15.エルマ
別荘の廊下に、夕暮れの光が静かに差し込んでいた。
報告のあと、執務室の空気はまだ少し重さを残している。
けれどその中で、エドガーだけはいつも通り静かだった。
「話は終わった」
そう言うと、エドガーは軽く手を上げる。
「もう一つだけ伝えておく」
リシュアが小さく顔を上げる。
ノアもルークも視線を向けた。
エドガーは扉の方へ視線をやる。
「入れ」
その声に、控えていた使用人が扉を開いた。
そこに立っていたのは、一人の若い女性だった。
年は二十代前半ほど。
落ち着いた紺色の服装に、きちんと結われた髪。
けれど堅苦しさよりも、どこか柔らかさのある雰囲気だった。
その人は一歩前に出ると、静かに礼をする。
「お久しぶりです。エドガー様」
その声を聞いた瞬間、リシュアの目がぱちりと瞬いた。
「……エルマ?」
思わず声が出る。
女性は顔を上げると、一瞬だけ驚いたように笑ったあと、すぐに柔らかく表情を崩した。
「はい、お嬢様。……大きくなられましたね」
その言い方は、侍女というより家族に近かった。
ノアも目を細める。
「エルマさん」
「ノア様も、立派になられて」
軽く頭を下げるその動きには、気取りがない。
ルークはその場で一歩だけ視線をずらし、短く息を吐いた。
「……エルマか」
「ルークさんも、お元気そうで何よりです」
それだけ。
それ以上でも以下でもない。
だがそこには、昔から知っている者同士の空気があった。
エドガーが静かに口を開く。
「エルマは今日からリシュア付きだ」
その言葉に、リシュアがぱちりと瞬いた。
「え……?」
エルマは軽く頭を下げる。
「本日より、お嬢様のお世話を正式に担当させていただきます」
その声は落ち着いていたが、どこか嬉しさが滲んでいた。
リシュアは少し戸惑ったようにエルマを見る。
「でも……エルマは、ここで学んだら王室の女官にって……」
「はい。その噂は、私も聞いたことがございます」
エルマは柔らかく微笑んだ。
「ですが私は、ずっとリシュア様へお仕えするために学んでおりました」
「そして本日、正式に見習いを卒業いたしました」
穏やかな言い方だった。
けれど、その意味は決して軽くない。
エドガーが続ける。
「お前が安心できる環境を整えるためだ」
リシュアは小さく息を呑む。
“安心できる環境”。
その言葉が少し胸に残る。
エルマは一歩近づき、ほんの少しだけ屈んで目線を合わせた。
「お嬢様」
昔と同じ呼び方なのに、少しだけ距離が違う。
「これからは、ずっと近くにおりますので」
その言葉に、リシュアは少しだけ表情を緩めた。
「……うん」
安心と、少しのくすぐったさ。
その混ざった感情が、胸の奥をやわらかくした。
ノアが小さく息を吐く。
「エルマさんがいるなら、少し安心だな」
「まあ、昔から面倒見は良いですからね」
軽い会話。
ルークはそのやり取りを見ながら、わずかに目を細めた。そこには敵意も警戒もない。
エドガーが静かに締める。
「以上だ」
「エルマ、任せるぞ」
「はい」
短く答えた声は、もう侍女としてのものだった。
リシュアの隣に、ひとつ日常が増えた。
それは戦いではなく、
静かに寄り添うための存在だった。




