ほんの小さな出来心
少女は苦悩する。
目の前には眠っている少年。
愛しすぎて、愛しすぎて……、こちらの世界へ引き込みたくなってしまう。
いくらその考えが人として間違っていると、分かっていてもそれは頭から一向に離れてくれようとはしない。
それもそうだろう。彼女はもう人間ではないのだから。
人間なら、殺生など人道から外れた行いだと滅多にはしないものだ。
だが、それは人間の常識であって、彼女の様な者には当てはまらず、彼女が何をやっても咎める人間も、裁く法もない。
であるならば、何を躊躇う必要がある。我慢する必要がある。
「ふーー……、ふーー……」
思う存分、愛のままに彼の命を……
「何やってるのよ、私……」
奪おうとした腕をすんでのところで止める。
もう、夜になってから少女はこの葛藤を数十回繰り返していた。
その姿は昼間と異なり、黒かった髪は美しい銀色へと変わって宙を舞い、瞳は静脈を流れる血液の様に赤黒い。
これが人間の姿だろうか。そんなわけがない。
一言で言うなら……化け物と称すのが適当だろうか。
如何に容姿が美しかろうと、その醜い心までは隠しようがない。
欲望のままに人間を殺し、犯し、支配する事しか頭にない、ケダモノにすら劣る存在。
それが今の彼女だ。
「でも……」
でも、こうならなければ少年とは再開できなかった。一緒に時を過ごせなかった。
少女は自身がこの様になっても後悔はしていない。ただひとつ、少年と同じ存在でないことを除けばだが。
「達海……」
静かに寝息を立てる少年の頬を指で撫でる。
「本当……何も変わらない」
容姿だけが成長しただけで少年は何も変わってはいなかった。変わらないでいてくれた。
月日が経つたびに、少女と少年の心の距離は離れていき、いつでも会えるだろうと高を括っていたのだが、気付いたらこのざまだ。
仲を修正する術も分からず、それすらも忘れさせるかの様に流れていく毎日。
だが、それでも構わない。流れた月日も己の命も所詮この為の代償に過ぎない。今が大事なのだ。この至高の時を噛みしめる様に少女は一日一日を過ごす。
いつ、自分が消えてしまっても構わない様に。
少女は涙を流す。
「達海の事……好きだよ。大好き」
朝日が昇るまであと三時間。
殺人衝動は少女を着々と蝕んでいく。




