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《後編》

 あれから一年が経った。

 マクシミリアンに提案された事を受け入れ、ミリーは今ロスシー侯爵家でお世話になっている。

 マクシミリアン様の傍に居たいという思いと私の様な庶民がという思いがミリーの心の中でぶつかりせめぎ合い、迷いに迷って決心がなかなかつかず半年が過ぎていたある日にひょんな出来事がきっかけでこのロスシー侯爵家の養女となることとなった。

 あの火事で生まれ育った街を出てからマクシミリアンを頼り、2日後には商人に変装したディックに連れられ、ミリーは馬車の中へ隠れる様にしてロスシー侯爵家を訪れた。

 ミリーがまずその広いお屋敷を目にしてから最初に思ったことは、何故か……()()()()ということ。

 心の中に沸いたその不可思議な気持ちにミリーは戸惑い、せっかく勧めてくれた庶民には上等なお菓子の味も分からなかった程だったのだ。

 通された客間にて待っているとロスシー侯爵夫妻が現れ、ディックがマクシミリアンからの書簡をロスシー侯爵に渡して事の経緯を伝えた。


「ほぉ…、このお嬢さんが……。火事とは、如何にもな手段ですなぁ……。」


「……? 如何にも?」


「いや、失礼……。」


 ロスシー侯爵はマクシミリアンからの書簡に書かれた何かを読み、意味ありげな言葉を漏らしたのでミリーは不思議に思って尋ねたが何も答えてはくれなかった。

「お嬢さん。マクシミリアン様からの書簡によるとあなたを保護してくれとあるのだが……、しかも将来的には腹妃として城に上がって欲しいので秘密裏に準備をお願いすると。あなたは庶民の出の様だが……腹妃というものはどういったものだか理解しているかね?」


「ええっと………。すみません。公の場には出ていらっしゃらないもう一人の王妃様というぐらいしにしか……。」


 庶民には存在感の薄い腹妃というもののことはミリーには知らないことが多く、王都から来たと言っていた商人の客から以前に聞いた話を思い出して知っていることをたどたどしく話した。

 そのミリーの様子を見て仕方ないなといった雰囲気で首を横に振り、ロスシー侯爵はミリーに向かって説明をしてくれた。


「腹妃とは王の子供を産む役目の為だけに王に直接召し抱えられ、それによって王妃に次ぐ身分を与えられた女性のことだ。お国の存続の為、また余計な世継争いによって世に混乱を招かない為にも、王は自身の直系となる跡継ぎの子供をたくさん残す事はとても大切な事で、その為に王妃以外との間にも子供を作る事は王族にとっての特権とも宿命ともいえるのだ。ただし、生まれてきた子供は公には王妃の子供として育てられ、我が子にも母と名乗りを上げることは許されない。そして公の場にも出る事を禁じられているのが腹妃という陰の存在なのだよ。貴族の中には『夜の王妃』とも囁く人もいるが……二度と城の外には出られなくなるばかりか、王族と使用人以外には親兄弟と言えども会えなくなる。妃とは名ばかりの、(はら)を貸すだけのカゴの鳥だ……。」


 マクシミリアンから言われていてもちゃんとした意味も分からずにただ傍に居たいという思いからフワフワとしていたミリーだったが、こうして改めて腹妃というものについて説明されてハッキリと分かったことで更に困惑した。


「その……あなたにも事情がおありでしょう? ゆっくりと考えると良い……。他ならぬマクシミリアン様からのお願いでもある。最終的にどんな答えを出したとしても、その方の御寵愛を受けたあなたを当家は快く受け入れよう。」


 そう言って不安気にしていたミリーを落ち着かせる様にあの日、ロスシー侯爵夫妻はニコニコとした笑顔で手を差し出してくれたのだった。

 そうしてからマクシミリアンから言われた通り、ミリーはまるで娘みたいにロスシー侯爵夫妻に大切にされ、ロスシー侯爵夫妻の実の子供であるまだ幼い子供らと共に哀しみと迷いを振り払うかの如く楽しく日々を過ごした。

