頭上の色
四月。
まだ少し冷たい風が吹く朝。
桜ヶ丘高等学校へ向かう坂道を、黒瀬 涼は一人で歩いていた。
周囲では、クラスメイト達が笑いながら話している。
部活の話。
昨日見た動画の話。
そんな他愛もない声が、春の空気に混ざっていた。
だが、涼はその輪に入ろうとはしない。
――いや。
正確には、“入れない”。
俺は昔から、ごくたまに人の頭の上に色が見えた。
赤。
青。
紫。
黄。
黒。
白。
人によって違う、その色。
最初は何なのか分からなかった。
ただ、気味が悪かった。
その意味を知ったのは、六歳の時。
祖父が死んだ時だった。
病室は、薬品の匂いが充満していた。
白いカーテン。
機械音。
苦しそうに息をする祖父。
その頭の上には、紫色が浮かんでいた。
最初は薄かったその色は、一日ごとに濃くなっていく。
そして五日後。
祖父は死んだ。
病死だった。
それから時間をかけて、俺は理解した。
赤は事故。
青は溺死。
紫は病気。
黄は人が関わる事件。
黒は自殺。
白は原因不明の死。
頭の上の色は、“死”を示している。
その頃の俺は、馬鹿だった。
この力で人を助けられる。
ヒーローになれる。
本気でそう思っていた。
今思えば、そんなことを考えるべきじゃなかった。
中学一年の時。
あるクラスメイトの頭の上に、赤が見えた。
色は濃い。
経験上、今日死ぬ。
そう確信できるほどに。
放課後。
そいつは、焦った様子で教室を飛び出していった。
俺は咄嗟に追いかけた。
「待て!」
腕を掴む。
そいつは振り払おうとした。
「離せよ!」
「ダメだ、帰るな!」
理由なんて説明できなかった。
ただ、必死だった。
案の定。
そいつが乗るはずだった電車は脱線した。
負傷者二十四名。
死者四十五名。
ニュースでは、何度も事故映像が流れていた。
俺は助けられたと思った。
でも、違った。
そいつが急いでいた理由は、
危篤状態の祖母に会うためだった。
最期を看取れなかった。
その怒りは、全部俺に向けられた。
翌日から、俺はいじめを受けた。
机の落書き。
無視。
陰口。
その時、ようやく理解した。
善意は、必ずしも報われない。
それどころか。
人は簡単に、他人を悪者にする。
だから俺は決めた。
もう、他人に善意を向けない。
それが、自分を守る方法だった。
教室のドアを開ける。
騒がしかった空気が、一瞬だけ静かになった気がした。
俺は気にせず、自分の席へ向かう。
その途中。
視界の端に、“黒”が映った。
思わず、足が止まる。
黒。
自殺を意味する色。
しかも、かなり濃い。
俺は反射的に目を逸らした。
見なかったことにする。
それが今の俺のルールだ。
「黒瀬さん?」
不意に声をかけられる。
顔を上げると、一人の女子生徒がこちらを見ていた。
天音 零。
柔らかく笑っている。
だが、その頭上には。
真っ黒な色が浮かんでいた。




