入れ替わり2
「幾ら龍でも…ごにょごにょ…」
僕が内股で身体をモジモジさせて尿意を我慢している目の前で,美花ちゃんは顔を真っ赤にして消え入りそうな声で何かを呟く。
ただ,今回ばかりは流石に聞き返さなくても分かる! いや,今回に限っては聞き返したら駄目な気がする!
だから,気にはなったけど美花ちゃんの言葉は敢えてスルーし,トイレに向かうべく立ち上がる。
咄嗟に身体を動かした事でおっぱいが揺れるも,今はおっぱいに構っていられるだけの余裕などなく。
『今じゃないんだよなぁ…もっと余裕がある時に揉んであげるから今は大人しくしてて』
そんな事を思いつつ,トイレに向かうべく寝室の扉へと足を踏み出そうとした瞬間。
「まさかトイレに? 駄目に決まってるでしょ! トイレに行くって事は私のその…見ちゃうでしょ!」
「そっそんな事言われても…ずっと我慢するわけにもいかないでしょ?」
全てを察した美花ちゃんに腕を掴まれ,腕に伝わる美花ちゃんの握力で,美花ちゃんの本気度が伝わってくる。
うん,分かってた…やっぱりこうなるよね?
でも,此処で漏らした方が美花ちゃんにとっては大問題にならないか? 今の僕は美花ちゃんの肉体なわけだし。
僕だって好きな子のお願いなら叶えてあげたいよ? でも,生理現象だけはどうにも出来ないでしょ?
時間が経過するに連れて増してくる尿意と,好きな子の今にも泣きそうな表情で,僕は板挟みになる。
「絶対に駄目ぇぇぇ!」
現状をどうやって打破すべくか? 尿意と葛藤しつつ必死に脳を働かせていると,美花ちゃんが部屋中に響くような声で叫ぶ。
『お漏らしの危険性をとってでも僕に見られるのが嫌なんだ…』
確かに好きな子の大事な部分を見たいという気持ちがなかったか? と言われたら,否定は出来ない。
だけど,此処まで全力で拒絶されたら流石にショックだ。
いや,分かるよ? 僕だって息子を美花ちゃんや美嬉ちゃんに見られると思ったら同じ反応をすると思うし。
だけど,今は状況が状況だからそんな悠長な事を言っている余裕はないわけで。
「いや…本当に漏れそうなんだけd「駄目ぇぇぇ!」」
とは言え,このままだと完全に漏らしてしまうと思った僕は,美花ちゃんの静止を振り切って歩き出そうとする。
しかし,美花ちゃんの意志は堅く,僕の言葉を遮り,腕も離してくれず。
だが,次の瞬間…八方塞がりに見えたこの状況を大きく帰る好機がやって来た。
◇
『うっ…何だ? 急に視界が…』
全力で拒絶する美花ちゃんの悲鳴が部屋中に木霊した瞬間,僕の視界が暗転したのだ。
そして…気付くと僕は座った状態で,此方に背を向けて立っている美花ちゃんの腕を掴んでいた。
決して立ち位置が変わった訳ではない!