 が、この家での暮らしが馴染んでいくにつれて、ミリーはざわざわと胸に降り積もる違和感を膨らませていった。


「初めて来た場所の筈なのに知っている……。何故だか……、何が何処にあるのかも分かってしまう。」


 何が何だか分からなかったそれは、偶然にも本棚と壁の隙間に落ちていたとある人の日記を見つけ、読んでしまったことで解消された。

 表紙には『ポリーン』と書かれており、ロスシー侯爵に見せるとこの日記はマクシミリアンの母でもあるロスシー侯爵の姉君の日記だと判明した。

 早くに亡くなった姉君の日記を見て、ロスシー侯爵は泣いていた。


「ありがとう、ミリー。姉君が日記を書いていたのは知っていたんだが、大切にしていたのでてっきり王城にまで持って行ったものかと……。でも、これをどこで?」


「えっと……、こんなことを言うと気味悪がれるかもしれませんが………。何故だか私、その日記が見つけた場所にあるのを知っていて……。他にも知らない筈のこの家の事とか………。」


 ロスシー侯爵はミリーの話にギョッとしていたが、不思議な事もあるものだと話せば話す程に何か腑に落ちるものでもあったのか理解を示した。


「ミリー。あなたはきっと神の寵愛を受けたのだよ。あなたは私の姉君の……ポリーンの生まれ変わりなのだと思う。」


「生まれ変わり……ですか?」


「あぁ。でなければミリーの話すことは、到底は理解できない事ばかりだよ。なにしろこの家の人間、しかもポリーン本人にしか分からない様なことばかりだ。」


 言われてみればそうなのだと、どこか合点のいくことが多い様にミリーには思えた。

 マクシミリアンに対する気持ちは『恋』というにはどこか落ち着いていて、同年代であったシスターとマクシミリアンに求愛された時の話をしていても確かに惹かれているのに恋のドキドキとも違う気持ちで、温かな懐かしい気持ちがじんわりとミリーの心を満たしていくものであったのだ。


「姉君はマクシミリアン様を産んですぐに亡くなられてね……。その心残りを抱いたままで天国へは行けず彷徨い、きっとミリーという少女、あなたに生まれ変わったのだろうと思う。だからこそ、忘れ形見であったマクシミリアン様に自然と惹かれたのではないかな?」


 そう言われ、ミリーは思わずドキッとした。


「姉君亡き後、後釜に入られたグラディス王妃とマクシミリアン様は相性があまり良くなくてね。というのも……、使用人たちが事ある毎に『ポリーン王妃は素晴らしかった!』と、グラディス王妃と比べて噂をするものだから段々と機嫌を悪くされて……。それで姉君そっくりな金髪美少年に育っていたマクシミリアン様を厭われてね………グラディス王妃が産んだ子供とも離されて、離宮で少ない使用人と共にとても寂しい少年時代を過ごしたと聞いているよ。私らも、縁戚関係と言えども社交界デビューもしていない王族には自由には会えないから、後々になってから本人より聞いた話ではあるのだが……。だから母親を追い求める気持ちは人一倍強いんじゃないかなと思うんだ。だからこそ、本能的に母親の生まれ変わりである存在のミリーを感じ取り、追い求めたんじゃなかろうか……。だって………。」


「……? だって………?」


「あなたは知らないかもしれないが……。マクシミリアン様と、その正妃であられるアイリーン様は、政略結婚といえども今では大変仲睦まじくしていらっしゃる。子供もそれなりの数が既にいたんだが、元老院からも腹妃となる女性を召し上げろと散々言われていて、それでもマクシミリアン様はアイリーン様を思ってそれを頑として拒んでいたんだ。それが………。」


 そこまで言うとロスシー侯爵は口をつぐみ、目を伏せた。


「私みたいな田舎娘を気に入ってそこまで追い求められるだなんて、確かに少し不思議ですね。」


 それからというもの、ミリーは『ポリーン』だった時の記憶を徐々に思い出していった。

 とは言ってもポリーンがこの家で暮らしたのは十三歳の時までであり、成人もする前に幼くして次期王太子妃として城に上がって将来の王妃としての教育を受け、城に上がったその日から早くお世継ぎをと周りの大人らから子作りを強いられて忙しい毎日を送っていたので両親の記憶も朧気であった。

 自身が前世でマクシミリアンの母であった記憶を思い出してからというものの、ミリーは益々傍に居たいという気持ちが高ぶっていった。


「これは恋ではなく、母性から来るもの……。」


 そう自覚してきてはいたが、今世では身分無き田舎娘である自身のままでは無理だと悟り、最初にマクシミリアンが提案した様にロスシー侯爵家の養女となり、お飾りの腹妃として城に上がる事にしようとミリーは決めた。

