07 夢想交友/無双戦機:Ⅰ
また艦が揺れた。下手くそな速度調整。これだから大型の航宙機運用艦は。
「……さあて、白兎隊のラビッツ。状況の確認をしておこうか」
クレハ少尉に元気がない。ブリーフィングルームに集った面々も顔色が悪い。まあ、顔がそこにあるだけでめっけものか。なにせ半数しかいない。俺の分隊にいたっては俺を除いて全滅だ。
敵群突破戦術はいつだって過酷で、マルレ乗りを易々と死なせる。成功したって犠牲は出るし―――失敗すればこの様だ。うちの小隊はまだマシな方だろう。
「再攻撃に先だって主力艦隊による砲撃が実施されてるよ。しかも支援砲撃もバンバンもらえちゃう。打撃艦隊も出張ってきてるし、ワーオだね。でも退避勧告には注意しとくこと。ドッグファイトに夢中になってたらダメだかんね?」
格闘戦のど真ん中へ撃ち込んでくるということか。何機落とされるかわかったもんじゃないな。あちこちからうめき声。
ナナイは……気丈だ。引き締めた唇が細かに震えているけれど。
「んで、マルレの武装もビーストモード解放だよ。フルウェポンに追加ラックも込々で、なんと中距離ミサイルが十二発も搭載されたのだ。撃ち放題だね!」
いっそ核弾頭を複数発持たせてくれ。もしくは好きなタイミングで撃たせろ。まったく老人どもの「核兵器神経質」には困ったもんだ。誤射をする隙がない。
……そういえば、要塞のトップたる大将閣下は日本人だった。だからかな。
「で、敵群への突入だけど、まずは浅めに。一応は突破担当小隊ってことになってるけど、状況次第で変わるかんね……中隊単位で波状攻撃を仕掛けて、こう、隙をつく的な感じでやるんだ……ヤシロ聞いてる? 勝手に突破はダメだよ!」
好き好んで無茶をするものか。そうでもしなければどうにもならないからやるんだ……ナナイ、俺を睨むんじゃない。
「は、命令を待って突破を試みます」
「いいお返事! それじゃ、勇気凛々と大評判のラビッツ、バイタルチェックを受けた子から乗り込めウサギだ!」
評判がどうあれ小隊は半壊していて、臨時に二個分隊を組むのがやっと。俺はアルファ分隊で、ナナイはベータ分隊。適切な編成だ。突破力のあるやつは分けた方がいい。どっちの分隊でも突出できる。
「ん、さっすがヤシロ。バイタル優秀じゃん。やる気満々とか?」
「少尉殿指揮下の分隊で戦うのは久しぶりですから」
「どんよりした目で言われてもなあ……気力はデータに出ないし……あ、そだ」
痛え。耳を引っ張られた。そして吐息がこそばゆい。
「……あたしが死んだら突っ込んじゃって。今回、多分ヤバい」
頷く。驚きはしないさ。増援があったとはいえこの再出撃には無理がある。きっと悲惨なことになる。大隊は全滅するかもしれない。
仮にそうなったところで……老人どもの勝利が揺らぎやしない。
やつらは仕方なくボタンを押すだろう。年に数発しか製造できない特別な爆弾の発射スイッチをだ。俺たちの残骸はDeFAごと消し飛ぶ。安価な勝利が破棄され高価な勝利が確定するという、ただそれだけのこと。
ブーツのスイッチを切って、ひと蹴りして、漂よっていって。
扉ひとつ向こうの格納庫へ。まばゆくも忙しない機械の巣窟に、黒い棺桶が所狭しと並んでいる。隊旗でもかぶせて鎮魂歌を流せばいい。しっくりくる。
機体の各所をチェック。さっきの出撃で被弾した箇所が塞がっていればいい。今更どうしたところでサイドスラスターの強度が上がるわけでなし。
電子音。執行猶予の終わりを告げるもの。
ああ……チクショウ……怖えなあ。
整備兵に促されるままに搭乗口へ潜りこむ。ベルトで身体を固定する。震える身体を執拗に縛りつけていく。戦うためだ。状況が人を兵士にするんだ。
整備兵が蓋を締めた。レの字型の封が施された。照明が赤色に変わった。
ヘッドギアをかぶる。出撃準備、完了。
<おはようございます。作戦行動を開始します。武装を確認しますか?>
ここには朝なんて来ない。永遠に夜だ。しかも恐ろしい化物が跋扈している。暮らしを護るために支払われる生贄が、俺たちだ。黒塗りの棺桶に詰め込まれ、放り出されるんだ……揺れる。順番に運ばれていく。
そら、地獄への落とし穴も開いている。足元、カタパルトの先に深い暗闇。
<出撃シークエンス、最終段階です。カウント五、四、三、二……射出>
衝撃。垂直落下としか感じられない、縦方向の大加速度。下っ腹に風穴が開いたかのような不快感。こいつは苦しいだけじゃなくてひどく寒い。つらい。
だから目を閉じよう。いつものようにやり過ごそう。
命すら軽々しく浮遊するここには、どういうわけか「浮かぶ瀬」だけはないけれど……もがくよりも「身を捨て」た方がいい。慣れてしまった方がいい。
<注意。主力艦隊による砲撃が上方を通過します>
振動。随分と近い。しかも立て続けか。荷電粒子砲の斉射三連というやつだ。電子機器に影響が出ている。EP機構、仕事しろよ。
