だから後悔しないように
100年の恋も冷める、果たしてその言葉に相応しい恋愛をしている人達は何人いるのか。年老いていくまで一緒にいられる男女は何人いるのだろう。
憧れていた人の普段着がし〇むら製だったから。デート代が割り勘だったから。共感出来ない趣味を持っていたから。節約が鼻につくから、料理が下手だったから...... そんな些細なことで幻滅しただの、別れただの俺に言わせれば名産品や高級品をブランドの名前だけで買ってる連中と同じ、人は物じゃない。優劣や価値を判定するということで品定めという言葉があるがあんなのは個人の能力差を見定める表現の例えだ。
確かに一緒にいる上で共通するものや互いの価値観は重要だと思う。
だけど本当にその人を好きなら簡単に裏切ることは出来ないはずだ、それが一時的な感情だとしても何も分かり合おうとせずにあっさり別れを切り出せる人は初めからその程度の気持ちしか抱いていなかったということだろう。
結局の所、それは恋が実った人にしか分からないものなんだろうけど......
どんな訳にせよ地球上に何万人の男女がいようとも赤い糸で結ばれた運命の相手はこの世にたった一人だけ、それが存在しうるかは分からないけど俺はそう有りたいと思ってる。
でも、もし仮に芽森さんがそういった理由で仲違いしたとしても俺は今みたく彼女の為にと動いていただろうか。
人を助けるにも理由がいる、いらないなんて言うのは綺麗ごとでしかない。
何の利点もなく自分から首を突っ込んで誰構わず助けようと思う人はよほど心が広く寛大なんだろう。あるいは根っからのヒーロー気質か、良い行いをして陰徳を積むという考え方だったり。
基本的に人が行動を起こすからにはそれに基づく動機付けがある。
年配者が困っていたら声をかける、道を尋ねられたら行先を答える。そんな当たり前の気配りや優しさとはまた別で、俺の行動理念は明らかに下心ありきの感情から来るものだ。
気を引きたい、近づきたい。そしてあわよくば、他人以上の関係になりたい...... 心の底で無理だと分かってはいてもそういう色欲がどうしても頭の中に渦巻いてる。憧れと言いつつも彼女に恋い焦がれてる自分がいる。
内に秘めたこの想いが届くことはないとしても――そこまで思想した時、突然バイブ音が鳴った。
ポケットにしまい込んでいた携帯を取り出し確認してみると八時前。
そろそろ規定時間だ。
***
本屋や雑貨屋で適当に時間を潰していたものの、いざ時間になるとそわそわしてくる。
自分なりに台本は考えてはあるけど俺はそんなに演技派でもないし果たして上手くやれるのか、二人は来てくれるのか。一抹の不安が頭に残るも行かなければ何も始まらないので俺も指定場所に向かう。
商店街から住宅街に入り、さらに進んでいくと人影は少なくなり公園付近についた頃には日も完全に堕ちている為に辺りは暗く街灯が寂しそうに明かりを灯してるだけとなっていた。
こんな時間に公園に来る人は近くに住んでる子供ぐらいだろ、それも滅多にないか。けど今日は違う、俺の不安をよそにそこには芽森さんがいた。夜風は冷えるからか上着を着こんでる。
公園に呼び出したのは聞いた事情からして近くに住んでいると判断したから。それと芽森さんも同じ付近なら遠出させずに済む。夜の公園に人気はないが万が一襲われても海音君がいるから安心できる。
とりあえず俺は芽森さんが来てくれたことに安堵したが、彼女は公園中に入る様子はなくどこか遠慮してる風に見える。
やっぱり入りづらいか...... 公園中を覗くと人の姿があった、海音君だ。
それも部活終わりで着替える間がなかったらしくブレザー姿のまま、ベンチに腰掛けスマホで時間を確認してるようだ。先にいるのは当然、彼には五分ほど早く来てもらうようにしてもらった、デートじゃないとはいえ男は待つ側じゃないと。
ここまでは俺の思惑通り、問題は。
「芽森さん」
近づき声を掛けると彼女はこちらに振り向き驚いてみせた。
