガレンが怒鳴る。


その時目の前に倒れていた運転手がポケットからまたしても爆弾を取り出すのが見えた。


今回は目の前で自殺なんてさせない。


ラザァはさらに走る速度を上げると運転手の手から思いっきり爆弾を蹴り飛ばした。


その直後爆発音が響き、煙に包まれる。


とりあえず自殺は防げた、ラザァはそのままトラックへと突っ込む。すでに助走の段階だった。


ラザァはトラックの荷台になんとか乗り移ると、後ろから来たガレンをなんとか荷台に引き上げる。


トラックは既に走行状態に入っており、スロープを登り始めていた。背後から魔獣を始末したと思われるテロリスト達の怒声が聞こえる。だが爆弾に引火する可能性があるので発砲などはしてこなかった。


「やっとここまでたどり着いたよ…」


全力走行のトラックの荷台の上で、ラザァは目の前の巨大な金属製の樽のようなものを向かい合う。


その上部に取り付けられた時計は確実に時を刻んでいた。

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