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俺と彼女の死亡遊戯  作者: 松竹梅
第2章:深まる昵懇
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忘れかけてた思い出

坂本の家はデパートから10分ほど歩いた先にあり、普通の家と比べると2倍ほどの大きさがある。


「やっぱでかいな……」

「まあ、半分は親父たちが作業に使ってるけどな」


冷蔵庫にアイスをぶち込むと、坂本は俺たちを連れて、階段を登っていく。


「佳世、いいか」

「なに?」

「これから見る光景はお前の想像を絶する物ばかりだ。心してかかれよ」

「……? 意味がよく分からないんだけど……」

「まあ、入ってからお楽しみだな」


登りきった先の廊下の二番めの襖を坂本が開けると、冷房をつけっぱなしで出かけたのか、寒気を感じるほどの冷気が部屋から放出される。

その先に広がっているのは……


「うわ……」

「坂本よ。相変わらずだな……」


異世界。圧倒的異世界がそこには君臨していた。

まず目に入るのは壁一面に張られている二次元美少女たちのポスター。ベッドにはアニメキャラクターがプリントされた抱き枕。至る所に散乱しているのはゲームカバーの数々。数的には18禁ゲーの方が多い。

そして、極めつけにこれだ。


『おかえり〜、お兄ちゃん〜!』

「ただいま〜。お兄ちゃんのおかえりだぞ〜」


可愛らしいロリ声が結構な音量で出迎えをしてくれる。

これは坂本の自作らしく、一年の歳月を費やして作った血と涙の結晶らしい。


……うん。どうでもいいし、どこからどう見ても重症患者だ。


「…………」


ああ、佳世の目が死んでいる……。

さっきまでたっくんの友達の家に行くなんて初めてだよ、ってワクワクしてたのになあ。


「こんなん親に見られたらどうすんだ……」

「親は知ってるし、誰かが来たら直ぐに片付けられるようにしてるから大丈夫」


ごめん。もう大丈夫じゃないんだよ。


「もし、ここに女子が来て、この部屋の全て見られたとしたら、お前どうする?」

「あはは、そうなったら切腹するしかねえな」


……お前のそんな死に様見たくないな。


そんな会話をしながら、坂本はBS4を起動する。

ちくしょう……。最新型だけあってめちゃくちゃ綺麗だな。


「うわぁーー……」


佳世の死んでた目も生き返っている。


「じゃあ、やるか」

「えっ……?」


読み込みが終了し、開始画面に現れたのは大量のゾンビ。どれもこれも肌が爛れ、眼球が真っ赤に染まり、こちらを親の仇かのように睨みつけている。

それを見た佳世は、さっきまでのワクワクしていた顔を青く染め、小刻みに揺れている。


そういえば、こいつ心霊系の話や本が大嫌いだったな。幽霊になってそんなのアリか?


「わ、悪い。これ以外にしてくれないか」

「ん? お前やりたくて来たんじゃねえの?」


やりたくても、やれねえんだよ……。

目の前でお預けをくらった俺の心情は複雑だが、このまま卒倒されるよりはマシだ。


次に出したのは名前がクソ長すぎて覚えられないFPS系。


「これでいいか?」

「ああ」


まあ、血が出ないような設定だし、これなら佳世の前でやっても大丈夫だろう。


「これのな……ここで手が詰まってんだ。やってみてくれないか?」

「分かったよ」


俺がこの家でゲームをやるのは、坂本のゲーム進行が止まった時のクリア処理がほとんどだ。エロを抜きにすれば、坂本がプレイするの旧型から続くシリーズ物ばかりだ。なので、BS2となんら操作が変わらないので俺の実力が十全に発揮できる。