お化け屋敷が平気でもさすがに薄暗い場所で後ろから話かけられたら誰だってそういう反応になるよな。
恐怖で顔を強張らせる芽森さんの一面が見れたのは新鮮ではあるけど。
「く、くろっ!? も、もう、いきなりでびっくりしたよ...... 黒沼君ってけっこう根に持つタイプだったりする?」
声の正体が俺だと知ると緊張が解けたようで身体を沈めつつ胸に手を当てた後、なぜか探りを入れてきた。お化け屋敷での仕返しと思ったのか、そんなことしようと思わないけどちょっと悪いことしたな。
「ご、ごめん、別に驚かすつもりじゃなかったんだ。でもぐ、偶然だね、こんな所で何してるの?」
「えっと...... 黒沼君はどうしてここに?」
ここにいる訳を答えにくいのか質問に質問が返ってくる、俺は返答しながらもわざとらしく公園中に目を移す。
「ぼ、僕は夜の散歩がてらって、アレはもしかして海音君かなぁ? こんな時間に何してるんだろう」
言いつつ芽森さんを横目みれば顔を下に向けていた。
彼の名を耳にした彼女は分かりやすいまでに口を閉ざしたが、俺は構わずに白々しい演技を続ける。
「あ、でもこれはひょっとして喋りかけるチャンスかもしれないよ。ほら今はちょうど周りには誰もいないし暗いし、は関係ないとしても、色々さ積もる話も色々あるんじゃないかって、それにほら、なんといっても――二人っきり」
って言うのは余計か、意識させてどうする。
せっかく二人で話し合うって時に緊張が増すような発言は控えるべきだろう。
それにしても言葉がスムーズに出てこない、芽森さんがいる前で緊張してしまう上、あまり喋り慣れていないから同じ物言いを繰り返してしまう。あらかじめ台詞を録音して口パクで言うっていう手もなくはなかったけど、腹話術師や声優みたいに上手く声を合わせるのは難しい。それにこういうことは自らの言葉で言わないと説得力が生まれな......
と、考えていたら手に小さい感触が、そう感じたのも一瞬のことで。
「っ、ちょっと来て」
「え? あ......」
そのまま俺の手を強く握ったまま公園から遠ざかろうとする彼女の小さな手からは十分な緊張が伝ってきた。だからこの手を振りほどく訳にもいかない、というか離せるのか、試しに力を入れてみるも離せる気がしなかった。
楓さんはおろか芽森さんにも適わないとか、どんだけひ弱なのか。もし誰かに襲われでもしたら守れる自信も力もない。なんて情けない男なんだ...... 今は関係ないか。
手を引っ張られるのは嬉しいけど、まだ台詞を最後まで言えてない。これは想定外だ。
学校中じゃなく校外、こんなに近く静かな場所で二人になれるチャンスがある。あと一押しすればいいだけなのに、俺が心の内ぶつぶつと独りでに焦っているといきなり手が離された。
海音君から距離を取れたんだろう、ここからだと彼は見えない。
そして心に余裕が出来たであろう芽森さんは「率直に言うけど」そう一言発すると振り向きざま。
「あの封筒中の文面、黒沼君が書いたってことは分かってるからね、私がここにきたのは一応それを確かめる為でもあったの。そして、予想通り黒沼君がいた」
俺の動揺を誘うような言葉、確信めいた瞳は嘘を言ってるように見えない。
早速怪しまれるか、そもそも怪しまれる要素なんてなかったはずなのに。
「ぐ、偶然だよ、この場所に来たのも散歩コースでほんとたまたま偶然で、芽森さんがいたのは驚いたなぁって」
俺の演技力のなさったらないな。三流役者もいいとこで栄田先生に負けに劣らずで笑えない、浜慈だったら評価してくれるかな。まぁ先生限定か。
執筆は丁寧だからばれない自身はあったのに、でもまだ俺が書いたという証拠がないんだ。頭を切り替えろ、感情を悟られるな、心は冷静に平然を保て、ここは乗り切って見せる。
「その? ふ、封筒ってのもなんのことだか、ラブレターなんて書いた覚えはないけど――あ」
「はい墓穴掘った。それに目が泳いでるよ、声も上擦ってる。服だって制服のままだし、ほんと嘘付くの下手だよね」
しまった......
