ラブレター作戦
放課後、今日も変わらず教室に残って時間を潰すことにした俺は淡々と時が流れるのを待つ。
何か最近居残りする機会が多くなった気はするけど、これも人のため世のため、芽森さんの為...... というのは嘘だな。そんなものは建前で俺が今しようとしていることは独り善がりの行動。これ見よがしにポイントを作ろうとしてる、それも卑怯なやり方で、ほんとずるい奴だと思う。ただ純粋に助けたいと思う一方、もう片方ある感情と結びつけんとするが為に――――
電車通学やバス待ちまでの暇潰し、放課後の教室に残る人は少なからずいるにせよ大抵は部活にいくものが多く、残ったとしても他愛もない会話をしたり一通りスマホを触ったり持参してきてるゲームをしたりして教室から去って行く。
授業が終われば学校に残っててもほとんどやることがない、それは芽森さんも同じなようで楓さん達と交流した後、教室から出て行くのが見えた。
小説を書く為に参考になりそうな人を探す。
前までは数回に渡り居残っていたようだけど目的がなくなったんだ、見る限り部活にも入ってないようだし残る意味がないか。なんで部活に入ってないのと聞くのは無粋なんだろうな。そこまで親交が深い訳でもないんだし、俺だって帰宅部なんだ。
と、そんな感想を抱いてると楓さんがこちらに振り向いてきた、俺は慌てて目を反らす。
昨日のことがあったせいか彼女とは目を合わしたくない。だけど一瞬見えたあの鋭い目つき、きっと俺がなにかしでかすと思ってるんだろう、確かにしようとはしてるけども楓さんが想像してるようなことじゃ...... そうはいっても聞いてはくれないか。
最低とまで言わしめさせたんだから俺のイメージはかなり悪いと見て良い、だから何だっていう話だけど。
芽森さんが教室から出て行った数分後、楓さん達も部活に行き、残っていた連中も時間が経つにつれ「この後どうする、カラオケに行くか」みたいな口ぶりで予定を決めたりしてやがて教室から人影はなくなった。
それを延々と待っていた俺は再び行動に移す。
一年の教室は階段下に位置しており。一組、二組の教室から左に沿って歩いていけば昇降口はすぐに見えて来る。確か彼はサッカー部だったな、それはリサーチ済みだ。
校内で接触することは難しくても校外なら大丈夫、さすがにこの時間帯なら邪魔が入ることはない筈だと思いたい。
――――校内を出ると辺り一面、赤みがかった空が広がっていた。
日が沈みそうで沈まない微妙な傾斜。それがまた綺麗な情景を作り上げていてまさに青春って感じの色というのか、暮れなずむ夕日が目に優しい。
部活が終わるにはまだ早い時間帯。だからなのか、けたたましく聞こえてくる声は変わらないのに夕方だと見える色が変わってくる。こういう情景は嫌いじゃない......
その場で浸っていても仕方がないので俺は彼を探そうとサッカー部が練習してるグラウンド内に入った。
グラウンドは野球部、陸上部、その他の部と共同で使われていて時たま敷地のことで揉めているらしいと耳にしたことがある。決して広くはなく、かと言って狭くもない、まぁ敷地を巡って部内同士で争うのは仕方ないのかも知れない。
「何やってる、もっと走れぇ! ボールはまだ見えるだろ」
「おいそこカバー入るの遅いぞ! 相手に取られる前にボールを確保するんだ」
「自分で攻められる所は持っていっていいからな!」
「うっす!!」
「ほら、そこ取れる。相手の足元をよく見ろ、取ったらパスしっかり回してけ」
今はどうやらミニゲームをしているらしく、色別に別れてせめぎ合っているようだ。
さて、何人いるのか。見る限りサッカー部の人数は多い、あそこから彼を見つけるには一苦労、することもなかったらしい。歩いていると俺の目前にボールが宙を舞って――淡々と転がってきた。そのボールを拾おうとこちらに走ってきたのは。
「はぁ、まったく強く蹴りすぎなんだよ...... っと、君は――」
ボールに追いついた海音君は気が滅入ったらしく少し悪態をついていたが、俺を視界に捉えた途端強張っていた表情が和らいだ。
今彼は機嫌が悪いのか、何て言うか話辛い、顔が整っているから余計にそう感じる。それもそうか、いつも上機嫌な奴なんていない訳だし。でもさっきと同じようにこうして探す手間が省けたんだ。今は割って入ってくる相手もいない、早いとこ要件を伝えてしまわないと......
