嘘なんかじゃ言えない言葉
文字数が長くなってしまうなら話数を分ければ良かったのかと今更気づいた......
サブタイトル的にはどうしても繋げたかっただけに。
喧嘩別れ時、的外れな言動を行った時、異性に振られた時、決定打を逃した時、渾身のギャグが滑った時。どういう場面にせよ、これほど気まずいものはないのだとまざまざと思う。場合によっては息を呑むなど良い方向にも捉えられなくもないけど。
一対一の会話に置いて沈黙がもたらす空気感ほど耐え難いものはない。
およそ数時間を有すであろう主婦たちの井戸端会議ほどではないにしても、長らく話し込んでしまっていたらしい。気づけば町並みは赤みが増していき橙色に染まろうとしていた。
地方への移動手段がある駅前近くに人が密集するのは当然、昔よりも店舗の数が減ったとはいえ商店街も錆びれない程度には賑わっている。そこを抜ければ車線上に道が続いてるが、家の方角は違うから帰る道のりに沿って人数は分散していく。
ふと上を見れば黒鳥が群れを成して飛び回り、目線を下げれば次第に影の色も目立つようになってきていた。何ら変わらない見慣れているはずの風景、しかし今日ばかりはどこか懐かしい風情を思い起こさせる。
俺は口を閉ざしている合間に自販機で買った缶ジュースを一口飲む。
それも少量に抑えて。
さすがにこの雰囲気で炭酸飲料による反射作用を出す気にはなれないし、する訳にはいかない。
いつもの癖でボタンをぽちったけどこんなことで息苦しさが増すなら俺もピーチを選んでおけばよかった。そう思っても買ったものはしょうがない。
カラカラに渇いた喉に潤いを与える為にも一気に飲み干したい所ではあるが、無言であるこの場では救いを求めるように水はもとよりコーラを微量に飲むことしか出来ない。彼女もまた同じだろう。延々と二人で同じ動作を繰り返す。
ゆったりと流れる時間と空間、喉に滴り落ちる微音だけが俺達の間を行き交っていた......
そうして、いよいよ互いに口を開かないまま坂道に差し掛かろうとした時――――
「黒真! あの、さっきの話なんだけどさ」と呼び止められた。
けれども愛美は「ううん、なんでも」俺が言葉を返すよりも、いち早く声を静めた。であるならこちらから問いただすことは控える。
然すれば沈みゆく声からして言葉は途切れる、かと思いきや。
こちらを伺うように視線だけを寄せて、そらす。行き場を探すように右へ左にと彷徨わせた後、その視線はまた俺に戻ってくる。
「ない、ことはないんだけど......」
地面と俺を交互に見ることを繰り返す様子からは当惑しているであろうことが明らかだ。
要件を伝えようとしているんだろうけども、歯切れが悪いために言いたいことがあやふやで。そもそも何か言いたそうにしていてもこの空気感では会話はままならない......
あの流れで普通に話が出来ようものなら沈黙に場を支配されていないもんな。
俺が振った強烈な話題は今日中には消えないにしてたって、今後彼女と顔を合わせる度にこの調子なのは心持たない。もう愛美の前で下ネタは絶対言わないようにしよう、確実にNGワードに指定しないと。
そう胸中で固く決意しながらも俺は歩みを再開させる。
歩幅を合わせようと駆け足で付いてくる愛美だが困惑したままなのは変わらない。
思い返してもみれば愛美が家に泊まった時に面白そうだと思って見てしまったのが金曜ナイトショーだ。親が夜遅く用事で出掛けていたために二人っきりにされた状態で見てしまったある洋画。何故か親がいつもは見させてはくれなかったもんだから一度見てみたいという興味本位もあった......
子供向けの番組とはまた違って派手な演出と豪快な展開の数々にドキドキハラハラとした気持ちで視聴していると、突如インターバルが入った。それは戦い疲れた英雄に許された至福のひと時、あるいは安らぐ時間。
しかしその一時の間は俺にとっては大人の世界を垣間見てしまった瞬間でもある......
間接的な描写は映ることはないけれど見てはいけないものを目にしてしまったと子供心に思うことがあったのだろう、俺は当たり前のように固まってしまった。
その横で愛美はつまらなそうにあくびをしていたが、もっともその時の俺達はまだ男女の境界線というのが分かってなかったから視覚的にはプロレスをやってるのかな、という感覚でいた筈だ。四角く囲まれたリング上じゃなくスペースの狭いベッドの上、妖艶に流れてる音楽ならではの違和感を感じてはいたけども。
それでチャンネルを替える親がいなかったせいかそのまま視聴していたけど愛美はいつの間にか寝息を立てていたんだっけ。
でもお互いがもう無知ではなくなったことによって男女が似て非なるものだと自覚が芽生えた。
年齢指定のされていない作品であってもこの状態で同じ内容の映画を見たら多分愛美はうつらうつらと、していられないだろう。俺もあの時以上に凍り付いてしまう自信はある。ほんと慣れない会話はするもんじゃないな......