 まずはロスシー侯爵に決心したことを伝え、ミリーはマクシミリアンに前世の記憶を思い出した事と共に自らの気持ちを打ち明けた手紙を出した。

 ミリーからの手紙と聞くや否や浮足立つ様にして喜び封を開けたが、マクシミリアンは手紙の内容に驚愕し、苦悩した。

 ミリーの気持ちを理解することと自らの気持ちを正しく受け入れ、整理する事に余程の時間がかかったのだろう……。

 だが多少気持ちが変われどもミリーもマクシミリアンも共に居たいという思いは変わらず、ポリーンである時に傍に居れなかったからという願いを叶えるべく、城にて一緒に過ごす為にも最初に立てた計画通りに事を運ぶことにした。


 ロスシー侯爵家にお世話になっている間にミリーは成人となる年齢を迎えてはいたが、まだ成人式はしていなかったので正式には成人していないというのを利用することにした。

 一口に『成人式』といっても庶民と貴族とではやることは全く違うものだが、正式にこの国の市民だと存在を認められるという意味については同じであり、成人式を迎えていない子供は公の場には出れず、自身の意思を口にする事も許されない幽霊の様な存在であるのだ。

 その為にあの職人街にミリーという女の子が居たという証拠は残っておらず、とても都合が良かった。


 名目上としては腹妃として城に上がるので、養女だと分かればどこから来た人間なのかと血筋を気にするお偉方も多く、ミリーが養女という事は秘密にして公にはこの家の実子とすることになった。

 一年近くかけて貴族の嗜みを教育されたミリーはロスシー侯爵家で隠されて育てられた令嬢、エミリアとして社交界デビューをして初めてその存在を周囲に知らしめた。

 デビューの為に初めて行った社交界ではロスシー侯爵家に美少女が隠されていたと噂になり、幾人かから求婚もされもした。

 だがミリーはそれらを突っぱね、その半年後に侯爵家令嬢エミリアとして王城入りを果たした。


「いらっしゃい。……いや、『おかえりなさい』かな?」


 そうはにかんだ笑顔を向けてきたマクシミリアンはアイリーン王妃をエミリアに紹介した。


「初めまして、アイリーンと申します。マクシミリアン様から前もって聞いてはいますが……不思議な事もあるものですね。フフフッ。」


 そう上品に笑って挨拶するアイリーン王妃にエミリアは緊張した面持ちでドレスの裾を両手で摘み、お辞儀をして挨拶を返した。


「ロスシー侯爵家より、腹妃として王城入りをいたしましたエミリアと申します。マクシミリアン様、アイリーン様、これより末永くよろしくお願い致します。」


 エミリアはお辞儀を止めてスッと立つと、目尻から一筋の涙をこぼしながら笑顔になった。


「………ただいま!」


 嫉妬深いとも噂されていたアイリーン王妃に意外にもすんなりと城に入ることを受け入れられ、エミリアはちょっと驚いた。


「アイリーンには私からエミリアの気持ちの事とか、母の事とか前もって話して説明してあったんです。最初は信じられないといった感じだったんだけど……、私が何度も話すうちに信じてくれてね。母であるならと、私も仲良くしたいと言って受け入れてくれたんですよ。だから安心していいんですよ、エミリア。城の中でも、ここは王族しか入れない区域でもあるし、前世の分ものんびりしてください。」


 マクシミリアンから言われた言葉に、エミリアは緊張が少しずつ解けていった。

 ともあれほっと一安心したエミリアとマクシミリアンは2人で歩いて城の中を巡り、母であるポリーンが死んだ後のマクシミリアンの幼い日々の事や、エミリアが思い出した前世での先代の国王との思い出話に花を咲かせた。

 そして気を利かせたアイリーンに見守られ、エミリアとマクシミリアンは急速に仲を深めていったのである。

 城で暮らしていると、エミリアはポリーンであった時の記憶が更に蘇り、マクシミリアンを産んだ時の事をしきりに思い出す様になった。


「私は産んですぐに死んでしまってあなたに何もしてやれなかった。それだけが心残りで………今更かと思うけども、甘えてきても……。」


「いいえ。それを言うなら私に親孝行をさせてください。公にはあなたは私の腹妃という身分なので夜にしか会えないことが殆どですが……。」


「マクシミリアン様……ありがとう。」


「……母上、産んでくれてありがとう。エミリア、今は一人の女性としても愛しています。」

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