第57話 最悪の侵入者と、最高の偶然
王位継承者用の訓練施設が起動してから、数日が経った。
地下遺跡で見つけた古代施設は、今ではルナとシエルの訓練場として利用されている。とはいえ、二人がいきなり強くなったわけではない。最初は魔力を一定量に保つだけでも苦労していたし、シエルも飛ぶことすら安定しなかった。
それでも、少しずつ変化は出ている。
ルナは以前よりも魔力を細かく扱えるようになり、シエルは短時間ならルナの動きに合わせて飛べるようになった。
私としては、それだけでも十分な成果だった。
ダンジョンの外へ戻るための帰還魔法陣も使えることが分かっている。古代施設での探索を終えた後、私たちは無事にダンジョンへ帰還していた。
そして今日。
私は久しぶりにダンジョン全体の状況を確認していた。
「魔力供給は問題なし。モンスターの数も安定。外周部の罠も正常に稼働しています」
ミレアが報告する。
「それなら、しばらくは平和かな」
「そうですね。最近は侵入者も少なかったですし」
その言葉を聞いた直後だった。
遠くから、地面を震わせるような音が響いた。
ドン。
私は顔を上げる。
「……今の何?」
もう一度。
ドン。
今度ははっきり分かった。
何かがダンジョンの外壁を叩いている。
ミレアの表情が変わった。
「侵入者です」
「何人?」
「……一人です」
「一人?」
私は思わず聞き返した。
大勢の冒険者が来ることは珍しくない。けれど、一人でここまで大きな音を出すというのは普通ではない。
ミレアが魔力探知を広げる。
「人間型。かなり高い魔力反応です」
「どのくらい?」
「ガルドと同等……いえ、単純な魔力量なら、それ以上です」
私は黙った。
嫌な予感がする。
「ルナたちは?」
「訓練施設です。呼び戻しますか?」
「まだいい。ガルドを呼んで」
すぐに黒い影が走ってきた。
ガルドだ。
私の前まで来ると、戦意を隠そうともせず外へ視線を向けた。
「グルル……」
「相手は強いみたい。無理はしないで」
ガルドが頷く。
その隣にはレグルも現れた。
さらにセラ、ポヨン、クロウ、ルゥも集まってくる。
私は全員を見渡した。
「まずは様子を見る。相手がどんな奴なのか確認してから動くよ」
その直後。
バキィン!
ダンジョンの入口を塞いでいた岩が吹き飛んだ。
土煙の向こうから、一人の男が姿を現す。
巨大な斧を背負った、筋骨隆々の男だった。
防具は最低限。
傷だらけの腕。
そして、こちらを見た瞬間に笑った。
「なるほど。ここが最近、妙に魔力反応が強くなったダンジョンか」
男は周囲を見回す。
「面白い。まだ成長途中のくせに、妙に濃い魔力を持ってやがる」
ミレアが小声で言った。
「危険です。あの人物、普通の冒険者ではありません」
「分かる?」
「装備と魔力の質から判断して……少なくとも上位冒険者です」
男が斧を抜いた。
「俺はディルガ。金になるなら、魔物だろうが魔石だろうが全部持って帰る」
地面に斧を叩きつける。
衝撃波が走った。
「今日は全部もらっていくぞ」
ガルドが前へ出る。
「グルァッ!」
鋭い咆哮。
ディルガの口元が歪んだ。
「お前がここの主力か?」
ガルドが低く身構える。
次の瞬間、二体が同時に動いた。
激突した。
轟音が響く。
ガルドの爪とディルガの斧がぶつかり合い、床が砕ける。
「強いな!」
ディルガが笑う。
ガルドが押し込まれる。
私は拳を握った。
正面からでは分が悪い。
ガルドが弱いわけではない。
相手が強すぎる。
「レグル、援護――」
私が言いかけた、そのときだった。
ポヨンが戦場へ近づいていく。
「ぽよ」
「ポヨン、危ないから下がって」
ポヨンは止まらない。
ただ、ガルドとディルガの戦いを眺めている。
そして。
ディルガが大きく斧を振り上げた。
「終わりだ!」
ガルドが避けようとする。
その足元に、小さな石が転がっていた。
私は気づいた。
「危ない!」
しかし、もう遅い。
ディルガの足が、その石を踏んだ。
ズルッ。
「なっ――」
身体がわずかに傾く。
それだけだった。
本当に、それだけ。
けれど、その一瞬で斧の軌道が変わった。
ガルドの頭上を通過するはずだった斧が大きく逸れ、床へ突き刺さる。
ガルドが目を見開いた。
そして反射的に踏み込んだ。
ドンッ!