さて、どうするべきだ。
このまま黙っていた方がいいのか、話しかけてくれるのを待つべきか。こうして思想している間にも横では金魚のようにパクパクと口を動かしてる。やっぱりこっちから話しかけるべき、なんだろうな。
「――あい」
「――くろ」
うぐっ! なんて間の悪いことに発した声が重なってしまった。
無駄にタイミングが合ってどうするんだよ。
こちらが「え?」と声をこぼせば彼女はオウム返し、思わず互いに顔を見合わせてしまう。かといってここでジ〇リ作品めいた笑いは生まれず、どうぞどうぞという掛け合いも出ることもなく。ただただ驚いた表情の愛美。
この一瞬に出来た静黙がますます緊張を加速させていってるように思える中。
「あ、ち、ちなみにさ」
今日、幾度となく歩みをやめていた愛美ではあったが今度は俺から足を止めた。
「う、うん?」
するとビクッと、虚をつかれたらしく肩を揺らしながらに立ち止まる。というより声が合わさった時点で二人してその場で止まっているんだけども。
たどたどしい返事からは緊張を強いられているのが丸分かりで、そんな何時にもましてしおらしい愛美の態度に胸が高揚してしまう。
幼少の頃を思えばこそ朴念仁だった愛美がこんなに物も言えない状態になるなんて。
だけどそれ以上に信じがたいのは。
「何で、なんで別れたの......」
俺は熱が冷めていたであろう話題を再び切り出してみせた。
細々と告げれば愛美の表情はより一層に強張る。
先程投げ打ったこととは違って、確信を突いた質問は答え難い。またも話しかけ辛い雰囲気を作ってしまうということを分かった上での質問内容だったのだけれども、またやってしまった。いくら昔馴染みといってもそこまで踏み込んで言い訳ないか。
なぜまたこんな話を振ってしまったのか。
ここは陽気な話をして暗い空気を吹き飛ばす所だろ。
もちろん俺には明るい話のネタも相手を笑い転がせるような話術はないから無理だ。ネガティブ話なら嘆き玉を撃たれたかのようにホロホロ沸き出て来るんだけど、人を楽しませることも出来なければ限られた相手にしか効力を発揮しないんじゃどうしようもない。
「え、あ、言いたくないんなら別に、無理に言わなくてもいいんだけどさ......」
以上の理由から俺は聞いてしまったが早々に考え直す。
仮に俺が突然変異でTS、性転換したとしてこんなつまらない男が彼氏だったら嫌気が差すだろうな。芸人が女優と付き合えたりあれほどにモテるのも分かる気がしてくる。などと我ながらお笑い資質のなさ加減に嘆息していたのだが。
しかし、あろうことか彼女は固い表情を収めた。
どころか口の端を小さめに吊り上げたように見えた。
まるで俺がその話題を振ることを待っていたかのように。
「まっ、色々理由はあるんだけど。しいって言うなら......」
そこまでで言葉を置く愛美。
と、いきなり手が伸びてきたと思えば隙ありといった感じで俺はジュースを颯爽と奪い取られた。
茫然とする俺をよそに軽くステップを踏む。そのまま先ほどの緊張を感じさせない足取りで半歩進んだ所で......
「本当は宗助より有真が“好き“だから、って言ったらどうする」
艶やかな一つ結びの髪を綺麗になびかせた。
ドラマの撮影みたく《はいカット!》脇から盛大な掛け声が入ってきても不思議じゃない。肉眼で見えているにも関わらず、透明感も合わさって画面越しに映っているんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
夕映えで照らされているその優美な立ち振る舞いに惚けてしまうも予想だにしていなかったせいか、唐突に告白じみた言葉を掛けられた俺は正直どう答えたらいいのか分からない。あだ名ではなく名称で呼んだことに対しても。
「ど、どうって」
戸惑いを隠せずに俺は消え入るように言葉を吐く。
だが、こうして返答に困ってはいても思考は止まる所かフル稼働していた。
女性は男性と違って気持ちの切り替えが早いという。
勝手ながらに恋人や惹かれ合っている者同士と限定しているけれど、男女がどういう経緯でデートをしようが別段おかしくはない。それこそ遊び感覚とか、別れるに至ってしまう事情にしろ。でもそうであるからこそ俺には宗助君が愛美を手放すなんて信じられない。
というのも『さっきの話』と聞こえたことが気になったからだ。
俺を誘ったのも半場ヤケクソになっているだけだとしたら。
早くに訂正しようと思っていたも気まずい流れになったことで話しかけ辛くなり言うに言い出せなかった。だとしたらそれは、実は別れたというのはちょっとした嘘で、少しばかり驚かせたかっただけ。
まさかここまで溜めることになるとは思ってはいなかっただろう。
自己解決した俺はワンクッション置いてから返事を返すことにした。
「またまたぁ、分かってるよ。それもどうせ見え透いた」
「嘘じゃないから」
「そう、嘘じゃない...... え?」
「よっぽどのお節介焼きでもなければ関わりの薄くなっていた相手に話しかけにいかない――嘘なんかじゃこんなこと言わないよ」
またしても、唖然とする俺に茶化す様子は見せない愛美。
真面目にかつ一貫した声色で告げてきた。
大事なことは二回言葉を発して意味を強調させるとは言うけども。こんなことってなんだ。
嘘でもなく俺を好き? いや騙されるな嘘だ、だけど確かに今好きって言ったんだよな。好きって、あれ? スキとはどういう意味だっけ。スキ、スキー、スケートボード、平野〇夢......
俺は何度も門答し、心の中で連呼する。けれど頭の中でワードを繰り返していく内にゲレンデ、ではなくゲシュタルトが崩壊していく。もうウィ◯ペディアを開くなりしないと言葉の意味が分からなくなりそうだ。
困惑していてか思うように頭が回らないと、驚きのあまり何も言い出せずにいれば再び声が降りかかってきた。
「信じられないなら本気っていう証拠、見せよっか」
控えめに、でもハッキリと。
感情薄めに言えば愛美は手に持っている飲みかけのジュースに口をつけようと唇を近づけていく。
「わたしが黒真を一人の男として見てるってことの証明」
それは俺の手元にあった筈の...... ああ、ついさっき奪われたんだっけか。
俺が飲んだ後の缶ジュースに口をつける、ということはつまり間接キ――
「うあ゛ぁぁぁっ! ちょいストップーーっ!!」
寸前の所でハッとした俺は決死の叫びで待ったを掛けた。




