第1話 悪魔とダンサーと海
登場悪魔&天使紹介
夜の海。月の光を海面が反射し、それが空の空気に反映され、空が青い。
護岸に座り、ウクレレを奏でる。※護岸 海からの浸食を防ぐために作られたコンクリートの土台。
真冬の海岸は風が冷たく、人間には厳しいが、悪魔の僕には関係ない。
誰もいない海岸で、真冬の停止する力を無視して、気の抜けた弦楽器の音が響く。
演奏は見様見真似で、ちゃんと勉強したものじゃない。
リリスは、ただ、音を出すことが心地よかった。好きだった。
ふと気が付くと、砂浜で、自分の音に合わせて、踊る女が居た。
ゆったりと、その長い手足がしなる。回る。止まる。延びる。曲がる。
曲線。弧。
「あれ、もう終わり?」
思わず手を止めてしまった。それに対して、女が手と足を上げた姿勢のまま聞く。
「君は?」
「見ての通り、ダンサーよ。素晴らしい演奏に惹かれて参上いたしました。」
女が片足のまま、くるりと一回転して、わざとらしく、お辞儀をする。
「素晴らしい踊りを、ありがとう。」
こちらもうやうやしく、お礼を言う。奇妙な共感があった。それを形にする。
「あなた、こんなところでどうして一人でいるの?」
女が疑問をそのままぶつけてくる。だがそれを僕は不快には思わなかった。
「・・・なぜ?」
実際に、理由を答えるとなると困る。・・・なぜ?
「理由はわからない。ただ、この景色が、良いな。と思っただけなんだ。」
女は少し、驚いた顔をする。
「あなた、演奏家なの?」
「いや、違う。僕は・・・悪魔だ。」
表情は変わらない。驚きすぎて固まっている。
「・・・あー、うーん。」
なにか、逡巡している。 ※逡巡しゅんじゅん 悩んだり考え続けてためらう状態。
人間に僕が悪魔だと伝えると、その反応は、
信じない。冗談だと笑う。精神に支障がある人間だとし、逃げる。
信じる。恐れる。好奇心で質問をする。
大抵はこのどれかだ。
だが、女は予想外の答えを出した。
「だと・・・思った。だから、だと。」
僕を悪魔だと見抜いていた?確かに、悪魔だと看破されたことはある。だが、それは僕が人間には不可能な力を見せた時だ。
まだ僕は、何もおかしなことはしていない。はず。いや、何かしたのかもしれない。
未だに人間を理解してるとは言い難い。
「私はね、人前で踊れないの。」
「踊り子なのに、人前で踊れない?」
「踊り子って・・・ダンサーよダンサー。踊り子・・・いやそうだけど、」
呆れたように、首を傾ける。わざとらしく、大げさに表現して。
この女、どことなく、変だ。変な女。だが不快じゃない。妙にさわやかな空気がある。
「前にね、お客さんの前で失敗したことがあったの。その時の、みんなの目が、トラウマになって、人前で動けなくなっちゃった。
それでも、舞台に立ったり、友達の前でやったり、色々やるけど、上手くいかない。
どーにもならないから、誰もいない海で、踊っていたの。毎日ね。ダンスって、反射神経でやるから、頭よりも体で覚えるぐらいじゃないと、
だから一人で練習してたら、今日、貴方が居た。」
無邪気に僕の顔を覗き込む。僕は悪魔だぞ。
「僕は・・・旅・・・というほどでもない。ただ、移動して、楽器を鳴らして、ぼんやりしてるだけさ。」
「貴方の前なら踊れた。」
「なら、もう大丈夫さ。悪魔の前で踊れたんだから。」
「明日、舞台のオーディションがある。結果が出たら、またここに来るわ。それまで居るよね?」
「たぶんね。別に急ぐ旅でもない。雨が降ったら別の場所に行くけどね。」
「じゃ、私はもう帰るわ。バイバイ。悪魔さん。」
僕は楽器を鳴らし、返事をする。
すごく清々しい時間だった。何億年何万年生きてきて、初めての気持ちだ。
僕は海の波の音を聞きながら、ぼんやりすることにした。今の感覚を忘れないように。ずっと覚えているように。




