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球場近くの銀杏並木は、金色に光り輝いていた。頬を撫でる風は、冬の訪れを拒むかの如く、穏やかに吹いている。
入場口のゲート前に、紫紺のユニフォームを着た加美由の姿があった。
「来てくれてありがとう」
加美由が言うと、横山は胸を張った。
「そりゃあ、今日は見逃せねえ試合だからよ。合コンの予定、全部キャンセルしてきたぜ」
「本当は、合コンのほうが見逃せなかったんじゃねえの」
小宮は、意地悪そうな顔をした。
「馬鹿言うな。確かに向こうは看護師の卵だったけど、後悔なんかしてないぞ」
慌てふためく横山の姿に、どっと笑いが起こった。
横山、小宮、木田、吉岡、長谷部、佐織。同級生たちが、加美由の応援に駆けつけていた。
高校を卒業した加美由は、松原に紹介された野球連盟に加盟する大学へ進学した。
その年の春季リーグからすぐにサードのレギュラーに定着した加美由は、いきなり首位打者を獲得し、世間をあっと言わせた。だが、加美由と同じ時間を過ごしてきた成田東の部員たちや、加美由と戦った他校の選手たちからすれば、それは何ら不思議なことではなかった。
世間を驚かせたのは、加美由だけではない。
プロ入りが確実視されていた、昨夏の甲子園優勝投手、船橋商業の山本が、一転して大学進学を表明し、加美由と同じ野球連盟の大学に入った。
大学で野球だけでなく人間的にも成長していきたいから、というのが表向きの理由だったが、加美由へのリベンジを果たすことが本当の理由であることは、言うまでもなかった。
その二人が今日の試合で、大学生となってから初めて対決することになっていた。
「調子はどう」
佐織が、尋ねる。
「良いと思う」
加美由が、答える。
「頼もしいな。前が骨折してホームランだったから、今日は宇宙の彼方まで飛ばしちゃいますか」
横山が、おどけて言う。
「それはまずいな。NASAからクレームがくるぞ」
木田がツッコミを入れると、再び笑いに包まれた。
「頑張ってね、加美由」
佐織が、右手を上げる。
「うん」
加美由も右手を上げ、佐織と手のひらを合わせた。
三塁側ベンチに通じる球場内の通路を歩いていた加美由は、スタンドに繋がる階段の下に、白のワンピースを着た女性が、こちらを向いて立っているのに気づいた。
「ここで試合があるって、よくわかったね。言ってなかったのに」
「女の勘、ってやつかな」
「やっぱり、エスパーだ」
加美由は、肩をすくめた。
それからしばらく、二人は見つめ合った。
「恵理」
「ん」
「大好き」
「知ってる」
恵理は、にっこり笑った。
グラウンドでは、シートノックが始まった。サードの守備についた加美由は、軽快にゴロをさばいていた。
外野のノックが終了する直前、三塁側スタンドにいた佐織が、弾かれたように立ち上がった。
「どうした」
となりに座っていた小宮が訊ねると、佐織は首を横に振った。
「何でもない」
腰を下ろした佐織は、一塁側スタンドに目をやった。
恵理が、座っていたような気がした。
だが、目を凝らすと、見知らぬ女性が座っていた。
気のせい、だよね。
だって、恵理さんは。
山本の投球練習が終了し、一番の加美由が、バッターボックスに向かった。
「行けえ、加美由」
佐織は、振り切るように声を出した。
試合開始を告げるサイレンが、けたたましく鳴り響いた。
頑張れ、私の宝物。
(了)




