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「汚さ」と。

「ともかく小鞠、あたしはもう」

「清音さんのわからずやっ!!」

嵐みたいに渦巻く気持ちを抑えきれず、思わず先輩の肩を思いっきり突き飛ばした。ふわっと飛んでいく先輩の身体と大きな水しぶき。

「わぁーっ!? 大丈夫ですかせんぱいっ!?」

慌てて波をじゃぶじゃぶかき分けて浴槽の端まで行くと、先輩は湯船に沈んだまんま時折ぶくぶくと息を吐き出すだけで。両手を差し入れて上体を水中から起こすと、大きな咳をして先輩が目を開く。

「よ、よかった……無事で!?」

ほっとしたのもつかの間、にゅっと両手が伸びてきてうちの喉首を掴む。そのままぐぐっと力が入る感じがして、

「許さない許さない赦さない小鞠こまりコマリ」

うわ言のように下からうちへの呪詛を吐き続ける清音さんを、そっと座らせて、うちの首枷をそっと1本1本外していく。

「こんなんじゃ、うちのことを止められないっすよ」

うちもお風呂の中に座って先輩と同じ目線になる。先輩は力いっぱいで締めようとしたみたいだけれども、その手は弱々しくて、迷ってて、あたしに届かなくて、

「どうして…………どうして、あたしのこと、を、諦めてくれない、のっ……」

息の詰まったような声でうちに問い返す清音さんに、一旦は収まったはずのうちの炎がまたメラメラと燃え上がる。

「諦める諦めるって……どうして先輩はそうなんすか」

「だって…………だって、こんな、こんなっ……」

「『きたないあたしに』ですか?」

「そう、だから分かってるなら」

「和知清音っ!!」

両肩を掴んで壁に押しつける。

「うちのことを見ろっ!!」

覆い被さるように、うちのことしか視界に入らないように、和知清音の前に立ち塞がる。

「…………自分だけが汚い人間だと思わないでくださいよっ、うちだって……せんぱいに見せられない位汚いとこ、あるんすから」

下を向く先輩の視線にムッとして顎を持ち上げる。

「そっちじゃないっす…………うちの顔、見てください」

泣き腫らしたような目を、うちの眼差しで固定する。

「うちは先輩と初めて逢った時、めっちゃ綺麗な人だって思ってたんす。一緒に居るうちに一層すごい人だなって思って……うちみたいに、すぐあわあわしちゃって誰かのこと傷つけたり、曖昧な返事で好きを誤魔化したりしなくて、うちもそうなりたいって思いました」

うちは、自慢じゃないけど顔はかっこいい方だと思う。すらっとしてて少しだけど腹筋もあるし、正直、こんなかっこいい人と付き合えたらなぁって思う時もあった。自分でもそうなんだから、ましてや他の娘たちにしてみればうちは王子様みたいなもので。

「だからせんぱいは、うちの憧れなんです」

この夏に入る前にも何人も、それも学年もクラスもバラバラな愛がうちへと向けられてきた。

でもうちは、それに返すことが出来なかった。

「でもうちの憧れが、だんだん憧れじゃない何かに変わって。……せんぱいのこと、独り占めしたいって思うようになったんです」

元々うちは、「かっこいい」よりも「かわいい」が好きだ。休みの日はカプチーノをもふもふして遊ぶし、遠出する時はリボンのついたスカートだって履きたい。ベッドにはこっそり持って帰ってきたぬいぐるみも置いてあるし。

全部、みんなが好きな「かっこいい」根岸小鞠には似合わないものばかり。

……正直、せんぱいと一緒にいる時もうちは「かっこいい」根岸小鞠で居ようとした。だけどせんぱいは…………「かっこよくない」根岸小鞠を引っ張り出すのが得意で、しかもそっちをかわいいって言ってくれて。

……こんなのもう、意識しない方がムリじゃん……。

「せんぱいと一緒にいたい、せんぱいと一緒に好きになりたい、みんなが知らないせんぱいのことをもっと知りたい……うちと先輩とで、ちゅ、ちゅーとか、してみたい……」

勢いのままに変なことまで言っちゃったけど、嘘偽りないホンネ。せんぱいにぶつけられるもの全部、伝えちゃう。

「…………ね、うちだってこんな汚い気持ちを秘めてるんすから……だからそんなこと言わないで……」

「……でも、あたし……」

「…………わからずやっ」

さっきよりも早く、一瞬で詰め寄るとせんぱいに腕を絡めて抱きつく少し手前まで行く。

「…………いつかせんぱいが自分のコトを綺麗だって思えるようになるまで、うちは別れませんからね? でもそれまで……それまでは、せめてうちにも、キズを分けてください。せんぱいの痛みを、うちにもください……」

水面から肩とか二の腕を出して、そっと差し出す。……出来れば見えるとこに、うちが清音さんのものだって分かるようなとこに……

恐る恐る近づいてくるせんぱいの顔、肩口を通り過ぎて……首筋に熱い痛みが走る。

「…………この前、うなじを見られたお返し、してなかったから……」

「そ、そうですか…………」

遠ざかる先輩の顔は俯いていて見えなかったけど、僅かに口元が上がっているように見えて。


…………えへへ、せんぱいの印、つけてもらっちゃった……

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