32
淡いとうめいのざくろ色の水に、ぼくは手をゆっくりとひたした。
ちゃぷん、とゆらゆらした音が鳴って、世界全体が共鳴する。
「くらあい」
「くらあい」
「こわあい」
遠くで、あのこがつぶやいている。
痛い、いたいとこころが叫ぶ。
くらやみのなかで、視力がないぶん聴覚が発達したのだろうか。
いつもはきこえない、自分のこころの声までがまっすぐに響いてくる。
「あ」
そうつぶやいたとたん、ぼくはざくろ色の水の中に、なにかひかるものを見つけた。
くらやみのなかで、それだけがまぶしくひかりかがやいている。
ひとさしゆびと、くすりゆびで優しく、夜店の金魚を掬うようにぼくはそれを掬いあげた。
ぽたり、ぽたりと腕をつたってざくろ色の水がしたたって、おちる。
ふと耳をすますと、あのこの声はきこえない。
ただひゅるる、と風がぼくを感情もなくすり抜けていくだけだ。
「みどり」
ぼくが掬ったのは、どうやら指輪のようだった。
さきっぽにちいさな緑色のきれいな石がくっついている。
「らぴすらずり」
その石の名をつぶやいてやると、石はまた、きらきらと喜ぶように輝きをましていった。
「…こわして」
急に、やんでいたあのこの声がまたくらやみから聞こえてくる。
声は風にかきけされ途切れとぎれでよくわからない。
「して…こわして…壊して!」
その声はだんだんと大きくなった。
これを、壊せといっているのだろうか。
まるで意思をもつかのように、らんらんとひかりかがやくこの石を。
「どうして」
「…こわして…こわして…」
声はぼくの問いには答えずに、ただただ嘆願するばかりであった。
「…これを…こわせばいいの?」
「…」
返事はない。
ぼくは深呼吸をしてから腕をおおきくふりあげて、一気にそれを床に打ち付ける。
刹那、ぱりんと何かが壊れた音がした。
そしてそこからあまりにもつよい緑のひかりがあふれだして、ぼくは目を開けていられなくなった。
「…うわ…」
だんだんと、意識がうすらいでいく。
消えゆく意識の中で、誰かがぼくに、ほほえんだ気がした。