早速俺がキャラを操作し、横で坂本が観察する。佳世は俺の後ろで立ちながら、坂本と同じようにゲーム画面を見ていた。


「相変わらず、道成寺は上手いな〜」

「ねえねえ、たっくん無駄な操作が多いよ。もうちょっとしっかりしないと」

「おお! こいつそんな装備持ってたのか!」

「なんで、それを今使っちゃうの! それはボス戦に残しといた方がいいんじゃない?」


横から褒められて、鼻を高くすると、それを後ろからボッキリと折られる。

正に天使と悪魔。喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか……


***


1時間を掛け、ようやくクリア。

最後まで佳世はダメ出しを止めず、勝ったのも運が良かったねと言われた。

昨日みたいに泣くぞ……。

坂本から報酬としてアイスが渡されるが、こんな冷えきったところで食べたくないので、拒否した。


「いや〜、相変わらずの腕だな。困ってたんだよ。せっかく二連休が台無しになるところだった」


俺が拒否したアイスを食べながら、坂本は俺に感謝する。

まだ、食うのか。どんだけアイス好きなんだよ。


「そうだ。あれとは別の奴も買ったんだけど、やってくか?」

「なんだよ。二本も買ったのかよ」


金持ちは良いな。

有名ネット通販会社のロゴの入った段ボールを漁り、一本のゲームケースを取り出した。


「これなんだけどよ」

「おま……」


そのケースの表紙にははっきりと18禁マークが貼られ、ある女性キャラが全裸の状態でどう見てもお楽しみ中のシーンが描かれ、エロゲだと隠そうともしていない。


「なに恥ずかしがってんだよ。前も似たようなのやってただろ?」


やってたが、今は状況が違うんだよ。

そんな話をしてると、今までこっちに見向きもせずに、BS4をやりまくっていた佳世がこちらに顔を向けてくる。


「何それ?」

「アババババババババババッ! 隠せ! 隠せって!」


焦って坂本から危険物を取り上げようとするが、身長は坂本の方が上。

どうやってもこちらになす術がない。


「別に良いだろ。二人しかいないんだし」


いるんだよ。とびっきり見せちゃまずい人間が。


「そもそも、お前が黒髪ポニーテルしか興味ねえって言うから俺もお前とやる為、必死に……」

「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェーーーー!!!!」


今こそ、お袋直伝、素手喧嘩殺法が腕を鳴らす時。


***


「ここも随分と変わってるね。あんなところに塾の看板立ってるよ」

「そうだな……」


やっぱ、坂本強えな……。

流石、空手部主将。拳の重みが違う。

おかげで、気絶させるまでは良かったが、こっちもボロボロだ。


「そんなに痛いなら、先帰ってもいいのに」

「お前が迷子にならないならな」


どうも、この探索は佳世が街の現状を知ろうとしている節がある。

なら、道に迷う可能性も無きにしも非ずなので、俺が付き合った方が良いはず。


……と言っても


「良い加減、家帰んない?」


カッコつけて言ったのも、三時間も前の話。

何も考えずに歩き回って、気付いたらもう夕方。

足もパンパンだ。佳世よ、何故そんなピンピンしていられるんだ?


「じゃあ、最後に行きたいとこあるからそこ見たらね」

「……どこだよ」

「大丈夫だよ。そこだけは絶対に潰れないところだから」


***


「ここか」

「そう……、ここ」


そこは俺の家の寺——道成寺。

なるほど。ここなら確かにちょっとやそっとじゃ潰れないだろう。

まあ、どうなるかなんて知らないけどな。来るのはたまに頼まれる掃除のアルバイトぐらいで、継ぐ気もないし。


「やっぱり、ここだけは何も変わらないね」

「そうだな」

「覚えてる? ここら辺で学校の友達と鬼ごっこしたの」


もちろん覚えている。逃げている最中に空いている排水路に足突っ込んで、肉をごっそり抉れたな。


「この木、こんなに成長したんだね」


登ろうとしたら、滑って地面に頭ぶつけたんだったな〜。


「やっぱりあそこは猫の溜まり場なんだね」


知らずに入って、数匹に身体中引っかかれたこともあったな。


…………。


「燃えちまえ、クソ寺め」

「ええ!?」


懐かしそうに寺を周回していた佳世は、俺の言葉に驚きを隠せない。


仕方ないだろ。だって……何やってもうまくいかなかったんだから。

なんだってこんなところで遊んでたんだ?


「でも、ここで遊んでた皆離れ離れになっちゃたんだよね」

「あーー、そういえばそうだったな」


斎藤は家族で引っ越し。安西は東京の高校に行ったんだったな。後は……後の奴らは別にどうでも良いな。三人ぐらいいたような気がするけど。


「皆、元気にしてるかな?」

「してんじゃねえの」


適当な相槌を打ちつつ、今日の晩御飯をどうしようか考えていた。

もうあんな危険物、食べたくもない。

かと言って、作ってもらう……ってのも、どうなるんだろうな。

佳世をシカトされた上に、シチューを強要されるのはたまったものじゃない。


帰りにスーパーに寄るよう佳世に伝えようとした瞬間……、


突然、目に映る景色が一変した。

さっきまで目の前にいた佳世が消え、代わりに夕暮れの真っ赤な空が広がり、背中から頭にかけて衝撃が走る。


「は……、あっははははははははははは!!」


耳に届いてくる佳世の大爆笑。それで漸く自分が何かに滑って転んだことを理解する。

何に滑ったんだ?


「……バナナ?」


嘘だろ。これに気づかなかったのか。

なんてドジなんだ……。


「あはは……バナナって。バナナで転ぶって昭和じゃないんだからさ……。あ………はははは! ご、ごめん。でも……ツボに入っちゃったみたいで………ふふ……と、止められないんだよね。ふふふ……あははははははは!!」


こっちを見て、腹を抱えて笑う佳世の顔は……とても綺麗で、今まで見た中で一番輝いていた。


……思い出した。俺がどんな酷い目に会ってもここで遊んでたのは、佳世が笑ってくれたからだ。

他の奴と遊ぶと俺がドジった時に、なんて馬鹿な奴と嘲笑した顔を向け、外面だけの心配をしてきた。

だけど、佳世だけは違った。俺のドジを笑ってくれた。気にするなと言ってくれた。だから……俺はここで遊び続けたんだ。

なんで、忘れてたんだ。あんなに……あんなに大切にしていた思い出だったじゃねえかよ……。


「わわ! ご、ごめん、たっくん。謝るから泣かないで!」


泣いてる? 俺が?

手の甲で目を擦ると確かに涙を流した後がある。


「……別に泣いてねえよ。それよりももう夕方だし、帰ろうか」

「うん!」


佳世は涙を拭き、俺の腕に抱きつく。

でも、今は鬱陶しくなく、それどころか嬉しくも感じた。


思い出させてくれた佳世に感謝の気持ちでいっぱいになりつつ、俺はこんな日常がいつまでも続くように寺なのに、神に祈ってしまった。


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