強烈な一撃がディルガの腹へ叩き込まれる。
「ぐおっ!」
巨体が吹き飛んだ。
壁へ叩きつけられる。
「……え?」
私は呆然とした。
今のは。
偶然だ。
完全に。
ディルガ自身が足を滑らせた。
でも。
その足元には、なぜかポヨンが先ほどまで跳ねていた場所から転がってきた石があった。
ミレアがポヨンを見る。
「……【超幸運】です」
「今のも?」
「おそらく」
ディルガが立ち上がる。
「クソッ……!」
怒りに任せて再び突っ込んでくる。
今度はガルドではなく、私たち全員をまとめて吹き飛ばすつもりらしい。
「レグル!」
レグルが前へ出た。
巨大な身体で受け止める。
ドゴォン!
衝撃でレグルの足が地面へ沈む。
それでも耐える。
「セラ!」
セラが魔力を解放する。
無数の光弾がディルガへ飛んだ。
「そんなもの――!」
ディルガが斧を振る。
光弾をまとめて弾き飛ばした。
強い。
本当に強い。
このままでは押し切られる。
私はポヨンを見る。
ポヨンは戦いを見ながら、いつものように、
「ぽよ?」
と首を傾げていた。
その瞬間。
ディルガの背後で、何かが落ちた。
古い魔石だった。
以前、セラが魔力実験に使っていたものだ。
床を転がった魔石が、ディルガの足元へ向かう。
「……まさか」
ディルガが一歩踏み込んだ。
魔石を踏む。
バチッ!
「うおっ!」
魔石が砕け、内部に残っていた魔力が一気に噴き出した。
ディルガの身体が一瞬硬直する。
ガルドは逃さなかった。
全力の一撃。
今度こそ、ディルガの身体が完全に吹き飛んだ。
床を何度も転がり、壁際で止まる。
男はしばらく動かなかった。
やがて斧を手放す。
「……なんなんだ、このダンジョン……」
私は答えられなかった。
私にも分からない。
ただ一つ分かるのは、ガルドたちが圧倒的な力で勝ったわけではないということだ。
敵が強かった。
こちらは苦戦した。
なのに、最後には偶然が連続してこちらへ味方した。
ミレアが静かに言う。
「ポヨンの【超幸運】は、単純に『良いことが起きる』能力ではないのかもしれません」
「じゃあ、何?」
「戦場そのものの確率が、ポヨンたちにとって都合のいい方向へ偏っている……そう考えるのが自然です」
私はポヨンを見る。
本人は何も分かっていない。
ただ、ガルドが勝ったことが嬉しいのか、ぴょんぴょん跳ねていた。
「ぽよ、ぽよ」
私は思わず笑った。
「……本当に、とんでもない子だね」
その頃。
訓練施設では、ルナとシエルがこちらの戦いを感じ取っていた。
ルナが顔を上げる。
そして、シエルと目を合わせた。
二人は訓練を中断し、ゆっくりと立ち上がる。
まだ戦いには参加できない。
けれど、いつかこのダンジョンを守るために、自分たちも強くならなければならない。
その日の訓練は、予定より長くなった。
そして私は、初めて実感していた。
このダンジョンは、強い魔物だけで守られているわけではない。
ガルドの力。
レグルの防御。
セラの魔法。
クロウやルゥの索敵。
そして、ポヨンの幸運。
それぞれ違う力が重なって、少しずつ「このダンジョンだけの強さ」になっている。
私は倒れた侵入者を見下ろし、息を吐いた。
「……悪くないね」
偶然でもいい。
運任せでもいい。
最後に私たちが勝てるなら、それでいい。
そう思えるくらいには、このダンジョンはもう、以前とは違う場所になっていた。