その証拠に,視界に映る美花ちゃんは僕がさっきまで身に着けていた白のベビードール姿だったから。
逆に視線を下に向けると,僕はさっきまで美花ちゃんが身に着けていた黒のベビードールを纏っていた。
加えて,さっきまで存在していた尿意も今はない事から,一つの仮説が脳裏を過ぎる。
「…まさか今度は美嬉ちゃんの身体に? じゃあ美花ちゃんは元に戻ったのかなぁ?」ボソッ
「…どうかしたの美花?」
さっきまで必死に拒絶していた美花ちゃん(今は僕)が動きを止めた事で,違和感を覚えたのか? 姫路さんが心配した表情で顔を近付けていた。
あと数センチでキスが出来るのでは? と思える距離感に,慌てて姫路さんから顔を離しつつ,僕は恐る恐る握っている腕の持ち主である美花ちゃん(?)の方に視線を向けると…。
「う~ん…あれ? なんでボク…部屋の入口で突っ立ってんの?」
美花ちゃんの身体も意識を取り戻したようで,キョロキョロと周囲を見渡していた。
その様子と言葉から,僕は彼女が誰なのか? 何となく理解する事が出来た。
「…あれ? もしかして…美嬉ちゃん?」
「…? 何を言ってるの美花? 朝に強い美花が寝惚けているなんて珍しいじゃない?」
『あっ…この感じ…美嬉ちゃんだ』
もしも目の前にいるのが美花ちゃんなら,この状況で美嬉ちゃんを演じる利点はない。
さっきまであった殺意に似た威圧感も,目の前の美花ちゃん(?)からは感じない。
それに,自分の身体に戻っているなら,気付いた時点で僕の手を振り解いてトイレに駆け付けている筈だ。
まぁそれ以前に,喋り方や反応からしても目の前にいるのは間違いなく美嬉ちゃんだ。
『マジかぁ…確かに“美花ちゃんと美嬉ちゃんを見分けられたら”と願ったけど…まさかこんな形で美花ちゃんと美嬉ちゃんを見分けられる事が出来る日が来るなんてなぁ…』
入れ替わりは想定外だったけど,僕の願いは間違いなく叶った。
そんな風に感心していると,目の前にいた美嬉ちゃんがぶるっと身体を震わせた。
嗚呼,そう言えば美花ちゃんの身体は尿意を我慢していたんだっけ?
「うっ…ごめん…ちょっとトイレ…うぅ…漏れるぅ~」
そう言うと美嬉ちゃんは,感心する僕の手を優しく振り解き,部屋を出てトイレに向かって駆けていく。
『美嬉ちゃん…ごめん!』
扉を開けてトイレへと駆け込む美嬉ちゃんの背中を,僕は心の中で謝罪しつつ見えなくなるまで見送った。
◇
「ねぇ美花? 入皮くんをトイレに行かせて良かったの?」
急に態度を変えてトイレに行かせた美花ちゃんの様子に,姫路さんは“?”マークを浮かべて僕に問い掛ける。
まぁ今の姫路さんには,美嬉ちゃんの肉体に入っている魂は美花ちゃんだと思っているから,その反応でも不思議はない。
いや,入れ替わりをすぐに受け入れられた姫路さんの度量も凄いんだけどさ。
ただ,美花ちゃんと違って現状を姫路さんに上手く説明出来る自信は僕にはない。
『どうしよう…疑われないように美花ちゃんに成り切った方がいいのかなぁ?』
とは言え,諸悪の根源である姫路さんを,美花ちゃんに成り済まして騙す必要はない。
寧ろ,姫路さんには入れ替わり現象を解明させて,元の身体に戻る手伝いをさせてもバチは当たらない。
いや,それ以前に入れ替わり現象なんて現実的に有り得るのか? これは夢なのでは?
それに,夢だとしたら此処まで五感がハッキリとしているか? さっきの尿意だってリアルだったし。
これが夢だったら,あのままトイレで用を足したらお漏らしコース確定だな(苦笑)
「あ~…う~ん…えっと…」
姫路さんの問いに,何と返事をしたらいいのか? 脳を必死に巡らせていると,僕をサポートするかのようにトイレから美嬉ちゃんの声が聞こえてきた。
「何でボクが美花の寝間着を着てるの!? …え? 何でボクが美花の身体になってるの!?」
尿意から開放されたからか? 自分の身体を確認したのか? 美嬉ちゃんは家中に響き渡る声量で,吃驚している様子だった。
そりゃあそうだよね…気が付いたら自分の身体じゃなかったら,誰だって同じ反応をするよ。
まぁ僕の場合は,美花ちゃんの身体になった事よりも美花ちゃんと美嬉ちゃんの寝間着に意識がいっちゃったんだけど。
ただ,美嬉ちゃんの言葉のお陰で,姫路さんへの説明が省けたのは僕にとって最大の援護だった。
「…えっ? じゃあ目の前にいる美嬉は美花じゃないの?」
「理解が早くて助かります」
こうして,僕・美花ちゃん・美嬉ちゃんの入れ替わり生活が幕を開けたのだった。
因みにこの日…美花美嬉の両親は,僕の両親と共に旅行で居なかった為,美嬉ちゃんが叫んでも“入れ替わり”がバレる事はなかった。
◇