「中隊各機、戦術管制コンピュータを緊密リンク。操舵を委ねろ」
中隊長の判断は正解だろうな。これじゃ敵性宙域まで落ちる前に迷子が出る。いや、それどころか、下手すれば誤射で殺されかねない。団体行動で存在を主張した方がいい。小魚が群れを成すように。
<アイハブコントロール。編隊巡航を実施します>
前門のDeFA、後門の老人ども……流れに身を任せるよりないじゃないか。冷蔵されるようにまどろみ、どうしようもなく死に近づいていこう。
冷蔵庫の臭い。無線の雑音。一定の間隔で明滅する砲撃光。
どうにも深夜バスを思い出すんだよな。
親戚の家を回って、お金を貸してほしいって頭下げまくって……何てみじめなんだろうと思ったもんだけれど……家に帰れば家族がいた。だから頑張れた。
弱かったんだ。身を寄せ合うしかなかった。そうすればあたたかだったから、ぞんざいに扱われても迷惑がられても、耐えられた。ささやかな喜びもあった。妹の学校行事はどれひとつもお祭りだったっけ。あいつ運動も勉強もできたし。
<注意。敵性宙域です。注意。敵性宙域です>
言われなくても、目を閉じていても、わかるんだよ。敵意が刺さってくる。
俺がまだ日本人だった頃、世間に冷たくあしらわれて困窮してはいたけれど、こんな風に憎まれることはなかった。悪意に晒されることはなかった。
寒いなあ。
ここには俺を護ってくれるものは、毛布の一枚だって……。
「七七一番、エンゲージ」
ナナイ。いくつもの交戦連絡の中から聞こえてくる、凛としたその声。ベータ分隊は随分と奥へ攻めている。中隊の中でも特に押し込んだ位置。隙を伺うのじゃなくて、隙を生じさせるための戦術行動。
「……八四六番、エンゲージ」
分隊ごとに、小隊ごとに、中隊ごとに……第七斥候大隊残存部隊による決死の波状攻撃だ。増援部隊が頭上から俺たちを駆り立てている。
敵の掃滅はできない。数が馬鹿馬鹿しいほど多過ぎる上に、巣体である甲殻イソギンチャクが在る限り増え続けるから。群の密度をコントロールするんだ。突破の可能性を作り出せ。
「中隊各機、支援砲撃に備えよ」
マルチプルウィンドウに表示される着弾予想図。かなりシビアなところへ撃ってくる。しかし効果的だ。老人どもは決して無能じゃない。むしろ有能すぎる。俺たちを搾取し、利益を上げることにかけては天才的だ。
カウントダウンを経て飛来する、光の奔流―――圧倒的な強さと美しさ。
「アルファ分隊、突出するよ!」
クレハ少尉の声に速度で応える。加速だ。ミサイルを抱えすぎているから細かな機動は避けたい。ただ真っ直ぐに敵の奥底へ。
「ラビッツ! 全機でヤシロを援護!」
猛烈な速度で落ちていく。帰り道の保証されない暗闇へ。先頭きって。
行けるか? あるいはこのまま……いや無理か。痛み。そう錯覚するほどの憎悪と執着心が向けられている。瘴気を伝わってくるこいつには覚えがあるぞ。
<注意。攻撃照準波を受けています>
来た。獰猛な速度で迫る青目の新型DeFA。『機動アオナギ』。強敵だ。こいつは強襲索敵艇と同等の機動性があるだけじゃない。戦技が鋭い。
対抗ミサイル発射。緩旋回して増速。そら、当然のように喰らいついてくる。
「ヤシロ、新型はあたしたちが…え、ウソ、新手が……九〇八番より大隊各機! パーンパーン、パーンパーン、我新型の編隊と遭遇せり! 数、五!」
あれが五匹。どうする。クレハ少尉。
「ベータ分隊、フルバーストして跳びかかれ! アルファ分隊はそれを掩護! ヤシロは進路速度そのままに、行って! 道が開けているうちに!」
了解と告げて、両足を伸ばす。加速する。
「ラビッツ、畳み掛けて! こいつらを他所へやっちゃダメ!」
「五三八番、シーカーオープン……FOX2、FOX2」
「コミヤ、バカ、後ろだ! ブレイク! スターボード!」
きっとこれが最適解だ。誰かが突破を成功しなければならない。
「ピーポが喰われた!? こいつら、偏差射撃なんて……あたしが行く!」
「四一七番、シイナ、少尉殿をフォロー」
「ナナイ! そっちのは任せたよ! 落として!」
「七七一番、オーバーブースト」
だって時間制限がある。作戦が停滞すれば老人どもは作戦を切り替えるだろう。高価な爆弾を用いるための露払いが、俺たちを虫けらのように殺すだろう。そして……生体パーツに回される奴が出るかもしれない。また。
行く。行くしかないんだ。
戦死できるだけマシなんていう、クソッタレな地獄を望まされて―――
<警告。支援砲撃、来ます>
―――は?
いや、待て、嘘だろ? このタイミングでこのコース……嘘だと言ってくれ。
<アイハブコントロール。回避します>
俺はいい。俺の位置からなら避けられる。でも、小隊は。今まさに激しいドッグファイトをしている戦友たちは。クレハ少尉は。ナナイは。
光。恥ずかしげもない光。圧倒的なまでの、その、無神経さ。
悪意も、諦観も、何もかも区別なく引き裂いて。
俺の叫びも、かき消された。