もしかして今、釜ををかけられた? これは演技力以前の問題だ。
口下手が無駄に喋るとこれだもんな。
芽森さんは俺のまぬけぶりに『呆れた』とでもいうかのような表情を見せた、けれど残念ながら和みそうな雰囲気が出たのはほんの僅か。
打って変わり真剣な眼差しで見つめて来る彼女にはさっきみたいな冗談は通じそうもない。心なしか夜風がぬるくなったように感じる。
「で、でも何で分かったの」
「私と海くんの関係を知ってるのは楓と黒沼君の二人だけ。でも楓は多分こういうことはやらないと思う、私の性格を知ってくれているから無理強いはさせない...... 黒沼君が仕組んだんだよね、私に海くんのことを聞いたのもきっと」
芽森さんに会ったことに偶然を装うもすぐ看破された。
海音君との関係を知っているのは楓さんを除けば自分だけ。ラブレターないし目論みも初めから見抜かれていた。カッコつけようにも様にならない、だったら。
俺は背負っていた鞄から一冊の本を取り出した。
そもそも最初からこれを出した方が早かった気がする。
「これ、確か芽森さんが懐かしそうに読んでいた少女漫画だったと思うんだけど、内容は知ってるよね」
「うん」
部屋に招き入れた際、棚から本を取り出し懐かしいと食い入るように読んでいた単行本。容量の問題で一巻しか持ってこれなかったけどこれはちょうど最終巻。
戸惑ってる芽森さんの姿は正にこの漫画の主人公そのものだ。
自分の心に嘘をつき本心が言えずそのまま気持ちを伝えられず離れてしまう、臆病で内気な少女の悲恋物語。あくまでもそれは結末が決まった漫画中の話で現実はどうなるか分からないけど、登場人物に俺みたいな捻くれキャラがいたらまた結末が変わってた可能性だって。
「ど、ドラマに見立てるって言ったらアレだけど、状況が似てると思うんだ。最後はすれ違ったまま男の子、友達と別れる寂しさで終わってる。芽森さんもそこに共感したから」
「現実はドラマじゃないよ」
彼女の言葉が突き刺さった、いま確実に痛い奴と思われてる。
俺の言葉を一掃しこうも感情なく言い返されたら夢見がちな自分が恥ずかしくなる......
でも仲を修復させる為には心に強く印象付く特別なイベントやサプライズの方が効力がある、普通に仲直りしても普通の感情を抱くだけだ。ってまるで恋愛ゲームみたいに考えてしまう俺は本当に痛い奴なのかもしれない。なんにしてもまずは話し合わなきゃドラマも何も始まらない。
「たとえ人の心は目で見えないとしても言葉を交わすことは出来るんだし...... 今、仲直りできる状況なのに歩み寄らないのはもったいないと思う」
「それは黒沼君がそうだったから? 前に言ってたよね、友達が引っ越しちゃったって」
芽森さんの返答に今度は俺が押し黙り下を向く。
いま出てきた台詞は自分自身に言いたい言葉でもあって本当に後悔しているのは俺の方だ。
芽森さんと共通している友達と仲違いした過去、だからこそ同じ気持ちを味わって欲しくないという思いは確かにある。事情を知った上で見て見ぬふりをすることも出来た、関わらなければ他人なんだし無駄に関与する必要もない。だけど踏み入った。
彼女と親密な関係になりたいという俺のわがままに過ぎないとしても。
「仲違いしたのは事実だから同情してないと言ったら嘘になるけど、俺にとって芽森さんはもう他人じゃないってことかな...... だ、だから後悔して欲しくないっていうか」
それだけじゃないどこか安心してるんだ。
弱みに付け込んでこんなことでしか近づけない、芽森さんに俺を印象づけたいという浅はかな願望。
「あ、もちろん理由としてはそれだけじゃないけど。ほら事情を知ってるし? 海人君もいい人そうだし、何よりめ、芽森さんの悲しい顔を見たくない、的な...... あれ?」
――目を開くと芽森さんはいつの間にか俺の前からいなくなっていた。
どこにいったのかなんて言わずと知れたこと、様子を見に行くまでもない。
あれだけ躊躇していたのに、何が功を成したかはともかく説得力を出す為に漫画を持ってきて良かった。
と手を見たら、持っていたはずの漫画がなかった。多分芽森さんだろう、元々渡す予定だったんだし持っていったなら良かった。
しかし無事任務完了って言えるのかこれは。まぁ、とりあえず帰るか......
途中、この道夜だと怖いんだよな、と思いつつ上を見上げれば青天の星空は二人を祝福するかのように輝いていた。今はそうとしか見えない。
ドラマじゃない、そうだとしても今日という日はまた芽森さんにとって特別なものに変わる。それだけでもうドラマと言えるんじゃないだろうか。俺も芽森文音という物語の主要人物に、なれても何も変わらないな。
「今日は一段と星空が綺麗だ.....」
説得力のある描写とセリフを書くのは難しい......