俺が足元に転がっているボールを渡すと「ありがとう」という返事と共に彼は身体を反転させるが。
「――ちょっと待って」
部活に戻る前に声を投げかける、俺の声に止まった海音君はまたもや反転し。
「えっと、おれに何か用でも?」
「あ、うん。これ、なんだけど」
俺は制服のポケットから一枚の封筒を取り出し、海音君に渡す。
いわゆるラブレターというものだ。そしてその紙を受け取った彼は目を凝らし、声を漏らした。
彼が驚くのも無理はない、紙には差出人の名前が書かれてる。記されてる名前は当たり前に俺じゃあない。
「これは」
「彼女に、芽森さんにあんたに渡して欲しいって頼まれて...... あ、もちろん中身は見てないよ」
「そうか、分かった。わざわざ届けてくれてありがとう、黒君」
さっきまで機嫌が悪そうだったのに、これだ。適うはずがない。
なんと言ってもイケメンの爽やかスマイルは危険だ、名前を呼ばれるだけでこの高揚感は......
「あ、いあ、あくまでた、頼まれただけだから...... じ、じゃあ!」
なぜだか急に恥ずかしくなった俺はグラウンドを出た。
イケメンに呑まれる前に去る、これ鉄則。
でも何で海音君と喋るとあんなにもドキドキするんだろうか、可愛いは罪とは言うけどカッコいいこともまた罪だと思う。
でもよし、何とか渡すことか出来た、俺が芽森さんに扮して書いた偽物のラブレターを――
ラブレターとは、古来から伝わる由緒正しい恋文のこと。
携帯機が発展し言葉を文章にして伝えることが出来るようになったご時世において、想いを相手に伝える方法としては時代遅れの在り方と言えよう。
胸が高鳴ることに違いはなくても相手の顔を見ずに想いを伝えられる分、気の持ちようが変わってくる。
『なぁ、俺達付き合ってみるか』なんて軽はずみな発言から恋人関係になることだって普通に有りえてしまうんだから凄いことだ。
けれど、ラブレターを出す人が未だに途切れないでいるのは効力があるからだと思う。気になる異性と話したことがない、番号を聞けない者は紙に自分の気持ちを書き綴る。
古典的だけど相手に想いを伝える方法としてラブレターは今なお有力な手段の一つと考えるべきだ。
海音君一人に伝わっても意味はない為、彼に紙を渡す前に同じものを芽森さんにも渡しておいた。
少し違うな、厳密に言えば置いておいたと言うべきか。
ちょうど昼休み辺りに、昇降口にある芽森さんの下駄箱を開き、丸めた紙を靴のかかと付近に入れておいた。そうしないと他のと遜色してしてしまったり、気づかれない可能性があるからだ。
勿論ストーカーや変態に思われないように最善の注意を払って事をやり遂げた、どこで誰が見てるか分からないんだ。
そして、どちらとも字面は把握していないから物差しを使い丁重に書いておいた。字なんてものはよほど意識して見ない限り分からないだろう。重要なのは誰が書いたかにある。だから騙されたりする人もいるんだろうな、ラブレター片手に舞い上がって屋上にいくと肩透かしを食らった経験とか、そんな嬉しいようで悲しい経験俺はないけど。
海音君に渡した、芽森さんも帰ったということは今頃はきっとラブレターに書かれた内容を確認してる筈。
『あなたにお話したいことがあります、夜の八時に丘の下公園で待っています。〇〇より』
文面は至ってシンプル、海音君の部活時間を考えて一応八時に指定したけど。
今はざっと六時半、後二時間もあるのか。長いな...... 指定時間になるまでその辺でぶらぶらしていよう。
部活が多くある学校で、なおかつグラウンドの面積が狭い所はどうしてるんだろうか......